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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第三部「反逆編」
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第四十三話 不穏な影

「エルちゃん、ここの守備はお願いね」

「はい。解りましたラプラタ様」

 こうして私は風精の国城内にある、宝物庫の見張りをする事になった。

 周りは窓も無く、夜だからと言う事もあって明かりはほとんど無い。予め持ってきたランプに火を灯し、椅子に座り深い闇を見つめる。

 ラプラタ様からはここを離れない事と、誰が来ても絶対に通さない事と、もしも判断がつかない場合や何か有事の際は必ず連絡する事を念入りに言われた。

 何が起こるのか正直予想もつかなかったし、本来任務は騎士とのペアで行われるはずが私一人にお願いしてくるなんて。

 ラプラタ様の雰囲気も思い違いかもしれないけれど、いつもと変わってたから、普段よりも感覚を研ぎ澄ませ、集中し、周囲の僅かな変化も見逃さない気持ちで務めてきた。

 でも……。


「はあーあ。こんなとこ誰も来ないよねえ」

 私は今までの緊張を解き、大きくあくびをすると椅子にだらしない姿勢で座りなおす。

 見張りは昼と夜で交代しながらする事になり、私は夜の見張りを任されている。

 数日が経過したけれど不審人物はおろか、普段城内を見回っている兵士しか来ない。

 昼間の見張りもランク八のジェリーがやってるらしいし、こんな居るだけの仕事に何でここまで戦力をかけるかとずっと疑問に思っていた。

 一体、ラプラタ様は何を考えているのだろうか。


 ラプラタ様。

 あの人はとても思慮の深い人だと言う事は解っている。

 祖父であるデウスマギアからは、ラプラタと言う魔術師には気をつけろって言ってたし。

 何を考えているか解らなきゃどう気をつければいいのか。

 まあ、私は私、お爺様はお爺様だからどうでもいいけどね、いい人そうだし。


 それにしても退屈だ。

 こんな事なら出兵に参加しておけばよかった。

 エミリアが参加するって聞いてたから、多分今回の戦いの手柄はエミリアが総なめするんだろうなって思い参加辞退したけれども、裏目だったと後悔している。


「エルさん。ラプラタ様がお呼びだよー」

「あれ、キミは……」

 私がため息を一つついた時、私にとって予想もしない人が想像もつかない姿で立っている。

 こんな暗い色の装備を好むような子だっけかな、もっと緩くて明るい印象があったと思ってたけれども、思い違いかな。

 喋り方もいつもならほわほわしてるはずなのに、何だか影があるというか、まるで生気が感じられないと言うか。


「もしかして、リトリア?」

 私の知っている見た目ではないけれども、何と無く面影があったからその人であろう名前を呼ぶ。

 しかしその呼びかけに対しての返答は無く、ただ私を虚ろかつ冷たい眼差しで見つめるだけだった。


「ごめんなさい。ここを離れるわけにはいかないの」

 私はそんな表情とは逆に首を二度ほど振った後、笑顔で用件を伝える。

 確か、リトリアは白金騎士とペアになってからは凄い勢いでランクをあげて、今じゃランク四で昏々の魔術師って呼ばれているんだっけか。


「そっか、離れていればよかったのに」

「どういう事?」

 一体何を言っているの?

 この子、何かおかしい。

 私は声をかけられるまで気づかなかった。一応場所の守備が任務だから、侵入者感知の為の術は施しておいたはずなのに、それに引っかからなかったし、足音も無かった。

 どうやってここまで来たのだろう。


 私がほんの僅かな時間戸惑った時、周囲は赤黒い霧のようなモノで覆われてしまい。私とリトリアだけしか見えなくなってしまう。


「こ、これはどういう事なの……?」

「どかないなら、どかすだけ」

 リトリアはそっと手の平を私にかざしてくる。

 これは、もしかして!

 私はとっさにその手の向いている方から逃げる。すると、今まで私が居た場所は真っ黒な火球が現れた直後、それは炸裂し小規模な爆発が発生、座っていた椅子が粉々になってしまう。


「何をするの!」

「邪魔だから、エルさんには死んで貰おうと思ったんだ。いいかな? フフ」

 正直理解出来ない。

 何故リトリアが私を殺そうとしているのか、そこまでして宝物庫に入りたいのは何故か?

 でも、私が危ないという事は事実。

 何とかしなければ。立ち向かわないと。

 そしてこの怪しげな空間から脱出しなければならない。

 まずはリトリアを止めないと。


 リトリアは先ほどと同じ魔術を連続して使用してくる。

 私はその攻撃を避けつつ、懐に隠してある二つの銀の腕輪を両手首にはめた後、魔術の詠唱をする。

自己合体魔術セルフ・フュージョン・マジック、クリスタルバースト!」

 詠唱が完遂すると、右手の平をリトリアの方へ向けた。すると何もない場所から水晶の塊が現れる。

 私が生成した水晶の塊は鋭い槍状になると、リトリアの方へ向かい、着弾した瞬間、高温と伴う爆発が生じる。

 私の攻撃に対してリトリアは一切の回避も防御もせず、放った攻撃の全てを受けた。

 これなら、たとえゴールドランクの魔術師だってただではすまないはず。


「フフ、無駄だよ。その程度の魔術が僕に通じるわけないじゃん」

 まともに受けたはず、それなのに全く効いていない……?

