第三十話 いざ行かん、常闇の大地へ
――遠征当日。
あたしは自室でエミリアが作ってくれた装備に着替え、髪の毛を貰ったリボンで結う。
やる事はやったはずだし、多分あたしは昔よりも強くなっていると思う。
やっぱり暗くって、恐ろしい場所なのかな?
でもあたしは負けない。魔界に居るあのヘンタイをやっつけて、エミリアを守るんだ。
全ての準備が整い、忘れ物が無いか念入りに何度も確認した後、ラプラタ様の執務室へと向かった。
「お待たせしました」
あたしが執務室へ到着すると、既にエミリアは部屋の中で待っていた。
これから魔界へ遠征に行くっていうのに、あたしと目が合うといつも通りの笑顔を見せてくれる。凄い落ち着きがあるよね、肝がすわっているってやつだね。
「シュウ、怖くない? 大丈夫かな?」
「昨日までは不安でどうしようもなかったけれど、今は開き直っちゃったかも」
確かに怖くて仕方なくて、夜もあまり寝れなかったんだよね。でもこのまま何もしてなければ、再びあのヘンタイが来る事は解ってたし、魔界へ行く事しか解決方法が無いって思い込ませて、何とか開き直った風に思い込ませているわけだけども。
そういえば、三十日もあったのにあのヘンタイはここを襲ってこなかったよね。どうしたのかな?
実はエミリアが最初の遭遇の時にやっつけちゃってたとか!
……さすがにそんな都合のいい話なんて無いよね。
「全員来たみたいね。じゃあ早速魔界への道を開くわ」
今まで自席に座り、静かに目を閉じていたラプラタ様は、あたしとエミリアのやり取りに気がついたらしく、ゆっくりとまぶたを開くと立ち上がり何も無い空間へ手を伸ばす。
すると、人ひとりが入れる程度の大きさの、赤く輝く円形の光の輪が現れた。
もしかして、これが魔界へ通じる道なのかな?
「最後にもう一度だけ言うわ。くどい様だけれども、危なくなったら絶対に引き返す事。相手は人間ではないって事を忘れないで」
「はい。これが魔界へ通じる道なの……?」
「ええ」
あたしの質問に淡々と答えてくれるラプラタ様は、なんだかいつも以上に厳しく冷たい印象が強い。
それだけこの任務が危険って事なんだよね。
まあ、これから討伐する相手は天使だからなあ。
しかし最近よく思うけれども、何だか不思議な事が連続していっぱいおきている気がするよ。
「じゃあ、行ってきます」
あたしは魔界へと通じている、禍々しく輝く光の道を前にして、ためらいながらも一度おおきくつばを飲み込んだ後、意を決してその中へと飛び込んだ。
「ここが、魔界……?」
ずっと作り話だけの中にしかなくって、まさか本当にあるなんて思ってなかった世界に来ちゃったよ。
ここは崖になっているのかな、周りが見下ろせるようになってるや。
あたしは驚きつつも、初めての魔界の風景を見回す。
空は赤黒い雲に覆われ、同様の色の大地が地平線まで続いている。あそこに見えるお城が、ヘンタイがいる場所なのかな?
建物以外は森だったり荒野だったり、目立った物は何もない。意外と殺風景なんだね。魔族とかいるってラプラタ様に聞いていたから、悪魔の町とかそういうのあると思ってた。
遠くの方まで見えるって事は、空気は意外と澄んでいるって事なのかな。しかしラプラタ様から貰ったペンダントをつけてないと死んじゃう事を思い出すと、あたしは自分でも知らないうちにペンダントを強く握り締めていた。
「あれ、エミリア?」
「光の道を潜る前に変身しておいたの。人間のままだと危ないかなってね」
後ろを振り向くと、エミリアは既に天使の姿となっていた。
うーん、いつみても神々しい。そして美人さんだ。
何だか天使とか魔界とか、ずっと思ってたけれどもファンタジーすぎて何が何だかだね!
