第二十四話 目覚めたその姿。気高く、神々しく、そして儚く
ううん、何だか眩しい。目を閉じてても光が入ってきているくらいちかちかする。
一体何が起きているの?
う、うーん。全身が痛い。はっ!
「エミリア! えっ……」
眩い輝きがおさまると同時に大切な人の事を思い出し、大声でその人の名前を叫びながら目を見開くと、そこには最も恐れていた光景が広がっていた。
長くて艶やかだった黒髪は、それそのものが光を放っているかのような明るい金髪へと変化し、服装は普段のマントとワンピースではなく、一点の穢れも無い真っ白なホルターネックのドレスを身に纏っていて、左手薬指には銀色の指輪、右腕にはアームレットをつけている。肌はいつも以上に白く、海の様に青く透き通った瞳には強い光を宿す。近くにいるだけで異様に熱いけど、表情は今までとは比べものにならない程冷たい。
そして背中には、それら以上に光り輝く一対の翼が生えている。
あたしは目を擦ったりして何度も確認したけれども、紛れもなくその姿は天使だった。
「おお美しい。ようやく目覚めてくれたのだねセラフィム」
怪しい男はあたしが今まで見てきた以上の満足そうな笑みをしながら、ゆっくりとエミリアの方へと近づいていく。
「さあ、私の城へ行こう。そしてこれからは永遠に共に在ろう」
それはまるで生き別れた恋人にようやく出会えたかのような、探していた人がやっとの思いで見つかったような喜びに満ちていた。
もうあたしの事も、今までの思い出だって全部忘れてしまって、このままこのヘンタイについていってしまうんだよね。
あはは、すごく悲しいのに涙すら出ないや。こんなにあっけなく終わっちゃうなんてね……。そう思いながら絶望し、全てを諦めた瞬間。
「私の居場所はここで、私の騎士を傷つけたあなたを許さない!」
「えっ……」
エミリアは、凛とした表情のまま怪しい男の方を見つめて言い放つと、両手を大きく広げる。すると、右手の平に眩い光の玉が現れ、それは瞬く間に大きくなっていく。
え、本当なの?
天使として目覚めちゃったんじゃないの?
それなのに、あたしの事を覚えているの?
「君は何を言っているんだね? 騎士とかそういうのはもうどうでもいいはずだ。それなのに何故なんだい? どうして私に攻撃をしかけようとしているのだい? わけが解らないよ。君は私にとって――」
「消えなさい。ここから、そして全てから! 魂の一欠けらも残さない。大いなる光の力は慟哭を超え絶対不変なる絶望と苦痛を汝に与えん。滅亡の破光、カタストロフィ!」
男が何かを話している最中、エミリアは両手を合わせ、魔術の詠唱を終えると手に平にある光の玉を怪しい男めがけて解き放つ。光の玉は弧を描いて飛び立った後、男の足元へ着弾するとすさまじい光の柱が発生し、男は飲み込まれてしまう。光の柱は僅かに残っていた城の天井を貫き、天高くそびえたつ。
やがて光がおさまり、あたりが静寂に包まれる。あたしは周りを見回すと、今までエミリアをそそのかそうとしていた怪しい男の姿はどこにも無い事に気づく。
もしかして、エミリアが倒しちゃったの?
「エミリア……?」
私は翼が生えているエミリアだった存在。今では天使となった者に、恐る恐る人間だった頃の名前を呼ぶ。正直エミリアが何者になったとしても、エミリアはエミリアのままだって信じたい。他の誰かになんて変わって欲しくない。あたしにとって、大切な人のままであって欲しい。
きっと覚えているよね?
お願い、覚えていて!
元の魔術師のエミリアに戻って!
「無事で、良かった」
あたしの方を振り向き、見つめられたら凍ってしまいそうな表情がゆっくりと笑顔になろうとした瞬間、エミリアをとりまく光の粒は消し飛び、同時に服装はいつもの魔術師の時に戻ってしまう。明るい金髪も普段の黒髪になると、気を失い、あたしに覆い被さるように倒れる。
あたしはぼろぼろの体に残った最後の力を振り絞って、エミリアが地面にぶつからないように受け止める事に成功した。意識を失ったエミリアの表情は、今までの出来事が全て夢だったかのように穏やかだった。
よかった、本当によかった。
帰って来てくれてありがとう。




