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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第一部「成長編」
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第十五話 大切なものを取り返せ ~火竜の国・御前試合前日~

 エミリアに誓った日から七日が経った朝。

 あたしはいつも通り、干したまま乾いている適当な稽古着に着替えて火竜の国の周りを走る。慣れた景色を横目で見つつ、この修行の日々を振り返る。


 必ず取り返す。そう誓ってからは師匠が起きる少し前に一人で走りこんで体力づくりをしてきた。厳しい修行も必死になってついてきて、何度も気を失ったり、食べても吐いたりしたけれども、死んでもいいと思うくらいの気持ちで挑み続けてきた。

 実際のところ、こうやって生きているわけだ、意外となんとかなるもんだね。辛くてついていけなくて何度も叩かれて生傷が絶えなかったけれども、それでもここまでついてこれたわけだし。我ながら関心しちゃった、こんなに根性あったっけ?

 虐められてたから、頑丈さは自然と備わっていたのかもね!


 それ以上に今まで頑張ってこれたのは、やっぱりそれだけエミリアの存在が大きいのかもなあ。

 あの人と出会っていなければ、あたしは今頃どうしてただろう?

 ずっと底辺のままかな、それともとっくの昔に騎士辞めて田舎に帰っているのかな。

 今もランクは変わらないんだけどね。

 風精の国の人たちは元気にしているかな。なんだかもう何年もここにいるような気分かも。


「あ、師匠。今戻りました。遅くなってごめんなさい」

 早朝ランニングを終えて、家へと戻ると師匠が仁王立ちして待っていた。考え事しながら走ってたから、いつもの時間よりちょっと遅かったのかなと思い、頭を下げて詫びる。


「何してたんだ?」

「えっと、走ってました。戦場でバテても敵は待ってくれないですからね」

 いつもあたしが休もうとした時に、木刀での制裁のついでに贈られる言葉を暗記してしまった。

 結構な時間、動いてても息切れしなくなったし、最近は食欲も戻ってきた気がする。


「馬鹿野郎!」

「ひっ、ご、ごめんなさい」

 怒られちゃったよ、勝手な事やったし遅かったからだ。

 ま、また叩かれる!

 そう考えるよりも先に、自然と体が動き防御する体勢をとっていた事に気づき、ちょっと切なくなる。


「試合は明日だろう。もう体は休めておけ、休息も修行のうちだ。後はその傷も治しに行くぞ、ついてこい」

「は、はいい」

 あ、あれ?

 叩かれずに済んだや、今日は修行なしなのかな。無いのは楽だから嬉しいんだけれども、大丈夫かな?

 ああ、ついていかなきゃ、あまりもたもたしてるとまた叩かれちゃう。

「待ってくださいー」

 あたしは師匠の背中を必死で追いかけていく。


「どこへ行くのです?」

「お前は本当に運がいいよ、知り合いの医者が今この町に来ている。放浪しているから、滅多と会えないんだぞ? しかも俺が知っている中では最高の腕前の奴だ。そいつに治療して貰う」

 医者ってどんな人なんだろう、放浪って事は世界中を旅しているって事なのかな。

 そう思いつつ、師匠についていきながらも自分で自分の体を触る。

 痛いっ、大分慣れたけれども、全身傷だらけだ。

 殆ど師匠の木刀攻撃で出来たものなんだけどね!

 って事はあたしが怠けたり、ついていけなかったりしたのが原因じゃん。がーん。

 で、でも、最近は叩かれる回数も減った気がする。

 成長しているんだ、きっと、たぶん、恐らく、してたらいいな……。


 いろいろと考えながらも師匠の後ろについていくと、やがて宿屋に到着する。師匠は何のためらいも無く中へと入っていき、あたしも一緒に入る。

「確か、ここに泊まってるって話だが」

 あごに手を当て、何かを思い出しながら宿屋の一番隅の部屋の扉をノックもせずに開けて入っていく。


「あら、お久しぶり。どうしたの?」

 中にはぱっと見ただけでも解るほど、顔立ちの良い綺麗な女の人が一人居た。女の人は師匠とあたしが来た事に気がつくと、荷物を片付けていたのかな。今までしていた作業の手を止めて意外そうな顔でこちらを見ている。


 あたしはその女の人を上から順にじーっと見ていく。

 うわあ、凄い格好だ。

 ぴちぴちで体の線がはっきりくっきりしてて、スカートもめっちゃ短くてしかもぱんつ見えてるよ!

