第三十二話 欺瞞と忘却のクロニクル
「おい、新しいペアの組み合わせ発表だってなー」
「俺ランク上がったから、新しい相方になるかもな! 楽しみだぜ」
今日は、定期的にある騎士と魔術師の組み合わせ発表の日だ。
けれども、あたしにとってこのイベントはあまり関係が無いんだよね。
先日、こっそりリトリア本人に聞いてみたのだが、リトリアもランクが変わることはなかった。ペアは同じランクで組む事になっている。
つまり、発表を見るまでも無く、あたしのパートナーはリトリアなのだ。
それでも、組み合わせ発表で一喜一憂している人たちを見に行こうという、意地の悪い誘惑に負け、あたしは城内のエントランスへと向かう事にした。
あたしが利用している宿舎からエントランスまではちょっと距離がある。
いつもは他の騎士とすれ違ったりするけれども、あたし以外にとっては特別な日だから、今日は誰とも合わずに目的地の入り口まで到着する。
エントランスに入り、組み合わせが書かれている張り紙の前へつくと、あたしの予想通り、はしゃいで喜んだり、頭を抱えてうなだれている人が多く居た。
あたしは一喜一憂している人達を横目で見つつ、人ごみを掻き分けながら張り紙のある場所まで向かう。
どうせ変わらないと思う。けれども何かこうもやもやするというか、違和感をあるというか、漠然としているけれど見なきゃ駄目な気がしてならない気がしたから、張り紙を見たけれども……。
そこには、あたしの名前は無かった。
って無いってどういう事なの!?
ま、まさか……。あまりにも働きが悪いから除団されちゃった!?
ど、どうしよう。さっき感じてた違和感ってこれの事なの?
そうだ、団長に聞いてみよう!
「どういう事ですか! あ、あたしの名前が無かったのですが!」
自分の名前が無い張り紙を見たあたしは、駆け足で執務室へ向かい、ノックもせず勢いよく扉を開けて、自身の仕事を行っていたであろう騎士団長へ詰め寄った。
「やれやれ、少しは落ち着きたまえ、これは軍最高会議で決まった事なのだよ。一両日中に装備と記章の返却を行うように」
しかし団長はいつも通り焦らず騒がず、多少困り顔の気がしなくもないが丁寧な対応をする。
「は、はい」
冷静かつ、真っ当な対応で返されてしまった。いつも冷静沈着で決して取り乱さない人だ。こんなに慌てていたあたしがまるで馬鹿みたいじゃない。事実、馬鹿なんだけども。
でも、本当にクビだなんて……。
どうしよ、実家のお父さんが凄い怒りそうだなあ。はぁ……。
団長の態度ですっかり頭が冷えたあたしは、ため息をつき軽くおじぎをした後、執務室から出ようと扉に手をかけようとするが、その扉はいきなり勢いよく開きだす。
「きゃああっ! い、いったああいい」
当たった瞬間は目を閉じていたから解らなかったけれど、木製の扉は、見事あたしの顔面をとらえたらしい。
きっと真っ赤に腫れてる、すっごい痛いもん!
あまりの激痛に声をあげて泣きそうになったけれども、今ここはどこなのか、そして誰がいるのかを思い出すと歯を食いしばり、痛みの発生源を両手でおさえて何とかこらえる。
「だんちょー! 僕の相手が白金騎士さまってどういう事ですか!」
あたしが痛くてどうしようもなかった時、すぐさま聞きなれた声が執務室中を響かせる。扉を開けたのはリトリアだったんだね。
「ああ君か。これからの活躍を期待している。詳細は私よりも、宮廷魔術師長へ聞いて見てはどうかね?」
何も出来ないダメダメなあたしとは対照的に、実質昇格とも言えるリトリアに対しては笑顔で答えているような印象を受けた。
それにしても除団は仕方ないのは解るよ。でも何だろう。
何かがおかしい気がする。
じんじんと痛む顔をおさえながら、何度か頭を大きく下げつつ執務室を去る。ふと後ろを振り向くと、リトリアも大きく一つだけ頭を下げていた。
「うーん、何で白金騎士さまのパートナーになったんだろう」
リトリアはランク一とペアを組まされる事で、自分が足を引っ張るのではないかと悩んでいるみたい、その気持ちは確かに解るよ。
あれ?
