第三十六話 覆い隠された布を脱いだ先の真実
「まずはお礼を言うわ、ありがとう。今まで私の任務をこなしてくれたあなた達に感謝したい」
何でお礼を言っているんだろう?
これから話す事と関係があるのかな。
「さあ、ついてきなさい。ここへ来た事があるのはあなた達で三、四人目になるわ」
ラプラタ様は笑顔のまま、執務室の奥にある本棚から、本を一冊抜き取りなにやら詠唱をし終えると、今までそこにあった本棚が影も形も消えてなくなってしまい、その代わりに扉が現れる。
「必要最低限の人にしか知られたくないの。この奥で全てを話しあいましょう」
確かにそうだよね。エミリアが天使だって事も、あたしが悪魔だって事も、実際はこの三人しか知らない秘密だからね。
ドアノブの無い扉がゆっくり内側に開くと、あたしとエミリアはラプラタ様についていき、奥の部屋へと入っていく。
「あー! ここって!」
「気づいたみたいね。そう、あなたが新たな生を受けた場所。私の秘密研究室と言ったところかしら」
人ひとりが入れそうな大きなガラスの円柱があって、窓が無くって壁が全部本棚になってる。
そうだ、ここはあたしが生まれ変わった場所だ。
じゃあやっぱり、風精の国へ戻っていたんだよね。
あれ?
じゃあ誰があたしをここまで運んだの?
ラプラタ様なの?
「さて、順番を追って話していきましょう。まずは二人の変身が、自在に出来るか確認したいの。それぞれ変身なさい」
何を今更だよ!
そんなの楽勝楽勝ー。
「深淵なる力の解放っ!」
あたしは変身する時の言葉を、片手を上げて高らかに宣言する。
すると黒く輝く光包まれ、ほんのわずかな間気が遠くなった後、悪魔への変身を遂げた。
ふっふん、この姿だったらスタイルもいいし、きょにゅーだもんね!
「天上なる神性への目覚め」
エミリアは両手を広げ、目を閉じて言葉を紡ぐと、全身から白く輝く光が放出され、やがて光に包まれていく。すると今まで魔術師だった服装が瞬く間に白いドレスへと変化していき、長い黒髪は眩い金髪になる。衣装の変化が終わると同時に、背中からは純白の翼が生えた。
うーん、やっぱり美しい……。
はっ、いけないけない。見とれてしまった。
あ、あたしだって負けてない……はずだよ!
「エミリアは変身の言葉を短くしたみたいね」
「はい、シュウの言葉とあわせました」
「ふふ、仲がいいのね。力は自在にコントロール出来ているみたいだし、二人とも完璧よ」
ラプラタ様が満足そうな笑みを見せている。
これくらいお安い御用だね!
むしろ、今更感があるような?
「ならば見せてあげるわ。私の本当の姿を!」
紫色の瞳が真紅に染まった瞬間、ラプラタ様の体から膨大な紫色の煙が噴き出すと、今まで着ていたカーテンのようなローブが脱げて行く。
「う、うそでしょ……!」
今までだって信じられない事がたくさんあった。
けれども、これって、じゃ、じゃあ……?
紫色の煙が消えていき、ラプラタ様の姿がはっきりと見えるようになっていく。
「ふう、やっと身軽になった」
なんとローブを脱いだラプラタ様の背中には、変身したあたしと同じく真っ黒なコウモリの様な翼が生えており、胸元が大きく開き、太ももに深いスリッドの入ったとってもえっちい衣装を着ている。
どうみても、悪魔じゃん!
なんで?
どうして!
エミリアは天使だったし、ラプラタ様は悪魔とか、人間いないじゃん!
ってあたしも人間辞めちゃったし、人の事いえないや。
「やっぱり、あなたは人間じゃなかったのですね」
「隠していてごめんなさい。悪魔が風精の国の幹部なんて知れたら、大変な事になってしまうから」
エミリアから目線を逸らしながら謝っている。確かに悪魔がいるなんてお城の人に知れちゃったら大騒ぎだよねえ。
あ、あたしも気をつけなきゃ……。
「この通り、私は人間ではない。魔界の住人よ。厳密に言えば母親は人間で、父親は悪魔だからハーフになるのかしら?」
だから見た目は人間っぽいから、ローブで羽を隠せばばれなかったって事なのかな。
じゃあもしかして、ずっとあのカーテンみたいな服着てたんだ……。
うーん、暑そうかも。
「何故あなたはこの地上へと来たのです? 悪魔の気まぐれですか?」
そうだよ、どうして悪魔なラプラタ様が地上にいるんだろう?
