第二十三話 純白へと変わる時
「シュウ! しっかりして!」
私はパートナーである騎士の女の子へ駆け寄り、ぼろぼろになった彼女を抱きかかえる。辛うじて息はあるけれど、傷つきもう戦える状態ではない。
私は何を迷っていたの?
一生懸命頑張っていたのに、私がもっと早くあの不審人物を攻撃していれば、シュウはこんな事にならなかったのに。
シュウだって怖かったはず、それなのに私を守りたい一心で勝てる見込みの無い戦いに身を投じて、こうやって傷ついているのに。
何故何もしなかったの?
どうして何も出来なかったの?
ごめんね。本当にごめんね。
「そうか、ここに居る人間たちが邪魔をしているんだね。だったら容易い事さ」
謎の男が微笑みを浮かべたまま、剣先を天井へ向けた後、風切り音が鳴るほど素早く振り下ろす。すると、男を中心として激しい爆風が吹き荒れ始める。
私は爆風を防ぐために、着ているマントで自身とシュウを隠す。
マントで相手の攻撃を防ぎながらも、隙間から放つ力の正体を把握すべく相手の様子を見た。
激しい爆風と共に、粒状の光が舞い散っている。
まさかこれって。
「その魔術、私と同じ……?」
信じられない出来事が立て続けに起きている。
何故、私しか使えない魔術があの人にも使えるの?
あれはどう見ても輝色の魔術なはず。しかも全力を出せば私が使うものなんか比べものにならない程の破壊力があって、シュウを攻撃した時や今も手加減をしていたけれど、その気になれば恐らく国一つ滅ぼす事も出来るかもしれない。
爆風がおさまると私とシュウ、そして騎士団長とその後ろに居た王様以外の全て、壁や椅子は吹き飛んで無くなってしまっていた。
マントにもあらかじめかけておいた防御魔術も、さっきの爆風で消し飛んでしまった。何重にもかけておいたはずなのに、なんて恐ろしい力なの。
「魔術なんて下賎なものと一緒にしないでくれ。君にも使えるはずだよ? 天使のみが使える力、天空術をね」
天使?
天空術ってどういう事?
一体何を言っているの?
……今は迷っている場合じゃない。
私は相手になるべく悟られないように周囲を見る。さっきの攻撃も何とか耐えたみたいだけれど、その前からも戦っていたであろうフェラス団長は、既に慢心相違で国王を守るのに手一杯。でもあれだけ激しく爆発したって事は城内の誰かが気づいてすぐに増援が来るはず、それまでは持ちこたえないと。
でも、これだけの力を持つ相手に太刀打ちできる兵士なんて……。
ううん、今は余計な事を考えている場合じゃない。ここで動けるのは私だけ、それならば!
「火炎魔術、スプレッドイグニッション!」
私はかぶっていた帽子を空高く放り投げると同時に、魔術の詠唱を完遂させる。空中で帽子が杖に変化し、自分の手元に戻ってきた瞬間、謎の男を中心に次々と炎が出現し、その全てが爆発していく。
しかし、謎の男にはまるで効いておらず、その顔は憎たらしいほど笑顔だ。
一発で効かないなら、何度でも攻撃するだけ。火炎が効かないなら、属性を変化させるだけ!
「セラフィム、あなたの力はそんなものでは無い筈だ」
「私はセラフィムなんて名前じゃない! 電光魔術、コンフュージョンサンダー!」
再び詠唱をし、完了すると、杖の先に雷が発生する。
私は杖を謎の男の方へと振りかざし、杖に宿した雷を放出させた。
雷は荒れ狂いながら激しい音と共に謎の男の方へと飛び、見事に直撃する。
けれども何故、どうして避けようとしないの?
防御をしている感じも無かった、さっきの火炎魔術もまるで通じていなかった。
一体、何者……?
天使がどうとか言っていた。まさか本当に天使だというの?
そんな、神話上の生き物がどうして?
口の中が乾き、鼓動が早くなっている。嫌な感じしかしない。
心の中にあった迷いと不安が深く、大きく、そして濃くなっていく。自分でも気がつかない内に胸を手に当てていたのは、そんな気持ちを抑えたい為なのかもしれない。
しかし今目の前の脅威、退ける事が困難な現実をそんなもので和らげる事なんて出来るわけも無く、雷の魔術が当たったにも関わらず、謎の男は先ほどと同様に平然としている。
手を抜いたつもりは無かった。けれども私の魔術が全く効かないなんて。
私は再び周囲を見回して状況を確認する。
そして、逃げる事が出来ない事を悟った。
そうだ、ラプラタ様がこの様子に気づいてくれれば!
私の最後の作戦、この国最高の魔術師であり、私の親代わりをしてくれている人に今の状況を伝える事。
あの人ならば、この状況を打開してくれる。
でも、もしもあの人でも駄目だったらこの国は……。
ううん、何を考えているの。
ともかく今はラプラタ様に連絡を取らなければいけない。
私ではあの謎の男を止める事が出来ないから、だから伝えなければ!
「力の言葉の束縛、本当は自分から言って欲しかったけれど、仕方ない。思い出させてあげよう」
ラプラタ様に魔術で連絡を取ろうとしたその時、まるで私の魔術を遮るかのように、謎の男が喋りだす。
その言葉を聞き終えた瞬間、体がまるで何かに強く縛られたみたいに動かなくなってしまうと同時に、魔術の詠唱も遮断されてしまう。
一切の詠唱も無かった。何か特別な動作もしてなかったはず。ただ男の言葉を聞いただけなのに、急に体の自由を奪うなんて。
どんなにもがいても動けないまま、口は動くから何とか詠唱をしようとするが、体が動けない上に集中が乱されていて上手く魔術が使えない。
こ、このままじゃ……!
「さあ、言うんだ! そして解き放つんだ! 自分を、力を、記憶を、全てを!」
わ、私の意志とは関係なく、勝手に言葉が浮かんでくる!?
どんなに歯を食いしばろうと、全身に力を入れようとも貪欲なまでの何かがこみ上げてきて、思い出した言葉を言いたくて仕方が無い。
でも言ってしまったら、説明出来ないけれど何か大切なモノを無くしてしまうという事は直感で理解している、だから何とか言わないようにするけれど、雪崩の様に押し寄せる欲求に私の我慢は早くも限界を迎えそうになっていた。
「何も我慢する事は無いのだよ。あるがままを受け入れてたまえ、本当の自分を受け入れたまえ!」
あ、ぐぐぅ、だ、だめえ、もう、我慢出来ないっ!
い、いやあ……。
「私の中に宿りし……はぁはぁ、悪夢を滅ぼす力よ。今……こそ、悠久の時を経て、覚醒したま……え」
その言葉を紡ぎ終えた瞬間、私の何もかもが白く塗りつぶされていくような感覚に支配される。
不思議と恐怖は無かった。何もかもを奪われていく、最初は頑なに嫌がっていたけど、動きだしてしまえば変えられていく事に拒もうとすらしない、不気味なほどに心地よい。順応とも違うし、何だろう?
私の中に残された冷静な部分をフルに活用して今起きている状況を把握しようとするが、それすらも容易に白く染められていく。
そして、私が最後の至った結論は……。
回帰。
私は、本来の在るべき姿に戻ろうとしているの?
でもそんな事はもうドウデモイイヨネ。
よく解らない、考える事すら出来ない程に気持ちいい。
今までの偽りだった自分が溶けて無くなっていく。代わりに本当の私が目覚めていく。
もう、何もかもが真っ白に――。
ごめんなさい、さようなら。




