第三十三話 生まれ変わりはあくまでエミリアを救う為
あれ?
ここはどこだろう?
確か、エミリアって人の正体が気になって部屋に入ったら真っ暗で……。
はっ、エミリア!
そうだよ、あたしのパートナーで優しくって何でも出来て、天使なエミリアだよ!
何でこんな重要な事を忘れていたんだろう?
そうだった、全部思い出した。
あたしはヘンタイ天使に何かされておかしくなっちゃったエミリアに負けちゃったんだ。
じゃあここは死後の世界なのかな。
それにしても、うーん……、体が動かない。目も開けられないや。
でも何だか凄く気持ちいい。
まるで水の中を漂っているような不思議な感じ。
「まやかしと試練の世界、欺瞞と忘却のクロニクルから抜け出せた。あなたは凄いわ」
あれ、ラプラタ様の声が聞こえる。
難しい事言ってるけれども、何のことだろう?
まやかしって事はもしかして、今までの騎士団をクビになる出来事とかエミリアが居ない世界は嘘なのかな。
もしかして、ヘンタイ天使にエミリアを取られちゃった事も嘘だったのかな。そうだといいな。
「今からあなたは二つのうち、どちらか一つを選択しなければならない。一つは大切なモノを手放し全てを忘れるけれど、穏やかな日常を送る事が出来る。もう一つは苦痛に耐えながらもあなたにとって大切なモノを守りながら不穏な日常を生きなければならない」
そんなの決まってるじゃん、楽な生活がいい。
今までずっとエミリアと一緒に頑張ってきたけれども、もういいよね?
もうあたしの事を好きで居てくれたエミリアはいないし、休んでもいいかな。疲れちゃった。
「本当にそれでいいのかしら?」
昔も同じ事を言われたような気がする。
でも、今度こそもうおしまい。
だって、あたしの大切なモノはもう取られちゃったから。
「ここで終わりにしてもいいの? 何故取り返そうと思わないの?」
取り返すってどうすればいいのか解らないよ。
エミリアは天使として完全に目覚めてしまった、あの時あたしの声はまるで届いていなかった。
あたし人間だよ?
そりゃあ、修行とかして昔に比べたら大分強くなったとは思うけども、やっぱり天使に勝てるわけがなかったんだよ。
だから無理なの。
「……それがあなたの意志ね。ならば全てを忘れ、永遠の平穏の中を生きなさい」
ラプラタ様の声が聞こえた瞬間、あたしの全身に満ちていた心地よい感覚がゆっくりと体の先端から消えてなくなっていく。
それと同時に何と無くだけどもあった自分の意志もゆっくりとぼやけていくような……、何だか何もかもが無くなっていくような、そんな気がする。
意識と体の感覚が無くなっていく中、あたしの大切な人の優しい笑顔をふと思い出す。
約束守れなくって、ごめんね。
どんなにあやまっても、今度こそもう本当に戻ることが出来ない。
エミリアは天使として目覚めて、そして運命の人に出会えたから、きっと幸せなんだよね。
あはは……、やっぱりあたしなんて無意味だったんだ。
でも、せめて最後にもう一度だけ、忘れる前にあの笑顔を見たかった。
あなたの優しい声を聞きかった。
強く抱きしめて、側にいる事を感じたかったのに。
どうして、それが出来ないの?
悔しいよ。何も出来ない自分が情けなくって、恨めしい。
もっとあたしに力があれば、天使にだって負けない強さがあったら!
「苦痛に耐える日々を選んだ時、あなたが今欲しているものが手に入るわ」
再びラプラタ様の声が聞こえる。
力をくれるの?
天使に負けない、エミリアを取り返す力が手に入るの?
だったら忘れたくない、エミリアと過ごした思い出を失いたくない。
力を手に入れて、あたしの大事な人を取り返すんだ!
その為だったらどんな苦痛にだって耐えてやる!
そう決意した瞬間、体に力が戻っていく。
目を閉じているはずなのに目の前が真っ白になっていき、強い光で完全に視界が支配された瞬間。
「よく戻ってきたわね」
あたしはゆっくりと目を開けると、そこにはラプラタ様が笑顔で待っている。
場所は、ここどこだろう?
