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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第三部「反逆編」
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第四十一話 作戦名は「汚名返上」

「な、なんでこうなっちゃったの」

 正直自分でも良く解らない。というか解りたくない。

 馬車の中にいるわけだけども、到着する先がなんと敵陣の目の前だなんて!

 わけが解らないよ。エミリアは何を考えてるの。


「大丈夫。自分に自信を持って。あなたなら絶対に出来るから」

 出来るって言われましても。

 作戦を聞いた時、こんなの絶対無理だと思ったもの。上手くいくわけないよって猛抗議したけれど無駄だったし、もしかしてエミリアって頑固なの?


 あたしに優しく声をかけてくれたエミリアは、今度はゆっくりと立ち上がり、あたしの背中に覆い被さる。

「心配しないで。私もいるから」

 柔らかい温もりが背中から広がっていき、穏やかな声が耳元から伝わっていく。

 やっぱり天使だからかな、凄い緊張がほぐれていくような気がするよ。

 でも何だか誤魔化されているのは、……もうあまり考えないでおこう。


 エミリアの優しさに身を委ねて心地よい感覚を楽しんでいた時、馬の蹄の音が止まり、揺れていた馬車が静止する。


「ついたね。さあ、頑張ろう」

「う、うん」

 ついに作戦決行の時が来たんだ。

 馬車から出れば、いよいよ始まる……。どきどき。


「何者だ! 名の名乗れ! 名乗らぬ場合は敵と見なし攻撃する!」

 馬車の外から聞きなれない男の人の通る声が聞こえる。

 あたしはエミリアの方を一度見ると、一つだけ頷いた後に馬車から飛び降りる。


 そこには荒野が広がっており、周囲は金属の鎧を纏った屈強な兵士たちがあたしたちの馬車を半包囲していた。彼らの眼差しは一部の例外も無くぎらぎらとしており、ちょっと昔に戦ったサラマンドラ国王と同じ光を宿らせてこちらを見ている。


 う、うろたえちゃ駄目だ。

 事前に言われたとおりにしなきゃ。


「私は風精の国魔術師団所属、輝色の魔術師エミリア!」

「あ、あたしは風精の国騎士団所属、鈍色の騎士シュウ!」

 馬車から降りてすぐに武器を片手にエミリアが高らかに宣言すると、あたしも同じ様に剣身の長いほうの剣を鞘から抜き、切っ先を敵兵集団に向けると名前を言い放つ。


「お、おい、輝色の魔術師って確か実力ナンバーワンの……?」

「あいつの首を取れば大手柄だな。名前が残るぞ」

 す、凄い。エミリアが予想していた通り、敵兵の人達でも知ってるよ。

 戦場でいっぱい活躍したんだろうなあ。

 うーん、流石だ。


「鈍色の騎士……? 聞いた事が無いな」

「緩そうな表情をしている。恐らく無名のおちこぼれ騎士だろう」

 ちょっと、聞こえてるよ!

 なんでいつもそうなるの。あたしだって頑張って修行して強くなったんだよ?

 それなのにこの扱い。ぐすん。


「たった二人で来て何のつもりだ!」

 今までこちらに呼びかけていた男が再び話し始める。

 他の人よりも装備の装飾が豪華なところから、あの人が敵軍の指揮官なのかな?


「そんな事よりも、私達だけで来たのよ? 他に何かする事があるでしょう?」

 指揮官らしき男の発言に対しエミリアは、まるで挑発するかのような口調と態度で応対する。

 う、うーん。作戦とはいえそんなに煽らなくても。


「ああ、そうだな。理由はゆっくり聞けばいいからな。捕まえろ!」

 男は側に居た兵士に指示を出すと、兵士は馬でこちらへと駆けてくる。


「いくよ、シュウ!」

「は、はいいいい」

「おい! 逃げるな! 待て!」

 ここは作戦通り、峡谷内まで戻らないと。

 でもエミリアが言ってた通り、遠いところから攻撃してこないし、何百人って追ってこないや。

 凄いなあ、何で予想できるんだろ。


「ついてきたのは二人かな。たぶん今のシュウなら倒せると思う」

「ほ、本当に大丈夫かな?」

 屈強な兵士達が馬にまたがりこちらへと走ってくる。

 正直不安で不安で、今でもこの作戦は無理だと思うけども、引きそうにないし。


「大丈夫、自分を信じて」

「うーん」

 一番信用できないものを信じろと言われても。

 むー。もういいや!

 こうなったらやけくそだー!


 あたしは腰に下げてある剣身の短い方の剣を逆手で持ち、相手の襲来に備える。


「おい、なんだあれは?」

「馬鹿な奴め、馬上の相手にあんな短い武器を振るおうというのか? やはりおちこぼれだな!」

 だから聞こえてるよ!

 何この酷い言われよう。おおっと、今は卑屈になってる場合じゃない。敵を良く見なきゃ。

 えっと相手は二人、馬に乗ってこちらへ直進して来る。

 武器はうーんと……。

 左の兵士は槍、右の兵士は長剣かな。どっちもリーチは長いけども、懐に入れば!


「その首貰った!」

 二人の兵士のうち、槍を持った方の兵士が先行し、あたしめがけてその眩く輝く得物を振るう。

 穂先があたしの体を貫こうとした瞬間、あたしは大きく跳躍し突撃を回避すると同時に、馬上の敵兵との間合いを一気に詰める事が出来た。

 槍をもった兵士は、表情を歪ませ槍を手元に戻そうとするが、それよりも早く、手に持っていた短剣で鎧のつなぎ目になっている肩の関節部分を切り裂く事が出来た。


 あ、あれ。何かがおかしい。

 相手の動きが凄い遅く見える。そして自分の思い通りに体が動く!