 

「本当の魔術を見せてあげるよ。絶望しながら死んじゃえ」

 リトリアは邪悪な笑顔を私へと向けると、詠唱を始める。

 詠唱が聞こえると、その内容に私は愕然としてしまう。


「う、うそ……。まさか三つ同時詠唱をしている?」

 最初には気のせいだと思った。けれどもこれは違う。

 私ですら二つ同時詠唱しか出来ないし、お爺様だって同じ。それなのにこんな、何故リトリアが!


三種合体魔術デルタ・フュージョン・マジック、ダークネス・マッドペイン!」

 詠唱が終わったリトリアは広げていた手の平を勢い良く自身の目の前で合わせる。

 すると、私とリトリアを取り巻く赤黒い霧から、次々と黒く光り輝く剣のような物体が私めがけて飛んできた。

 避けなければならない。これは当たったらいけない、確実に殺される!


 私は魔術発動時に僅かに乱れるエーテルの流れを読み、飛んでくるであろう方向を察知しながら何とか避けようとするが。


 ま、まずい。物凄い物量と速度でこのままじゃ……!

 はっ!


「うわああああああ!」

 足に少し掠っただけなのに、まるで全身が引き裂かれるように痛い。

 うう、このままじゃ……。


 体に力が入らない。意識が遠くなっていく。

 まさか、こんな最後なんて。



 雨の降る音が聞こえる。

 あれ、私死んじゃったのかな。


「お爺様、どうしてお母様は死んでしまったの?」

「彼女は優秀な魔術師だった。だが戦争は個人の人格を無視し、等しく命を奪っていく」

 まどろむ意識の中、目は開けていないはずなのに灰色の景色が見えてきた。

 そこには喪服を着た幼い少女と老人が、誰かのお墓の前で話している。


 あれ?

 この風景を私は知っている。

 これは過去の私だよね。


「きっと私が弱いからだ。私がもっと強くなれば、私も戦場にいけたらお母様を守れたのに!」

 少女は泣きながら訴えている。

 じゃああの子は、昔の私……?


「……力が欲しいのか? エルネスティーヌ」

「うん。誰にも負けない力が欲しい。お爺様みたいな魔術師になりたい」

 お母様もお爺様も風精の国では名の通った魔術師だった。

 でも、ある日隣国との戦争に出兵したお母様は、戦地で味方を庇って死んでしまったんだ。


 魔術師になっていくつかの戦地へ行き、戦争を体験して今ならそれは仕方の無い事だって理解出来ていると思う。だけど昔の私はそれが何だか許せなくって、戦争を憎むと同時に何にも出来ない自分が凄く嫌になったんだ。


「よかろう。ならばついてこい。力を与える」

 お爺様は厳しい表情のまま、私の手をそっと取る。

 私はその誘いを受け入れ、そして力を得たんだ。誰にも無い、自分にしかない力を。



「うう……」

 意識がはっきりとしていくと同時に、全身の痛みも再び蘇っていく。

 それでも私は立たなければならない。こんな所で倒れるわけにはいかないんだ。


「エルさん、どうして立つの? そのままにしてたら死なずに済んだのに。これ以上何が出来るの?」

 私を傷つけた事に何の躊躇いも罪の意識も無い。

 戦争でもないのに、ましてやリトリアがここまでやるなんてありえない。

 絶対におかしい。だからこそ、こんなところで負けられない!


「私にしか出来ない事だよ。そんなに見たいならいいよ、見せてあげる。魔眼解放!」

 私がお爺様から授かった力、それは全てのエーテルの流れを感知、制御、減衰、増幅出来る悪魔の目、それが魔眼の力。


「その目は……?」

「今ならあなたの全てが見通せる」

「たとえそうであったとしても、僕の魔術にはかないっこない! 三種合体魔術、ダークネス・マッドペイン!」

 再び赤黒い霧から、鋭い光が私めがけて飛んできた。

 さっきは避けられなかった。でも今ならはっきりと解る!


 私は次々と襲い掛かる光が来るであろう場所を予測し避けていく。予想は全て的中し、一切攻撃を受けることなくかわし続ける事が出来、リトリアの懐へと入る事に成功する。


「自己合体魔術、パワーエクスプロージョン!」

 自身の攻撃を避けられ、僅かな時間で術の死角へと入られたであろうリトリアの、一瞬恐れに満ちた表情を確認すると私はその顔を鷲掴みにし、術を解き放つ。

 魔眼の力によって増幅された術は掴んだ手を通じ、瞬間的に強い衝撃と爆発が発生させると同時にリトリアを大きく吹き飛ばす。飛ばされたリトリアは何の抵抗もせず、防御もせず、放り投げられた人形のように宙を舞った後、地面に全身を激しく叩きつけられてその場から一切動かなくなってしまった。


「この子がここまで強かったなんてね……。はぁ、はぁ」

 魔眼を使うのは久しぶりだった。

 このままでは消耗が激しく、精神的な負担が大きいためすぐに魔眼を解除し、体力の回復につとめる。

 見張りの任務とはいえ、これ以上は無理だからラプラタ様にこの出来事の報告と休みの連絡をしないと。

 それにしても、今まで最低ランクにいたリトリアにこんな力があったなんて。

 軍上層部は、これを見越してペアを組んだのかな。

 だとすれば、エミリアのパートナーにであるシュウちゃんも実は秘められた力が?


 まあいいや、今はそれどころじゃない。

 私も満身創痍だから、早くここから脱出しないと……。


「ハハハ、まさかここまでやるとは……」

「だ、誰!?」

 どこからか、リトリアの声とも違う別の声が聞こえてくる。

 声がしてきた場所を特定し、そちらを向くと――。

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