第三話 最高最低コンビの初戦場
風精の国の任務といっても内容は様々で、要人護衛や機密書類の運送といった国の存亡に関わる重大な出来事に関わったり、実際に他国と戦争、あるいは兵を派遣したりする実戦的なもの、さらには貴族の人が飼っているペットの散歩といった雑務など、仕事の種類は多い。
ランクが高いほど、遂行が困難だったり任務自体に重要さが増したりするんだけれども、リトリアと組んでいたあたしは基本雑務で、たまに戦場へ行っても後方支援とか、安全な輸送部隊の護衛とか、野営している場所の守備、まあ待機なんだけども。
別にあたしじゃなくても、極端な話、騎士じゃなくても出来る任務に回されることが多い。もっとも、重大な任務を任されても困るんだけどね。
だから、こんな任務は初めてだよ!
あたしの憶測だと、実戦だからシルバー以上じゃないと本来は回ってこないはずなのに。
ちゃんと上手く戦えるかな?
二人無事に帰る事が出来るかな?
もしも、あたしのせいでエミリアに何かがあったら。ううう……。
あたしがここまで悩むのは、新しいペアになってからの初任務という理由もあるし、ペアの相手がランク最高だからというのもあるけれど、もう一つある。
「おい、エミリアさんを絶対に守れよ? もしも何かあったらタダじゃすまないからな!」
「う、うん」
「本当に大丈夫かよ。俺も行った方が……」
「あたしの任務だから、もうこれ以上何も言わないで下さい! 大丈夫だから!」
任務を言い渡されて準備をし終え、城を出ようとした時にシャロンに呼び止められ、脅迫じみた言葉を投げかけられたからだった。
あの時のシャロンの表情は、まるであたしの事を全然信用していない感じだったし。何でそんなに不安なの?
確かに今まで失敗続きだったけれども……。
エミリアが一緒だったからかな、それ以上の事をされなかったし言われなかったけども、あいつが余計な事を言うから、ますます緊張しちゃったよ。
というか、あたしも何であんな強く返しちゃったのかな。確かに任務が成功する根拠も自信も無いのに。
はぁ、街道を歩く足が重い。着ている鎧も重い。気持ちも重い。
こんなに憂鬱なのはじめてだよ。
「そんなに緊張しなくても、きっと大丈夫だから。ね」
エミリアが笑顔で励ましてくれている。優しい声だなあ。気持ちが落ち着いていく、なんだか安心しちゃったかも。
そういえば、執務室で出会った時にはしていなかった、つばが円形状に広がった、先の尖がっているいかにも魔術使っちゃいそうな人がしている帽子をかぶっている。外へ出る時はいつもしてるのかな?
「ありがとう、だいぶ楽になったよ」
「ふふ」
リトリアのような子供のような愛らしさとはまた違う。
お母さんのような落ち着いていて、暖かい表情をしてくれる。
たぶんあたしと似たような年なのに、なんでここまで違うのだろう。はぁ。
最近ため息しかついてないや。
「ところで、何か作戦とかあるのかな?」
「えっとね、昼間はならず者が出かけていないって聞いているから、その時間を使って隠れ家に罠をしかけておくの。帰ってきたらしかけた罠発動させてまとめて捕まえる感じかな。シュウちゃんは、周囲の偵察と万が一の時には私の護衛をお願いするね」
そんな難しい事をするわけでもないみたいだし、昼間は罠しかけるだけっぽいから大丈夫そうだよね。よかった……。
確かによく考えたら、ランク一のエミリアはともあれ、最低ランクのあたしが受ける任務だから、難しい事や危険な事があるわけないよね。
「うん、解った。あと、名前呼ぶ時はシュウでいいよー」
エミリアがまた笑ってくれる。
ほんの少しの時間なのに、何回この笑顔に救われただろう?
気を抜いちゃだめだ。たとえ簡単で安全でも、絶対に成功するってわけじゃないんだ。頑張ろう。あたしがエミリアを守るんだ。
「ちょっと気になってたんだけども、聞いてもいいかな?」
エミリアは後ろで手を組みながら、こちらの顔を覗き込んできたけれども、何か気になる事でもあったのかな?
「うん? なあにー?」
「男の子っぽい名前だよね、珍しいかも」
「う、うん。そうだね。よく言われる……」
確かにその通りなんだけども、一番気にしている事を聞かれてしまった。
でも答えないのも変だし、折角エミリアの方から仲良くしてくれようとしてるから答えないと。
「男の子が欲しくって、騎士にしたかったみたいだから、男の子の名前しか考えていなかったみたい。はぁ、あたしもエミリアみたいにもっと可愛い名前がよかったんだけどなあ」
自分で言うのもなんだけども、本当そう思っている。女の子が生まれてきたからってそのまま男の子の名前をつけるなんてありえないよ!
不幸だ、生まれた時から既にダメダメなあたし。
「でも騎士にはなれたよね。親孝行したんだね、えらいね」
なんでこんなに前向きなんだろう?
勝ち組の考えはよく解んない、そして一切嫌味を感じないのもどうしてだろう。
「私の名前はね、ラプラタ様が考えてくれたの」
あれ?
じゃあ、エミリアのお母さんってラプラタ様なの?
うひー、宮廷魔術師長の娘だからそりゃあ魔術出来るよね。見た目も凄い綺麗な人だったし、親子揃って才色兼備かあ……。
「何かがっかりさせちゃったかな?」
「ううん、なんでもないー」
やっぱり出来る人は、生まれ持ったものが違うんだよねきっと。
環境が既に違うんだもの。いいなあ、あたしなんて変な名前つけられて、ほんと散々だよ。神様は不公平だよね!