なんで解るんだろう?
あたしはもう騎士団とは関係のない人間なのに。
「ふふ。リトリアは今、きっと自分が足を引っ張るって思っているでしょう?」
背後からまるでリトリアの心中を見透かされたような言葉が聞こえる。
そうだ、この声は聞いた事がある。
振り向くとそこにはあたしの予想通り、ラプラタ様が立っていた。
「ラプラタ様ぁ~」
リトリアはラプラタ様の胸元へかけより、ぎゅっと強く抱きつき顔を摺り寄せている。ここから軽いイチャイチャ展開が始まるんだよね。知ってる知ってる。
ラプラタ様は女の子好きだからなあ。
あれ、なんで未来の事知ってるの?
ラプラタ様と会話した事無いはずなのに、どうして?
「リトリア、元気そうね。三日前に教えた火の魔術出来る様になったかしら?」
「うんうん」
「偉いわね、今度ご褒美あげるから私の部屋に来なさい」
体は密着しているし、二人の顔の距離がすごく近い気がする。リトリアは頬を赤らめ、目が妙にきらきらとしているのは気のせいじゃないかも。上司と部下って事を知らなければ、きっと危ない関係と思われてもおかしくない雰囲気だよね。
うーん、過去にもこの光景を見たことがあるような……。
「ラプラタ様! 今から執務室へ行ってもよろしいでしょうか!」
「あら、この可愛い子は誰かしら?」
むむ、どうしてあたしの事知らないんだろう。ラプラタ様はあたしの事知ってるはずなのに。
あれれ?
何であたしラプラタ様の事知っているの?
うーん、どこかで話したっけかな。
「まあいいわ、何もないけれどもお茶くらいは出すわよ。来なさい」
「はい!」
思わず言っちゃったけれど、なんで執務室へ行きたいなんていっちゃったんだろ。
記憶だと確か、あたしから行きたいって言うんじゃなくて、ラプラタ様に呼ばれた気がするけども。
駄目だ、ぼけすぎてるや。
ああ、これはきっと夢なんだよね。執務室に行って部屋に戻ったら少し寝よう。
あたしはリトリアと別れ、ラプラタ様の後を追っていく。
間も無く執務室へと到着し中に通されると、そこには誰も居なかった。
確かここで誰かが待ってた気がするんだけども……、あたしの思い違いなのかな?
「あれ? ここには誰かが居たような……?」
「いいえ、私一人だけよ?」
うーん、どういう事だろう。
そもそも、何であたしはラプラタ様の執務室へ行こうって思ったんだっけ?
うぐぐ、何も思い出せない。
あたしは何か大切な事を思い出そうと必死になって考えてみるが、思い出そうとすればするほど何だか雲がかかったようにうやむやになってしまう。
余りにも自分の記憶力の無さに苛立ち、自身の頭をぐしゃぐしゃと掻き毟ろうとした時。
あれ、何であたし髪を結ってるんだろ?
ここに来てから、手入れしても無駄だからって放置したのに。
何だか今までの違和感といい、絶対何かがおかしいよ。それは間違いない筈なのに、どうして何にも解らないの?
あたしは何気なく髪を結っていたリボンを取り、そのリボンを眺める。幾何学模様が刺繍されてて綺麗だね。
うん?
何か隅っこの方に刺繍されてる。なんだろうこれ。
”親愛なる私の騎士様へ エミリアより”
エミリア、どこかで聞いた事があるような?
うーん……。
「ふふ、これからも頼りにしているから、よろしくね。私の騎士様」
リボンに刺繍されたメッセージを見た後にあたしの頭の中から真っ先に浮かんだ映像は、まるで天使の様にとても綺麗で優しそうな笑顔をした女の人の姿だった。
何であたしなんかを頼りにしてくれているのかな。あたしなんて何も出来ないし、いいところも無いし、騎士もやめさせられてしまったし、本当どうしようも無いのに、どうして?
でも何でかな。凄く胸が苦しくって、熱くって。
あんな風に言ってくれる人が居たら、うだつのあがらないあたしでも変われたのかな?
優しいあの人を守ろうと思って、必死に強くなろうとしたりしたのかな?
