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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第一部「成長編」
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第十九話 対決、サラマンドラ ~火竜の国・御前試合決勝戦~

「目覚めたか」

 あたしは聞きなれた声に反応し重いまぶたを何とか開けると、真っ先に視界へ入ったのはヒビだらけの石の天井だった。その後、体勢はそのままで顔だけ動かし周囲を見回すと、今自分がいる場所は試合が始まる前に居た、試合出場者用の控え室だという事に気づく。


「良かったぞ、お前の戦い」

「師匠!」

 壁にもたれていた師匠はこちらを向いてあたしを褒めてくれる。その言葉の内容で今ここに至るまでの状況を何と無くだけども把握すると慌てて上体を起こしたが、大切な人を守れなかった現実を直視できず、下を向く。

 そうだった。ここにいるって事は、あたしは師匠に負けたんだ。

 それで三敗してしまってエミリアはもう……。


「ごめんね、ごめんなさいエミリア。うっうっ……」

 泣いても仕方ないのに、どんなに謝っても帰って来ないのに、あたしが弱かったばっかりに負けてしまったんだ。あたしは取り返しのつかない事をしてしまった。全部あたしのせいなんだ。

 役立たずで何も出来ない。どうしようもない最低な自分が本当に嫌で、何であたしが生きているの?

 どうしてあたしばっかり無事なの?

 何で一番いらないあたしばかり傷つかずに、誰からも必要とされている人が傷つくの?


「何か勘違いしていないか? お前はまだ二勝二敗だ、次で決まる」

「えっ?」

 二勝二敗って、何を言ってるのかな?

 あたし師匠相手に負けちゃって、気を失ってここに寝かされてたんじゃないの?


「何も覚えていないのか?」

「う、うん」

 そういえば男の子に負けて、後が無いって解って、師匠がリングに上がってきて……。

 それからは何だかよく解らないけれども。無我夢中で戦ったからさっぱりだ。

 でも常識的に考えて師匠になんて到底勝てるわけないし。


「あんな無茶苦茶な戦いされたのは初めてだ。まあ、十日だけだったから基礎体力作りしかやれなかったけどな」

「どういう事、ですか?」

「お前が勝ったんだよ。最後の技、見事だった」

 え、勝ったの?

 嘘でしょ!

 あたしが師匠に勝てるわけないよ、さては同情で嘘ついてくれているんだね。

 でもね、そんな慰めいらないよ。逆効果なんだよ?

 冗談でもそんな事言わないで。酷いよ師匠……。


「その顔は信じてないって感じだな?」

 何で俺の事が信じられないんだって顔を師匠がしている時、控え室の扉がゆっくりと開いていき、聞きなれた優しい声が聞こえる。


「頑張ったね、シュウ」

「え、エミリア!」

「私の事、好きでいてくれてありがとうね」

 なんとそこには、見た目こそは火竜の后のままだけれど、穏やかな笑顔でこちらをそっと見守ってくれている、風精の国魔術師ランク一であり、あたしのパートナーであるエミリアがいた。


「うわあああん! ごめんね、助けられなくってごめんね」

 エミリアは泣いているあたしを優しく慰めてくれているけれども、この温もりも手放さなければならないんだよね。全部あたしが悪いんだよね。

 あたしがエミリアのパートナーになっていなければ、あたしがさっさと騎士を辞めていたら、あたしが騎士になんかならなかったら、あたしなんて生まれてこなかったら!

 どんなに責めても、何をしても、あたしの大切な人はもう国王のお后様になってしまって戻ってはこないんだよね。

 そしてあたし以上に、エミリアの方が辛い事も解ってる。

 エミリアはこれから好きでもない人の隣にずっと居なければならない、自分のこれからを他人の手で決められていく、あんな事やこんな事も強要されるかもしれないし……。


「よく聞いて、シュウはまだ負けていないんだよ? あなたが眠っている間にお師匠さんから話は聞かせて貰ってたの」

「ついでに傷を治療したのもエミリアちゃんだ、お礼言っておけよ?」

 全然さっぱりすぎて、何が何だか訳が解らないや。

 落ち着いて考えて見よう。

 えっと、あたしは師匠にぼこぼこにされたけど何でか知らないうちに勝っちゃって、試合での怪我はエミリアが治してくれた。でよかったのかな?

 なんか二人だけ話解ってるみたいな感じだし、ずるい。しかもちゃん付けだよ!

 あたしのエミリアにむかってちょっとなれなれしい気がする、むう。


「次で勝負が決まるのだけれども、相手は国王なの。シュウは凄く頑張ったけどもたぶん勝てない」

 最後の試合、泣いても笑ってもこれで決まるみたいだけども、その試合の相手が――国王!?

 そんなの勝てるわけないじゃん!

 あのね、あたし銅騎士なんだよ?

 ランク最低なんだよ?

 確かに相方のエミリアは最高ランクだけども、あたしは一番弱いんだよ?

 絶対むりむり、師匠をやっつけた時に運とかいろいろ使い切っちゃったと思うし、どうせ一方的にやられるだけだし、もう諦めて棄権しようかな。

 でもエミリアが、ううう。


「最初は飛び入りする事黙っていようと思ってたけれども、お師匠さんの話聞いたら、そんな事出来る程余裕が無い相手だから、こうやって事前に話に来たよ」

「そんなに焦るな、頭をかかえるな、今回だけは特別だ、助けてやる。俺とエミリアちゃんで御前試合を引っ掻き回して、混乱している隙にここを脱出して風精の国へ向かう。ちょうど御前試合の見物客で人の往来が多いから何とか誤魔化せるだろう」

 なんとなくどうするかは解ったけれども、じゃあ何で最初からそうしなかったの!

