第三十七話 もう一つの最高最低コンビ
気持ちが落ち着き、十分静養したあたしとエミリアは、真相を聞く為にラプラタ様の執務室を尋ねる。あたし達が来た事を確認すると、ラプラタ様は難しい顔で書類を眺める事を中断し、いつもの笑顔でこちらを見つめた後にゆっくりと話し始める。
「さてと。気持ちの整理もついたし、いろいろと話していきたいけれども」
ラプラタ様は椅子にもたれつつ、手を組んでいる。
あたしもいろいろと気になっている事があるから、どんどん聞かないと。
大いなる厄災とか、あたしの体の事とか、えっとうーんと……。
「その前に、ちょっとやっかいな任務が入ってしまったの。先にそれを終わらせる事にしましょう」
あれ、話はまた今度なのかな?
うーん、折角意を決してラプラタ様のところへ行ったのに。
やっかいな任務ってなんだろ?
またどっかの国王をやっつけたり、ヘンタイ天使を懲らしめたりするのかな。
「今回の任務はあなた達以外にもお願いしているから、まずは作戦室へ行きましょう。そこで話すわ」
「はい」
「はーい」
あたしとエミリアは返事を一つすると、ラプラタ様と一緒に城内の作戦室へと向かう。
他にもお願いしているって事は、いろんなペアとの共同で行う任務なのかな?
誰と組むんだろう。うーん、足手まといにならないようにしないと。
どんな任務か頭の中で予想しつつ歩いていると、いつの間にか作戦室へと到着していた事に気がつく。
室内は既に召集がかかっていたらしく、多くの騎士や魔術師がペア毎で隣同士になって座っていた。
ふとどんな面々が揃っているか軽く辺りを見回す。
おお、あれはエミリアの次にランクが高い魔術師のエルさんだ。うわ、毒々姉妹もいるし……。
あれ?
あの人達って。
あたしは思わず足を止めてそのペアを見てしまう。
金で縁取りがしてある白く輝く鎧を身に纏い、鎧の輝きに負けない程の輝きを瞳に宿している、体格と顔つきのいい騎士は間違いない。
騎士ランク一、白金騎士と呼ばれている人だ。
ということはそのペアの魔術師って……。
「会議を始めるわよ。シュウちゃん、早くエミリアの隣に座りなさい」
「へ? あ、は、はい」
そんな白金騎士とはまるで正反対のように、銀色の飾りがついた暗い色のローブを着ており、明るい髪色にはローブと同じ色のサークレットをしている。なんだか顔とか肌とかも青白いし、どこか虚ろな感じがしていて、あたしがペアだった時とはまるで別人のような感じだったから誰だろうって気になっていたけれども間違いない。あれはリトリアだ。
大きく印象が変わってしまったリトリアを眺めながら、あたしはエミリアの隣へと座る。
座ってからもリトリアを観察するけれど、どこかぼーっとしているというか、心ここにあらずというか。どうしたんだろう?
「みんな揃ったみたいね。それでは今回の任務についてなんだけど」
まあこうやってここに居るって事は、ちゃんと白金騎士のパートナーしてるみたいだし、久しぶりに会えたからちょっと嬉しいかも。
「今、ここから南方にある大国、地霊の国ノーミデアでは二つの勢力に分かれて戦争しているの」
うーん。それにしても血色悪いよね、大丈夫かな?
凄い激務でもう倒れる寸前とかなのかな?
あたしと同じで普段以上に難しい仕事を任されて、ついていくのもやっとなのかな?
「地霊の国の保守派であるルナティックと、革新派であるユニオンですね。ルナティックは土着民で、常人では理解出来ないほどの修行の厳しさと月の女神を信仰している事からそう呼ばれている。ユニオンは外来民を中心とした人々から成る集団で、ルナティックの制度や信仰を変えようと戦いをしかけ、それが数十年続いている」
「その通り、流石はエミリアね」
おや、何だかエミリアが褒められている。
さすがエミリアだね。あたしの自慢のパートナーだね。
……何の話をしてたんだろ。聞いてなかったや。
「風精の国は保守派のルナティックと盟約を結んで、過去にも何度か派兵してきたのだけれども」
駄目だ、話を聞いていなかったせいで全然意味がわかんない。
ど、どうしよう。怒られそうだけども、後でエミリアに聞こう……。
「今回、ルナティックはもてる全ての戦力を投入し、この戦争を終わらせようとしている。風精の国でもそれらに協力して、今までよりも大規模な派兵を行う事に決めたの」
「大規模とは、どのくらいなのです?」
「ざっくり言うと、全戦力の六割ね」
風精の国の戦力六割って、……そんなに凄いんだっけ?
いまいちピンと来ないや。
確か騎士団や魔術師団の他にも、いくつか兵団があるんだっけかな。えっと、弩弓団と後方支援団、後は攻城兵団と、うーんとえっと。
忘れちゃった。これがばれたら学生からやり直せ言われちゃう。ひー。
「しつもーん! もしもその間に、どこか別の勢力がここを攻めてきたらどうするのですか!」
あたしが他事を考えている時、エミリアに敵対している金魔術師の集団、毒々姉妹の一人で蛇柄の奇抜な色のローブを身に纏う幼い体つきの少女シャーリンが、手を勢い良くあげて発言する。
そういわれればそうだよね。
でも他の国って軒並み停戦協定とか同盟とか組んでるって聞いた事あるし、敵対国なんているのかな。
「シャーリンちゃん、良い所に目をつけるわね。実は私もそこを気にしていて、多分大丈夫だとは思うけれども、地霊の国の戦争では勝ちました。でも風精の国は無くなりました。では洒落にならないものね」
ラプラタ様も気にしているって事は、何か思い当たる節でもあるのかな?