 でもそういう服着ているだけあって凄いスタイルいいなあ、お胸も大きい。谷間が出来てる。

 むーむー、何であたしの周りはそうやってお胸のある人ばかり集まるの。嫌がらせなの?

 酷い、どうせ貧乳ですよ。乳無しですよ。ふーんだ。


 でも、とてもお医者さんって感じには見えないけれど、本当にそうなのかな?

 さては、師匠ったらいやらしい事しに来たのね、不潔よふけつ!

 うーん、それだったらあたしを連れてこないかも。


「お前がここに来ているって話を聞いたからな、こいつを見て欲しいんだ。いいか?」

「いいか?って、怪我人が目の前にいるのに駄目ともいえないじゃない、知らない仲じゃないし見てあげる」

 色っぽい女の人があたしに向かって軽く手招きしてくるから、恐る恐る近寄ると、服の上から体を触られていく。

 時には手をとめて、脈や鼓動を確認しているみたいだけども。

 手の動きがや、やらしいのかな。う、うふふ。くすぐったい。

 だ、駄目だよ笑っちゃ、折角見てくれているのに、我慢しなきゃ!


 噴き出して笑いそうになるのを堪えてながら、首から下へかけて順に一通り触られ、最後ふとももを触れると触診をやめて、女の人は真面目な顔で師匠の方を見つめる。


「大分無理させたわね」

「ああ、訳あって十日で戦える体を作らないといけなかったからな。いつもの倍以上はしごいた」

 少し触っただけなのに、無理しているのが解るなんて。

 見た目はえっちい人なのに、見かけで判断しちゃ駄目って事だね。うんうん。


「女の子なのに可哀想」

「うるせい、こいつが望んだからやったんだ。俺は悪くない」

 女の人は冷ややかな目で師匠を見ているが、師匠は目線を逸らし、腕を組んで自分の無罪を主張した。こういう時って、後ろめたかったり図星だったりするんだよね。ふふ。


「じゃあ、治療するからそこのベッドへ横になって」

 師匠の態度にも特別反応するわけも無く、カバンの中からよく解らない液体が入った小瓶と真っ白で清潔そうな布を何枚か出して淡々と準備をし始める。

 あたしは、多少戸惑いながらも指示されたとおりにベッドの上で横になる。


「あの、えっと」

「ローザって言うの、何か御用かしら?」

 名前が気になっていたから聞こうとしたけれども、それを察知されたらしく先に名乗られてしまう。

 あたしってそんなに解りやすいのかな?

 エミリアやラプラタ様にも結構先回りして欲しい答え言われる事あったし。うーん、顔に出やすいのかも。


「ローザさんに謝らなきゃと思って」

「どうして?」

「うんと、最初お医者さんじゃないって疑っていたんです。凄い格好だし。でも、こんなに優秀な人だったなんて、何だか申し訳なくって」

「確かに普通のお医者さんは白衣着てて、露出も控えめだろうし、清楚でおっとりしたような感じね」

 ローザさんは笑顔で答えてくれる。あたしが疑っていた事は気にしてなさそうで良かった。機嫌悪くして治療を中断とかなったら困るもの。

 でも、自分のその格好は他の人と違う事を自覚しているらしい。

 という事は、何か目的があるのかな。


「別に隠す事でも無いから言うけれど、教会に登録していないの。所謂、闇医者って奴ね」

 お医者さんになるのは教会に登録し、莫大な登録料を払い続けないといけないって聞いたことがある。しかも、風精の国だと登録しないお医者さんは禁固刑になるって聞いた事あるけども、火竜の国は大丈夫なのかな?