本棚で壁が埋め尽くされているし、窓も無い。ガラスの小瓶が乱雑においてあるから、何かの研究でもしてたのかな。
うーん、寝起きのように頭がぼーっとしてて、いまいち思考がまとまらないというか何というか。
「とりあえず濡れた体を拭いて着替えなさい。新しい服はそこにおいてあるから」
あたしはラプラタ様の言葉に促され、ふと目線を下にする。
うん、貧乳だ。足先までしっかり見えるや。……って。
うわああああ!?
な、なんであたし裸なの!
しかも全身びちゃびちゃだよう!
ずっと何も着ないでラプラタ様の前で立ってた……?
ひー、はずかしいっ!
急いで拭いて着替えなきゃ。
とりあえず無い乳を隠しつつ、机の上に置いてあった柔らかい布で体の上から順番に拭いていく。
それにしても、何があったんだろう?
体は何ともなさそうだし……。
「着替えながらだけど聞いて、新たな任務を言うわ。今回の任務は再び魔界へ行き、天使となったエミリアを取り戻す事」
「エミリア!」
そうだ、エミリアを取り返さないと!
で、でもてっきり死んじゃったと思ったのにどうして生きていて、しかもラプラタ様のところにいるんだろう、うーん。
まず着替えを終わらせよう。それから聞いてみよう。
着替えとして渡された服を広げてまじまじと見つめてみる。
うーん、何のしかけも無さそうな普通の黒いロングスカートなワンピースだ。なんだか黒づくめだから、これ着たら魔女か悪魔って感じになっちゃうね。
そう思いながらもあっという間に着替えが終わり、ぼさぼさになった髪を手ぐしで適当に整えながら気になっていた事を尋ねる。
「えっと、あたしって死んだはずのような? それに魔界へ行ったはずなのに、どうしてここにいるのです? たぶんここって風精の国ですよね?」
「詳しい事はエミリアが戻ってきたら話すわ」
教えてくれないのね。何で隠すんだろ。
でもいったいぜんたい本当に、あたしどうなっちゃったの……。
「深淵なる力の解放と叫んでみなさい」
腕を組みながら、なんやら不思議な言葉を教えてくれたけれども……。
叫べって言われてるし、何だか物凄い期待の眼差しで見ているし、よく解んないけれどためしに言ってみよう。
「うーん、深淵なる力の開放っ!」
あたしは多少戸惑いながらも、ラプラタ様が教えてくれた言葉を高らかに叫ぶ。
すると意識が一瞬遠くなり、全身から黒い光が放出される。
光はあたしの胸から放射状に解き放たれた後、目の前が黒い輝きに覆われると意識が遠くなっていく気がする。
「な、なにこれ!?」
遠くなっていた意識が戻り、何気なく自分の姿を見て驚く。
ワンピース一枚だけしか着ていなかったはずなのに、いつの間にか黒くて堅そうな金属で出来た鎧を身につけ、ロングスカートはなぜかパンツが見えそうなほど短くなってるし、不思議な紋章が刻まれた頑丈そうな手甲をつけ、同じ色の長靴下とブーツをはいている。
な、なんだか所々露出してるし、全体的にぴちぴちだし、すけすけな部分もあっていろいろとえっちい感じがするよ!
しかも胸元に谷間と膨らみが出来てる。
あ、あれえ、貧乳じゃない!?
「すごい。お胸がある……。念願のきょにゅーだ! やったあ! って違う違う。そんな事言ってる場合じゃない。これなんですか!?」
「やっぱりそこを見てしまうのね……。そこよりももっと驚く事があると思うけれども、背中を見てみなさい」
あたしは戸惑いながらもラプラタ様の言葉に従い、背中を見てみる。
そこには一対にコウモリのような羽が生えていた。
「な、ななななにこれ!」
嘘でしょ!
なにこれ、何で羽なんて生えてるの?
新手の仮装か何か!?
はっ、もしかして!