あ!
さては可愛い子が好きって言ってたから、人間の女の子を見繕いに!?
ま、まさかね。そんなわけがないよね。
「可愛い人間の女の子を探しに。なんて言いたいけれども、そう言っていられない事態が起きようとしているの」
最初聞いたとき、本当なのって思いどきどきしちゃった。
魔界から遠路はるばる来るの程の理由ってなんだろう?
「私の祖父が自らの命を懸けて封じた、大いなる厄災が復活しようとしている」
なにそれ、おおいなるやくさい?
何のことだろ。
私の祖父って事はラプラタ様のおじいちゃんになるのかな。おじいちゃんの命と引き換えにする程なんだよね?
もしかして、凄い危ない……?
「まさかその厄災と戦わせる為に、私とシュウに今までの任務を?」
「ええ、そうね」
ラプラタ様が返事をして間もたたず、エミリアの表情が今までみた事が無い程厳しいものになると同時に、体から凄まじい光が迸る。
光は周りにあった本を吹き飛ばしていき、部屋の中はまるで嵐の中にいるような状態になってしまう。
「怒っているの?」
「私は元々天使で、本来在るべき姿に戻っただけ。だから私はいい! 私はどうなってもいい! この力で厄災を戦えというなら戦う」
こんなに怒っているエミリアを見たの初めてかもしれない。
なんだか怖いんじゃなくって、凄く悲しい感じがするよ。
「でもシュウは、あなたのそんな身勝手な思いの為に、結果として人間である事を捨ててしまった。それがどういう事か解っているの?」
あ、あたしの為に怒ってくれてるの……?
別にあたしはいいんだよ。エミリアを救えて、今もこうやって一緒にいれるわけだから。
「……ルシフェルをけしかけたのも、あなたですよね?」
えええ!?
もしかして、あのヘンタイと内通していた人ってラプラタ様なの!?
「ええ、そうよ。ルシフェルの生まれ変わりと自称する男を利用し、エミリアの存在を教えて、結果としてシュウを悪魔へと転生させた――」
「あなたは私とシュウに、取り返しのつかないことをしてしまった!」
エミリアは気を荒立たせ、ラプラタ様の言葉を遮る。
このままだと、最悪二人は争ってしまうかもしれない!
どうしよう、止めないと……。
でも、ヘンタイ天使をけしかけたのがラプラタ様だったんて。
どうして、ここまであたしやエミリアを苦しめるような事をしてきたのだろう。
「静まりなさい! 話を聞いて、お願いだから」
ラプラタ様が今まで見せたことがない程の厳しい表情で言い放つと、エミリアから放たれていた暴風のような光はおさまり、エミリアは普段の魔術師の姿へと戻る。
「少し考えさせてください」
エミリアは一言だけそう告げると、部屋をそそくさと出て行ってしまう。
あたしの気のせいかな、泣いてたように見えたかも……。
ラプラタ様は何も言わずにエミリアの背中を見送ると、散らばってしまった本を拾い、本棚へと戻す作業を始める。
「あのラプラタ様。その厄災の話をしてもらってもいいですか?」
気まずい雰囲気の中、あたしは恐る恐るラプラタ様に声をかけてみる。
このまま黙ったままじゃ何も解決しないし、あたしやエミリアにここまでするって事は、そんなに怖くって危ないんだよね。
「……ごめんねシュウちゃん。いきなり黒幕は私ですって言われたらああなってしまうわよね。エミリアは賢い子だから、今回の事も理解してくれると思ってた。私も甘えていたわね。幸い、大いなる厄災が動き出すまではまだ少し時間あるし、今後どうするかはまた日を改めて話し合いましょう。厄災については、その時に話すわね」
見た目の上では笑顔をつくろうとしているけれども、いつものしっかりとして、少し強気なラプラタ様らしくない感じがする。エミリアにあそこまで言われた事がなかったのかな?
