第五十一話 底辺騎士から見た、風と時の賢者
前宮廷魔術師長に会い、書簡を渡すという任務を受けた翌日の朝。
城内でエミリアと合流したあたしは、エミリアに引き連れられる形で目的の人物が居る場所へ向かった。
隠居生活をしていると聞いていたから、どんな僻地に住んでいるのだろうと思っていたけれども。
「初めて来たけれど。人、住んでいるの?」
到着した場所にはうっそうとした森の中で静かに佇む、建物全体が円柱状になっており、壁面がレンガで作られているの家がある。
窓は無く、壁はコケやら蔓やらがびっしり絡み付いており、ぱっと見た感じ廃墟にしか見えない。
「うん、ここで間違いないよ。私は過去に任務で来たことがあるからね」
あたしにいつもの優しい笑顔を見せた後、エミリアはかぶっていた帽子をとると扉を二度ほどノックする。
「デウスマギア様、エミリアです。ラプラタ様から預かった書簡をお届けに参りました」
エミリアが古い木で出来た扉の前で、今回の用件を伝えた。
「……久しいな」
少しの間の後に木製の扉が音をたててゆっくりと開くと、そこにはしわだらけの青白い顔に灰色の長い髭を生やした、真っ黒なローブを羽織っている老人が現れる。
「む、本当にエミリアか? 以前と雰囲気が違う」
少し濁った瞳をエミリアの方へむけ、自身のひげを触りながらなにやら考えつつも問いかける。
流石は賢者って呼ばれているだけはあって、天使の力に気づいたのかな?
「そちらの騎士は慣れぬ雰囲気を持っている、名は?」
「え、えっと、銅騎士のシュウです」
今度はこちらを顔ごと向けてくる。あたしは恐る恐る近寄り名乗ると、賢者と呼ばれている老人はあたしの顔の輪郭を、枯れ木の枝のような手で三度ほど触れる。
「ほお、銅騎士が来るとは珍しい」
何かを悟ったらしく、老人の強張っていた顔がエミリアと出会った時と同じように、穏やかな表情に戻る。
「興味がある。話がしたい。中へ入れ」
エミリアは笑顔のまま一つ返事をした後に家の中へと入っていく。どんよりと薄暗い室内を警戒しつつ、あたしはエミリアの背に隠れるようにしてついていった。
「そこに椅子がある、適当に座れ」
部屋の中は薄暗く、所々にあるろうそく以外明かりは無い。
暗いせいで部屋の中は詳しく解らないけれども、そんなに広くはなさそうかな?
ラプラタ様の隠し研究室と同じ様に棚は本が所狭しと詰められ、なにやら怪しげな形状の、おそらくは魔術の実験に使うであろう道具が乱雑に机の上におかれている。
あたしはそんな不気味な室内に多少警戒しつつも、余り座り心地の良くない椅子へ腰掛ける。
「さて、いろいろと興味深くはあるが……、まずはぬしらが持ってきた書簡の件だな? すまぬがエミリア、読んではくれないか? 最初の挨拶文は飛ばして良い」
「はい」
エミリアは一言返事をすると、ラプラタ様から受け取った書簡の封を開けて内容を読み出す。
中身の文面を見た時、少し表情が変わったのは気のせいかな?
「この書簡を持ってきた、あなたの目の前に居るであろう二人が過去にお伝えしました、環と柱です」
環と柱ってどういう意味なのだろう。
たぶんエミリアとあたしって事なのかな、じゃあエミリアが環で、あたしが柱?
それとも逆なの?
うーん、わけが解らないや。
「以上です」
「なるほど、遂に見つけたようだな」
このおじいちゃんには意味が解ったらしい。
ラプラタ様が前にエレメントがどうとかって言ってたから、それと何か関係があるのかな?
二人が協力しあっているってのも気になる……。
「ぬしらに渡すものがある。こちらへ来い」
今までの穏やかな表情から、あたしと初めて出会った時と同じような厳しい表情に戻ると、今まで暗くてよく解らなかった部屋の片隅の床板を外す。
そこには人一人がかろうじて通れるはしご付きの縦穴があり、何だかおぼつかない動作で賢者と呼ばれている老人は下へと降りていく。
あたしとエミリアもデウスマギア様の後を追い、縦穴を降りていく。
「ここは……?」
はしごを折りきると、デウスマギア様は指から炎を出す。
真っ赤に燃える炎は今まで暗くて目の前くらいしか見えなかった場所を照らしていく。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。わしがここで行う事は、二人に己を知るきっかけを与えるだけだ」
一体何を言っているのかあたしにはさっぱり理解が出来なかった。
ラプラタ様の書簡の事もそうだし、何だか良く解らない事だらけだなあ。
あたしはふとエミリアの方を見る。
エミリアは、不安そうな表情をしながらデウスマギア様を見ている。
この人ならこれから何がおこるのか、今まで何がおこっていたのかエミリアなら解ってるのかもしれない。
ってまたあたしだけおいてけぼりじゃん!
「そこに月の印が彫られた二つの祭壇がある。それぞれ一人ずつ、横になれ」
部屋の奥には賢者が言ったように月の印が掘られた祭壇が二つ、横に並んでいる。
月以外にもなにやらいろいろ掘られているっぽいけれども、さすがにそれを認知するまでは明るくなく、もたもたしているとおじいちゃんの視線が痛かったから、あたしは確認せずそそくさと指示に従い祭壇の上に昇り、体を横にする。
「あの、これから何を行うのです?」
「先程言った事が聞こえなかったのか? 解らぬならば自分で考えろ」
どうしても気になって聞いてみたけれどもやっぱり教えてくれない。
先程言った事っていわれてもそれがわかんないから聞いてるのに!
ぶーぶー。
「決して逃げるな。敗北は死を意味するぞ」
賢者デウスマギアは、低い声で脅した後に両腕を大きく広げて何やら詠唱を始める。
決して逃げるなってどういう事なの?
敗北は死?
ちゃんと説明してよ!
う、うわああああ!
あたしは説明の少なさに不満を感じていた時、まるで空中に全身が引っ張られるような感覚に襲われる。
な、なにがはじまるって言うの!?




