第十七話 思いの証明 ~火竜の国・御前試合師弟戦~
あたしが困ろうとも、次どういう作戦でいこうか考えていようとも試合が止まる訳も無く、無情にも三人目の相手がリングへと向かっている。
「残念ですが、一発であなたを倒します!」
男の子がリングに上った直後、あたしの方を指差して高らかに宣言しだす。
何を言ってるの?
一発で倒すって、たった一回の攻撃であたしを負かすの?
「あはは。何それ、そんなの無理だよ?」
さっきの敗北で悩んでいたのが、まるで嘘なくらいにおかしくって笑っちゃうよ。きっとまだ子供だから、こんな大舞台だし目立ちたいんだろうなあ。
あたしも騎士になりたての時は、そうやって大きい事を冗談半分で言って周りを和ませていたっけかな。今そんな事言っても、返って来るのは冷ややかな視線と重いため息だけども。
でもこの子は、あんなに小さいのにこうやって大舞台に立っているから、あたしみたいにはならないんだろうと思ってる。
「試合、開始!」
だからこそ油断出来ない、ここで気を抜いて本当に負けるわけにはいかないんだ。
次もしも負けたら二敗、国王は五人って言ったから……あれ?
でもここには四人しか居ないよ?
もう一人は誰だろう。
……他事考えている場合じゃない。今は試合に集中しないと。
あたしは開始の宣言と共に強く踏み込み、剣を大きく振り上げる。
先手必勝、何だか解らないけれども、一発当たる前にあたしが当てちゃえば!
しかし、男の子は体を僅かにそらせ、あたしの攻撃は容易く回避してしまう。
当たるまで攻撃するんだ。師匠との修行であたしは強くなっているはず、いつぞやの時みたいなわけがないんだ。
あたしは何度も何度も負けじと剣を振るうが、当たる気配すら無い。男の子は機敏かつ無駄の無い動きで、あたしの攻撃を巧みに避けている。
あれだけの事言っちゃうだけあって、やっぱり強い。
でも、それでも諦めちゃ駄目なんだ!
ここで負けたら、師匠には勝てないし、残り一人が気になるけれどもここで勝っておかないと絶対にきついと思う。
攻撃を避けられる程、焦りが胸の奥から滲み出てくるのが解る。走りこんだお陰で息は切れないけれども、このままじゃきりがないよ!
ん、あれってなんだろ?
あたしは男の子の握られた右手をふと見る。気のせいかな、右手がぼんやりと光ってるような気がしたけども……。
「はぁっ!」
「へ? うわあああああ!」
あたしが僅かな時間、気をとられている最中に、少年はこちらに勢いよく手をかざす。すると、一瞬光った後に見えない何かがあたしにぶつかり、大きく吹き飛ばされてしまい、気がついた時には既にあたしは尻餅をついてしまっていた。
はっと気づいて再び立ち上がるが、側近は高らかに手をあげ、宣言する。
「勝負あり!」
「やったー!」
え、う、嘘でしょ。何あれ、そんなのアリ!?
あんなの反則だよ!
見えないじゃん、避けようが無いよ!
うわあん、負けちゃった、これで二敗だよう!
どうしようどうしよう。
残りは師匠と居るか居ないかも解らない人だし、でも次負けたらエミリアが取られちゃうし。
どっちも勝てない……。
あたしは今までの中で一番考えた。どうすればいいか、このピンチをどう切り抜ければいいか、いろんな手段を考え続けた。
でも、でも!
駄目、どうしようも無い。
絶望しかないや。
万策付き、自分の実力と運の無さとこの境遇を悔やみ、恨みながらどうしようも無い現実を変える術を見つける事が出来ないと解れば解るほど、目の前が真っ暗になって行く。まるで深い海の中へと沈んでいくかのように体は重い。一筋の光はもう無い、あたしは誰も救う事が出来ず、誰もあたしを救う事が出来ない。
「第四回戦、用意!」
こんなにも頑張ったのに。もう、終わりなのね。
ここで負けて、あたしは何もかもを無くしてしまうんだ、約束だって守れない。
「目を覚ませ! また木刀で叩かれたいか!」
深い闇の中の先から声が聞こえる。それはとても聞きなれた声だ。あたしはずっとこの声に急かされてきた。どんなに辛い訓練だってこなして来た。だけども!
「勝てるわけないじゃない! もうどうしたらいいのかわかんないよ!」
どうしようもないの。やり場の無い思いを今ここでぶつけたって何にもならないのも解ってる。
大声で叫んでも、少しも解決なんてしない事だって知っている。
でもね、みんなね、あたしに無茶言い過ぎなんだよ?
もうやめてよ、そんな無理難題ばかり強要してくるなんてひどいよ。
どうしてそんなにあたしに期待するの?
あたしの実力、皆知ってるじゃない。
剣の腕前だってからっきし、頭も悪いし、見た目だって大した事ない、他に誰にも負けない才能なんて持ってない、性格だってこんなに後ろ向きだよ?
「そうか、勝てないか。どうしようも無いか。そうかそうか」
「ううう……」
今まで厳しく当たっていた師匠の口調が少し優しく、緩んだような気がする。
同情してくれるの?
もしかして、この試合、わざと負けてくれるの……?
「だったら足掻け、死ぬ気で向かって来い。いっておくが、わざと負けるなんて期待するなよ?」
その言葉に今まで寝ぼけていた何かが一気に目覚める。
少し前にも同じ事を言われた気がする。
厳しい修行に挫けそうになった、諦めそうになった、でも師匠はあたしを甘やかさず、厳しく突き放し続けた。
そしてあたしはエミリアとこっそり逃げようとしたんだった。
けれど、エミリアもあたしを厳しく突き放したんだ。
みんな解ってるんだ、逃げてばかりじゃあ駄目なんだよね?
戦わないと、勝たないとこの窮地からは抜け出せられないんだよね。
あたしはずっと逃げてきた。自分の弱さを盾にして、自分の不甲斐無さを理由にして、自分が情けない事に甘えてきたんだ。
エミリアが敢えて冷たく突き放して、あたしの決意を促したばっかりなのに、何でもう忘れちゃったの?
どうして、あたしってこんなに駄目なの、こんな自分が嫌だ。何もかも嫌だよ。
そう思った瞬間、自分の中の何かが弾けたような気がすると同時に、まるで世界が自分の中へ吸い込まれていくような不思議な感覚に支配される。
そうだ、どうせ勝てないと泣き喚くくらいなら、どうせ負けるくらいなら、死んで負けてやる。
エミリアを救う事が出来ないあたしなんて、自分の事を好きでいてくれている人すら守れない自分なんて。
もやもやとしていた不潔な何かも、弱音も、泣き言も、守りたいって気持ちも、エミリアが好きって思いも、自分の中の全てが熱くなっていき、それらが臨界点を超えた瞬間、何が何だか訳が解らなくなって――。
「試合、開始!」
「うわああああああっ!」
捨ててやる。もう、いらないんだ。
こんなあたしなんて、いらないんだっ!




