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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第四部「過去編」
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第五十二話 最高位魔術師から見た、風と時の賢者

 前宮廷魔術師長に会い、書簡を渡すという任務を受けた翌日の朝。

 城内のエントランスでシュウと合流した私は、目的の人物が居る場所へ向かう。

 シュウは道が解らないので、私が先頭に立って行く事になった。


 私はふと、後ろからついてくる自分の騎士の姿を見る。

 まだぼーっとしていて自信無さそうな雰囲気はあるけれども、初めて出会った時と比べて相当見違えた気がする。

 いっぱい頑張ったもんね。ふふ。

 パートナーの成長が何だか嬉しくって、思わず笑顔になってしまうよ。


 そう思っている内に、目的地へ到着する。

 円柱状の壁がレンガで覆われているこの研究所に間違いないはず。

 

「初めて来たけれど。人、住んでいるの?」

 確かに普通の家には見えないよね。シュウの気持ちも解らない事はない。

 構造もそうだけど、壁に蔓とかコケとかびっしりくっついてるし、人がいる気配も無さそうだからね。


「うん、ここで間違いないよ。私は過去に任務で来たことがあるからね」

 私も初めて行った時は珍しい所に住んでいるなって思ったけれども、この扉の向こうに今回の任務で出会う、ラプラタ様の前任者がいるのは間違いない。


「デウスマギア様、エミリアです。ラプラタ様から預かった書簡をお届けに参りました」

 私はかぶっていた帽子をとって所々さかむけている古びた木の扉を二回ノックした後、用件を簡潔に伝える。


「……久しいな」

 少しの間の後に私がノックした扉は、音をたててゆっくりと開く。するとそこには、しわだらけの青白い顔に灰色の長い髭を生やした、家の中から見える闇と同じ色のローブを羽織っている老人が現れる。


「む、本当にエミリアか? 以前と雰囲気が違う」

 流石はこの国で賢者と呼ばれている人だ。

 人目見ただけで、私が天使の力に目覚めている事を察知するなんて。


「そちらの騎士は慣れぬ雰囲気を持っている、名は?」

「え、えっと、銅騎士のシュウです」

 しかし、私はデウスマギア様に天使の力がばれてしまう事にそこまで問題視していなかった。

 今回の任務はラプラタ様の手紙をデウスマギア様に渡すのだけれども、それよりも渡した後に何かがあると思っている。

 あくまで推測でしかないけれども、今までの話の流れから察するに私の天使の力や、シュウの悪魔の力をより強くする儀式か、それに近い何かを行うのではないかと予想しているのだ。

 でもそれが一体どういうものなのか。どんな事をされて、結果としてどうなってしまうのかまでは詳しく解らない。

 いくら賢者と呼ばれる人とはいえ、それは人間の中で凄いってだけで、天使や悪魔なんて神話上の生物の事は流石に知らないだろうし、リアリティが無さすぎて見向きもしないかもしれない。


「ほお、銅騎士が来るとは珍しい」

 ラプラタ様は全てを明かすと言っている。

 でも、まだ何か隠しているような気がしてならない。

 ……考えすぎかな私。ふぅ。


「興味がある。話がしたい。中へ入れ」

 今まで彷徨っていた思考と言う名の鬱蒼とした森を抜け、デウスマギア様の誘いに笑顔で答えると家の中へと入っていく。



「そこに椅子がある、適当に座れ」

 相変わらず暗い場所で研究をしながら生活しているみたい。

 一線を退いて隠者となってもまだ魔術を追究し続けるなんて。

 でも人目に出るまではいかないにしても、もうちょっと日の光に当たって人と触れたほうがいい様な気がするのは、私のお節介なのかな。

 顔色も昔と比べて悪くなっているし、街に住めば孫娘のエルちゃんにも会えるのに。

 我ながら余計な事を考えていると思いつつ、シュウが恐る恐る椅子に座った事を確認した後に、私はその隣に座る。


「さて、いろいろと興味深くはあるが……、まずはぬしらが持ってきた書簡の件だな? すまぬがエミリア、読んではくれないか? 最初の挨拶文は飛ばして良い」

「はい」

 私はラプラタ様から預かっていた書簡の封を開け、中身をさっと見通す。


 ”この書簡を持ってきた、あなたの目の前に居るであろう二人が過去にお伝えしました、環と柱です”


 これはどういう意味なのだろう。

 環と柱?

 私とシュウの事なのは解るけれど、その言葉をつけた理由が解らない。

 もしかして、まだラプラタ様が隠している事の中には何か重大な事があるのかも……。


 私は様々な考察をしながらも、書簡の中身を読み上げた。


「以上です」

「なるほど、遂に見つけたようだな」

 内容を伝え終わると、デウスマギア様は大きく息を吐き満足そうな表情で話しかけた。


 デウスマギア様はこの文章の意味を知っているって事だよね。

 何故?

 どうして?

 大いなる厄災に関する事が知れてしまったら地上はパニックになってしまう筈。だから必要最低限な人にしか伝えていないし、本来悪魔であるラプラタ様は人間を装って宮廷魔術師長をしている。

 じゃあ、デウスマギア様は必要最低限な人だった事なの?

 解らない。知らない事が多すぎる。

 もっとラプラタ様にいろいろ聞かないと。


「ぬしらに渡すものがある。こちらへ来い」

 デウスマギア様の表情が変わった。

 ついに私が予想していた、儀式的な何かが始まる。

 デウスマギア様はゆっくりと部屋の隅へ歩くとその場でしゃがみこみ、床板を外す。

 外すとそこには、人一人がかろうじて通れるはしご付きの縦穴があり、デウスマギア様は無言のまま下へと降りていく。

 私とシュウはデウスマギア様の後を追い、縦穴を降りていく。


「ここは……?」

 はしごを折りきると、デウスマギア様は指から炎を出して周囲を照らす。

 私は部屋をくまなく見ると、奥には何やらレリーフが彫られた祭壇が二つ並んでいるのを確認出来た。


「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。わしがここで行う事は、二人に己を知るきっかけを与えるだけだ」

 その言葉でこれから起こる事が何と無くだけども解った。

 だから不安だったけれども、同時に少し期待もしていた。


「そこに月の印が彫られた二つの祭壇がある。それぞれ一人ずつ、横になれ」

 私はデウスマギア様の指示の通り、祭壇の上で仰向けになる。


 もしかしたら、私のまだ思い出せない記憶が蘇るかもしれない。

 そうすれば、大いなる厄災についてさらに詳しい事や、私の隣にいた謎の天使についても明らかになる。

 けども、その記憶が戻った事で今度こそ私が私じゃ無くなってしまうのかもしれない。

 その結果、シュウと離れてしまうなんて事になったら……。


「決して逃げるな。敗北は死を意味するぞ」

 全身が空へと引っ張られるような感覚がだんだんと強くなっていく。

 今は不安がってちゃ駄目、こういう時こそ強く考えないと。

 記憶が戻っても私は私なんだ。ずっとシュウと一緒にいるんだ。

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