第二十七話 初めての壁
――遠征まで、残り二十九日。
「さてと、ここにいるはずだけども」
あたしの目の前は、今にも崩れ落ちてしまいそうな木製の古びた小屋がある。
さすがにお金が無いって言っても、まさかこんな廃屋にいるなんて正直信じたくない。
あたしは半分腐って歪んでいる扉をノックしようとした時、こちらの気配を察してかゆっくりと音をたてて扉は開いていく。
「お? 誰かと思えば不肖の弟子ではないか。久しぶりだな、どうした?」
本当に居るし。あたしの師匠なんだから、もうちょっと見た目に気を使って欲しいんだよね。どんだけ貧乏な生活してるの……。
「何故がっかりしているんだ?」
「一応剣の達人であたしの師匠なんだから、もうちょっとこう見た目とか何とかならないの……」
「あ? そんな事気にしてたのか。小さい奴だな。生活できれば俺は路上でも一向に構わないのに、お前やエミリアちゃんの知り合いって事配慮してなけなしの金で家を買ったというんだぞ?」
これでも気を使ってるの!?
う、うそでしょ。なんでそんなにすぼらなの。
しかも偉そうに言ってるし、全然威張る事じゃないから!
これだったらまだ騎士団に入ってくれた方が良かったのに、真面目に紹介しようかな。
「まあいい。まさか俺の生活に不満を言いに来たのじゃないんだろう?」
「あたしに剣をもう一度教えてください! お願いします!」
そうだよ、そんな不満を言うために来たんじゃない。
あたしはとっさに頭を下げ、再び教えを乞いだ。
魔界へ行ってあのヘンタイと戦うには、今のままじゃ駄目なんだ。このまま行ってもまたエミリアに迷惑をかけてしまう。最悪、エミリアを取られてしまう。
そんな事になったら駄目なんだ、あたしが守らないと。
「お前さんは短い期間だったが厳しい修行にもついてきた。だから稽古つけてやっても構わないが、事情くらいは話してくれよ? とりあえず中に入れ。茶くらいは出すぞ」
師匠に誘われ、おんぼろ小屋の中へと入っていく。中は相変わらず散らかっているけれど、気にしちゃ駄目なんだよね。そんな細かいこと気にしてたら、また小さいとか言われちゃうものね。はぁ。
あたしは家と同じくぼろぼろな椅子に座ると、エミリアが天使だって事を言わないように細心の注意を払いながら、今回おきた事や次の遠征について話した。
「ほう、にわかに信じがたいが、お前が嘘をつくとも思えんしな」
師匠にも気づかれていないっぽい?
良かった、師匠がどんなにアバウトでもエミリアが天使だなんて知ったら驚くだろうからなあ。
「しかしお前、無理難題をよく言われるな。近接格闘最強の存在であろう火竜の国王の次は、神話上の生き物ってか」
「うん……」
それはずっと思ってた。何でこんなに任務の難易度が高いのだろうって。
エミリアとペアを組むまでは、団長から雑務ばかり言い渡されてたけど、エミリアとペアになってからはラプラタ様にあたしらしくない任務を言われ続けている。
あれ?
じゃあラプラタ様が、わざと難しい任務をあたしに言い渡しているって事なの?
何でだろう、何かあるのかな。うーん。
「三十日か、いいぜ。教えてやる」
「本当に!?」
「今度も厳しいぞ、覚悟しておけ」
「はい!」
頑張ろう。いっぱい修行してあのヘンタイに負けない騎士になってやるんだ。
――遠征まで、残り二十八日。
「バテなかったな、弱音をはいたらまた木刀で叩いてやろうと思ってたが。つまらん」
「何それ、酷い」
前の修行と同じ様に、師匠に後ろから追いかけられつつ城の外周を走らされる。しかし今回は前回と違い、追いつかれる事も、木刀で制裁される事も無く終わってしまった。
師匠は多少不満そうだけども、あたしだって叩かれるの嫌だよ!