それともエミリアが言ってたように、あたしの事を悪いと思ってるのかな?
他に何か迷ってたり戸惑ってたりしている事があるのかな。
これ以上ここにいても窮屈な気がしてしまい、あたしは逃げるように部屋から抜け出す。あたしは一度振り返って部屋の様子を見るが、ラプラタ様は笑顔のままうつむき、あたしを引きとめようともせず再び本棚へ本を戻し始めた。
あたしは執務室を出る前に変身を解き、どこにも寄らず真っ直ぐにエミリアの部屋を訪ねる。
そこには、あたしの予想通りベッドの上へ横になりながら泣いているエミリアがいた。
「ごめんね、見苦しいところ見せちゃったね。私、何だか最近駄目だね」
エミリアは、あたしが来た事に気がつくと涙を手で軽く拭きながら起き上がり、いつもの笑顔を見せてくれる。
でもその笑顔が心からの微笑みではなく、無理して作られたものだという事はあたしでも解るほどだった。
「私はたとえラプラタ様と出会わなくても、天使として目覚めていたと思う。けれども、ラプラタ様の事や私の事に巻き込まれたシュウはどうなるのって思ったら、思わずかっとなっちゃって」
あたしの為に怒ってくれたんだよね。
本当にあたしの事、大切にしてくれているんだね。ありがとうエミリア。
「自分の都合のために、平穏な日々を送れてた誰かの人生を滅茶苦茶にして、しかもその誰かがシュウだなんて。そう考えたら凄い許せなくて、こんな結末になるんだったら、私となんかパートナーにならなきゃよかったね。本当にごめんね」
エミリアが涙を流しながらあたしに謝ってくれてる、あたしが一度死んだり、悪魔になったりした事の原因が自分自身にもあるとか、そういう罪の意識とかもしかしてあるのかな?
もしもそうだったら、それは違うんだよ。
「ううん、そんな事ないよ。そりゃあ悪魔になっちゃうなんて予想出来なかったけれども、エミリアとパートナーになって、エミリアがあたしの事とっても好きで大切にしてくれる」
エミリアと出会う前は鈍色騎士と呼ばれ、挙句の果てにはどん色騎士と馬鹿にされちゃって、……今も大して変わらないけれども。
誰からもまともに相手されないし、もしもエミリアと出会わなかったらあたしは、騎士団を除団させられていたかもしれない。
「だから、そんな事いわないでね。あたしは今の結果になった事を後悔もしていないし、むしろ嬉しいくらいだと思ってるよ」
あたしはこの力を手に入れて、エミリアにとって相応しいパートナーにようやくなれたと思ってる。
何だかいろんなもの失くしちゃったけれど、それ以上にかけがえのないものを手に入れたんだ。
そうだ、後悔なんて無い。あたしがこうなる事を決めたんだ。
こうなっても、エミリアの隣に居るって事を決意したんだ。
「ありがとうね。シュウは優しいね。解った、もう弱音は言わないよ。心配かけてごめんね」
まだ目には涙が溜まっているけれども、エミリアはいつもの優しい笑顔をしてくれる。
そうだ、この笑顔であたしはずっと救われてきたんだ。
やっといつものエミリアに戻ってくれた。良かった。
「エミリアは、自分の事は大丈夫なの?」
あたしは気になっていた。自分が天使って事が解ってそんなに間も無い時、ヘンタイに酷い目にあわされて、それらが全てラプラタ様が仕組んだ事だなんて。
今まで母親の様に慕ってた人なはずなのに。あたしの事なんかよりも、そっちの方が実は傷ついているんじゃないかな?
「ちょっと前まで凄く心がバラバラになりそうで、どうしようもなく落ち込んでたけれども……」
確かにそうだよね。
あたしの悪魔化なんかよりも、全然そっちの方が辛いと思うよ。
「今は大丈夫だよ。大好きなあなたのモノになれたから」
エミリアはあたしの手を覆い被せるように握った後、薄目で頬を赤らめながら、穏やかな声で言ってくる。
な、なななにいっちゃってるの!
昨日の事はも、もういいから!
は、はずかしいんだから!
いやんもう!
でも……、あたしの気持ち、届いてたみたいだね。
よかった。




