第十六話 堅固な意思 ~火竜の国・御前試合当日~
あたしは今まさに、御前試合が行われようとしている、闘技場内部のリングへと通じる道を歩いている。
通路は薄暗く、等間隔にたいまつで火が灯しており、遠くに見える出口からは眩い輝きが差し込む。ここを歩いて抜ければ、いよいよあたしにとって一世一代の大勝負、エミリア救出の為の戦いが始まるわけだけども。
出口に近づくにつれて、観客席にいる人達の声が段々と大きくなっていき、薄暗い通路は日の光に照らされて明るくなっていく。
やる事はやってきたはず、十日しか無かったけれどもその間は怠けず師匠と一緒に頑張ってきたんだ。晴れ舞台に出るため、エミリアが作ってくれた装備に着替えたし、教えて貰った髪形も上手く出来たと思う。
エミリアは無事でいるかな?
国王に何か酷い事とかされてたらどうしよう……。
ううん、今は不安になる様な事、考えちゃ駄目だ。これから戦う相手の事を考えるんだ。
どんな相手が待っているのかな、御前試合は武術のベテランばかりが集まるって師匠が言ってたけども、そんな人たちに僅か十日しか頑張っていないあたしの剣術が通じるのかな。
過去を振り返ってみると、基礎トレーニングと素振りばっかりでちょー強い必殺技とか、どーんってなってばーんっと相手をやっつける奥義みたいなのとか、そういうの教えて貰ってないけども大丈夫かな。
出口直前になるとこれから始まる、あたしの全てを賭けるであろう勝負のプレッシャーに足が止まってしまうけれども、拳を強く握り、無い勇気を振り絞って力強く踏み込みながら歩みを進めて出ると、御前試合に出る他の参加者も同じ様に別の出口から現れる。
凄い観客の数だ。何人いるんだろう。
あ、あれは!
あたしは観客席にいる無数の人々に圧倒されながら、あたしを戦い巻き込んだ張本人であるサラマンドラ国王と、その隣には前回お忍びで会いに行った時と同様の格好をしたエミリアが居た。
エミリア、待っててね。迎えに行くから。あなたを取り戻すから。
ここで勝たなければならない、あたしは今後の運命を決めるであろう対戦相手の姿を、目を凝らして見回す。
左隣の出口から出てきた細身の凄い身軽そうな拳法家っぽい人、うーん、見た目からして強そう。
左正面の出口から出てきた女の子は、あたしがお金無くって断られた学校の制服を着ている。御前試合に呼ばれているって事はエミリアみたいに成績優秀なのかも。
右正面の出口から出てきた、うーん、あたしよりも全然年下の男の子。見た目そこまで強くなさそうだけれども、油断しないでおこう。
右隣の出口から出てきた人は……。
「う、嘘でしょ?」
なんで、どうして、あたしを散々しごいた師匠がいるの。
俺も応援している、見に行くって言っておきながら何で参加しちゃってるの?
師匠相手とか絶対無理無理、勝てるわけないよ!
「これより、御前試合を開始します。まずは国王より挨拶を頂戴したいと思います」
あれ、人数四人しか居ないのに三回勝つって事は……。
師匠相手とか、まず一敗は確定として、残り三人を全部勝たなきゃ駄目じゃん!
どうしようどうしよう。
「今回は特例がいくつかある。先ずはそれから話させて貰おう」
側近の話が終わり、国王がゆっくりと立ち上がった後、通る声で演説を始めると今まで騒がしかった場内は咳払い一つ無い静寂へ包まれていく。
試合に出場する人も、観客も、側近たちも、闘技場内の職員全て、一部の例外も無く国王の方を注目し、一文字も漏らさない様子で真剣に聞いている。あたしもそんな会場の雰囲気に飲まれちゃったのか、無意識のうちに全ての発端となった男の方を向く。
「今回の御前試合は、従来のトーナメント方式では無く、隣国である風精の国から来たゲストと他五名の総当たり戦とする」
何それ、連戦じゃん!
ただでさえ勝ち目無いのに、連続して戦わせるとかエミリア解放する気無しだよ!