 あたしの苦労って一体。


「む、その顔は最初からその作戦でいけば苦労しなかったのにーって思ってるでしょう? 駄目だよ怠けちゃ、私の騎士様なんだから強くなって貰わないとね。ふふ」

 がーん、エミリアにばれてる。

 やっぱり顔にすぐ出ちゃうタイプなんだろうなあ。でもちょっと解りすぎじゃないかな!

 きっとエミリアの勘が鋭いってのもあるんだよね、間違いない。そういう事にしておこう、あたしは単純じゃない、うんうん。


「さて、計画はしっかり伝えたぞ。お前は全力で戦って国王に気取られないようしろ」

「頑張ってね」

「は、はい」

 あたしは師匠の厳しい言葉と、エミリアの優しい笑顔に見送られながらも、再びリングのある場所へと向かう。


 そういえば、師匠が言ってた最後の技って何だろう?

 あたし特技とか必殺技とか、そんな都合のいいもの持ってるわけないし。

 まあいいや、頑張ろう。これで最後だからしっかりしないと。



 あたしがリングに戻ると、次の対戦相手であり、勝つのが最も困難な相手である火竜の国に君臨する王、サラマンドラが腕を組み仁王立ちをして待っていた。

「ほう、逃げずに戻ってきたか」

「当たり前だよ! エミリアは返して貰うから!」

 助けて貰う事は確定だけども、何とかばれないようにしないと。特にあたしは顔に出ちゃうタイプだから気をつけて、なるべく助かるとか考えないようにして……。


「フッ、まあ何でもよい。俺を楽しませろ」

 この戦闘マニアめ、鼻で笑っちゃてるし物凄い余裕だ。なんか腹立つけども、きっとあたしなんて一捻りなんだよね。


「最終試合、開始!」

 先手必勝、バテる前に全力で攻撃だ!

 あたしは側近の勝負開始の号令と共に国王との間合いを一気に詰め、剣を大きく振りかぶって振り下ろす。


「やああああ!」

「体つきや動きはマシになったな」

 勿論あたしの攻撃が有効打になる訳も無く、頑丈そうな手甲と振るった剣が激しくぶつかる時に生じる金属音が虚しくリングに響く。

 それでもあたしは攻撃の手を緩めず、何度も何度も剣を上から下へ打ち落とし続ける。


「だがまだ甘い。もっと脇をしめろ、体のバネを生かせ、相手の目を見続けろ、相手が何を思っているのか常に考えて動け」

 な、なんであたしにアドバイスしてるの。

 それだけ余裕すぎるって事なの、馬鹿にしすぎだよ!

 なんかイライラするなあ、もう!


「熱くなるな、常に冷静でいろ、攻撃が雑になっているぞ」

「むううう、あたしの気持ちを読むなー!」

 皆あたしの事馬鹿にしないでよ。なんでそんなにあたしの気持ちが解っちゃうの?

 絶対おかしい、あり得ない。

 相変わらず涼しそうな顔しているし、攻撃全然当たんないし、むう。


「なるべくコンパクトに動け、全ての動作を無駄なく生かせ、もっと足を使え、単調な攻撃は体の負担は少ないが相手に読まれやすいぞ」

「うぐっ」

 あたしからの攻撃をことごとく防いだ後、サラマンドラは右拳を強く握った事が見えた次の瞬間、腹部に鈍い痛みが襲い掛かり、呼吸が出来なくなってしまう。

 何とか息を吸おうとするが、むせてしまい大きく咳き込みながら、相手との距離を離そうとする。

 

 そ、そんな、鎧の上から殴られたはずなのに、こんなにく、苦しい、痛いなんて。


「げほっ、げほっ。なんて馬鹿力なの……」

 何度も体内へ新鮮な空気を取り込んでは吐き出しているが、なかなか苦しみから解放されず、口の中に嫌な酸っぱさが残るし、涙出てきちゃうし、たった一撃の攻撃であたしの体は相当な負担がかけられたみたい。

 もしもこれ以上の威力がある攻撃か、今のを連続してきたら本当にあたしは壊れちゃう。


「まあこんなものか。そろそろこの茶番も終わりにしよう。お前たちには十分楽しませて貰った。最後にいいモノを見せてやる。風精の国へ戻るみやげにするがいい」

 どういう事?

 国へ戻るみやげって、もしかしてあたし達の作戦を知っている?

 ま、まずい。このままじゃ――。

 三人で国王と戦い、この国から脱出する作戦が看破されている事を告げられ、唯一の活路も絶たれ絶望で全身が寒くなっていた時、サラマンドラは再び右拳を強く握ると、岩の様に大きく鉄の様に固い手の周りはまるで陽炎ができたみたいにゆらゆらとゆれ始める。

 そして大きく息を吸い、腰を深く落として構えた次の瞬間。


「奥義、獣王武塵(じゅうおうむじん)!」


 右拳をあたしの方へ力強く突き出す。するとあたしの目の前には自分の体よりも遥かに大きく、獰猛な肉食獣の顔を模した黄金色に輝く塊が現れ、瞬きをする前にそのエネルギー体であろう物質に飲み込まれしまう。

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