うーん、そう考えると出兵で人がいなくなっちゃうのはまずいよね。
「そこで今回の話のお題は、誰が残留して誰が出兵するか。是非みんなの意見と希望を聞きたいから、ランクとか抜きで自由に発言してね」
ラプラタ様が言い終えると、各々ペアで相談しはじめる。会議室ががやがやと騒がしくなるが、ラプラタ様へ意見を言う人は誰もいなかった。
「我々は残留しましょう」
しなやかな手がすっと上に向けて伸びる。
最初に発言したのは白金騎士だ。
「白金騎士プラチニア・ホーリネスリング。確かにあなたの様な実力者が残ってくれれば頼もしいわ」
残留って事は、白金騎士とリトリアのペアは残るって事だよね?
リトリアはどうか解らないけども、白金騎士がいれば確かに心強いかもねえ。
今までこんな人がいるんだなーって事くらいしか知らない程に雲の上の存在だから、実際どんな戦い方をするのか知らないけども、ランク一のエミリアがあれくらい何でも出来るって事は、白金騎士も同じくらい凄いんだろうなーと思う。
「ねね、シュウは残りたい? それとも行きたい?」
「ええ!? う、うーんと」
えええ。そんな軽いノリで決めちゃっていいの。
うーん。戦場怖そうだから、どっちかといえば残りたいけれども。いきなり言われてもねえ、どうしよ。
「ねえ、あたしが決めちゃっていいの? もしも戦場へ行くってなったりしたら、戦地で死んじゃったりしちゃうかも?」
「大丈夫だよ、ラプラタ様は勝てない戦いはしないから。今回も無事に帰ってこれると思う。不安なら残ってもいいし、シュウに任せるね」
任せるって言われても、うーん。どうしようかな。
やっぱり行かないほうがいいのかも。集団戦になるって事は天使や悪魔の力でどーんって一瞬解決なんて出来ないだろうし、無理はしないほうがいいよね。うん、そうしよう。
「ああ、そこでこそこそ話をしているエミリアとシュウちゃんのペアは、私個人の権限により出兵が決まっているから静かに聞いててね」
あたしがエミリアに残留する事を言おうとした瞬間、ラプラタ様が意地悪な笑顔のまま派兵する事を告げてきた。
なにそれ!
結局選択の余地無しじゃん!
うう、行かなきゃいけないのね。
「白金騎士とリトリアのペア以外は、特別希望者はいなさそうね。じゃあ後はこちらで決めるから、出兵するにしても残留するにしても、いつでも戦闘が出来る準備は怠らないように。以上、解散!」
ラプラタ様が立ち上がり作戦室から出て行くのを見送ると、ここに居た人達も次々部屋から出て行く。
あたしもエミリアと目が合わせた後、ここから去ろうとする。
「やあエミリア、君たちは出兵が決まったみたいだ。二人の活躍は団長から聞いている。場所は違うが、今回も共に頑張ろう」
「ええ」
出て行くときに丁度、白金騎士とリトリアのペアと遭遇した。
白金騎士は爽やかな笑顔でエミリアを激励の言葉をかけた後に握手を求めると。エミリアも同じく笑顔でそれに答える。
あたしは……。まあスルーだよね。眼中に無いよね。はい。
そんな事よりも、リトリアが気になってたんだ。
「ねえリトリア、顔色悪そうだけども大丈夫?」
あたしが呼びかけても、目の前で手を振っても一切反応しない。
こういう場面、前にもあったような?
まさかリトリアも、実は天使や悪魔でしたって事に。……さすがにそんなのないよね。
反応してくれないのは寂しいなあ。もうちょっと頑張ってみよう。
「うーん。もしもしー! 聞こえてるー! ぼーっとしちゃだめだよー!」
あたしは廊下にまで響く程の大声でリトリアに呼びかけてみた。
きっとぼうっとしているだけだよね。この子はほわほわとしてるから他事考えているんだろうなあ。
「うるさい。僕に気安く話しかけないで」
「ひっ、ど、どしたの」
何だかちょっと前にも似たような事言われたような気がする。
あの時と同じ、凄く冷たくって何だか害虫とかそういう汚い何かを見るみたいな眼差しだったよ。
うう、やっぱりリトリア何だかおかしいよ。
「へ? あ、あれ。僕何か言ったかな? あ、シュウだ。久しぶりだね。僕ね、ランクが上がって今じゃ金魔術師なんだよー。昏々の魔術師リトリアって呼ばれてるみたい、自分でもびっくりだね。あははっ」
嘘でしょお!
あれだけずっと一緒に最低ランクにいたのに、金って事は上位十人って事じゃん!
何この差、あたしって一体。はああ……。
今までの底辺だった相方が今じゃ昇格してゴールドなのに、あたしは相変わらずブロンズ。何だか意識がふうっと遠くへ行っちゃいそうだよ。はぁ。
「今リトリアは体調が余り優れないのでね。これにて失礼させて貰うよ」
白金騎士は、顔色が悪いリトリアを連れどこかへと行ってしまった。
そんな事よりも、何であたしは底辺のままなの!
悲しいとか羨ましいとか、そういうの通り越して理不尽さすら感じるよ!
あたしだって頑張ってるのに、なんでどうして……。ううっ。
「うーん。リトリアちゃん、何だか様子変だったね。あれ、シュウ聞いてる?」
あたしは万年底辺、たぶん死ぬまでずっと、死んでも墓標には鈍色騎士の称号がついてくる。あははは……。がっくし。