こんなのひどい。絶対におかしい。
てか今更だけど、これって風精の国と火竜の国の国交に何らかしら影響が出ると思うのはあたしだけなのかな。さも当然のように事が進んじゃっているけれども、国王の一存だけで他国の一番優秀な魔術師を娶ろうって話、やっぱり何か不自然な気がする。
何だかひっかかるんだよねえ。まあ、今ここでどういう言っても無駄なんだけども。
弱音をはいている場合じゃないよね、無理でも無茶でもやらなきゃいけないんだ。
「あとルールに一つ、追加事項がある。それはリングから出る、戦闘続行不能になる以外にも、膝と尻が地面につく事も、敗北条件の一つに追加させて貰おう」
それって、転ばせれば勝ちって事なんだよね?
相手があたしの弱さに気づかないうちに、全力で近寄って転ばすしかない。その作戦でいこう。だから間違っても銅騎士って事がばれないようにしないと。
「では選ばれし猛者達よ。己の力を存分に発揮し、この俺を満足させてみろ。そして風精の国からの使者よ。お前の力を見せ、我ら火竜の国と盟約を結ぶのに相応しい力を持っているか己の手で証明してみせろ!」
国王が演説を終え、高らかに拳を突き上げると、あたしとエミリア以外の全員は、大声をあげて興奮しだす。その様子に満足したのか、再び悠々と玉座へ戻り、堂々と座るとエミリアに目で何か合図をした後、エミリアが持っていた飲み物を奪い取り、一気に飲み干す。
「第一回戦、用意!」
側近のかけ声と共に、あたしは闘技場の中央にある円形のリングへと向かう。拳法家っぽい人もリングの方へ向かっている事から、たぶんあの人があたしの最初の相手なのだろう。
二人がリングに上り、対峙すると拳法家っぽい人は既に勝ち誇った笑みを見せる。
「おいお前、風精の国の騎士らしいな」
「そ、それがなんだよう!」
「知ってるぜ、お前の事。一番弱い騎士なんだろ? へへ、楽勝な相手で助かったぜ」
な、なんで知ってるの?
あたしの事は一切、師匠以外の他の誰にも言ってないはずなのに。
これじゃあ、あたしの最初の作戦が使えなくなっちゃう。
「試合、開始!」
あたしの素性がばれてしまった、どの相手も強そうで先手必勝だと思ってたのに!
どうしようどうしよう。
「俺はこの国で王の近衛部隊に所属している。ここで負けたら俺の立場が危うかった。だからお前の事をこっそり事前に調べたのだ。そうしたら、風精の国はランクの数字の高さで強さが比例して上がっていくって話を知ってだな、本当に――」
あれ、何でこの人攻めてこないんだろう?
構えもとらないし、物凄い隙だらけかも。
まあいいや、ばれちゃったし出し惜しみなんてしてる場合じゃない、全力でいっけえ!
「――かし、これでお前も終わ……、なにい!」
あたしは剣を両手で持ち、無我夢中で相手に向かって走った。
体が軽い、まるで自分の体じゃないみたい。師匠と馬車馬の様に走ってた甲斐があったのかな。
これならいけるはず、相手の足に狙いをさだめて!
「あ、ああ……」
自分でも何が何だか解らなかった、是が非でも相手を倒す。その一心だったと思う。
気がつくと、相手は尻餅をついて倒れており、まず確実に勝っていただろう試合を敗北した事にただ呆然としている。
「勝負そこまで! 勝者、風精の国の使者!」
一回戦目の終わりを側近が大声で宣言すると、会場は再び盛り上がりを見せる。
や、やった。本当に勝っちゃったよ!
うわあい、まず一勝取った、後二回勝てばエミリアを救える!
