第四十七話 苦悩するエミリア
「ねえ、しっかりして!」
「うう……」
何が起こっているのか解らなかった。
私のパートナーで大事な人が、訳も解らずに酷く苦しんでいる。
「癒しの光、ライトキュア」
理由や考察はとりあえず後回しにして、早くシュウを助けないと。その一心で私は傷を癒し気力を取り戻す天空術を発動させる。
これで良くなってくれれば、お願い治って!
「どうして? どうして元気にならないの?」
私の思いは虚しく、顔色はますます悪くなっていき、苦しみうずくまったままついに動かなくなってしまった。
駄目だ、でたらめに回復しても意味が無い。何故そうなったかを考えて適切な処置をしないと……。
落ち着け、私が冷静にならないと。
慌てる自分をなだめつつ、回復の手を緩める事無くどうすれば再びシュウが元気になるか、何故こうなってしまったかを考える。
まず私が悪魔へと変身してしまったリトリアを倒して、力尽きたリトリアをシュウが抱きかかえて泣いている時に部屋のどこからか声が聞こえて、その後に様子がおかしくなった。
悪魔が最後に言い放った言葉、仲間の手で最後を迎えるとか言っていた。
ここは今は姿が見えない白金騎士と、悪魔降臨のための犠牲になったリトリアが居た場所。
彼女が解放の言葉を言った瞬間、魔方陣が反応していた。
私はふと、床に描かれた魔方陣を見る。
恐らくは召喚用だと思うけれど、初めて見る模様が刻まれている。今でも魔方陣の線はぼんやりと青白い光を放っている。
やっぱり……。
正直それについて考えたくは無かった。
だって、認めてしまったらシュウは……!
私は回復を止め、その場で呆然とする。
目から自然と涙が出てたのは、どう考えていも最悪の結果にしかなってない事に気がついてしまったから。
「これから訪れる自らの死に涙しているのか、セラフィムよ!」
今まで意識を失い閉じていた目を大きく見開くと、声は大好きな人のままだけれど、普段からは想像もつかない口調で私に話しかけてくるシュウが居る。
そして声と同時にシュウの手が私の首を力強く掴み、呼吸が出来ないほど強く握り締めてくる。
「あぐうっ」
「苦しいか、苦しいだろう? だがお前と小娘によって殺された私の苦しみに比べればこの程度!」
や、やめて……。お願い……。
私は強く願った。この手が離れる事と、シュウが元に戻る事を。
しかし、私の思いは意識と共にだんだん消えてなくなっていく。
「いいか、死ぬ間際に自分から絶命したくなる程辱めてやる。私が受けた屈辱を幾万倍にして返してやる。だから簡単に死ぬなよ?」
「ぐぐ……」
気が……遠くなっていく。
うう、このままじゃ。
ごめんね、ごめんなさいシュウ……。
体の感覚と視界がぼやけ、私の意識が遠く彼方へと逝こうとしていた時にふと私の大事な人の顔を思い出す。
いつも私のそばにいてくれたあの人。
何だかとても素直で、裏表が無くってそれが凄いかあいくて新鮮だった。
その人は、私についていこうとずっと頑張っていた。
辛い事や苦しい事だって沢山あったと思うし、命にかえてまで私を救ってくれた事もある。
それなのに、どうして私は弱気になっているの?
こんなんじゃ駄目だ、今度は私が助けるんだ。
私なら出来る、必ずシュウを救ってまた一緒に過ごすんだ!
私は負けない!
私は頭と心の中にあったもやもやした気持ちを全て振り払い、捨て去り全身に力を入れる。
すると眩い閃光が私から放出され、敵である悪魔はその強い輝きに怯み、今まで私の命を奪おうとしたその手の力を緩めて数歩ほど後ろへ下がる。
「まだこんな力があったとは」
「げほっ、げほっ」
何とか悲惨な最後は回避できたけれども、正直打開策は見出せずまだ迷っている自分がいる。
出来る事なら戦いたくない。だって目の前にいるのは、私が信頼してきた、私の事を心から愛してくれている人だから。そんな人となんて戦えるわけが無い!
「私はリトリアだけじゃなくて、自分の騎士も手にかけなきゃいけないの?」
「苦しいか? 痛いか? もっと苦しめ。お前にあるのは絶望と苦痛、ただそれだけだ」
凄い苦しいし、辛い。
何故ここまで悩まなければならないの?