あたしはとっさに近くにあった鏡を手にとり、自分の顔を確認した。
瞳は血のように赤く染まっており、髪型はエミリアが教えてくれたものにいつのまにかなっちゃってるし、耳先は尖ってるし、頭からなんか角が二本生えちゃってる……。
これってまるで悪魔じゃん!
なんで、どうして!?
「あなたの新たな力、簡単に言えば魔王の力といったところかしら。その力でエミリアを取り返してきなさい。使い方は実戦で覚える事」
いや、使い方はとかじゃなくて、これってどういうことなの!
「どういう事ですか!?」
「悪魔の体を手に入れたの。あなたは契約をしたのよ」
契約ってあたし何にもしてない……あっ。
ひょっとして、あの時、エミリアを助けたいって思った時!
「あたしがエミリアを助けたい、力が欲しいって言ったから……?」
「ええ。断ればあなたは永遠の平穏、すなわち死んでいた。まあ、人間であった頃の肉体は既に死んでいたんだけどね」
確かにエミリアを救いたいから、天使にも負けない力が欲しいとは言ったけれども。
まさか悪魔にされるなんて聞いてないよ!
じゃ、じゃあもう人間じゃないの?
「あなたが欲しい答えは後ろにあるわ、振り向いて直接見てみなさい」
あたしの考えを見透かされたかのように、ラプラタ様が先に答えを告げる。あたしは戸惑いながらも後ろを振り向くと、そこには人が入れるほど大きな透明な円柱状の容器があった。
容器の底には、薄緑色の半透明な液体が僅かに残っている。
そういえば、あたしって気がついたときは裸で全身濡れてたような。
答えがあるって言ってたけれども、もしかして……。
あたしはこの中にいたの?
「ラプラタ様……? あたしはこの中で何をされていたの?」
「そこであなたは悪魔として、新しい生を受けた。その為の試練が、欺瞞と忘却のクロニクルなのよ」
うう、もう何が何だか意味不明すぎてついていけないよ。
えっと、ヘンタイ討伐に魔界へ行ったけど天使になったエミリアに負けて、その時に命を落としたけれども、何とかのくろにくるだっけ?
ともあれ試練を受けて、あたしが生きる事を選んだから悪魔になった。でいいのかな?
うーん、やっぱり突拍子すぎてなにがなんだか。うう、頭痛がしてきた……。
「ちょっとひとりにさせて下さい」
あたしは気持ちの整理をつけるため、部屋の隅っこに丸まって座る。扉が開いて閉じる音がしたから、ラプラタ様は出て行ったのかな?
それにしても、まさかあたしがこんな事になるなんて。
人間じゃなくなったら、もう風精の国にはいれなくなっちゃうよ……。
それに天使と悪魔じゃ敵対関係だから、結局エミリアと一緒には居れなくなっちゃうって事だし。
はぁ、あたしって何のために生き延びちゃったんだろ。
ああ、そうだ。エミリアの笑顔を見るためだった。
いけない、大切な事を忘れるところだったよ。
エミリアを救うんだ。救った後にたとえあたしが悪魔って事が、ばれてしまって嫌われたとしてもいいんだ。側には居れないけれども、遠くから他のパートナーへ向ける笑顔くらいは見れるよね。
こんなに好きで好きで仕方ないのに、なんでいつもあたしと離れちゃうんだろう?
その後も自分が人間じゃないって事と、エミリアを救う事、様々な思いや今後どうするかをいろいろ考え続けた。
「考えは、まとまったかしら?」
「はい。エミリアを助けに行きます。どんな運命が待っていようとも、全てを受け入れます。もう逃げません」
部屋のろうそくが燃え尽き、あたしが今後どうすればいいか決まった時に部屋を出たラプラタ様が新しい明かりを手にして戻ってきた。
正直、まだ解らない事が多い。
けれども、今やらなければいけない事。
エミリアを助けるんだ。
あの人は天使セラフィムではなくて風精の国の魔術師エミリアだから、地上へ返さないと駄目なんだ。
「行ってきます。今度は負けません」
待っててねエミリア。あなたの人としての幸せは、あたしが取り返して見せるから。




