第五十話 悪魔が語るプレリュード。聞き手は輝色魔術師
私とシュウはラプラタ様から召集がかかり、執務室を尋ねる。
室内に入ると、ラプラタ様は手を組んで真剣な眼差しをしたまま私達を待っており、二人が揃った事を確認した後に口を開く。
「私が呼んだ理由は解るわね?」
「はい」
シュウが恐る恐る返事をしている。
この雰囲気は、まずラプラタ様が地上へ来た理由や少し過去に話した、大いなる厄災についての話の続きなのだろう事は容易に想像出来た。
「結論から言うわ。大いなる厄災、それは太古の時に天使達が目覚めさせた破滅の女神よ」
「破滅の女神……?」
「ええ、命ある者の死、形ある者の無を与える。絶対的な力を持つ冷酷無比なる存在。つまり、簡単に言うと放っておいたらかなり危ない神様って事ね」
破滅の女神。
私はその存在について知っていた。
この時代よりも遥か昔、まだ私が人間へ生まれ変わる前、天使の住む世界で内乱が起こった。
反乱をおこした天使達は、自らの野望の為に破滅の女神を呼び出す事を画策し、水面下で暗躍した結果、女神を目覚めさせる事に成功させる。
反乱の首謀者であり、女神を目覚めさせた天使を私と仲間の天使で討伐して、野望を潰えさせる事は出来たが、余りに強大な力を持つ破壊の権化に立ち向かう余力は残されておらず、地上の生命を避難させると大雨が降り続ける地上へと敢えて隔離し、その雨から生まれる濁流によって地上諸共洗い流す事で女神を倒そうとした。
結果として地上の全ては浄化されてそれで何もかもが終わったと、生き残った天使達全員は確信していたけれども。
まさか魔界に逃れていたなんて……。
「察しているとは思うけれど、私の本当の目的は、その破滅の女神を倒す力の素質を持つ人間を見つける事」
「そしてその人間として、シュウと私が選ばれたのですね」
シュウが心配そうな顔をしてこちらを見ていた為、私は誤魔化すようにラプラタ様の言葉に反応する。
ラプラタ様の作戦がいまいちつかめない。
シュウと私で本当にあの女神を倒す事が出来るの?
私はまだ完璧ではない記憶を辿る。
あの頃の私は、今とは比べものにならない程の力を持っていた。
それでも破滅の女神を倒す事は出来なかった。
そして……。
「ええ。人間にはエレメントって言う、人によって性質が違うモノを生まれた時から持っているけれど、私は強い闇のエレメントを持った人間と、強い光のエレメントを持った人間を探していたのよ」
「光は天使であるエミリアで、じゃああたしが闇……?」
「そうね。シュウちゃんが風精の国の兵士内で最も強い闇のエレメントを持っていた」
シュウとラプラタ様が喋っている中、私は自分の記憶が蘇るにつれて新たな疑問をかかえていた。
それは、何かが記憶から欠落していると言う事だ。
女神と対峙した時に私の隣にもう一人、仲間だった天使が居たはず。それなのにその天使の事が全く思い出せないのである。
男なのか、女なのか、大人なのか、子供なのか。
まるでそこだけ切り取られたかのように、すっぽりと無い。
思い出そうとしても、その天使が居たであろうって事以外全く解らない。
「別にエレメントが強いからって、魔術が出来るとか身体能力が高いとか賢いとか、そういうのは関係ないからね」
考え事を止めて横を向くと、何だかがっかりしているシュウの姿が見える。
ふふ、本当にかあいいんだから。
きっと、自分は出来るって思ったけれどもラプラタ様に否定されちゃったんだよね。
私はあなたの事、ずっと出来るって信じてるから。
だからそんなに気を落とさないでね。
「今の封印が解けて破滅の女神が再び動き出すのは、地上の暦換算で三年後となの。それまでに私は女神に対抗する為の力を何としてでも手に入れなければならない」
後三年で女神が蘇り、地上と魔界が再び脅威にさらされる。
今度こそ、あの存在を消滅させないと。
「でも、悪魔になったあたしと天使になったエミリアがいるわけですし、もう大丈夫ですよね?」
「確かに最低条件は満たせたわ。けれどももっと万全の状態で挑みたいの。そこでシュウとエミリアに任務を与えるわ」
ラプラタ様はそう言いながら、机の引き出しを開けて一通の筒状になった手紙を私に手渡す。
「前宮廷魔術師長、地上では風と時の賢者と呼ばれているデウスマギアにその書簡を渡して欲しいの」
前の火竜の国王の時みたいに、挑発するような文章を書いてシュウを無理矢理修行させるように仕向けるのかな。万全の状態で挑みたいって言ってるし。
でも、あの人はもう隠者として過ごしているだろうから、とてもラプラタ様の誘いにのるとも思えない。
「多分、書簡を渡してからいろいろと言われるかもしれない。その時は、デウスマギアの指示に従いなさい」
また一波乱ありそうな気がする。
ラプラタ様は本当に、何を考えているのかしら……。