 こうやって初めて会ったあたしにも言うくらいだから、多分大丈夫なんだよね。


「どうして、登録しないんです?」

 あたしは何故闇医者でいる事をさり気なく聞いてみる。

 見た目も綺麗な人だし、お医者さんとしても腕前もたぶん凄いのかなと思う。なのにどうして教会に登録しないのだろう。何かあるのかな。


「こら、あまり詮索するな。訳ありなんだ察しろ」

「ご、ごめんなさい」

 まただ、エミリアの時もそうだけど、余計な事ばっかり話しちゃう。

 修行で体力はついたけど、そもそもこういうところを治さないと、本当に周りに誰も居なくなっちゃう。気をつけよう……。

 でも、ローザさんが治療に集中しているのかな、あたしの問いかけにまるで反応せず、小瓶の液体を自分の手に塗ると、その手をあたしにかざしたままずっと詠唱している。


「さあ、治療は終わったから、起きてもいいわよ」

 あ、あれ。もう終わりなの?

 大した時間横になってないのに、すごい早い。

 ローザさんの呼びかけに応じ、あたしは上体を起こした後、あざになっていた部分を指で押してみるが痛みは全く感じない。

 しかも、なんだかよくわかんないけど全身がとても軽くなった気がする。治療を受ける前は歩くだけでも全身に変な違和感があったのにそれも無い!


「御代は三万ゴールド。ってあなたが持っている訳もないか。顔見知りだからタダでいいわ」

「おう、サンキュ。悪いね」

「すごい、治った! ありがとうございます!」

 対して時間もかかっていないのに、ローザさん凄いなあ。

 ローザさんの腕前に感動しながら何度も頭を下げて感謝しつつ、師匠とあたしは部屋を出る事にした。



「なあ、もう一度だけ忠告しておくぞ」

 治療が終わり、ローザさんが居る宿を出て家へと向かっている途中に師匠から話しかけられる。あたしは師匠の方を向くと、今までの緩い顔とは違い、真剣な眼差しで強張っている。一体何を話そうとしているんだろ。


「お前は頑張ったよ、俺が認めてやる。しかし御前試合の参加者は武術を数十年やってきて、その道を極めた奴らばかりなんだ。だからお前の勝算は限りなく低い」

 やったあ、褒められた!

 今まで散々だったけれど、嬉しいなあ。

 って勝算低いんだよね、当然だよね。

 だいたい、元々十日って言うのが無理なんだよ!

 でも、そうも言ってられないんだ、やるしかないんだ。


「それでもエミリアを助ける為に、あたしは戦うよ。エミリアの為ならこの命だって惜しくない」

 たとえどんな相手が来ても、あたしは負けられない。

 エミリアを守る騎士だから、あれだけあたしの事を考えてくれて、好きでいてくれている人をそう簡単には手放さないよ。奪われてたまるもんか。

 戦って、足掻いて、やる事は全部やり抜いて、指一本動かなくなるまでもがき続けるんだ。


「お前がそこまでムキになる程、そのエミリアって子は魅力的なんだな」

 魅力的だと思う、人間的にも魔術師としても、ペアになる前は存在くらいしか知らなくって遠い世界の存在なんだな、他のランカーと同じなんだろうなって思ってた、でも実際にそばに居たらそんな事無くって、何でも出来るしあたしよりも全然強いんだけれど、エミリアの事を知れば知るほど何だか一緒に居たくて、守ってあげたくて。

 うーん、なんか訳が解らなくなってきたよう、なんだろうこの気持ち。こんなの初めてだよ。


「勝てよ。そして取り返して来い」

「はいっ!」

 今は迷っている時じゃないよね。しっかりしないと。

 負けないよ、勝ち抜いてみせるから。そして迎えに行くから待っててね。


 あたしは振り向き、遠くに見える王城を見ながら、明日の勝利を心の中で約束する。

 エミリアにも今の気持ち、届いたらいいな。

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