第四十二話 響けこの歌。勝利の女神へと届け!
さっきの汚名返上作戦の功績で決戦の指揮も任されたらしいエミリアは、全軍を峡谷内へと集結させると、前方にいるリーネちゃんを呼び出す。
「リーネちゃん。楽曲は”勇気賛歌~私から始まる熱い思い~”でお願いね」
「はいっ」
な、なにそれ。
まさかみんな戦っているのに歌うの?
歌っている場合じゃないと思うけれども、何か作戦でもあるのかな。
「リーネちゃんの歌はね、不思議な力があるんだよ? だから戦場に呼ばれるが多いの。シュウも聞いてみるといいよ、とっても元気出るからね」
「そ、そうなんだ」
歌を聞くだけで元気が出るとか、どんな仕組みなんだろう?
うーん。想像しても何が何だかだね、リーネちゃんって実は凄いのかな。
「それでは皆さん、準備は整いました。この戦いは勝てる戦です、だから勝ちましょう。そして無事に帰還しましょう!」
「おー!」
やっぱりエミリアかっこいい。
皆も凄い盛り上がっているし、こんだけ大勢の人の気持ちを動かせるなんて、そんな人とペアなんてあたしも何だか誇らしいよ。
「全軍、突撃! 前方の敵陣を一気に打ち破ります!」
エミリアの号令と共に、風精の国の兵士達とルナティックの戦士達が雄叫びを挙げながら峡谷を一気に駆け抜け、敵陣へと突撃していく。
「シュウは、もしも私が狙われた時の護衛をお願いね」
「うん! 任せて!」
エミリアとあたしは味方の陣形の中心に居て、周りが見渡せるよう高さのある馬車に乗っている。高いって事は目立ちやすくて狙われるって事だし、もしも総指揮官を務めるエミリアがやられたら、戦いは負けてしまう事くらいはあたしでも解っていた。飛んでくる矢くらいなら予め馬車に施した結界で防ぐらしいけども。強力な魔術や暗殺に対応する為の護衛らしい。
うーん。今までのあたしには想像もつかないほど重要な役割だね。緊張しちゃうなあ……。
『あなたに届けー、この胸の滾る気持ち! 風精の国魔術師リーネ・ウィズスターライトが歌いますっ! 勇気賛歌~私から始まる熱い思い~』
敵との交戦が始まると同時に、リーネちゃんの歌があたしの前方から聞こえてくる。
リーネちゃんの役割は、味方陣営の中心やや前にて前線の部隊を歌によって鼓舞する事らしいけども、本当に歌で元気が出るのかなと、あたしは正直半信半疑だった。
『届かない思い、胸に募らせてあなたを思う――』
あ、あれ。何だろうこの気持ち。
リーネちゃんの歌声を聞くと何だか体がぽかぽかしてくるような?
今までに感じたことの無い感覚に戸惑いながら、まるで勢いを増した川の濁流が地面をえぐり、削りとるかの如く味方の軍勢が敵陣中心にぶつかる。
ぶつかると同時に激しい怒声と叫び声、互いの武器がぶつかりあう音が嵐の様に戦場を巡り、鳴り響かせていく。
前線を初めて見たけれど、す、すごい。
あたしは眼下で繰り広げられる無数の命の奪い合いに、ただ呆気にとられる事しか出来ずに居た。
『いつも臆病だった私は、あなたを遠くからしか見る事か出来ずに――』
そしてリーネちゃんの歌のせいなのか、物凄いみんなやる気満々と言うか、なんだか士気が増しているような気がする。
「輝色魔術師の首、貰った!」
場の雰囲気に飲まれ唖然としていた時、どこからか潜り込んでいた敵兵が目の前に現れ、怪しげな色の刀身のダガーを片手にエミリアへと突っ込んできた。
やばいっ、敵が乗り込んできた!
周りは味方だらけなのに、どうして!?
ううん、今はそんな事を考えている場合じゃない。あたしが守らないと!
『そんな自分が凄く嫌だから、私は決意したの』
「風のルーンを発動させ、力を短剣へ与える!」
とっさに腰に下げていた剣身の短いほうの剣を鞘から抜き、刻印術を付与すると相手のダガーめがけて自身の短剣を振るう。
振るった場所に小規模な竜巻が発生し、エミリアを亡き者にしようと試みた敵兵はその風圧によって押し戻され、あたしとエミリアがいる馬車から落ちていった。
やっぱりおかしい。あたしがこうしたいって思った動きが出来る。
さっきの峡谷で戦った時もそうだし、悪魔に転生してから自分が思った通りに動けるようになったんだ。
という事は、もしかしてあたしって!