「でもね、私は諦めないよ。あなたを救うから。必ず取り返して見せるから」
自然と震える声を抑えながら、私は何も無い場所から白銀の杖を取り出し構える。
「救う? 救いなど無い。あるのはここですぐに死ぬか、私の下僕となり永遠の闇を彷徨いながら死ぬかどちらかだ」
確かにこのままでは悲惨な最後を迎えてしまう。
考えないと、シュウを救う方法を探し出さないと。
必ずあるはずだ。絶対に諦めない。
「流石はエミリアね。あなたなら諦めずに立ち向かうと信じていた」
自身を必死に奮い立たせながらこの状況を改善する術を探している時、背中の方から私の親代わりである人の声が聞こえてくる。
私は思考を中断し、そちらを振り向くと。
「ら、ラプラタ様! どうしてここに?」
「リトリアの手で捕らわれていた私を、白金騎士が救ってくれた」
そこには予想していた通り、ラプラタ様が腕を組み、笑顔のままこちらを見ていた。
ここにいると言う事は、解放されたみたいだね。よかった。
でも、解放したのがこの最悪な状況を生み出した元凶であるプラチニアだなんて。
そういえば、ずっと居ないとからどこへいってしまったのかと思っていたけれど、まさか人質を救出していたとは。
何故?
自分で反乱を起こし、捕らえた国家の重鎮を自分の手で解放する彼の行為を、私は理解できずにいる。
駄目ね、解らない事だらけね。何だか後手後手に回っている。
「何だか引っかかる事ばかりだけども……」
ラプラタ様も困惑している。
私もよく解らない事ばかり。解放してしまうのなら、じゃあ何故そもそもクーデターを起こしたのか?
やっている事が矛盾している。このままじゃ無為に国内を騒がせただけになってしまう。
それとも、地霊の国から兵士を引き揚げるのが目的?
それが破綻したから人質を解放したと言うの?
それにしては安直すぎる。
「今は悩むより、シュウちゃんを何とかしないとね。エミリアは下がってなさい」
「何とかする? どうにも出来ないぞ。この体はもう私のモノだ」
悪魔は笑いながら胸に手をあて勝ち誇ったかのように宣言してきた。
しかし、ラプラタ様はそんな相手の様子をじっと見据えている。何を考えているのだろうか。
何かいい作戦があるのだろうか。
まさか、私が手を下さないからラプラタ様が……!
「正直、私的には大悪魔だから丁重にもてなさなければならないのだけれども、今その子を取られると全ての計画が破綻してしまうの。申し訳ないけれども、一撃で終わらせるわ」
何重にも織られたローブの長い裾から禍々しく赤く光る骨で出来た杖を出すと、魔術の詠唱へと入る。
「ほう、お前も悪魔か。しかも相当の実力を隠している。しかし、隙だらけだ!」
不敵な笑顔のまま、シュウの体を乗っ取った悪魔は腰に下げてある剣を抜き、青白く冷たく光る剣を突きたてながら間合いを一気に詰めてくる。
ラプラタ様は詠唱を始めて無防備、というか敵が目の前に居るのに詠唱をするなんて!
何故?
このままでは一方的にやられてしまう。あなたには一体何が見えているのいうの?
私が戸惑っている中、鞘から抜かれた剣の切っ先が、ラプラタ様の体を貫こうと迫り来ようとしたその時だった。
「ぐっ、体が……いう事をきかん。何故だ」
まるで何かにぶつかったかのように、剣先はラプラタ様の体の僅か手前で止まる。
腕は小刻みに震えている事から、相当の力を入れているのだろうけれど、その場から進むことも引くことも出来ずにただ歯を食いしばりながら、状況の打破を試みようとする悪魔の姿があった。
「あなたはその悪魔の少女の体を乗っ取った。そう思ったでしょう。でもね、その子は意外と出来る子よ。現に私の詠唱の時間を稼いでくれているみたいね」
「ば、馬鹿な! 意識は確実に掌握している! それなのに――」
悪魔の表情は、次第に焦りの色が濃くなっていく。
シュウの意思が残っていたの?
まさか、ラプラタ様はこの事を予想していた……?
「我が杖に宿りし大いなる闇は無限の八苦を汝に与えた後、魂の欠片すらも滅するであろう。黒魔術、ピジョンブラッド・エリクシール!」
詠唱が完了し、杖からゆらゆらと漏れる真っ赤な光が強く輝くと、シュウの体からじわりと赤黒い霧が湧き出し、たちまち全身を包み込んでしまった。