まだ二勝もあるんだけどね。はぁ。
「この愚か者め! 自身の腕に慢心し遅れを取るなぞ言語道断、火竜の国近衛兵の名に泥を塗った罪、万死に値すると思え!」
あたしが初戦の勝利に一喜一憂している時、国王は持っていたグラスを叩きつけて壊すと勢いよく立ち上がり、油断の末に負けてしまった拳法家っぽい人に激しい怒声を浴びせる。拳法家っぽい人はうなだれたまま動かず、闘技場にいた兵士に両腕を抱え込まれて来た通路へと連れて行かれしまう。
「騎士の小娘よ。まず初戦の敢闘は称えよう。だが今の作戦、他の四名に通じるなんて思うなよ?」
そうだよね、まだ気は抜けない。
これからはもうさっきのようなラッキーは起きないだろうし、相手も国王の言葉に油断をしなくなる。そして、師匠を除けば他の二人には絶対に勝たないと駄目なんだよね。
「第二回戦、用意!」
国王があたしにたぶん激励と忠告をした後、側近が次の試合の準備を言うと、お金持ち学校の制服を着た女の子がリングへと上がってくる。
短髪で日に焼けた小麦色の肌が健康で活発そうな雰囲気を出しており、細くてしなやかな手には、自分の身の丈程の長さの棒が握られている。
武器の射程があたしよりも長いから、懐に入るのが大変そう。最悪一方的にやられてしまうかも。
どこかで見たような。気のせいかな?
「よろしくお願いします」
学生の女の子が手をあわせて軽くお辞儀をしてくる。流石はお金持ちの学校なのかな、礼儀もしっかりしている。あ、あたしもしたほうがいいかな?
相手に少し遅れる形でぎこちなく同じ様に挨拶をすると、相手は少し笑みを見せた後、鋭く厳しい眼差しをこちらに向けて構えてきた。
「試合、開始!」
「てやあああああああ!」
戦闘を始めるかけ声と共に、女の子は奇声にも似た大声を発しながら猛然とこちらへ迫り、握り締めた得物を大きく振りかぶり、そしてあたしの頭めがけて打ち下ろしてくる。
あたしはその声に圧倒され、気がつくと後ずさりをしてしまっていた事に気がつく。我に返り、女の子から繰り出される力強い攻撃を幾度も防ぎ続けるが、勢いはあまりにも激しく、あたしはじりじりと後ろへ後退を余儀なくされる。
元々、剣を振るうだけの力は無かった、けれどもエミリア特製の装備と、師匠に鍛えられたお陰である程度は扱えるようになった、しかし、相手の攻撃を受け返すなんて芸当が出来る訳も無く、ただ防ぐ事しか出来ない自分に、だんだん焦りを感じる様になってくる。
あたしは何とか防ぎながらも相手の動きを見て、反撃の機会を窺う。
昔だったら、とっくに負けていたかもしれないけども、今ならこの女の子の動きが解る。でも、でも!
解るからこそ、見えるからこそ、全く隙が無い。攻め入る余地が無い!
どうしよう、防ぎ続けて手も痺れてきた。
相手の女の子はずっと同じ攻撃を繰り返し続けているけども、全く勢いが落ちる事は無い。これだけの数の攻撃を、あの長い武器で行っているって事は、相当体力を消耗しているはずなのに、なんで、あたしが先に参ろうとしているの!?
まずい、このままじゃあ!
ええいっ、こうなったら多少攻撃貰っても反撃するしかない。
今まで守りに徹していたあたしは、剣の持ち方を変えて、女の子の懐へと入ろうと姿勢を低くし地面を強く蹴る。
「後少し、もう少しで届く!」
腕を大きく伸ばし、女の子の腹部に剣が当たろうとした瞬間。
「きゃあっ! あ、あれ?」
気がつくと、あたしは地面に突っ伏していた。
何が起こったか良く解らないけれども、頭に鈍い痛みが残っているって事は、あたしの攻撃が届く前に相手の攻撃が当たっちゃったのだろう。
「勝負そこまで! 勝者、学生代表、アカシア!」
高らかと女の子の名前が宣言されると、女の子は再び手を合わせて一礼をした後、リングから去って行った。
負けちゃった、やっぱり優等生には勝てないかあ。
どうしよう!
これじゃあ三勝出来ないよ!
うわあん、エミリアが取られちゃううううう!
「第三回戦、用意!」
あたしが自分でも気づかないうちに頭に手を抱えている事に気づく。それだけ困っているのに、さっさと進めようとしてるし!
本当に困った、これはまずいよ。
どうしようどうしよう。




