第四十五話 暗がりの中で見た恐るべき事実
あたしとエミリア、二人は空を飛んで国境を越えて風精の国の王城へと目指す。
「ねえ、エミリアー」
「うん? 何かな?」
「リトリアの様子がおかしい事と、今回の反乱事件って何か関係あるのかな?」
あたしはずっと気になっていた事を聞いてみる。
今まであんな格好していなかったし、雰囲気も全然違った。話しかけた時も何だか変だったし、もしかしてあの時から今こうなる事を考えていたのかな。
白金騎士も確か、代々風精の国の王家に仕えている名門の騎士って聞いた事あるし、どうしてそんな人が裏切るような事をするのだろう。
「正直私も良く解らないの。プラチニアは私とペアだった時、別に変なそぶりもなかったし、私も何かされたとかそういうのは無かったからね」
「何かされたってどういう事?」
「あくまで憶測なんだけれど、リトリアが変わってしまったのはプラチニアとペアになってからだから、プラチニアが何かしたんじゃないのかなって思ったの」
なんだかそう言われたら、白金騎士が悪い気がしてきたかも!
でも何をしたんだろう。さてはいやらしい事を!
だから心に深い傷を負って、あんな風になって、……なに考えてるんだろあたし。
「あれが風精の国の城だよね?」
「うん、そうだね。空から見るのは初めてだから何だか新鮮だね。街の明かりが綺麗」
とてもしょうもない事を考えていると、眼下に大きな城と街が見える。
夜中だと言うのに街は明かりがついて、煌びやかな様子はまるで宝石をちりばめたみたいだね。
「人の居ないところで降りよう。あそこがいいかな」
エミリアが街から少し離れた誰も居なさそうな茂みを指差し、そこに降りる事にする。
「さてと、ここからどうやって進入するかだけども」
あたしが飛ぶためにかけた刻印術を解いて、これからどうするか二人で考えようとした時、何かあたし達に迫ってくる気配を感じてそちらを向く。
「何か来る! あれ? 犬……?」
悪魔になった事で夜目がいつもより利くあたしは、夜の闇の中から四足で走る動物を見つける。その動物は輪郭からして犬なのかな。あたしの身長の半分くらいの大きさがあり、真っ直ぐこちらへと向かってきている。
「聖鋭の神光、ディバイニティスピアー!」
あたしがそれの正体を知るべくさらに注視しようとした瞬間、エミリアはいち早く天空術を詠唱し、槍状になった眩い光を生成すると迫り来る動物へと投げつける。
鋭い光は見事に直撃し、動物らしきモノの体を貫くと、今まで猛然とこちらへ迫っていたモノは粉々に砕け、夜の闇へと溶けてなくなってしまった。
「どういう事? あれは?」
「うーん、どうやら私達がここにいる事、ばれてしまったみたい」
さすがはエミリアだね。
あれが敵だって事を、あたしよりも瞬時に察知出来るなんて。
でも、どうしてばれたんだろう?
「あれはエーテルで動物の姿に模り、偵察する斥候用の魔術、サモンパトローラーって言う術だね。かなり難しくて、風精の国の魔術師でも使えるのは十人いるかって程なの」
そんな魔術使える人なんてたぶん捕らわれているだろうし、それ以外だとリトリアが使ったのかな。金魔術師になったって言ってたし。
「なるべく早くいこう」
「うん」
街での混乱を避けるべく、また変身した姿をあまり多くの人に見られたくない為、街を経由して正門からではなく、人気の少ない、城に勤める者の専用通路から入っていく。
「おい、あれは……?」
「束縛と変質のルーンの組み合わせ、刻印術、メモリーロストアンドバインド発動!」
見回りの兵士にあたしとエミリアの存在が気づかれると、あたしは刻印術により兵士の意識を絶つ。
兵士はあたしの刻印術にかかると、その場で眠るように倒れて動かなくなってしまう。
「さすがシュウね」
ふふー、たまには役立たないとだね!