「よし、次は素振り四百回! その後はまた走るぞ。気合入れていけ!」
「はいっ!」
絶対に弱音なんていわない。頑張って強くなるんだ。
あたしは、エミリアを守る事が出来る立派な騎士になる事を目標に、師匠から言い渡される過酷な特訓も黙々とこなしていく。
――遠征まで、残り二十一日。
「前以上に厳しくしている筈なんだが、よくついてこれたな。感心感心」
「ぜぇ……、ぜぇ……、ま、まだまだあ……」
あたしが大丈夫なのを見越してからは、前よりもさらに過酷な内容を押し付けてくるし。
城の外周二十周の後に素振り千回とかば、ばかじゃないの。
出来なきゃやっぱり叩かれるし、これって嫌がらせだよ。性格悪いよ……。
そんな感じで不満を抱きつつも、石にかじりつく思いで何とか今日までついてきた。
「よし、基礎トレーニングはもう終わりだ。今から本格的に剣の使い方を教えてやる」
「ほ、本当!?」
やったあ。ついにやったよ!
もう馬のように走ったり、兎のようにスクワットしたり、牛のように重石を引く事もないんだ!
あれかな。すっごく強い、どかーんってなってばりばりーって敵をやっつける必殺技とか教えてくれるのかな!
わくわく、楽しみ。
「う、うーん……」
「さあ、かかってこい。どこからでもいいぞ」
「……かかってこいって言われてましても。これなんですか」
「何ですかってお前、足枷と手枷だな」
「いや、そういう事を聞いているんじゃなくて」
今あたしの手と足には、鈍く光る金属で出来たブレスレットとアンクレットがつけられた状態なんだけど。
どんな技を教えてくれるのかとわくわくしてたけれども、まさかこんな事になるなんて。
あたしが鈍色騎士とか言われちゃってるから、お似合いとか思われてるのかな?
って、……大きなお世話だよ!
ぶーぶー。
こんな状態で木刀を渡されていきなり師匠と相手なんて。
どうしよう。
しかも何この重い手枷と足枷。全く動かせないや。
こんなのでどうやって攻めればいいの。今まで基礎トレーニングばっかりだったし、素振りくらいしかやらせて貰えなかったから、突然剣渡されてもどうすればいいのかさっぱりだよ。
無闇に振るってもきっと当たらないだろうし。そもそも動けない……。
「来ないのか? じゃあこっちからいくぞ!」
え、ちょ、ちょっと!
いきなり攻めてきたし、う、うわああああ!
「なんだ、反撃もしないとかまだまだだな」
「うぐぐぐう……」
あたしがどうすればいいか途方に暮れていようが、どう攻めようか考え事をしていようが、腕と足が全く動かなかろうが待ってくれるわけもなく、師匠の振るった木刀は見事にあたしの頭へと直撃した。
本当に手を抜いてくれてるのかな、うう、泣きそうな程痛い……。
やっぱり理不尽だ、意地悪大王め。ぐすん。
――遠征まで、残り十三日。
「やああ!」
「どうした! 打ち込みが遅いぞ。何だその剣の振り方は? 脇が甘い!」
「ぎゃああああ!」
師匠との剣の稽古をし始めて早八日が経ったわけだけども。
「うう、何で、どうして師匠に当たらないの」
剣の腕が上達すると思いきや、まるで何か大きな壁にぶつかったかのように成長がぴったりと止まってしまった。
師匠の言うとおりにしているんだけども、未だにあたしの攻撃は師匠に当たった事が無い。枷つけてても何とか動けるようにはなったけれど、これじゃあ駄目だよ。
才能なのかなあ、泣きそうだよう。
くすん……。
「うーん、何でだろうな。お前さんは俺の言ったとおりにやってる筈なんだが、うむむ」
師匠は真剣な表情のまま、腕を組みあたしをじっと見ている。どうすればいいか考えてくれているのは解るけれども、どうしようもないんだよね。