あまりにも住んでいる世界が違う人とふれてショックを隠し切れないあたしは、なんとか誤魔化そうと他愛の無い会話を続けつつ、歩を進める。たぶんそれもばれているんだろうけども。
そして出発してからまだ半日も経っていない時。
「ここかな?」
「そうだね」
いろいろ考えているうちに、目的地に着いちゃった。
藪の中にあばら家が無数にある、ぼろぼろの家と藪がちょうど迷彩の役割になっているお陰なのかな。外からは見えにくく、内からは出にくい場所になっているような気がする。
昼間でも薄暗いし、なんかじめじめする。あたしの定位置よりかはまだマシだけどね!
……何張り合ってるんだろう。
「数人くらいはいるかなって思ったけれど、誰も居なさそうだね。じゃあ罠仕掛けているから、シュウは村の周辺を見回ってきてね。後これ渡しておくから、危なくなったら地面に叩きつけてね」
エミリアが腰に下げてあった小物入れ用の布袋から、指先で持てる程度の大きさの、水晶の様に透き通る玉を一つ、あたしに渡してくれた。
「はぁーい」
なんだろうこれ、叩きつければ何かおきるのかな?
どんな効果があるのか気になるけれども、まあいいやしまっておこう。
「いってきまーす」
「お願いね」
こうしてあたしは周囲の偵察をするため、いったんエミリアと別れた。
うーん、何にもない。
特別怪しいところもなさそうだし、誰かに出会うわけでもないかも。
う、足がかゆい。虫にさされたかな、……やっぱり腫れてる。あたしの血なんておいしくないよ!
刺されたところのムズムズが気になるけども、これだったら、予定通りに作戦をすすめて無事に帰れそうだ。よかったー。
ん?
あれは……?
うっそうと茂みの隙間から、騒がしい声と共にたくさんの人影が見える。肌は焼けたり煤けたりして黒く、傷だらけの防具を身につけて、使い古した武器を担いでいる。見た目から察するにこの人らって、ならず者達だよ!
なんでこんな早く帰ってきているの!?
まずい、このままじゃならず者の隠れ家にいるエミリアが危ない!
あたしは急いでこの事をエミリアに伝えるべく、元来た道を全力で駆け抜け、ならず者の隠れ家へと戻った。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ならず者達が帰ってきてるよ! はやくここから出ないと見つかっちゃう!」
急がないと、ならず者が帰ってきちゃう。
結構たくさんいたから、二人じゃ絶対にかないっこないもの!
早く逃げなきゃ。エミリアと無事に生きて帰るんだ。
「大丈夫だから、落ち着いて。罠はもうしかけ終わっているから、すぐに出よう」
こんなにピンチなのに、やっぱりエミリアは落ち着いている。いつもの穏やかな笑顔であたしに気を使ってくれているんだ。あたしももっと冷静にならないと。エミリアが大丈夫って言っているんだから、きっと大丈夫だよね?
「危ない!」
「え……?」
いつもにこにことしていて、今さっきだって落ち着いていたエミリアがいきなり血相を変えて、あたしを両手で突き飛ばしてきた、あたしは不意の行動に対処できず、地面に尻餅をついた瞬間、頭上から矢が一本飛んできて、エミリアの太ももに突き刺さった。
「エミリア!」
「そ、そんな大声ださなくても……、私は大丈夫だから、ね」
でも明らかに痛そうな顔してるし、刺さったところから血が出てるよ。
どうしよう、どうしよう……。
「あの鈍そうな女をつけていたら、まさかもう一人仲間がいるとは」
「ちっ、どんくさそうな方からやるつもりだったのに外しちまった」
エミリアと合流する時につけられた!?
いったいどこで、ずっと藪の中にいたのに。
うわあ、小屋の影からならず者がたくさん出てきた、どうしようどうしよう、囲まれちゃったよ……。
「親方! こいつら、騎士と魔術師ですぜ。しかも魔術師はゴールドだ!」
「騎士の方はブロンズか? 何でゴールドとブロンズが組んでいるんだ? 足手まといにしかならないだろうに」
ならず者達はあたしを指差しながらげらげらと下品に笑い出す。
そうだ、あたしは足手まといだ。奴らの発言で気がついたよ、あの矢はあたしを狙っていた。けれど、エミリアはその事に気づき、あたしを庇ったせいで怪我をしてしまったんだ。
悔しくって、情けなくって、あれだけ失敗してはいけない、頑張らなければいけない、エミリアを守らなければいけないと心の中で誓ったはずなのに、一日も経たずにその約束も破ってしまうなんて。
目頭が熱くなり、涙と泣き声を堪えようと強く下唇をかみ、拳を握って耐えるが……。
「おい、あの女騎士泣きそうだぞ?」
「そりゃだってお前、ブロンズ様だからなぁー。適切な治療なんて出来るわけないだろう? 泣く事しかできねーんだよ」
そんなあたしを煽るかのようにならず者達はさらに大声で笑い出した。
どんな酷い事を言われてたとしても、言い返すことが出来ない。全て正論。あたしにはエミリアの傷を治す事も、ここにいる何十人のならず者を倒す事も、エミリアを守る事も出来ないのだから。
「さっさとこの泣き虫騎士と死に損ないの魔術師を始末してしまおうぜ」
ならず者達は各々が腰に下げていた自身の得物を鞘から抜き出し、不敵な笑みを浮かべながらゆらりと迫って来る。