可能な限り手加減してあるから、朝になるまでには目覚めるだろうし、一応この僅かな時間の記憶も消えているはずだからあたし達の正体も解らないままなはず。
城の奥へと進み、部屋を次々と捜索して人質のいる場所を探していく。
しかし地下の牢獄は勿論、王立図書館、食堂、各兵団長の執務室、武器庫など、心当たりのある場所を一通り見回ったが目当ての存在を見つける事が出来ずにいた。
「ねえエミリア、こっちから何か嫌な雰囲気を感じる」
「うん、確かにそうだね。行ってみよう」
出会う兵士を全て刻印術で眠らせながらめぼしい場所は一通り見て周り、次にそれ以外の部屋を巡ろうとした時、何の変哲も無い、普段倉庫として使われているであろう部屋から何かただならぬ気配を感じた。
しかも頑丈に鍵してあるし、何だか怪しい。
「解放のルーンをこの鍵に付与し、刻印術、リリースアンロック!」
刻印術を使い、容易に解錠が成功する。
この調子でどんどんいいところ見せないとね。ふふんー。
あたしとエミリアはその扉のノブに手をかけ、恐る恐る扉を開けた後部屋へと入る。
「なに……、ここは?」
閉ざされた扉を開けると、床に描かれた大きな魔方陣は青く淡く輝き、その光の反射によって怪しげに照らされた壁には動物の頭蓋骨がかざられ、棚には怪しげな本や瓶詰めが無造作に並べられている。
そしてそのいかにも如何わしい場所には白金騎士と、魔方陣の中心にある石の祭壇で寝ているリトリアが居た。
「おや、侵入者は君達だったのかい。エミリア、そしてシュウ」
な、なんでばれてるの!
今確実に変身しているはずなのに!
どこかで見られたのかな。ならどこで?
でも白金騎士があたしの名前覚えているなんて、ちょっと嬉しい……ってそんな事を考えている場合じゃない。
「これからはこの国はホーリネスリング家が統治していく事になるのさ。我が主、アズモデウス様と共にね」
白金騎士は笑顔をこちらに見せながら話す。
その表情にいつもの爽やかで堅実そうな雰囲気は無い。あるのは野心に満ちている不穏な眼差しだけだ。
そしてアズモデウスって誰の事だろう?
「やあシュウ、元気だったかな。僕はほら、こんなに元気だよー。フフ」
今まで寝ていたリトリアが起き、床の光も相まってより青白い顔色のまま笑顔でこちらに微笑みかけてくる。口調はいつもと変わらないような気はするけれども、何だか生気が感じられないというか、あたしとペアだった頃の底抜けの明るさがまるで無い事に気がつく。
「何だか良く解らないけれども、僕は元々闇の力の影響を受けやすいらしくって、ずっと白金騎士様と一緒に任務をしながら、悪魔降臨の依り代として手伝っていたんだ」
じゃあ、あたしがエミリアとペアになった時からずっと……?
今までの間、リトリアに悪魔の魂を宿そうとしていたの?
「悪魔降臨は見事に成功したんだけども、まさかこんな大悪魔の魂を宿す事が出来たなんてね。僕も正直驚いてるよー」
リトリアがまるであたしやエミリアを見下すかのように、上目遣いで話し続けている。
あたしはふと、棚の影になっている何かに目を凝らす。
「ま、まさかあれって、エルさん……?」
今まで白金騎士とリトリアに注意がいってて気がつかなかったけれども、そこには力なく座り込む、傷だらけのランク二魔術師、エルさんが居た。
な、なんで、どうして?
何故こんな目にあってるの?
「ああ、あの人ね。この国の宝物庫にある、風の緑石と呼ばれる宝石が僕に宿した悪魔の力を完全にする為に必要だったからちょっとね。素直にどいていればこんな目にあわずにすんだのにね。まだ生きてはいるけれども僕の魔力の虜になっているから何も見えないし、誰の声も聞こえないけどね。アハハ」
こんな酷い事をするなんて……。
でも普段宝物庫に護衛を置く事なんてしていなかった。
けれども遠征にあわせて宝物庫を守ろうとした、しかも高ランクの人で。
と言う事は、ラプラタ様はこの事についていち早く察知していたと言う事なのかな。
「ラプラタ様は、ある程度は感づいていたみたいだね」
やっぱりそうだ、エミリアも同じ事を考えている。
でも食い止められなかったのは、リトリアに乗り移った悪魔の力が余りにも強大すぎたのか、確固たる証拠が無かったから追究出来なかった……?
ううん、今はそんな事を考えている場合じゃないよね。
「でももう遅いんだよ? あとは僕が目覚めるために必要な言葉を一言言えば……」
「やめて! リトリア!」
駄目!
リトリア、その言葉を言ってしまったらあなたは!
「色欲なる力の覚醒」
リトリアが怪しげな笑みを浮かべたまま解放の言葉を告げ終わると、床の魔方陣がさらに激しく光りだし、無垢だった少女を青白く染めていく。
悪魔の魂によって塗り替えられていくリトリアは、ずっと不気味に笑っていた。




