第十二話 火竜のお后さま
王都へ到着し、どきどきしながらもあたしはエミリアに連れて行かれる形で、どこにも寄らず城へ向かう。赤褐色の石で出来た門をくぐり、近くに居た見張りの兵士に事情を話すと、僅かな時間待たされた後に難なく謁見を認められ玉座の間へ通される事になった。
きっとこういう任務は数多くこなしてきているから、慣れているのかも。
うーん、何だがあたしって何もやっていない気がすると言うか、何もやっていないんだけどね。はぁ。
あたしはエミリアの何の淀みも迷いも無く、テキパキとした対応に感心しつつ、自分の不甲斐無さにため息をつき、奥へと進んでいく。
城の中も門と同様の素材で出来ており、暖かさと言うよりは暑苦しい印象の方が強い。
階段を昇っていき、あたし達を案内してきた兵士は一際豪華な石の扉を力強く押して開ける。
「この奥に国王が居られます」
エミリアは案内してくれた兵士に軽く会釈をした後、扉の奥へと入る。エミリアの笑顔を確認した兵士は自分の持ち場へ戻るため、来た道を戻っていった。
部屋の中へ入ると、あたしの視線の先には一際豪華な椅子に座り、頬杖をつきながらぎらついた目でこちらを見ている男が居た。
間違いない。その人こそがラプラタ様が曲者と言っていた、この国の王だ。
格好は町にいた人たちと同様に半裸だけども、外から見えている皮膚は光沢がある鱗のようなもので覆われていて、お尻からは丸太の様に太い尻尾が生えている。
半獣半人は少なかれ居るって事は知ってたけれども、実物は初めて見たよ。
隣にいる側近っぽい人も、筋肉質な体から察するに鍛えているのだろうけど、国王があまりにも立派な体格なせいで小さく見えてしまう。
「遠路ご苦労だった。早速読ませて貰おう」
低く、お腹に響く声であたし達に労いの言葉をかける。物凄い迫力だ、万が一戦う事があったら絶対に勝てない。無事で終わりますように。ぶるぶる。
しかしエミリアはいつも通り振る舞い、側近へラプラタ様から受け取った親書を渡す。側近は中身を見る事もなく、直接国王へ手渡した。
何でそんな平然としていられるの?
怖くないの?
慣れているから、それとも根性があるからかな?
……両方かも。
国王は封を無造作に破り、中の手紙を読みだす。
途中まで呼んだあたりで眉間に深いしわが出来て、最後まで読みきると自身の大きく分厚い手で手紙を握り潰してしまう。
「ふははははは! これは面白い。ちょうど暇を持て余していた時だ、乗ってやろう」
な、なんなの。急に高笑いしちゃって、訳解んないよ。
そういえば、中身なんて書いてあったんだろ?
そんなに面白い事が書かれていた、なんて事は無いよね。
「おい、他には無いのか?」
「いいえ、他にはございません」
さっきの国王の言動で何かを察知したのかな、エミリアはいつの間にかいつもの穏やかな表情から、前に決闘をした時に見せた冷たい表情へと変わっていた。
声のトーンもいつもより低い気がするし、なんだよう!
解らないのあたしだけじゃん!
でもでも、エミリアがそんな態度をとるって事は、何か嫌な事が起こるのを察知しているからかも。
「何か忘れていないか?」
「私には解りません。では、失礼します」
頭を軽く下げたエミリアはあたしの手を強く引っ張り、強引に連れて行こうとしてくる。
急にどうしたのだろうと思いつつも、つまづいて倒れないようにしながらも何とか歩こうとするが。
「い、痛い」
「エミリア!」
ここから去ろうとした瞬間、複数の武装した兵士達はあたしとエミリアを引き離すと、彼女を取り囲み、両腕を握られ逃げる事が出来ないようにされてしまう。
「俺は強欲だ、欲しい物は全て手に入れる。一部の例外も無い、全部だ!」
何言ってるの、意味が解らないよ。
よっぽど強く握られているのか、痛そうな顔しているし、ここは騎士のあたしが守らないと。
火の国の王とかそんなん関係ないんだ、今はエミリアを助けるんだ。
「エミリアはあたしが守るんだ、これ以上エミリアに乱暴する事は許さないんだから!」
あたしは意を決して、大声で叫び兵士たちの注意をこちらへ向けると、腰に下げていた剣を鞘から抜き、両手で持って腰を落として構える。
これで兵士達をやっつけてエミリアを救出……まではいかなくても、注意をひいている間にエミリアが逃げてくれれば。
そう思い、体の震えを必死で止めようとしつつも、体勢を崩さずじっと兵士達を睨み続ける。
「な、なんで無視してるの! あたしが相手になろうとしてるんだよー!」
一瞬はこちらを向いたが、すぐに兵士たちはエミリアの方へ視線を戻す。
なにその態度、まるであたしなんて眼中に無いみたいな感じじゃない!
むううううううう、酷い酷いよう!
何でどうして?
確かに銅騎士の勲章つけているけれども、少しは警戒しなさいよ!
それとも、あたしがランク底辺って事が他の国にも知れちゃっているの?
「この娘は俺の花嫁、このサラマンドラ王の后となる女だ」
な、なにそれ。
使者として来たエミリアをいきなり自分のモノにしようとするの?
ありえないよ、そんな話馬鹿げているよ。
けれども、このままじゃ本当にあたしはエミリアを失ってしまう。
あの時、あたしはエミリアを守るって誓ったのに。
ごめんね、また約束破っちゃいそうだよ。
あたしは自分の心の暗い部分へ落ちようしていた時、僅かな時間、あの夜の事を思い出す。
エミリアが謎の痛みで苦しんでいる時に、この人を守ろうと誓ったあの時。
そうだ、諦めちゃ駄目なんだ。
エミリアはずっとあたしに優しくしてくれた。多分、恐らく、きっと、二度ともうそんな人は現れないと思う。だから、かけがえない人だから!
「あたしの命にかえてでも、あなたなんかにエミリアは渡さないんだから!」
無我夢中で何が何だか自分でも良く解らなかったけれども、気がつけばあたしはサラマンドラ国王の方を向いており、急に大声をだしたせいで喉が痛い。体はまだ震えているけども、ここで引き下がれない。
「ほう、腑抜けかと思っていたが、矜持を見せるか」
がーん、見抜かれていた。
結局勲章とか、ランクの事とかそんなの関係無くって、あたしからそういう駄目なオーラが出ているんだよね。はぁ、情けない。
「よかろう。ならば十日後に行われる御前試合に参加し、そこでお前の実力を確かめてやろう。試合の結果次第では、お前が大切にしているこの娘を返してやってもいい。そうだな、試合参加者を三人負かしてみろ」
何だか勝手に話が進んでいるし、というかそれって……。
ええええええええええ!?
御前試合って、王様の前で武芸を見せたりするあれだよね?
風精の国でもたまにやってるけど、ゴールド以上しか参加してるの見た事ないよ?
そんなのむりむり、絶対勝てるわけ無いじゃん。
「今の腕では一人すら無理だがな、せいぜいこの十日で強くなって来い」
何だがよく解らないうちに変な約束とりつけられてしまったし。
はぁ、どうしよう。
十日だけなんて絶対無理だよ。
でも諦めたらエミリアが……。
が、頑張ろう。絶対に取り返すんだ。あたしは負けないんだから!




