第四十八話 親愛なる騎士さまへ
「血の祝福を受けた汝、偽りの影は消失し真実なる意思へと再び目覚めるであろう」
遠くからラプラタ様の声が響くと気分が悪くなってから、まるで海の底に沈んだかのように重く身動きが取れなかった体に力が入り、おぼろげだった意識がだんだんとはっきりしていく。
「んん……」
「シュウ! 無事なの? 元に戻ったの?」
あたしは目を開けると、そこには泣きそうな顔でこちらを見ながら体を揺さぶってくるエミリアがいた。
うぐぐ、そんなに揺らさないでー!
き、気分が悪くなっちゃう……。
「エミリア、シュウちゃんはもう大丈夫だから、少し寝かせてあげなさい」
「え? ああはい。すみません、取り乱してしまって」
散々体を揺らされたあたしの目の前はまだゆっさゆさしていて、何だか気分が悪いのはきっと気のせいじゃない。
「シュウ、戻ってきて良かった」
どうしてそんなにうれし泣きしているんだろ?
うーん、あたし何してたんだっけ。
駄目だ、エミリアが悪魔に乗り移られたリトリアをやっつけてそれから何も覚えていないよ。
そういえば、床の魔方陣も光ってないし、もしかして何だか知らないうちに全てが解決しちゃった……?
うう、何だかまた活躍出来なかった。くすん。
ってそんな事考えている場合じゃない。リトリアが!
「リトリアとエルネスティーヌもまだ生きているから助けるわよ。エミリア、手伝ってちょうだい」
「はい」
二人はぼろぼろのリトリアと、虚ろなエルさんを治療し始める。
何だかいい感じに解決しそうかも。二人とも生きててよかった。うんうん。
あたしは手伝える事が無かったため、変身を解いた後にもう一度今までの事を思い出そうとするけれども、やっぱり何も思い出すことが出来ずに一人もやもやとしていた。
そして、一連の騒動が鎮静化し、謁見の間では。
「地霊の国で多くの戦果をあげたエミリア、そしてこの風精の国の危機を救ったプラチニア、二人にはそれぞれ風精の国名誉魔術師と名誉騎士の称号、そして褒章金十万ゴールドを与える」
今回の出来事で最も活躍した二人は、王様からじきじきにご褒美がもらえる。
パートナーであるあたしも二人の輝かしい姿を心から祝福したいとは思うんだけども。
なんで今回の事件の首謀者である白金騎士が名誉騎士なの!
もー、本当に納得いかない!
後から聞いた話だと、エミリアとあたしがリトリアと戦っている最中、一人抜け出した後に国の偉い人達を救出した功績って事らしいんだけども。
白金騎士の家は王族や貴族にコネがあるらしいから、そういう大人の事情とかあるんだろうなあ。
全ての罪を擦り付けられたリトリアはランク最下位まで降格させられてしまい、悪魔の憑かれていた事は認められてなんとか極刑は免れたけれどもずっと軟禁状態が続いている。同じく今回の事件の被害者であるエルさんも治療中で任務復帰はまだ先らしい。
あたしが知っているリトリア以外の共謀者である伝令の兵士は行方不明みたい。
真実を全てばらすって言ったら、あたしとエミリアの変身について言いふらすって逆に脅されたし、むうううう。
こんな結末納得いかないよ!
こうして理不尽かつ不快な授与式は終わり、気持ちが晴れないままお金の受け取りを済ますエミリアをお城のエントランスで待っていると、いつもの笑顔のまま金貨の入った袋をあたしに差し出す。
「ねね、報奨金貰ったし、これでどこか行かないかな?」
「う、うーん」
お誘いは凄く嬉しいんだけども、やっぱり悪い人が褒められるのは……。はぁ。
エミリアは気にならないのかな。
「大丈夫だよ。彼には相応の報いが待っているから」
その言葉を口ずさんだ時、いつも陽だまりのようなエミリアの表情は陰り、冷たい眼差しで遠くを見つめだす。
何を言っているんだろう?
何か知ってるのかな……。
そして数日が経ち、国内はまるで何事も無かったかのように平穏な日常に戻る。
「ねね、エミリア。きらきら星亭行って、イチゴパフェたべよー」
あたしはエミリアの部屋を訪ね、デートへと誘う。
手元には本があるから、いつも通り静かに読書してたのかな?
「ふふ。昨日もその前もいったけども、飽きないんだね。好きなんだね」
優しい笑顔で言われて気がついたけれども、確かにそういわれれば毎日行ってる気がする。
や、やばい。お小遣いが無くなっちゃう!
うう、お給金は相変わらずだし、当分はおあずけ……。
「きょ、今日で最後だから! しばらくはいけなさそうだし、だからいっぱい食べるぞー!」
「うん。じゃあいこっか」
エミリアは本を棚に戻し、壁にかけてあったマントを羽織りあたしと手を繋ぐ。
ああ、エミリアの手あったかい。ほどよくやらかいしすべすべしててさわり心地も最高。何だかどきどきしちゃうね。
あたしが本当に男の子だったらなー、そうしたら恋人になれたのに。
でも男の子嫌いって言ってたし、むしろ女の子で良かったのかも?
