第二十話 鈍色ヒーロー
「見事だ。この技を受けて立っていられるか」
全身が酷く痛む。剣を杖代わりにしていないと倒れてしまいそうだよ。
サラマンドラの放った奥義に当たる瞬間、何とかぎりぎり防御したんだけれども、エミリアが作ってくれた鎧は粉々に砕け、下に着ているワンピまでぼろぼろになってしまった。
なんて恐ろしい破壊力なの、もしも防御せずまともに受けていたら、あたし本当に死んでたよ。
火竜の国最強の戦士が満足そうな表情をしながらこちらへゆっくりと向かってくる。もう殴るとか蹴るとかそういう攻撃なんていらない、少し押せばあたしは石で出来たリングにお尻をついて、この勝負に負けて、エミリアはあなたのモノになってしまう。
どんなに拒否しても、どんなに抵抗しても、どんなに頑張っても、この人には絶対勝てないや……。
あたしは何もかも諦め、視界が霞んでいく中、顔をあげて自分に引導を渡す者を見届けようとしたその時、サラマンドラは大きな手の平をあたしでは無く後ろに向けると同時に一瞬眩く光り出し、激しい爆発が生じる。リング上はあっという間に砂埃で覆われてしまった。
「おい、もたもたするな。逃げるぞ」
「お、遅いよ! いたたっ」
周囲が見えなくなると同時に師匠が現れ、すぐさまあたしを乱暴に担ぐ。
い、痛い。触られただけでこんなに痛いなんて。でももう駄目だと思ってたけども、師匠が隣にいるって事は、さっきの爆風はエミリアなんだね。
や、やっと来てくれた、助かったあ。
そう思った瞬間、あたしの体がだんだん軽くなって、消えていってしまいそうな感覚が全身に広がっていく。きっとあたしは疲れていたんだね。
「お前凄いぞ、あの技食らっても立っていられるなんて。あれか? その鎧のお陰か? あれ、おい、しっかりしろ! おい!」
ああ、これでゆっくり休めそう、何だか眠くなってきて、何も聞こえなくなって、何も考えられなくて、何も――。
「ん……、ここは?」
「気がついたみたいだね、ここは風精の国に向かう船の上だよ」
目が覚めるとあたしの視界には、いつもの濃い色のワンピースとマント、つばの広い帽子をかぶっている魔術師エミリアの姿があった。
「エミリア!」
「帰って、ラプラタ様に任務完了の報告を一緒にしようね」
そっか、全部終わったんだ。
あたし達は無事に火竜の国から脱出出来て、エミリアも逃げる事が出来たんだよね。
よかったあ、結果はどうであれエミリアも取られずに済んだし、あたしも生きて帰ってこれた!
これだけ大成功だったら、あたしも胸張って戻れるよ。本当に良かった。
「うん! あれ、師匠は?」
そういえば、師匠の姿が見えないけどもどこだろう。
周りにはいないみたいだし、まさか逃げる時に捕まった!?
「ん、起きたか。しかし、本当にエミリアちゃんは出来る子だ。ペアになってくれた事を感謝するんだぞ?」
あたしの声に反応したのかな、物陰から師匠が現れる。怪我も無くって元気みたいだから、みんな無事なんだね。
でも、師匠は国を出ちゃってよかったのかな?
自分の家は火竜の国にあるわけだし、門下生はあたししか居ないから道場はいいとしても、そう簡単に自分の育った故郷から離れられるものなのかな。ちょっと聞いてみよう。
「ねえ師匠、師匠はこれからどうするの?」
「どうするって、どういう事だ?」
「いや、火竜の国の御前試合、滅茶苦茶にしちゃったから、もう戻れないけどもどうするのかなーって」
「確かに戻ったら晒し首になるな」
ひっ、さらし首。
そんなの絶対に戻れないじゃん!
戻れないだけならいいけども、もしも国王が師匠の身柄をよこせって言ってきたらどうしよう。あと、お仕事とかどうするんだろ……。もしかして、路上生活するのかな?
