第二十一話 蘇る明星
あたしはぼうっと天井を眺めている。
別にこれといって何かを考え事とか、悩みがあるわけでも……、まあない事はないんだけれどもそういうのではなくって、よく解らないけれど変な胸騒ぎがして寝付けずにいる。
何とか寝ようと固いベッドの上をごろごろとしたり、頭の中で動物を数えたりしたりしてみるけれども、そんな程度の事で寝れたら苦労はないよね。うーん。
あたしとエミリアがペアとなって早数ヶ月が経過していた。
火竜の国への密書を届ける仕事以来、いろんな任務をほとんどエミリアのお陰でこなしてきた。成功をすればする程、いじめられなくなったと思ってる。ランクは相変わらず最下位だけども。
あたしの功績では無いからなあ。本当、エミリアは凄い。
「そう言えば、夜はいつも苦しそうだけども、大丈夫かな」
あたしのパートナーであり、魔術師ランク最高位であり、一部を除いて皆からも好かれ、何でも出来るエミリアの唯一の弱点、それは夜になると背中に原因不明の痛みが生じる事である。過去に一度だけ、苦しむエミリアの姿を見たことがあったのだけれども、それ以降はお見舞いや付き添いに行こうとしてもラプラタ様に止められたりして、結局それ以降苦しむエミリアの姿を見たことは無い。
「なんか胸の中が変な感じするし、ちょっとエミリアの様子を見に行ってこよう」
自然と体が動くってのはこういう事を指すのかもしれない。
ふと、エミリアの事を思いベッドから起き上がると、次に我に返った時には高級そうな扉の前へ立っていたのだ。
おおう、いつのまに!
折角だし、入ってみよう。
あたしは扉をノックした後に、ドアノブに手をかけて回す。鍵はかかっておらず、扉はゆっくりと音も立てずに開く。夜の暗闇で満たされた部屋が待っていると思いきや、予想外にも何やら中がぼんやりと明るい。
あれ、エミリアは起きているのかな。それとも痛くって寝付けずにいるのかな。ラプラタ様が様子を見に来ているのかな?
様々な可能性を考えながら、エミリアの部屋へと足を踏み入れ、彼女の寝室に入った時……。
「え、う、嘘でしょ……?」
何が何だか、正直訳が解らなかった。
目の前の出来事を直視したあたしは少し呆然とした後、怖くなってエミリアの部屋から逃げるように走って自分の部屋へ戻ろうとする。そして自室へ戻るとすぐさまベッドに飛び込み、敷布団と同じくらいぺちゃんこの掛け布団で包まり、体の震えを全力で隠しながらも夜を過ごす。
翌朝。
寝付けなかったあたしは日が昇り城内が明るくなると、火竜の国で師匠と過ごしていた時の様に城の外周を五回程走り、修練場で剣の素振りをしながら、エミリアの部屋で見た光景を必死に忘れようとする。
あれはきっと夢だよね。あたし寝起き悪いし起きててもぼけぼけだから、きっと幻とか妄想とか、そういうのなんだよ。
そうだそうだ、うんうん。
「ちょっと君、いいかい?」
「うん? なんだろ」
聞きなれない声に呼ばれてあたしは後ろを振り向くと、そこには物凄い顔色が悪くてまるで骸骨のように角々しい輪郭の男の人が居た。
「質問に答えて欲しい。おっと、時間はそんなにかからないんだ。君の知っている人の中で、ホルターネックのドレスが似合う女性を一人あげて欲しいんだ」
何を訳の解らない事いってるんだろ?
うわあ、肌も白いしよく見たら全身黒ずくめだ。怪しい。
しかもホルターなんとかかんとかってどういう意味なのかな?
「ほ、ホルター……?」
「アハァ、解らなかったかい。許しておくれ、こういうドレスだよ」
男の人は懐から一枚の紙とペンを取り出すと、さらさらっと瞬く間にドレスの形状を描いてあたしに見せてくれる。
凄い色っぽいドレスだ、背中とか隠れてないよこれ!
あたしがこれ着たら……、駄目だ、絶対に胸あまる。はぁ。
こんな衣装、貴族の人やお姫様くらいしか着ないだろうし、この人本当に何いってるんだろう?
朝の訓練してる時も見回りの兵士さんにしかすれ違わなかったのに、そもそも何者だろう?
「うーん、騎士や魔術師でこういうの着ている人なんていないからなあ」
「着てなくてもいいんだ、似合いそうな女性を教えて欲しい」
似合いそうな女性って言われても。うーん。
ラプラタ様とかこういう服似合いそうかも、そういえば、ラプラタ様っていつもあのカーテンみたいなローブ着ているような。暑くないのかな。
もしかして!
あたしと同じ貧乳で、ばれるのが嫌だから目立たない格好しつつも、パッドで盛ってるんだ!
前に抱きつかれた時も、あの柔らかさはパッドだったんだね!
