第四十四話 プラチニア・リベリオン
地霊の国で起きている保守派と革新派の争いは、あたしとエミリアが参戦し見事勝利を収めた峡谷の戦いをきっかけに次々と国内で発生し、戦いは保守派であり、風精の国と盟約を組んだルナティック達が快勝していった。
この調子でいけば、こちら側がまず負ける事は無い。有利な条件で講和条約を締結する事が出来ると作戦室内で皆が確信した時、風精の国から来た使者がエミリアの元へと訪ねてくる。
「伝令お疲れ様です。何かあったのですか?」
「十日前、風精の国にて宝物庫が何者かによって襲われる事件が発生しました。そのすぐ後、国内で大規模な内乱が発生し、国王と各兵団長が捕らわれてしまいました」
その発言であたしは一瞬思考が荒波のごとく、自覚できる程に酷く乱れてしまう。
え、どういう事?
ラプラタ様や団長も捕らえられちゃったって何で?
どうして?
「首謀者は……、解りますか?」
「騎士団所属、白金騎士プラチニアと、パートナーの昏々の魔術師リトリアです」
嘘でしょ!
白金騎士ってのも驚きだけど、リトリアが内乱を起こすなんて!
何かの間違いだよね?
あの子がそんな事をするなんてありえないよ……。
「な、なんで? どうしてリトリアがそんな事を?」
「正直理由が解らない。出兵の前の作戦会議でリトリアの印象が大きく変わっていたから、それと何か関係があるのかな」
周りの人が激しくざわつき動揺している中、あたしはふとエミリアの方を見る。あたしのパートナーは視線を落とし、自身の長い髪先を指先でいじりだす。こういう時のエミリアは何か考え事をしている時なんだけども、何かいい作戦でもあるのかな。
「エミリア殿、ここはもう大丈夫です。自国へ戻り、反乱鎮圧に専念して下さい」
「そーよそーよ。あんた達のペアばかり手柄立てられちゃ、私が活躍出来ないじゃない」
ルナティックの軍幹部の一人が熟考しているエミリアにそっと告げた直後に、シャーリンが手をぱたぱたと振りながら言う。
「解りました。それではいくつかの部隊と共に風精の国へ戻ります。他の方々は引き続き地霊の国でルナティックの人々を手伝って下さい」
二人の言動にエミリアは髪を触るのを止めた後に全員の表情を一望し、目を閉じて少し考え、再び見開くと自分の思いをその場にいる全員に伝えた。
こうして、あたしとエミリアは反乱が起きた風精の国へ戻る事となった。
作戦は地霊の国へ出兵した部隊の半分が国へ帰り、反乱鎮圧に向かう。決行は明日と連絡があったが、伝令があった夜。あたしが不安で寝れずにいる時、エミリアがこっそりと尋ねてくる。
「風精の国に戻るから、すぐに準備してね」
「あれ? 明日じゃないのかな?」
「詳しい事は道中の馬車で話すね」
本来の作戦とは違い、二人で真夜中の駐屯地から密かに抜け出していく事となってしまった。
なんでこんなこそこそと出て行くのだろう?
夜の暗闇の中、あたしはエミリアの手を握りながら、誰にも気づかれないように抜け出し二人で歩いていく。少し歩くと馬車が止めてあり、それに乗り込むと馬車はゆっくりと動き出す。
「二人だけで大丈夫なの?」
反乱勢力って白金騎士とリトリアだけじゃないだろうし、大丈夫なのかな。
「うん、むしろ二人だけでいいよ。私たちの目的は潜入して捕らわれた人達の救出だからね。うかつに大軍勢で戻ると警戒されるし、こっちが手薄になるのも嫌だからね」
当初の作戦と違うような?
反乱を鎮圧するんじゃないのかな。何か作戦を変える理由でも出来たのかな。
でも、確かにこっそり行動するなら人数少ないほうがいいかも。
「みんなに伝えた作戦をどうして変えたの?」
「風精の国の幹部や王様が捕らわれているのに伝令来たよね。その事が気になってね」
「こっそり抜け出したとかかな?」
「その可能性も無くは無いけれど、タイミングが良すぎるんだよね。だからわざと伝えに来たんじゃないかなって思ったの」
「ど、どういう事……?」
「うーん。地霊の国の派兵していた人達を戻せば、今までルナティック側有利だった状況が変わるかもしれない。かと言って風精の国に戻らなければ、捕縛された国の重鎮の命が危うい。ユニオンと反乱勢は秘密裏に手を組んでいて、反乱勢はユニオンを助ける為にわざと情報を伝えた。意識と兵力を逸らす為にね」
「ほおほお……」
「だから伝令の人が居る場所では、いくつか部隊を引き連れて行くって嘘ついたの。つまり、大部隊で攻めてくると見せかけての潜入作戦だね」
「なるほど」
なんだかいろいろ話してくれたけれども、潜入して捕らわれた王様やラプラタ様達をこっそり救出すればいいんだね。
それにしても、大変な事になってきちゃった。
反乱だよ?
