第十三話 給料数十年分の手痛い授業料
こうしてエミリアを強引に奪われてしまい、十日後の御前試合に参加するはめになってしまったわけだけども。
「この国は強さが全てだ、故に都では様々な格闘技や武術の修練場があり、そこで国民達は日々修練している。自分の好きなところへ行き、腕を磨いて来い。紹介状はくれてやる」
理不尽な国王の言葉を思い出しながら、手に握られた一通の手紙を見つめる。
紹介状を貰っても、それで何をすればいいのさ。たった十日だよ?
どうすればいいの!
解んないよ、もう……。
肩を落として途方にくれている最中、あたしの前を学生っぽい女の子二人組みが通り過ぎていく。一人は褐色肌に短髪の女の子、もう一人は金髪ポニーテールの大人しそうな女の子だ。
「ねえねえ、今日の棒術修練の宿題、終わった?」
「うんうん、結構難しかったけれども、出来るようになったよ」
流石火竜の国としか言いようが無い。会話もなんかそれっぽかったよ!
そんな事よりも、あの子達の制服可愛いなあ。プリーツのスカートと涼しそうなシャツに革の胸当てがあたし好みかも。
そうだ、あの子達と同じところに行こう!
「短期特訓コースですね」
女の子達にこっそりついていくと意外とお洒落で高級感と清潔感が漂う建物がそびえ立つ。もっと汗臭い修練場をイメージしていたけれども、最近の学校はおっしゃれだね。そう思いながらも学校の門をくぐり、道中に入学案内の看板を見つけたため、その指示に従いながら学校の奥へと進むと、礼服を着こなしている職員の人に出会う。
あたしは事情を職員の人に話し、入学希望である事を伝えつつも紹介状を出すと相手はすぐにこの学校の制服を持ってきてくれた。
「それではこちらに着替えて下さい。早速始めましょう」
学校の職員の人から、先ほど着ていた女の子達と同じ衣装を手渡された。しわ一つ無く、綺麗にたたまれている。
触った感触が良く、凄いすべすべしてて、いい生地使ってるんだろうなあと思いながらも今着ている服を脱ごうとした時。
「制服と教材費用あわせて二百万ゴールドになります」
「あ、あれ。紹介状渡したと思うんだけれども」
「ええ、ですから入学金三百万ゴールドは不要になります。後、国王直々の紹介状を持っておられるという事は、申し訳ありませんが家名を教えていただいてもよろしいでしょうかお嬢様」
う、嘘でしょ!
あの紹介状って全部タダになるんじゃないの!?
しまった、紹介状の中身確認してなかった。何て書かれてたんだろう。
しかも貴族か何かと間違われている……。
うう、二百万ってあたしのお給金の何十年分になるのかな?
高すぎるよここ。
「そんな大金、持ってないです……。あと貴族とかでも無いんです」
あたしの弱気かつ事実である言葉を聞いたとたん、笑顔で丁寧な対応していた職員の人の顔色がみるみると変わっていく。
「はあ? 冷やかしですか? こっちも暇じゃないんですよ。この学校は伝統と実績があり――」
その後は堰を切ったように職員の人からお説教と、この学校の良さ、そして選ばれた人しか通えない、まあお金持ちって事なんだろうけども。多分、何のためにもならない事を数時間ほど聞かされた後、紹介状は偽者と疑われて、調べるとか言われて没収されたまま学校から追い出されてしまう。勿論、お気に入りの制服は貰えるわけもない。
どうしよう。紹介状を無くしちゃった。
やばい、凄くヤバイ。
うわあああん、どうしようどうしよう。このままじゃエミリアがとられちゃうよー。
一人で強くなるなんて絶対無理だよ!
こうなったら一度風精の国に帰ってラプラタ様に助けを……。
そう思った瞬間、城でサラマンドラ国王の言葉を思い出す。
「御前試合が始まるまでにこの国を出たら、お前は逃げたと見なし、この娘は貰うぞ」
だ、駄目だ、もう終わりだ。今度こそどうしようも無い。
嫌だ、こんな形で終わるなんてあんまりだよ!
何とかしないと。
あたしは恥も外聞もなく、手当たり次第に武術の学校や修練場へ行って事情を話すが、どこも大金がかかったり、そもそも十日では無理と言う返答しか来なかった。
そうやって無為に時を過ごし、あたりはすっかり夜の闇に包まれてしまっていた。
「どうしよう。お金、全部エミリアに預けてたから、宿に泊まる費用もないや」
まさかこんな事になるとは正直想像もしていなかった。
ラプラタ様の言ってた曲者ってこういう事だったのかな、やる事全部裏目に出ているし。本当どうしよ。
途方に暮れる事しかなく、適当な物陰で休憩しようと何気なく裏路地へ入ると、物がぶつかって壊れる甲高い音と共に、近くの家からあたしと似たような年齢の男の子が出てきた。
「こんなクソみたいな修練出来るか! 俺はもう来ないからな!」
「おい待て! ったく、最近の若い者は根性が無さ過ぎる」
男の子が捨て台詞っぽい言葉を扉の中へ放った後、今度は別の男の人が出てくる。男の人はさっきの子を呼び止めようとしたらしいけども、既に居なく、軽く舌打ちをして家の中へ戻ろうとした時、あたしと目があい、しかめっ面のままこちらをじっと見つめる。
「なんだ? 借金取りか? 金なら無いぞ?」
なんか目を離したら駄目かなと何と無く思い、互いが互いをじっと見ている時、男の人は表情を変えずあたしに話しかけてきた。
年は騎士団長と同じか、少し上くらいかな。火竜の国の人らしく日に焼け、鍛え上げた肉体をさらし、少し黒ずんだ小汚い腰巻を纏っている。
というかどうしたらあたしが借金取りに見えるんだろう。
「さては家出娘だな? しゃーないな、一晩だけ泊めてやるよ。入って来い」
また変な勘違いされている、胸の記章が見えないのかな?
