第三十八話 戦地・バカンス・プレッシャー
こうして、あたしとエミリアは地霊の国へと出兵する事となってしまった。
あたしは今、戦地へと向かう船の上でぼうっと水平線を見つめている。
今更だけども、地霊の国へ行くのは初めてだね。
どんなところだろ。戦時中って事は国に入った瞬間矢とか魔術とかが飛んでくるのかな……。
ひー、怖すぎる。
くれぐれも悪魔には変身しないようにってラプラタ様から釘をさされちゃったし。はぁ。
でも簡単な刻印術なら人間のままでも使えるとか言ってたから大丈夫かな?
うーん。
ふと隣に居るエミリアを見る。
目を閉じて動かない。寝ているのかな?
それにしても、寝顔も可愛いなあ。こんな凄い人があたしのパートナーだなんて、今でも信じられないよ。
「ん、おはよう。もうついたのかな?」
あたしが素敵な寝顔をじーっと堪能していた時、ゆっくりと目を開け笑顔でこちらを見つめると、もう到着したと勘違いしたのか髪型を手ぐしで軽く整え荷物をまとめ、寝ている時に抱きかかえていた帽子をかぶる。
「ああ、ごめんごめん。寝顔見てただけだから気にしないで、まだついてないよっ!」
「……恥ずかしいから見ちゃ駄目だよ? ふふ」
思い違いだったことを悟ったエミリアは少しだけ意地悪な笑みを見せた後、帽子を脱ぐと再びそれを抱きかかえてまた眠りについてしまった。
穏やかな寝息を立てながら眠っているあたしのパートナーは、やっぱり可愛い。駄目といわれても魅入ってしまうね。
再び相方の眠る姿を見て楽しんでいると、今度は急にエミリアの目が見開き、意地の悪い笑顔のままあたしは頬の肉を掴むと、横に伸ばされてしまう。
「見ちゃ駄目って言ってるでしょー!」
「うひいいいいっ ご、ごめんなさい」
ひー、見てるのばれてた!
いやあんほっぺのびちゃうよー。ごめんねごめんね。
「あー! エミリアお姉様!」
あたしがエミリアにからかわれている時、船内に甲高い声が響くと、リボンとフリルをふんだんに使った、とってもファンシーな衣装を着た金髪の女の子が、狭い船内を四苦八苦しながらこちらへ向かってきた。
「リーネちゃんこんにちは。一緒に頑張ろう、よろしくね」
「はいっ! みんなをリーネの歌で元気にしますっ」
「ふふ、頼もしいね。期待しているね」
今日も元気いっぱいだ。でもやっぱりこのハイテンションについていけないかも。あたしもこれくらい元気があれば皆に嫌われずに済んだのかな?
リーネちゃんは挨拶し終えると、鼻歌を口ずさみながら再び自分が座っていた席へと戻っていく。
その間も見送りながら、もしもリーネちゃんと同じ事をした場合を想像してみる。
あたしもああいうフリフリで可愛い格好して、シュウはみんなを元気にしますっ☆とか言ったり……。
う、うーん。駄目だ、絶対いけないパターンだ。いろんな意味で無理すぎる。
「シュウもああいうの着たらきっとかあいいと思うよ。前にイベントのお手伝いした時に、私が使ってたふりふりの衣装、今もとっておいてあるから今度着てみようね」
「き、着ないよ! もー!」
ないない、あたしは似合わないよ!
しかもまた脳内を読まれてるし。はぁ。
そうやって我ながら不毛でとてもくだらない妄想をしつつ、船は目的地へと向かっていく。エミリアは再び熟睡し、次第にあたしも眠くなりうとうととして……。
気がつくとおおよそ半日程過ぎており、船は目的地である地霊の国へと既に到着し、乗っていた他の兵士達は下船する準備をしていた。
あたしが目覚めると同時にエミリアも起き、いそいそと支度を始める。
大して荷物も無かったあたし達はすぐに船から降りる事が出来そうなんだけども、本当に大丈夫かな。
出てきた瞬間攻撃を受けておしまいとか、そんなの嫌だよ?
どんなものが襲ってきても大丈夫なように身構えないと。
恐る恐る船内を出て、いよいよ戦地へと足を踏み入れようとした時。
「あははっ、まってー!」
「きゃっきゃ、冷たくて気持ちいいね~」
な、なにここ。
物凄い露出している服なのか下着なのか解らないモノを身につけて、海で泳いだり砂浜で遊んだりしている人がたくさんいるよ。
その風景からは、ここがとても戦争をしているなんて見えない。
あれ、あたし来るとこ間違えたのかな。
「ようこそ、地霊の国リゾートへ!」
目が痛くなるほどカラフルなシャツと半ズボンを着た男の人が、陽気な声でエミリアに話しかけてくる。
一応、この派遣部隊の統率はランクと過去の戦歴を考慮し、エミリアが風精の国の代表として相手の人達にも情報は既に送られているらしい。
ここであたしの名前が無い、そしてペアとしてじゃないってところがアレだね!
やっぱりあたしって評価されていない。しょんぼり。
「これは、どういう事です?」
エミリアも予想していたであろう対応と違ったらしく、話しかけてきた男の人に理由を聞いている。流石にこんな展開は予想出来なかったよね。
「ご説明しましょう。我々はこのリゾート地を管理している、ルナティック一族の者です。風精の国の兵士様にはこれからの決戦に備えて貰う為、ここで英気を養っていただきます。故にこのような場所へ船を停泊させたのです」
いきなりすぎて何がなんだかわけがわからないよ。つまり、戦いに備えてみんなで遊ぼうって事なのかな?