なるほどなるほど……、それだとこのドレスは合わないかも。
そうなると。
「いないかも、ごめんなさい」
「それは残念だ。協力感謝するよお嬢さん」
エミリアの姿が一瞬浮かんだがあたしは敢えて名前を出さず、知らない振りをする。男の人は紳士的な態度であたしにお礼を言った後、城のどこかへ消えてしまった。
一体なんだったんだろう?
しかも何で城に入れたのだろ。実は貴族の人だったのかな。
だからドレスの似合う人を探してたのかも?
まあ、何でもいいや。稽古稽古っと。
朝の不思議な出来事を、勝手な思い込みで頭の隅へと追いやり、あたしは再び剣の素振りを始める。
「こんにちは。今日も頑張ってるね。えらいね」
「エミリアー。こんにちは!」
修練場の出入り口から、いつもの優しい声が聞こえる。あたしは夜の事がばれないよう、その声にいつもよりも明るく、愛想よく答えた。しかし……。
「何か隠し事しているでしょ?」
な、なんでばれてるの。あっけなさすぎだよ!
勘が鋭いエミリアだし、人を見る目ありそうだから多分、あたしが無理に元気よく答えちゃったから駄目だったんだ。
う、うーん、どうしよう。昨日の事、言うべきなのかな。
「さあ、大人しく言いなさい」
この笑顔は前にシャロンからあたしを解放してくれた時と同じ、意地悪な笑顔だ。それくらいはお馬鹿なあたしでも解るけども、言ったら絶対まずいよ……。
というかばれるの早いし。なんてこったい。
あたしが困り果てて、後もう少しで夜中見た事を話しそうになっていた時。
修練場が大きく縦に揺れると同時に、遠くに見える城壁が粉々に爆発する光景を間に当たりにする。エミリアもその音に反応し、すかさず後ろを振りむき少し考えた後、穏やかさが消えた表情であたしに話しかけてくる。
「あの場所、謁見の間だね。シュウ、戦闘用の装備に着替えて行こう」
「う、うん」
謁見の間って事は、王様がいるところだよね?
王様は大丈夫なのかな、お城の頑丈な壁を爆発させれるって事は相当危ないって事じゃん!
あたしはエミリアといったん離れ、自室へ戻ると急いで戦闘用の装備に着替え、謁見の間へと向かう。
「団長!」
「来るな! お前達が敵う相手ではない!」
謁見の間へ到着すると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
壁は崩れ、破片が地面に散乱しており、そこには少し前にあたしに謎めいた質問をしてきた血色の悪い男の人と、騎士団長が対峙している。団長は盾を構えたまま微動だにせず、後ろには風精の国の王様が震えながら隠れている。
「人間がこの力を受けても生きていられるなんて、君は頑丈だ。どのくらい持つか実に興味深い。けども、今は別の用事があってね」
この人はこういう喋り方なのかな?
にやついたまま、なんか人を馬鹿にしたような口調で話し始める。こんな人が謁見の間に来ればそりゃ怪しまれるし、これだけの大事やっちゃったからただじゃ済まないよね。
「そこまで敵意を見せる必要もないと思うのだが? 私はただ、ホルターネックのドレスが似合う女性を聞いているだけなのだよ?」
え、まさかそれだけの為に王様に危害を加えようとしたの?
どんだけその何とかネックのドレスが好きなの!
さては変態だね。きっとそうだ、変態だ!
最近、妙に暑かった気がしなくもなかったから、きっと暑さでおかしくなっちゃったのかな。顔色も悪いし。
「そんな人はいないよ! 王様脅しても無駄だと思う!」
「おい! 話しかけるな!」
団長が無闇にあたしが出張ってきたのだと思って盾を構えたまま、必死にあたしの行動を止めようとしている。けれどもこのままじゃ何も解決しないし、事実そんな人はいないはずだから、それを伝えなければいけないんだ!
「そんな事は無いのだよお嬢ちゃん。私が調べた情報に間違いがなければ風精の国に必ず居るはずなんだ」
全然折れる気がしない。
私が調べたとか言ってるけども、一体何を知ったのだろう。
居るって事は、やっぱり誰かを探しているの。やたらドレスに拘ってるみたいだから、その人はドレス姿なのかな?
というか、そもそもこの人って何者なの?
見慣れない顔だし、しかも壁を吹き飛ばせるほどの力を持ってるって事は、実は結構危ない人なのかもしれない?
「私が恋焦がれ、そして謀略によって命を奪われた天使、セラフィムの生まれ変わりがね」
天使。
その一言を耳にした瞬間、あたしの体はまるで氷漬けにされたかのように冷たく、全身に寒気が走る。
口の中は乾いていき、自分でも解るほど心臓の鼓動が大きく、どくどくと脈打ちはじめる。
この人はやばい人だ。凄くまずいよ。このままじゃ……。