でも泊まるところなかったし、ちょうどいいや。泊めて貰おう。変だけども悪そうな人じゃなさそうだし。
あたしは男の人の呼びかけに頷いて答えた後、家の中におじゃまする事にした。
家の中に入り、まずあたしを歓迎してくれたのは、異様なまでの汗臭さだった。
この人こんなに汗っかきなの?
うう、臭い。
あたしはなるべくこの嫌なにおいを体内に取り込まない様にするべく、鼻呼吸をしないようにしつつ、部屋を見回してみる。
食器は洗ってなくて流し台の中に置き去りのままだし、部屋の隅っこにはでっかいくもの巣がはってあるし、壁はヒビだらけだよ、そのうち崩れそう……。うーん、お世辞でも綺麗なんて言えないや。
これじゃああたしの宿舎より汚いよ、何だかとんでもない場所にお招きされちゃったなあ。
「いくら治安が良くなったとはいえ、こんな夜にうろついていたら危ないんだぞ?」
すっかり家出娘扱いになっている。
あたしってそんな風に見えるのかな、確かにエミリアみたいにしっかりしてないけども。まあいいや、とりあえず今日はここに泊めて貰って明日どうするか考えよう。
「まあ、説教は俺の柄じゃねえからこれ以上は何もいわねえよ。適当に座れや、ホットミルクくらいは出すぞ」
ふと気がつくと呆れ顔でこっちを見ていた。いろいろ考え事しながら聞いてたから、たぶん何を言っても無駄みたいに思われたのかもしれない。
「お前、ここの国の者じゃないな? 国境をまたいで家出したのか?」
「家出じゃないよ! あたしは風精の国騎士団に所属している騎士だよ」
もう、いい加減家出娘じゃないって事解ってよ!
思わず反論しちゃったけども、うーん、今更だけど騎士って宣言しても何の得もないや。
「ほう、確かに鎧着てるしな。あっはっは」
結局、あたしが何者かなんてどうでもよかったんだよね。考えたり怒ったりしてる自分が馬鹿らしくなってきたよ。ふう。
「それで、騎士様が一体なんでこんな場所にいるんだ? 国には帰らないのか?」
いきなり真面目そうな顔をして、あたしの事を聞いてくるから、別に隠す事でも無いと思い、今日あった出来事をこの男の人に話した。
「十日は確かにきついよな、御前試合っていったら集まるのは歴戦の猛者ばかりだしな」
一通り話を終えると、少し冷めたホットミルクを飲んでカラカラになっていた口の中を潤す。部屋は汚いけど、意外とおいしい。あたしが飲み物の味に満足している時、話を聞いてくれた男の人は難しそうな顔をしながら、まるで唸るように一言感想を告げた後、黙ってしまう。
やっぱり十日なんて無理だったんだよ、なのにあの国王ったら無茶な事言ってきたし。でも、それなのに最初に行った制服の可愛い学校はあたしに武術を教えようとしていたという事は……。
やっぱり、大金払うだけの価値はあったって事だね!
でも二百万ゴールドは無理だなあ、……二百万あったら何しよう。
きらきら星亭のデラックス山盛り苺パフェをお腹いっぱい食べるとか!
じゅるり。最近甘いもの食べてないから恋しい。
「そんなに、そのエミリアって子を守りたいのか」
「もちろんだよ! あたしにとって、かけがえのない人だもの」
今はそんな事を考えている場合じゃない、エミリアを助けるんだ。
あんな横暴国王の好き勝手になんか絶対にさせない!
一人でも修行して強くなるんだ。
「正直、十日で御前試合に勝てるほどの実力をつけるなんて不可能だ。それでも頑張ってみるか?」
「え? どういう事?」
思わず聞き返しちゃったけども、どういう事だろ。
頑張るなんて当たり前じゃん!
今のままじゃ絶対に勝ち目ないんだから、何してでも強くならないと。
「一応、こう見えても剣を教えている。さっき最後の門下生に逃げられてしまったけどな。どうも最近の流行は優しく褒めて教えるらしいが、俺にはあわん」
う、うそお。
我ながらなんて都合がいいんだろう。実は運がいい……なわけないよね。良かったらそもそもエミリア取られていないものね。
でも、こんな絶好のチャンス見逃す訳無いじゃん。もうあたしを拾ってくれそうなところなさそうだし、この人に教えて貰うしか!
「お願いします! あたしに剣を教えてください。十日だけでもいいんです!」
あたしは精一杯頭を下げて、この男の人に頼み込む。頭を下げた時に、勢い余って机の角にぶつけたらしく、ごつんといい音がなったと同時にあたしのおでこが酷く痛み出す。
が、がまんがまん。痛いけど今はお願いしなきゃ、きっとこれは神様があたしにくれたチャンスなんだよ!
「解った。女の子だからって手加減はしないぞ? 辛かったら好きな時に逃げてくれていい」
や、やった!
何とか剣を教えてくれる人を見つけられたよ!
明日から頑張ろう。そして御前試合は絶対に勝つんだ。