うーん、師匠頑丈だから大丈夫なんだろうけども、なんかやだなあ。
「そんな顔するな不肖の弟子よ、あっちでも道場は開けるし、駄目だったらお前が入っている騎士団にでもいけばいいだろう?」
確かに、師匠くらい強かったら風精の国でも働き口いっぱいありそうだよね。何だか心配して損しちゃった。
むむ?
という事は?
「もしも師匠が騎士団に入ったら、あたしが先輩だね! ふふんー」
「あ? 寝言は寝てから言え。お前なんざ、一秒もかからず抜いてやる。そうしたらまたしごいてやるから覚悟しておけ」
がーん。確かにそうだよね。
師匠の実力なら金騎士余裕だろうしなあ、もしかしたら最高ランクになるかも。
そうなったらリトリアのパートナーが師匠……、う、うーん。
リトリア元気かな、あの子もどじな所あるからね。うんうん。
あたしはエミリアに膝枕をされたまま、エミリアはいつもの笑顔であたしの頭を優しくなで続け、師匠は意地の悪い笑みを見せている。
三人は、他愛の無い会話をしながら、風精の国へ着くまでの時間を過ごした。
風精の国へ到着し、師匠は働き口を探すと言って解れた後、あたしとエミリアはどこにも寄り道せず、宮廷魔術師長の執務室へと向かう。
これだけ任務を苦労して完遂したんだから、リトリアと白金騎士の時みたいにたくさんの出迎えがあると期待していたけれども、世の中あたしの思い通りになるわけもなく、城内のエントランスには任務の帰還を待ってくれていた人たちは勿論、いつも見回っている兵士の人たちすら居ない。
あたし達は誰もいないエントランスを抜け、同じ様に誰とも合うことが無いまま廊下を歩いていき、執務室へと入る。エミリアは火竜の国であった出来事を口頭で簡単に報告した後、ラプラタ様も別の仕事で忙しいのか、意外に淡々と終わってしまう。
「任務、お疲れ様。結構大変だったみたいね。一両日中に報告書を提出する事。じゃあ、もう下がっていいわよ」
「はい」
「はーい」
もうちょっと、おーすごいとか、よく頑張ったなとか、そういうリアクションが欲しかったかも。
船上でのんびりはしたけれども、今はお布団でゆっくり休みたいや。
あたしはエミリアに一時の別れを告げて、部屋へ戻ろうとするとエミリアは体を翻し、再びラプラタ様の執務室へ戻ろうとする。
何か言い忘れたのかなと疑問に思いつつ、あたしも引き返そうとする。
「あ、シュウ。あたしはラプラタ様とちょっと話があるから部屋戻っててね」
話ってなんだろ、報告する事が他にもあるのかな。
も、もしかして!
折角作った鎧が壊されちゃったからその事かな?
エミリアがあたしの為に作ってくれた大事な一張羅だったのに。あの国王め。
「鎧、また作るから、待っててね」
「うん!」
エミリアは優しい笑顔と言葉に対して、あたしは元気良く返す。
やっぱ可愛いなあ、ホント、あたしにとっての天使様だよ。
また装備作ってくれるみたいだし、壊れたことも怒ってなさそうだし、楽しみ楽しみ♪
その反応を確認したであろうエミリアは、軽く手を振り、再びラプラタ様の執務室へと戻っていく。
「おい! どん色騎士!」
エミリアと入れ替わる形で、聞きなれた声が背後から聞こえる。
あたしは恐る恐る振り返ると、そこにはあたしにとって最悪の相手、ブロンズハンターの三人が立っていた。
「な、なんだよう!」
また痛い事されるのかな、帰ってきて早々に虐めるとか酷くない!?
格好の獲物がちょうど帰ってきたとか思われているんだよね。むう……。
「やるじゃねえか、今回は褒めてやる。だがな、これで調子に乗るなよ!」
腕を組みながら、いつもの憎たらしい表情は変えずに指を勢いよくさすと、向きを反転させて去ってしまう。
い、一体なんだったのかな?
まあいいや、殴られたり蹴られたりしたわけでもないし、あまり考えないでおこうっと。
あたしは久しぶりに自分の部屋へ戻ると着替えもせず、水浴びをせず、そのままベッドへ飛び込み眠りについた。
今日は、いい夢が見れそうかもしれない。




