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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第三部「反逆編」
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第四十六話 大悪魔に魅入られし昏々の魔術師リトリア

 あたしの制止も無視し、解放の言葉を放ったリトリアは魔方陣の青白い光と、そこから放たれるどす黒い霧のような物にみるみると包まれて行く。

 少し離れているにも関わらず酷い悪寒を感じ、あたしは近寄れずにいると、やがて全身が見えないほど覆わわれていく。


 そして光はおさまり、霧が晴れていくとその姿にあたしはただ驚いていた。

 鎧のような青黒い鱗で全身は覆われ、肌は青白く、頭には雄々しく聳え立つ二本の角があり、背にはあたしのよりも立派な悪魔の翼が生えている。

 赤いインクの中に黒いインクを溶かしたような、混沌とした瞳でこちらを見ており。同じ悪魔の力を持っているはずなのにまるで体が石になったように動けずにいた。


「マサカ、再ビ現世ニ降リ立ツ時ガ来ヨウトハ……」

 元はリトリアで、今は悪魔となってしまったモノは、人間だった時の明るい声と、もう一人お腹に響くどす黒い声を同時に発しながら喋りだす。

 初めて会ったはずなのに、なんでこんなに怖いとか不安とか嫌な考えばっかり浮かぶんだろう。

 そう自覚できる程、形容しがたい負の感情に心中は支配されていく。


「私ハ渇イテイル。低級ナル魔族ヨ、ソノ命果テルマデ私ニ仕エヨ。名モ無キ天使ヨ、墜チテ私二尽クセ。ソシテ共ニ永久ニ隷属セヨ」

 悪魔はゆっくりとこちらへ歩みよってくる。

 戦わないといけないのに、立ち向かわなきゃ誰も助けられないのに。

 う、動け!

 今ここで動かなきゃ駄目なんだ!

 このままじゃ、あたしもエミリアもこの悪魔にやられてしまう!


「あんたの好き勝手にはさせないんだから!」

 硬直し動けなかった自分自身を奮起させるために、大きく声を張り上げる。

 すると、今まで金縛りにあったように動けなかった体がふと軽くなったような気がしたため、これはいけると思い腰に下げていた剣を鞘から出すと両手に握り、リトリアの成れの果てめがけて剣を振るう。


「抵抗ハ無駄ダ。モガクホド苦シムゾ」

「あたしは皆を救うんだ! ラプラタ様も、団長も、王様も、他の捕らわれた人も、そしてリトリアだって!」

 怖がっている場合じゃないんだ。

 ここでやらなければ風精の国は本当にこの悪魔のモノになってしまう。

 そんな事はさせちゃ駄目なんだ、あたしとエミリアの帰る場所を取り戻すんだ。


「コノ娘ヲ救ウノカ? 私ノ復活ノ為ニ、贄トナッタ栄誉アルコノ娘ヲ」

「そうだよ! リトリアの人としての幸せを取り返す!」

 あたしは相手の傲慢な態度にも負けず、幾度も剣を振るった。

 しかし、全て固い鱗で覆われた手甲で弾かれてしまい、金属音だけが虚しく部屋に響く。

 かったいなあもう。でも諦めないよ、相手が倒れるまで何度でも打ち込んでやるんだから!


「シュウ! そいつから離れて!」

 あたしが攻めあぐねていた時、今まで動けなかったであろうエミリアの声が聞こえる。その声の通りに従い、大きく後ろへ跳躍し敵から離れた。


「大いなる光の力は慟哭を超え、絶対不変なる絶望と苦痛を汝に与えん。滅亡の破光、カタストロフィ!」

「ソ、ソノ天空術ハ!」

 エミリアの両手には、膨大な光のエネルギーが集まり塊となっており、詠唱が完遂するとすぐにその力は解き放たれて、孤を描きながら敵めがけて飛んでいく。

 どうやらエミリアはあたしと変わり果てたリトリアが戦っていた時に、強そうな天空術を詠唱していたらしい。


「グオオオオオオッ!」

 光の塊は見事にリトリアへと直撃し、眩い光を放ち炸裂すると同時に悲痛な叫びと轟音が部屋中に響く。

 やがて光がおさまると、そこには人間だった頃の姿のリトリアが力なく倒れており、目覚める時に出ていた黒い霧も全く無くなっており、魔方陣が弱弱しく光を放っているだけになった。


「や、やったの?」

「ふう。シュウありがとうね、あなたに注意がそれていたお陰で強力な術の詠唱が出来たの」

 どうやら終わったようだ。

 これで風精の国は平和に戻って……、あれ?

 白金騎士がいつのまにか居なくなっている。どこへ行ったんだろう。

 そうだ!

 そんな事よりもリトリア!


 あたしは人間の姿に戻ったリトリアを抱きかかえる。

 触れた時に酷く冷たかった事から、自分の元パートナーを救えなかった事を確信せざるおえなかった。


「ごめんね、ごめんねリトリア……。ううっ」

 様子がおかしかった時に、もっと追究するべきだった。

 ラプラタ様の考えを無視して、風精の国に残るべきだった。

 あたしがリトリアと一番長くペアになって、あの子の事一番知ってると思ってたはずなのに。

 それなのに、それなのに……。


 どんなに後悔しても、もうこの子は元には戻らない。

 そう考えたら悲しくて悲しくて、胸が苦しいし涙が止まらないよう。


「ふはははは! まさかお前がこの現世にいるとは! なんという運命、なんという因果!」

 あたしがリトリアの最期に涙している時、リトリアに乗り移っていた時よりも明瞭ではっきりとした声が部屋のどこからか聞こえてくる。


「ま、まだ居るの!?」

 リトリアをその場で寝かせ、すかさず構えを取る。エミリアもその様子に周囲を見回しながら、警戒を怠らないようにしている。

 でも一体どうして?

 エミリアが倒したはずなのに、何故まだ声がしているの?


「仲間の手で自らの最後を迎えるがいい! セラフィムッ!」

 意味が解らない事を言い放った後、部屋には静寂が訪れる。

 さっきのは一体なんだったの?

 あれは、どういう事……あうっ!


 酷く頭が痛い。吐き気がする。

 目の前がぐらぐらと揺れて、ううっ!

 焼けるような胸を右手で抑えつつ、必死に堪えていたが我慢出来ずに左手を口に当てる。

 しかし、あたしの耐えようとする意思もむなしく、こみ上げてくる何かを止められず口から大量の体液を嘔吐してしまう。


「シュウ! しっかりして!」

「はぁ、はぁ。何これ、なんだかおかしいよ。怖いよ」

 体が寒い、震えがとまらないよ。何これどういうことなの?

 あたしの体、どうなっちゃったの?

 うう、意識が……。

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