第二十五話 変わらない思いとふわぷに
エミリアが気を失ってからすぐにラプラタ様が現れて、この状況を確認すると全く驚く事も無く、気絶していたエミリアを宮廷魔術師長の執務室に連れてきて介抱したり、あたしの治療をしてくれた。
体の傷は治ったんだけれども、あたしは心の整理がつかずに未だ戸惑っている。
短い期間にいろんな事が起きすぎていて、もう何が何だか訳が解らないよ。
変態男が襲撃してきて、その変態がエミリアを狙ってて、エミリアが実は天使で、一体どういう事なの。
「迷う気持ちも解るわ。いきなりあなたのペアが神話上の生き物でしたなんて言われても、信じられないものね」
ホント、その通りだと思う。
でも冗談半分でエミリアは天使みたいって言ってたのが、まさか本当の事だったなんて。あたしって実は予知能力とかあっちゃったり!
そんなわけないよね。うん、真面目に考えよう。へんな妄想するのは悪い癖だよね。
あれ、そんな言い方をするって事はひょっとして……。
「もしかして、ラプラタ様は知ってたのですか?」
「確証は無かったけれども、まあ何となくわね」
まさか夜の出来事が過去にもあって、だからあたしに見舞いに来なくていいとか言ってたのかな?
そうだったら、確かに知っていてもおかしくないよね。
「でもこれではっきりしたわ。エミリアが使う術は魔術じゃない、天空術ね」
「でぃ、でぃばい……?」
何だかよく解らない単語が出てきたよ!
む、そういえば毒々姉妹と決闘した時に似たような名前の術使ってたかも。
でぃばいでぃすぱーくだっけ、よく解んないや。物覚え悪すぎ、はぁ。
「簡単に説明すると、魔術は空気中に存在している精神伝達物質、エーテルを利用して様々な現象を引き起こすのだけれども」
あたしは何がなんだかよく解らないけれども、折角話をしてくれているのにそれを中断するのも悪いと思い、一応うなずきつつラプラタ様の話を聞くことにする。
「天空術はエーテルの代わりに光を利用しているの」
「じゃあ、真っ暗だと使えないのかな?」
「天使の体を構成している物質によって、たとえ周りが漆黒の闇であったとしても問題なく使えるわ」
え、どういう事なの。
体を構成している物質って、あたしたちと同じ様に人間の体じゃあないって事なの?
「火、すなわち自ら光を放ち力強く燃えているの。それも並の火力じゃない、まるで太陽のように永劫の輝きを失わない。それ故に天空術は、私たち人間が使うのは難しいの」
なるほどなるほど、さすがラプラタ様。あたしでも解ったような気がしなくも無い。
という事はやっぱりエミリアは人間じゃなかったって事になるのかな?
「だから推測の域を超えないけれども、天使の魂と力を宿している、あるいは元々天使だった存在が人間として生まれ変わってここにいる。その二つが、今のところ最も有力な説かなと思っている。まあエミリアは人間だけども、普通ではないって事は真実ね」
どっちであっても、やっぱり信じられない事だなって思う。
だって天使だよ?
作り話の中の存在が、まさか実在してて、しかもあたしのパートナーなんてそんな事ありえちゃう!?
……ってまたあたしの考えが読まれた気がする。
きっと凄い魔術師だから相手の気持ち解ったりするんだよね、そうだよね。あたしは普通だ何もおかしくない。ウンウン。
「どんなに仮説を立てても、何故天使がこの時代にいるのか。理由や目的は何か。そこまで私には考えが及ばないわね」
確かに、エミリアが天使だとして何のためにいるんだろう?
今じゃ戦争もほとんど無いし、対立している悪魔なんて勿論居るわけもないし。
うーん。なんでだろ。
「今はそれよりも、もっと大切な事があるわ」
そうだよ、今は難しい話よりもエミリアが心配なんだよ。
きっと天使として目覚めちゃったから自分でも混乱しているに違いないよね。だって今まで自分が人間だと思っていたのがまさか違うなんて、あたしだったら気が狂いそうだもの。
しかも、団長や王様にばれちゃったって事だよね?
「王様にエミリアの正体がばれちゃったから、もう魔術師団には……?」
「大丈夫よ。フェラスは口止めしたし、国王は今回の事件に関する記憶を消しておいたから」
手際が良すぎだよ!
でも団長は口止めだけで、王様は記憶いじられちゃったんだね……。
「私が気にしているのは、ここへエミリアをさらいに来た男が本当に天使だったら、たぶん生きててエミリアが目的ならまたここに来るはず。そして今回よりも大きな力で攻めてくる」
え、そっちなの……?
