第二十六話 ヘンタイをこらしめ隊
「さて、これからどうするかだけれど」
エミリアと合流したあたしとラプラタ様は、話を聞かれたらまずいって事で、再びラプラタ様の執務室へ戻る。
あたしが執務室の扉を閉めると、二人はその様子を見た後、話を再開する。
「このまま待っていたら、またあの不審者が来ますよね。しかもより大きな力を以って私を狙ってくる」
エミリアもラプラタ様と同じで自分の事より、あのヘンタイが再び襲撃する事の方を心配しているみたい。天使として目覚めたはずなのに、もう平常心を取り戻しているのが流石としか言いようが無い。
あたしだったらずっとぎゃーぎゃー騒いじゃうかもだよ。
「そうなのよ。今回は何とか誤魔化せそうだけど、これ以上被害が拡大すると、エミリアが天使って事がばれてしまうわ」
確かにエミリアが天使だった。なんてばれたら大変な事になるよね。それくらいはあたしでも解るよ。
最悪、魔術師団から追放されちゃうかも。
そうなったら一緒にいれなくなっちゃうよ!
どうしよう、どうしよう。
「心配してくれてありがとうね。私は大丈夫だから、そんなに悩まないでね」
エミリアはあたしの考えを察したらしく、いつもの優しい笑顔のままあたしの頭を優しくなでる。
気のせいかな、何だか天使として目覚めてから少し大人っぽくなったような。ますます落ち着きを感じるような?
というか、こんなに悩まなくても、あのヘンタイをやっつければ良いんじゃないかな!
よし、提案してみよう。
「あのヘンタイをこらしめたら、風精の国も大丈夫だし、エミリアも安全かも」
「それしかなさそうだけれど、一つ問題があるの。彼はどこにいるか?」
「少し信じがたいのですが、あの不審者は魔界に私の城があると言っていました。魔界なんて本当にあるのでしょうか……」
そういえば、あのヘンタイがそんな事言ってたような気がしなくもないけども、何だか作り話でしか出てこないような単語が続々と出ている。
天使とか魔界とか、ファンタジーすぎてもう何が何だかだね。元々良く解ってなかったけども。天使は実際に居たわけだし、ここまで来たら魔界とかもやっぱりあったりするのかな?
「あるわよ。魔族や魔獣、地上では悪魔って呼ばれている存在が住んでいる、こことは異なる場所にあるもう一つの世界」
え、あるの!?
うそでしょ。ラプラタ様は冗談うまいんだから!
きっとこの場を和まそうとしてるんだよね。魔術師を統括している宮廷魔術師で、さらにその長だからなあ。
「ただし、普通の人間だと入った瞬間死んでしまうけどね」
何それ危なすぎるじゃん。
あんな人外のヘンタイが居る場所だから、やっぱり普通じゃないんだよね。
あれ。何で魔界の事こんなに詳しくって、あの感じは自分も行きましたって感じだけども、ラプラタ様は生きているのだろう?
あたしの勘違いなのかな。
「ラプラタ様は魔界へ行った事があるのです?」
「ええ、そうね」
「でも人間が行ったら死んじゃうのでは?」
「対策はいくらでもあるわ。私は魔界へ行く時はこのお守りを持っていくの。これがあれば普通の人間でも魔界へ行っただけでは死ななくなるわ」
ラプラタ様は机の引き出しから、自身の瞳と同じ色の宝石がはめ込まれたペンダントを取り出す。あたしはそれを受け取り、様々な角度から見てみる。
うーん、特別何かが変わったところも無い。普通のペンダントのような気もするけれど、魔術に詳しい人なら何か解るのかな。
「どうしてラプラタ様は魔界へ行かれたのです?」
あたしがペンダントをまじまじと見つめている間に、今度はエミリアがラプラタ様に質問をする。そんな物騒な場所へ行った事があるって言ったけど何でだろう。風精の国って実は魔界で行う任務もあるの?
「魔術を極めようとする者にとっての最終地点の一つが魔界なの、あそこはこの地上よりも多くのエーテルが存在しているから、より大規模で強力な術の研究に適しているわ。私の前任者だった、元宮廷魔術師長デウスマギアも魔界で魔術の研究をしたって実績があるくらいにね」
ラプラタ様の前の宮廷魔術師長は、風と時の賢者と呼ばれている魔術の神様的な存在で、その名前はあたしでも知ってるほどなんだけれども、それ以上にあたしはある理由でその人が嫌いなのだ。
実は騎士と魔術師のランク制度はこのデウスマギア様が考えたのである。
こんな制度が出来る以前は戦歴の差による多少の待遇の差はあったけど、騎士の大半が一兵卒だった。けれども新制度のせいで実力による厳格な区別がされて、あたしは底辺で不遇な日々を送る羽目になってしまった。
戦果をあげられないあたしのせいなんだけども、実力主義って奴なのかな、何か釈然としないというか、納得がいかないというか。
食事から住む場所、支給される装備にまでランクの差を出すなんてなんだかなあ。
「お守りはシュウちゃんに渡しておくね。エミリアは天使の力があるから大丈夫なはず」
やっぱり天使だったら魔界へ行っても大丈夫なんだよね。
大事にしよう。無くしそうだから気をつけないと。
あたしはペンダントを受け取ると、落とさないようにぎゅっと強く握り締めた。
「じゃあ、今回の任務なんだけれども」
「国王を襲撃した者を明らかにすればいいのですね」
エミリアもこれから何をすればいいか解ってるんだよね。
「そうね、今回の任務は国王を襲った不審人物の正体を明らかにする事、そして可能であれば捕獲、あるいは討伐をする事。正直、あれだけ城を滅茶苦茶に出来る相手だから、もっと騎士と魔術師二人のランク合計の高いペアにお願いするべきなのかもだけど――」
「やります! あたし頑張ります!」
やった!
今回は噛まずに言えたよ!
頑張ろう。火竜の国の任務だって最終的には成功したんだ。今回だって絶対に成功して、あたしもエミリアも無事に帰ってくるんだ。あんなヘンタイなんかにエミリアを渡してたまるものか!
ましてやエミリアに関することだもの、あたしが何とかしないと!
「解った。あなたのやる気を見込んで任せるわ。でも危ないと思ったらどんな状況であっても撤退なさい。そして絶対に無理はしない事。この二つは必ず守って」
いつも以上に真剣な表情と眼差しでこっちを見ている。
それだけ危ない任務って事だよね。
でも何でかな?
いつもなら憂鬱で仕方なくって、上手く行くか不安でどうしようも無いのに、妙に落ち着いているとかいうか。うーん、我ながら変な感じ。
「魔界への道を開くには少し時間がかかるから、それまで各々遠征の為の準備をしなさい」
「どのくらいかかるのです?」
「なるべく急ぐけれども、三十日位はかかると思ってて」
「はい、解りました」
あたしがいろいろと考えている間にラプラタ様とエミリアが会話している。端的にしか聞いてなかったけども、ヘンタイをこらしめに行くまでに三十日かかるのかな?
「それまで、あの不審者が襲撃してこない事を祈るしかないわね」
「そうですね」
うーん、もしもそれだけ時間があったら……。
あのヘンタイにはあたしの攻撃全く効かなかったしなあ。
もっかい修行が必要かも。師匠、元気にしてるかな?
試しにお願いしてみよう。うん、そうしよう。