「シュウ、確かにあなたは強くなったけれども、今は私の護衛に専念してね」
「う、うん」
さすがだね。全部お見通しなんだよね。
あたしが前線に出て、ちぎっては投げてやろうと思った瞬間に止められるなんて。
強くなってもこういうところは変わらずかな。はぁ。
「大丈夫だよ、さっきの汚名返上作戦でシュウの評価は必ず伝わっているから」
今まで険しい表情をしていたエミリアは、戦闘中にも関わらずあたしにそっと優しい笑顔を見せてくれた。
そうだよね、今はこの笑顔を守らないとね。
調子に乗っちゃ駄目だ。今まで通りいかなきゃ。
『勇気を出してあなたに届けよう、この胸焦がす思いを』
「敵陣を突破出来たみたいね」
戦線の先の方、敵兵がいた場所は既に戦いの跡となっており、不利と感じた相手は左方と右方それぞれに固まり纏まろうとする。
エミリアがその様子を見ると、なにやら魔術を詠唱し淡い赤色の光を放つ球体を頭上へと投げた。
飛んでいった光の玉はある程度の高さまで飛ぶと破裂し、同様の色の光の粒を青い空へとばらまく。
すると突撃した味方の兵士達は振り返らず、そのまま直進し敵の本拠地がある場所へと突き進む。
追撃してくると思われた敵は、あたしの予想を裏切り固まったまま動こうとはしない。
あれ、何で動かないんだろう?
このままじゃあたし達、敵の本営に行っちゃうのに。
そう思いながらも自軍と敵軍の距離はどんどん広がっていき、相手の兵士が小さくにしか見えなくなった時、二つに分かれた敵陣は再び合流してこちらではなく峡谷内へと入っていった。
あれ、何で追ってこないどころか逆方向に行くんだろう?
「敵の目的は国の要所であるあの峡谷の奪取にあるからね。別にここで私たちは負かす事が目的じゃないの」
エミリアがあたしの疑問に思っている事を笑顔で答えると、再び魔術であろう何かを詠唱し、今度は黄色の光の玉を頭上へと放った。
前回と同様に光の玉は空高く飛んだ後破裂し、同じ色の光の粒が周囲に散りばめられると、今まで真っ直ぐ突撃しかしなかった味方が反転して三つの部隊に別れると、一つは峡谷へ、残り二つは峡谷の右方、左方へと向かっていく。
『リーネが歌う第二楽章っ! 疾風迅雷~誰よりも、何よりも速く~』
リーネちゃんの歌の曲調が変わると、今まで内から熱くなっていた体は、まるで羽のように軽っていくような気がする。
これなら、素早く移動出来るかも。
でも本当に歌でこんな事が出来るなんて凄いなあ。
「前にも言ったと思うけれどもユニオンの人達は平地での戦いが得意だから、地上の戦いで同数あるいはそれ以上で相手にぶつかるとまずこっちは勝てないの。だから最初に相手を動揺させるかして、心理的に優位に立ちたかった。それが汚名返上作戦だね」
「ほおほお」
「心理的優位に立ち、相手との数の上での戦力差を出来るだけ縮めたら、リーネちゃんの歌で補佐しつつ短期決戦に挑む。さっきの中央突破作戦だね。ここでユニオンの人達が粘り強かったらこっちは撤退するしか無かったけれども、汚名返上作戦の効果があったね」
「ふむふむ」
「最後は従来の作戦通りにいけば、こっちの勝ちになるの」
「おおー」
相槌はついたけれども、全然わかんないや。
つまり、こっちが勝ちそうって事なのかな。
でも相手は峡谷内に入っちゃったから、つまり敵と味方の位置が反転した状態になるんだよね?
それで勝てるのかな?
「右方と左方に別れた部隊は、ルナティックの戦士達しかいないの」
うーん、それが何か関係があるのかな。
あたしはエミリアの作戦を理解出来ないまま、勝つことに疑問を持ちつつも、味方の本隊が峡谷内へと入っていく。
「う、うわあ。これって……」
前日、野営していたであろう場所に到着すると、崖の両側から一方的に攻める味方の姿と、不意の奇襲で隊列を乱した敵兵の集団が争っていた。
「あれ? 敵の方が峡谷内に早く入ったのに、なんで追いつけるのかな?」
「足元を見るといいかも」
あたしはエミリアに言われたとおりに、争っている人達の地面を見る。
地面は所々陥没しており、何か焦げたような跡が残っている。
「もしかして、魔術の罠をしかけておいたの?」
「そそ、全軍攻勢をかける前にね。殺傷能力は無いけれど強い光と音を出す罠をしかけておいたの。そうすれば乗っている馬が驚いて動けなくなっちゃうからね」
どうやらエミリアの描いたとおりの作戦通りなったという事は解った。
敵兵は行動不能となり、次々と捕らえられていく。
「ほら、勝ったでしょ?」
本当に何でも出来るんだね。見事としか言い様がない!
あたしは思わず手を叩いてこの戦いの勝利を喜ぶ。エミリアも笑顔だし、本当に勝ってよかった。
「でもねシュウ、これはまだ私の予想だから何とも言えないけれど、この戦いにラプラタ様や団長は来ていないの」
「あ、確かにそういえば来てないかも」
「地霊の国の今後の行く末に決める大事な戦い、絶対に負けられないのに何故来ないのか。それがずっと気になってて」
「何か用事があるのかな?」
「たぶん来れないではなく、あえて来なかったのだと思う。その理由をずっと考えてたんだけども、何とも解らなくって」
確かに言われてみればそうだ。
これだけ大事な戦いなのに、他の兵団長も来ていないみたいだし、あれだけ大規模な出兵するって言ってたのに、何かが変だよね。
「胸騒ぎがする。何か悪い事がおきていなければいいけれども……」
今まで穏やかだった表情が曇っていき、不安なのか胸に手を当てて風精の国の方を見る。
や、やめてよエミリア!
そんな嫌な予感、なんだかエミリアだと当たっちゃいそうで怖いよ。