クーデターだよ?
正直、まだ信じられないよ。白金騎士とリトリアがそんな事するなんて……。
「気になるのは、軍幹部を容易に捕らえる事が出来る反乱勢力だね。どんな手段で使ったのか興味あるけども、相当危険かもしれない」
そうだよ、ラプラタ様や団長を捕まえる事が出来るって相当強いんだよね?
過去に攻めてきたヘンタイ天使くらいの実力はあるかもしれない。
うーん、変身しなきゃいけないかも。
「怪我されたり、殺されたりしていなければいいけれど……」
皆無事で居て欲しい。
そしてリトリアに、何故こんな事をしたのかを聞きたい。
様々な考察をしている中、走っていた馬車が止まる。
「この先、国境の検問があります。このまま行きますか?」
「いいえ、ここで降ります。ありがとうございました」
「ご武運を」
馬車はあたしとエミリアが降りたことを確認すると、来た道を戻っていく。
国境があるこの場所は、周りを標高の高い山で囲まれている。
風精の国と地霊の国へ陸路で行き来するには、この山を越えなければいけない。山道は険しく時間がかかり、また土砂崩れや落石等の自然災害が頻発している地域らしく、今はもっぱら海路が主流となっている。
潜入したいから、陸路を使うのかな?
あれ?
でも反乱がおきたって事は、国境の検問も敵側に落ちちゃってるかもしれない?
「このまま行ってもばれちゃうかも?」
「うん、そうだね。国境の検問も恐らく制圧されていると思う。だから通らずに行きたいね」
そうだよね。でも通らずに行くってどうするんだろ?
「シュウならどうする?」
「うーん」
どうするって言われても、道がここしかないはずだから……。
後は飛んでいくか、諦めて海路を選ぶかだよねえ。
「正直、諦めるか変身して空飛んでいくくらいしか思いつかないや」
「うん。そうだね。ちょうど真っ暗で周りには誰も居なさそうだし、変身して一気に風精の国の城まで行こう」
えええ!?
当たってたよ。まさか本当に変身するなんて。
ラプラタ様から駄目って言われてるけどもいいのかな?
でも今は大変な時だし、エミリアがいいって言ってるからいいよね。
「天上なる神性の目覚め」
「深淵なる力の解放っ!」
あたしとエミリアは変身し、それぞれ悪魔と天使の姿になる。
うーん、いつ見てもエミリアは神々しい。素敵すぎる。
「ごめんね、発光しているからすぐにばれちゃうね」
「ううん! そんな事無いよ!」
変身したエミリアは、自らが明かりになる程、周囲を照らしている。
確か体が火で出来ているとか魂を宿しているとかいろいろとラプラタ様が言ってたっけかな。今度詳しく聞かなきゃ。
けど、困った顔も可愛いなあもう!
「空飛ぶのは初めてかな?」
「う、うん」
ああそうだった、飛んでいくんだった。
あたしって初めて空飛ぶけれども、大丈夫かな?
飛べなかったり、途中で墜落してあーあってなったらどうしよう。
ええい、悩んだって仕方ないや。あたしの思い通りならこれで……!
「えっと、全身の感覚を研ぎ澄ませて、自分が飛んでいるってイメージを頭で――」
「風と解放のルーンを組み合わせ、刻印術、フライングハイ発動!」
「……飛べたみたいだね」
エミリアがなにやら説明をしてくれていたけれども、あたしは刻印術の力で全身に風を纏い、思い通りに飛ぶことが出来た。
初めて空を飛んだけれども、意外と簡単に飛べるものなんだね。
「このまま一気にお城まで行こう」
エミリアが笑顔であたしに手を差し伸べてくれる。
あたしはその手を取り、絶対に離さない様ぎゅっと強く握りしめた。
まだ解らない事がたくさんあるし、何だか国を救うとか大変な事になっちゃったけれども、やるしかないんだ。エミリアと一緒だったら何だって出来そうだよ。