「戦争は大丈夫なのです?」
「ええ、ここは非戦闘区域ですし、このリゾート地に店を構えている人の中にはユニオンに所属している者もおります。ここでは武器を手にとり争うのではなく、いかにお客様を満足させるかで勝負していると言ってもよいでしょう。故にこの場所で血の流しあいなんて無粋な事はまずありません」
それなら安心だね。
とりあえずいきなり襲撃されるとかはなさそうだし、遊んでいいよって言われてるんだったら遊ばなきゃ。
なんだか戦場へ行く兵士の人数多かったし、大変な事になると思ってたけれども、まさか楽しいことがあったなんて、行ってよかった!
「ささ、皆様の着替えもこちらで予めご用意させていただいております。こちらでお着替えになって下さいませ」
あたしとエミリアは男の人に言われるまま、窓の無い小屋へとつれられていき。そこで砂浜で遊ぶための服装を渡された後に、着替えていく。
小屋の中には女の人がいて、その人が着替え方とか教えてくれるんだけども、うーん、初めてだからかな。ぴちぴちしててちょっと着づらいかも。
こうして見慣れない衣装に四苦八苦しながら、ようやく着替えが終わり外へと出る。
「着替えたけれど……」
中に居た女の人の説明では、どうやらこの下着っぽい服は水着と言うらしく、海や川で泳ぎやすくするための格好らしい。
鎧姿で来たときよりも裸に近いから、なんだか日の光が肌に刺さるような感じだね。
というか、これじゃあ貧乳ばればれじゃん!
うわあん、酷いよ。無い乳に対してのあてつけなの?
う、うーん。妙にぴったりとしたのを選んでくれたのは、あたしがまな板お胸って情報が行ってるって事だよね。はぁ。
「おまたせ。この水着って服、ちょっと恥ずかしいね」
遅れてエミリアが、着替えを終えてあたしのところへと来た。
う、うわあ。凄いスタイルがイイ!
腰がくびれてるし、胸もあるし、色白な肌に白い水着がめっちゃ似合ってる!
ポニーテールの髪型もすごい可愛い。
なんだか上手い表現出来ていないけれども、これはやばいなあ。
「折角だし、泳ごっか」
「あ、あたし泳げないよ? どうしよう」
昔、学生の時に水中訓練で泳がされた時も酷かった。
水の中に入ったけれども戻ってこれなくて、溺れて死にそうになったんだっけかな。
気を失う直前までずっと同級生に笑われてたし、何だかあの時から既に女の子の扱いうけてないと思うのは気のせいじゃない。
「私につかまってて、一緒に行こう」
エミリアに手を半ば無理矢理引っ張られて、あたしは海へと向かう事になる。
あたしなんかほっといて一人で遊べばいいのに、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。ありがとうね。
海の中へと入り、エミリアの肩にぎゅっとしがみつきながら沖へと向かっていく。
あっという間に足がつかなくなってしまい、最初は怖くてどうしようもなかったけれども、エミリアの泳ぎが上手いのか、まるでいかだにつかまっているかのように安定していて、広い海の中、手を離せばまず生きて帰ってこれない場所にも関わらず、安心してしまう。
「水の中、気持ちいいね」
「うんうん。癒されますな」
「ふふ、おばあちゃんみたい」
しかもおおっぴらにエミリアとくっついてても大丈夫という。素晴らしいね!
はぁ、すべすべでお胸もやらかいなあ。
「いやん、お胸揉んじゃだめだよ? 肩につかまっててね」
ばれてしまった。でもいやんって可愛いなあもう!
「うわあー、底辺は泳げないんだ。やーいやーい」
「む、その声は」
あたしがエミリアに意地悪をして楽しんでいる時、どこか聞いた事のある声が聞こえてくる。声のした方を振り向くと、器用に立ち泳ぎをしている幼い顔つきの女の子がいた。
「毒々姉妹のシャーリンだね! 別にいいもん、エミリアがいるもん」
「あーあ、そうやっていっつもエミリアエミリアって、あんた自分ひとりじゃ何にもできないわけ?」
うぐぐ、なんだか痛い所を言われたよ。
確かにそうなんだよね。エミリアあってのあたしなんだよね。
悔しいけれど、自分じゃ何にも出来ないし。今も泳げなくってしがみついているわけだし、結局いつもしがみついているだけ。どうせ付録なんだよね、はぁ。
「シュウは本当は出来る子だよ? 泳げないけれど、戦場でシュウの姿を見たら、シャーリンちゃんの評価が変わるかもね」
ちょっと、何を言っちゃってるの!
期待してくれているのは嬉しいけども、そ、そんな事言われても。
「ふーん。じゃあこの底辺騎士の働き、見せて貰おうじゃない。もしも何か失敗したらその時はエミリア、あなたが覚悟しなさい!」
「いいよ。その代わり、シュウが戦場で活躍したら、シャーリンちゃん覚悟しててね」
なんだか責任重大だなあ。
ど、どうしよ。失敗しないようにって言われても、あたし前線に出たの良く考えたら初めてじゃん!
今まで後方支援と言う名の待機ばっかりだったもの。
うう、一気に気が重くなった。
あたしがどうしようか落ち込み悩んでいる時、シャーリンはもう既に勝ったかのような満面の笑みを浮かべながら、器用に泳いで離れていった。