そりゃ、ヘンタイ男の事も気になるけども、エミリアの事はどうでもいいの?
「ん? エミリアの事? 大丈夫よ、もしもあの子が目覚めていたなら、天使の力を自在にコントロールしようと試行錯誤しているはず。ここからはエミリアも聞いた方がいい話だし、迎えにいくついでに見に行きましょう」
また読まれた。なんだろう、思った事が顔に文字で出てるのかな……。
知らないうちに声に出して言っちゃってるとか?
ひええ、そうだとしたらずっと独り言ぶつぶつ言ってる事になっちゃうよ!
うわあ、絶対に怪しい人だよ。どうしようどうしよう。
今度、誰もいないところで確認して見よう。
ラプラタ様はそそくさと執務室へと出て行く。あたしはラプラタ様についていき、一緒にエミリアの様子を見に行く事にする。
「入るわよ」
二度ほどノックし声をかけた後に扉を開くと、そこにはヘンタイ天使を追い払った時と同様の姿をした美しい容姿の天使がいた。
「随分、力の制御を行えるようになったわね」
天使となったエミリアは冷たい眼差しのまま、こちらを振り向くと目を閉じて大きく深呼吸する。すると、体を纏っていた光は消え、容姿や服装はいつもの魔術師の時のものに戻った。
「ふう、変身は自在に出来る様になったのですが」
ラプラタ様の言うとおりだった、エミリアは少しも動じていない。それどころか目覚めたばかりの天使の力をこんなすぐにコントロール出来るなんて。何度も凄いと思ってきたけども、今回もやっぱりエミリアは凄い。
普段の姿に戻ったエミリアの笑顔はいつもの温かい笑顔だ。けれども、前と比べてどことなく寂しい感じがするのは、あたしだけかな。
「何か思い出せるかなって考えていたけれども、やっぱり過去の事は解らないのです。私が何者で、どこから来て、何の為に生きているのか」
やっぱりエミリアも悩んでいるのね。ましてや昔の記憶がないって言ってたから……。
「ひょっとしたら、城を襲撃した男が言うとおりなのかもしれないです。私はセラフィムと言う名前の天使で、あの人の恋人……」
「そんな事ないよ! エミリアはエミリアだよ! 何でも出来て美人なあたしの自慢のパートナーなんだよ!」
あたしはエミリアの弱気な言葉を遮り、自分の思いを声を大にして伝えた。
あんなヘンタイ男なんかに、あたしのエミリアが取られてたまるものか!
確かに初めて見た時は怖くって、なんだか自分がとてもいけない事をやってるような気分だったけれども、今は違うもん。
「こんな私でも好きでいてくれるの? 人間じゃないんだよ?」
「勿論エミリアの事、好きだよ。それに人間じゃなくても、あたしの事覚えていてくれてた。あたしやここの人達を守ってくれた。だから天使になってもエミリアのままなんだよ」
そうなんだ、エミリアの中身は何も変わってないんだ。
あたしが大好きで、こんなあたしを好きでいてくれている事は変わらなかった。これからもあたしのペアで居てくれる、あたしの側にいてくれる。
我ながらいい事言った。ウンウン。
「ありがとう。私もシュウの事、好きだよ」
エミリアはお礼と共に、いつもの優しい笑顔をしてくれる。何だかさっきまでの寂しさは少し和らいだような感じをしたような?
もしかして、あたしに嫌われると思ってたのかな?
それで不安になってたのかな?
ちょっと自惚れすぎかな、さすがにそこまでは好かれていないよね!
あはは。
あたしがいろいろと考えている時、突然エミリアの優しい温もりに包まれてしまう。それはとっても気持ちよくって、このまま身を委ねたい程なんだけども……。
うーん、やっぱりお胸大きい。ふわふわしてぷにぷにしてる。
ホルターネックのドレスも似合ってたからなあ、はぁ。
「天使として目覚めた瞬間、妙に心地よかったの。このまま全てを忘れてしまえば凄い楽になるのかなって考えてしまった。けどもね、シュウの姿が一瞬頭の中をよぎって、ああこのままじゃ駄目だって思ったら何とか戻ってこれた」
エミリアは抱きついたまま、消えそうな声であたしに囁いてくる。
「不安なの。またあの感覚に襲われてしまいそうで」
抱きつく腕の力が少し強くなった気がする。
声も震えている。本当に不安なんだよね。
いつもにこにことしているけれども、やっぱり怖いんだよね。
「お願いがあるの。私の事、嫌いにならないでね」
「うん」
あたしは一言だけうなずき、エミリアを強く抱き返す。
大丈夫だよ。あたしはエミリアの事、変わらず好きだから。