ま、まあ女の子同士でもたまにイチャイチャしてくれるし、いい事にしておこう。ウン。
あたしが手の温もりを感じつつ、様々な妄想をしている時、一際立派な屋敷の入り口におかれた立ち入り禁止の看板が目にはいる。
今までこんなの無かったのに、しかも良く見たら入り口のドアノブが鎖で固定されているよ。
「あれ、ここって空き家だっけ?」
「ここは元々ランク一の騎士の家だった場所だね。改修して博物館にするみたい」
ほおほお、改修中なのね。
うん?
ランク一の騎士って事は……。
「元々白金騎士の家って事なのかな。どうしちゃったんだろ?」
「うーん、シュウになら言ってもいいかな。絶対に誰にも言わないでね」
エミリアは悩んだ後、少し声のトーンと音量を下げて話し始める。
「実は事件の後、ラプラタ様が独自に調査をしていて、プラチニアが主犯である事実を突き止める事が出来たの。確かに白金騎士の家は王族や貴族との繋がりも強くて、彼の家からそういう人が出るって世間に広まると国内だけの問題じゃなくなるから、誰にも知られないように彼と彼らの血筋の人達の財産を没収した後、島流しの刑にされたみたい」
そんな事があったなんて、全然知らなかったよ。
以前に相応の報いがあるとか言ってたけども、もしかしてあたし以外は何と無く知ってたのかな。
そう思いつつ、あたしは誰もいない屋敷を横目で見つつ、きらきら星亭へと向かう。
「おや、お化け魔術師とそのパートナーのシュウちゃんじゃない」
「あれ、エルさんだ。リトリアも居る!」
現地に到着し、大好物なイチゴパフェを注文すると、見慣れた顔があった事に気がつく。
相手もあたし達に気がついたのか、一声かけた後に近い席へと移動してきた。
療養中のエルさんと、拘束されている身のリトリアが一緒にいるなんて珍しい。二人とももう出てこれたって事は、さっきの話とあわせて疑いが晴れて万事解決ってわけだね。
「もう大丈夫なの?」
「魔術師ランク二を馬鹿にしちゃ駄目なんだよ? と言いたいけれども、今回はちょっと危なかった」
「僕のせいだね。ごめんなさいエルさん」
今回の事を、頭を何度も下げて謝っている。
見た目も雰囲気も、あたしとペアを組んでいた時に戻ってるし、エミリアに倒されてからの処置が早かったおかげで、こうやって何の後遺症も無く生活出来ているみたいだね。
「まあ、何だか大変な事に巻き込まれてたみたいだし、仕方ないね。そんなに気にしない!」
「うん!」
エルさんも事件を把握しているらしく、リトリアは利用されていただけって事を解ってるから全然気にしていないみたいだ。
あたしは二人の元気な姿を見ながら、今回の任務が終わった事に安堵と満足感を感じつつ、イチゴパフェを食べる。
女の子同士の会話と大好物を堪能し、気がつくと日が暮れていた。
あたしとエミリアはエルさんとリトリアに別れを告げ、各々は自室へと戻ろうとする。
その道中にて。
「ねえシュウ」
「うん? どうしたの?」
今までずっと明るく振舞っていたエミリアが、急に神妙な顔つきでこちらを見ている。目にはうっすらと涙をうかべているし、一体どうしたんだろう。
「ごめんね、あなたが悪魔に乗っ取られた時、私はあなたを救う術を見つけられなかった」
後にラプラタ様から聞いた話だと、リトリアを支配していた悪魔が今度はあたしを操ってエミリアを攻撃していたらしいけども。
「もういいんだよ。正直あたしも何が何だか訳解らなかったし、結果的にみんな無事だったから!」
変な事をしていなければいいけども、見た感じそんな事はなさそうなのかな。
あたしがもっとしっかりしていればいいのに、別にエミリアが悪いわけじゃないのに。
「あなたは私の事を救ってくれたのにね、私情けないね」
「もう大丈夫だから、そんなに自分を責めないで。エミリアは泣き顔も素敵だけど、笑ってたほうがもっと可愛いよ?」
そんなに思いつめていたのかな。
もう過ぎた事だし、みんな無事だったわけだから結果的に良しって事にしようよ!
それにしても、泣き顔も可愛い。なんだか虐めたくなっちゃうね!
ってここで虐めたら後々怖いからやめておこう。
「いやん、そんな意地悪言わないで。恥ずかしいから……」
エミリアは涙目のまま、視線を別の方向に逸らす。
そんな彼女の態度を見たあたしは、心の中で思わずガッツポーズをとってしまう。
だって、こんな弱気なエミリアの姿はあたししか知らないからね。うふふ。