「あそこに見えるお城にヘンタイがいるんだよね」
「そうだね」
あたしはこれから向かう、遠くに見える城を指さす。
これから歩いて行こう。そう思った時、エミリアはあたしに抱きついてくる。
「正直、不安なの。天使になっていればいるほど自分が誰か解らなくなって、自分なんだけれども自分じゃない誰かになっていくようで……」
いつもはあれだけ頼りになってたエミリアが、いつもはあたしを励ましてくれているはずなのに、今日は違う。
今までパートナーとして一緒に居たけれども、過去に聞いた事が無いほど頼りなく、震えた声で話しかけてくる。
「もうちょっとだけ、このままでいさせて」
そうだよね、エミリアだってずっと不安だったんだよね。
いつもは弱いところ見せないように頑張ってるんだよね。
そんな強いエミリアにあたしはずっと甘えていたけれども、今は違うんだ。
あたしはエミリアを強く抱きしめる。
天使になっていても、何にも変わらないあなたの優しい温もりを感じるよ。この暖かさ、絶対に手放すものか。
「ごめんね、いこっか」
「うん」
しばらくの間、あたしとエミリアは無言のまま互いの体温を確認しあうと、エミリアは自分から離れて、いつもの笑顔であたしを見てくれた。
「情けないところ見せちゃったね」
「ううん! そんな事ないよ! なんだろう、いつもあたしが頼りっきりだったのに、エミリアが頼ってくれるのが何だか凄い嬉しくって!」
そんな謙遜しなくてもいいよ!
あたしのまな板お胸ならいくらでも貸すから!
……エミリア、柔らかかったなあ。天使になったらドレスのせいか余計胸が大きく感じる。というか大きいんだけどね。はぁ。
「私はペア組んだ時からいつも頼りにしてるよ?」
なんでそんなに嬉しい事言ってくれるの。
あたし泣いちゃいそうだよ。目がしょぼしょぼして、視界が潤んできたし。
こんなに必要とされているなんて、騎士やっててよかった。本当にそう思う。
あたしは目から溢れる涙を拭いつつ、もう片方の手でエミリアの手を強く握り、今回の任務の目的であるお城へと向かう。
道中、地上では絶対に見ないような怪しげな色をした植物や、不気味な色彩の動物が姿を見せるけれども、特別あたし達を襲ってくる様子も無い。相手も珍しいモノがいるとか思っているのかな?
いきなり物陰から悪魔が出てきて、食事だーって襲われるのかなって思ってたけども全然気配を感じないし、実は魔界って平和で治安が良かったりして?
「ついたね」
「うーん、何だか凄いね」
あたしとエミリアは、何の苦労も無く城の門までたどり着く。
遠くから見たらさほど大きなお城ではないかなと思ったけれども、間近で見たら黒い石で出来ている城と、赤黒い背景が相まって何だか押しつぶされそうな気分だ。
入り口に兵士とか門番とかいるんじゃないかなと身構えていたのに、全くの気配も感じないどころか、扉が堂々と開いているよ。
「これ、どうみても罠だよね」
「うん。相手は私が目当てだから、下手に侵入を阻む事はしないのかも?」
確かにエミリアの言うとおりだ。
うかつに警備を強化して、万が一にもエミリアが返り討ちにあえば元も子も無いからね。
という事は……。
「もしかして、あたし達がここへ来るのばれてるのかな?」
「そうだね。余りにも手薄すぎるもの」
やっぱりそうだよね。
うーん、どこでばれたのかな。
「多分、風精の国にあの不審者と通じている人がいるんだと思う」
何だか凄いさらっと言ってるけれども、それってやばいよ!
あたしの特訓とかも全部ばれているって事だよ?
あの新技もばれてるとか、うーん……。
「ふふ、そんな顔しないで。シュウの事は多分解らないと思うから」
また見透かされた。
でもあたしの事解らないけど内通しているって事は、エミリアは知ってるけどもあたしは知らない人なのかな?
あんなヘンタイと組む人とかいるのかな。
まさか、実はエミリアは内通者が誰かって既に解ってるとか!
聞いてみよう。
「もしかして、誰か知ってるの?」
「心当たりはあるよ。証拠は無いけれども、その人にしか出来ない事だからね」
やっぱりあるんだ。
でも、その人にしか出来ないってどういう事だろ。
魔界にいるヘンタイと連絡が取れるって事は、ラプラタ様以外にも魔界への道が開けられるって事だよね?
魔界って簡単に行き来できるものなの?
あ、もしかして!
「ラプラタ様が、デウスマギア様も魔界で研究してたって言ってたから、まさか!」
「うーん。ちょっと違うかな。あの人は既に隠居して外界との交流を絶っているって話だからね」
違った。折角この人だって思ったのに。
確かにあたし達の事なんて知らないよね。
そもそも、あのヘンタイと組んで何の得があるかって話になるし。
「今は不審者の討伐が優先だね。内通者はそのうち解る様な気がする」
そうだ、今は誰か解らない犯人探しをしている場合じゃない。
あのヘンタイをこらしめる為にここへ来たんだ。
「ここからは敵の居城だから、気をつけてね」
「うん! エミリアは絶対に守るよ!」
「ふふ、頼りにしてるね」
あたしは決意を新たに、魔界に建つ城へと足を踏み入れていく。
絶対に戻ってくるという意思と、何が何でもエミリアを守るという堅い信念を胸に秘めて。