いろいろ考えていくと自分でも知らないうちに涙があふれ出て、相変わらず頭の中は雲がかったままで、エミリアって人の事もよく覚えていないし、なんだろうねこれ。
「何を迷っているの? あなたは駄目な騎士じゃない。どうせ何をしたって無駄なのよ」
あたしが迷い苦しみ泣きそうなのを堪えている時に、ラプラタ様の冷たい一言が熱くなった胸の温度を下げていく。
そうだよね、あたしは何やっても駄目なんだよね。
何を悩んでたんだろう。さっさと騎士をやめて実家に帰らなきゃね。あはは……。
「あの、最後に教えてください。エミリアって女の人をご存知でしょうか?」
このリボンをくれた、こんなあたしでも好きになってくれたであろう人の名前を聞いてみる。ラプラタ様は知らないかもしれないけども。もしかしたらこのもやもやとした例えようのない何かを、はっきりとさせるヒントはくれるかもしれない。
「知らないわ。それにあなたみたいな底辺はもう何も知らなくていいの」
なんでここまで言われなきゃいけないんだろう。
そりゃあ、確かにあたしは何にも出来ないけども。そんな物言いはあんまりだよ。
ラプラタ様ってもっと穏やかで人の事を悪く言わない印象だったのに、どうして?
あれ、やっぱりおかしい。
さっきもそうだった。今まで遠くでしか見たことがないはずなのに、明らかにあたしはこの人を初対面以上に知っている気がする。
あたしはその場で考えた。たぶん今まで生きている中で一番考え抜いたと言ってもいいくらいに。
ラプラタ様の不機嫌な表情にも負けずに熟考し、至った結論。
それは……。
「お願いです。エミリアと言う女の子の事を教えて欲しいのです!」
「知らないって言ってるじゃない。しつこい子は嫌いよ」
そうだ、エミリアの事を思い出そうとすると頭の中がぼんやりとするんだ。
だからその人がどんな人で、あたしにとって何なのかを思い出せれば、きっと!
「そういえば、リトリアは白金騎士とペアを組む事になったのですが、今までペアだったランク一の魔術師はどうなるのです?」
リボンに刻まれた幾何学模様。これってたぶん魔術の何かなんだよね。
だからエミリアって人は魔術師なんだって事は解る。リトリアが最高ランクの騎士と組むなら、あたしは最高ランクの魔術師と組むという可能性も無くはないはずだ!
あたしもおかしいし、大分こじつけな気がするけれども、それ以上に何かがおかしい。絶対に食い違う場所があるはずなんだ。
「いい加減になさい。黙っていれば楽出来たのに」
駄目だ、全然取り合ってくれない。
しかも黙っていれば楽出来たのにって、なんなのそれ、酷い言い様だよ。
こんなに感じの悪い人だなんて、なんだかなあ。
あ、そうだ!
金魔術師の宿舎へ行けばいいじゃん!
最高ランクの魔術師がいるかもしれないよね?
「もういいです。変なことばかり聞いてすみませんでした」
あたしはこれ以上質問しても望んだ答えがもらえない事を悟り、一度大きく頭を下げた後に執務室を去る。
急がなきゃ、ここは何か変だ。あたしも変だけど、それ以外が絶対におかしいんだ。
えっと、金魔術師の宿舎はこっちだったかな。
あ、あった!
ランク一の部屋は確か一番奥なはずだから、ここだね!
「おやめなさい。そこは開けてはいけない」
ドアノブに手をかけようとした瞬間、強い口調で呼び止められてしまう。
とっさに振り向くと、なんとそこには執務室で別れたはずのラプラタ様が、厳しい表情のまま立っていた。
い、いつのまにいたんだろう?
「そこを開けたら、あなたは戻れなくなってしまう。それでもいいの?」
全然意味が解らないよ。
この人絶対におかしい、エミリアの事になると余計にムキになっている気がするし。
そんなにあたしに知られたり、出会わせたくないのかな?
「あなたには関係ないじゃない! あたしはエミリアに出会うんだ!」
何だかそこまで言われたら意地でも会わなければいけない気がしてきて、思わずかっとなって叫び、扉を開けた後に部屋へ入る。
「うわああああ!」
そこは何も無い暗黒の空間が広がっており、あたしは暗闇の底へと落ちて行ってしまう。