 悪魔化しなくても実はとっても強くなってるとかかな?


 あたしの手によって負傷させられた兵士は、持っていた槍を手放した後、ゆっくりと落馬してその場で呻き声をあげつつ蹲っている。


「おのれ! よくもやってくれたな!」

 今までの僅かな時間の出来事を見ていたもう一人の兵士が激昂し、持っていた長剣を振り上げながら一直線にあたしへと向かってくる。

 あたしは短剣をしまい、もう一本のとっておきの長剣を順手で持ち構えて相手の攻撃に身構える。


「死ねえ!」

 長剣を持った兵士があたしを真っ二つにしようと、振りかぶった剣を勢い良く下ろす。

 昔のあたしだったら、きっとなす術も無く相手の兵士の思い通りになっていたんだろうけれども、今は違う。

 さっきのは偶然じゃないんだ、今回も相手の動きが遅く見える!


 あたしは持っていた剣で相手の攻撃を防ぐ。馬の上から攻撃して、なおかつ勢いがついてて本当なら絶対に防げない筈なのに、難なく受け止めることが出来てしまった。

 これも悪魔に転生したお陰なの?


「雷のルーンを始動させ、力を剣に与える! 奥義っ、超稲妻剃刀斬りギガ・サンダー・リザー・アタック!」

 刻印術を発動させ、受け止めた剣を一気に引くと、擦れあう剣からは激しい爆発と雷が発生し、馬に乗っていた兵士の剣と手甲を粉々に砕け、大きく吹き飛んで後方にある壁へと全身を打ちつけた。


「う、うそお……」

 自分がまだ信じられない。

 目の前には、肩に手をあててこの場から逃げようとするが上手く立ち上がることが出来ずにいる兵士と、動いてすらいないぼろぼろの鎧を着た兵士。それらが乗っていたであろう馬が二頭。

 やるぞーって気になってから思いのまま体を動かしたけれども。

 本当にこれ、あたしがやったんだよね?


「ね。出来たでしょ?」

 あたしの後ろで見守ってくれていたエミリアが笑顔のまま話しかけてきた。

 た、たしかにやっつけられたけども、何だか手が震えちゃって……。


「治療しよう。あまり死なせたくないからね。シュウ、手伝ってね」

「は、はいい」

 そうだ、おどおどしている場合じゃない。

 あたしは負傷している兵士を引きずりながらも馬車の中へと運び、エミリアの魔術によって負傷した兵士達の傷を癒した後、手首と足首を縛る。


「お、おまえ何者なのだ? てっきり無名のおちこぼれ騎士だと思っていたが……」

 痛みがおさまったらしく、苦しそうにしていた捕虜の兵士が悔しそうに話しかけてきた。


「うん、おちこぼれだよ。風精の国騎士団ランク四十二、どんくさいからどん色騎士って呼ばれている」

 あたしの返答に驚いているのか、兵士は大きく見開いた目でこちらをじっと見つめてくる。


「何でお前のような実力者がそんな地位に甘んじている? それとも風精の国の騎士は豪傑ぞろいなのか?」

「うーん、そんな事はないよ? あたしはいつも失敗ばかりしてるし。でもね、大事な人を守りたいっていう気持ちで挑んだから上手く行ったのかも?」

 あたしはエミリアの為だったら何でもするし、何にでもなってやる。そう約束したんだ。

 だから自信なかったけれど頑張って作戦遂行したし、今こうやってここにいる。


「解せぬ……」

 最低ランクに負けた事と、個人の感情だけでそこまで実力が上がる事に対して理解出来なかったのだと思う。兵士の人はうなだれたままそれ以上喋る事は無かった。


「さあ、次もいこう」

「うん」

 まだだ、まだ勝ったわけじゃない。これからがもっと大変なんだ。


 エミリアの作戦、それはあたしとエミリアが二人だけで敵陣へと赴き、油断した敵を峡谷内に引きずり込んで各個撃破していく。人数がこちらの軍勢と同等になったら総攻撃をしかけるというものだった。

 これならあたしの活躍がルナティックの軍幹部の人達やシャーリンにも解るし、人数による戦力差も埋まる。

 たった二人の為に五百の兵士を動かすわけは当然無く、かといって伏兵も居ない状態でエミリアの様に名の通った魔術師が、無名の騎士に守られてかつ散々煽って逃げているという絶好の機会を見逃すわけも無く、多くても十人程度しか追ってこないから、そのくらいなら変身していなくても、天使と悪魔の力を持った二人なら容易に倒せるだろうというエミリアの考えは、見事に的中する。


 捕虜を乗せた馬車は味方の陣営へと走っていき、入れ違いに別の馬車が届くと、再びエミリアは敵陣へと向かい挑発し、同じ様に敵を迎撃する。

 二人を倒したあたしの実力は、どうやらまぐれではないらしく、自分でも驚きながら次々来る敵を倒す。

 引き連れてくる兵士は最初二人で五人、十人と次第に増えていくが、それでも難なく作戦を遂行し、結局合計八回、百人以上を捕縛した時。


「そろそろ限界かな。相手もかなり動揺しているはず」

 エミリアは魔術によって生成された青色に輝く光の塊を空へと放つ。


「さあ、いきましょう」

「うん!」

 いよいよ決戦の時だね。

 あたしならいけるんだ。頑張るんだ!

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