第十一話 枯れた花に恵みの水を
あたしは今、火竜の国へ向かう船の甲板にいる。風精の国から出るのは久しぶりだから、単調な波の音と海の匂いが妙に懐かしい。
今回のような他国が関わり、特に相手の国王に会うなんて責任重大な任務は基本的にゴールドやシルバーと言った上位ランクのペアが引き受けるはずなんだけども、なんでブロンズのあたしなんだろうと疑問を持っている。
エミリアと組んでから、二人のランクの平均をとっているのか、何の狙いがあるのかは解らないけど、リトリアとペアを組んでいた時とは比べものにならない程、任務の難易度と重要度があがった気がするようなしないような。
他のペアもそうなのかな?
やっぱりその人たちも同じ様に悩んでいるのかな。
そもそもあたしとエミリア、リトリアと白金騎士以外にもランクが両極端なペアがいるのかな?
まあ、今はそんな事悩んでいても仕方ない。
今悩むべきはこれから出会う火竜の国サラマンドラの王様の存在なんだよね。
過去にあたしは火竜の国へ何回か行き、そこで国の文化と言うか生活習慣と言うか、現地の人と触れ合ったりした事があって、その時に知った情報の中にはあたしも初めて聞いたときは驚いたんだけども、他の国では到底ありえない決まりがある。
今回の任務にもたぶんからんでくるその内容は、国王は特定の血族ではなく、数年に一度行われる武術大会の優勝者って事。
しかも、これから会う国王はその大会を十回も連続して優勝している!
そんな国王の姿をあたしは想像してみる。
滅茶苦茶強いって事は相当鍛えてあるんだろうね、きっと全身筋肉がむっきむきで、表情は鋭くって、うーん、怖そうだなあ。
ラプラタ様がくせ者って言ってたし、何か変なことされたらどうしよ。
エミリアだけは、何としてでも守らないとっ!
このおにゅー装備があれば!
そんな感じで、あたしが遠くにある水平線を見つめながらいろいろと考えた後に意を決していた時、客室からエミリアが現れる。
「シュウ、調子良さそうだね」
「当然だよ。エミリア特製装備があれば、誰にも負けない気がする!」
エミリアが、あたしのために作ってくれた装備を着ての初任務だからね。
前の装備は長時間着てたらしんどかったけれども、今は凄い楽でなんともない!
それにしても……、攻撃系の魔術も出来て、装備一式作れるくらい練成も思いのままでさらに治療も出来るとか、さすがランク一だよなあ。うーん、すごい。
「ふふ、頼もしいね」
それでこんな可愛くってきゅんきゅんさせちゃう素敵な笑顔できるもん、はぁ、完璧すぎてため息がでちゃう。
「あたしのパートナー続けてくれてありがとう」
そんなエミリアの穏やかな表情に感化されちゃったのかな?
何の脈略もなく思わずお礼を言ってしまった。いつもあたしの事を考えてくれてるし、感謝してもしきれないよね。
「いえいえ、私はシュウの事好きだから別にお礼される事じゃないんだよ?」
すきって!
今好きって言ったよ!
やったね、エミリアに好かれているんだ!
うれしいなあ、何だか照れちゃう。えへへ。
でも、どうしてそこまであたしの事好きでいてくれているんだろ。
嫌われる事はあったかもしれないのけど、別にいい事なんて何にもしてないのに。
「ねえエミリア、あたしのどこが気に入ったの?」
「うーん。素直で優しくって、あと頑張りやさんなところかな」
素直というか、あたしの場合は単純で解りやすいって意味だよね。特別優しいってわけでもないしなあ。
頑張り屋さんってのも、ただ必死なだけで。
そういえば、人に褒められたの、いつごろぶりだろう?
いつも失敗続きだった。何しても駄目で、地元の村でも他の子から馬鹿にされていた。
騎士の学校でも成績びりっけつだったし、騎士になってもやっぱりランク最下位だし。
こんなあたしでも、エミリアは好きでいてくれているなんて。
「ありがとうね、エミリア」
いつの間にかあたしの視界は曇っていき、濡れてしまい、必死でそれを隠そうと目を強くこする。
な、なに泣いてるの。だめだよ泣き顔見せちゃ、情けないよう。
でも、でも、何でだろう涙がとまらない。
「そうだ、客室に行こう。いいものあげる」
「うん」
何度も涙を拭いながら、あたしはエミリアの誘いに答えて、後をついていく。
あたしとエミリアが客室へ戻ると、椅子へ座るように言われた後にエミリアがあたしの髪をくしで解き始める。
「ちゃんと髪とかないと、折角綺麗な髪なんだからね」
「うん」
髪の毛、いじったのなんて久しぶりな気がする。
ここへ来た当初は見た目にも気をかけていたけれども、任務終わればどうせ整えてもぐしゃぐしゃになっちゃうから、諦めてそのままにしてたんだっけかな。
その結果、ぼさぼさになっちゃったわけだけども。
「はい、出来上がり。似合うね、かあいいね」
「うわあ、きれいー」
大した時間もかからないうちに終わり、エミリアから渡された手鏡で自分の首から上を見る。
放置されぼさぼさだった髪の毛は解かれてさらさらになっており、ハーフアップの結び目には幾何学模様の刺繍が施された鎧と同じ色のリボンがつけられていた。
髪型だけでここまで変わるものだねえ、ほうほう。
「いいの? こんな可愛いリボン貰っちゃっても?」
「うん、元々その装備にあわせる為に作ったし、激しく動くと髪どうしても邪魔になってくるからね」
なんだか至れり尽くせりだ。
あたしの為にいろいろと考えてくれて、過去のパートナーだった人たちもこういう待遇だったのかな。
「そうだ、この髪型の作り方、教えて貰ってもいいー?」
「うんうん、まだ着くのに時間かかるし、教えるね」
あたしは自分ひとりでも出来るようにエミリアにしてもらった髪型の整え方を聞いた。丁寧に、解らなくなっても諦めずに根気強く何度も教わり、実際に試しながら覚える事で物覚えの悪いあたしでも一人で出来る様になったと思う。
それでも少しだけ時間が余ったから、二人でいろんな髪型にして遊んで時間を潰す事にした。
「到着したね」
「うん。久しぶりに来たけど、風精の国より暑いかも」
新しい装備でかなり快適にはなっているんだけども、それ以上にここの気温と雰囲気が暑苦しい。
港町を往来する人々は観光客っぽい人を除けば大抵みんな半裸なのも、あたしがおかしいってわけじゃない事を証明してくれている。
「早めに親書を渡すように言われているから、休まずすぐに王都へ向かうけども大丈夫かな?」
「うん、早めに終わらせよー」
エミリアはあたしが暑さで参りそうなのも、お見通しなんだよね。ラプラタ様も急ぎでって言ってたし、すぐに渡して帰ろう。
大したことないじゃん!
今回はらくらく任務でよかった。
あたしとエミリアはお互いに笑顔を見せた後、港町を出て火竜の国の玉座がある場所、王都へと向かう。
「ねえねえ、エミリア」
「うん? なにかな」
あたし達が今歩いている大きな街道は、人の往来も多くて町の外なのに活気がある。ここなら安心だろうと思い、気になっていた事を歩きながら聞いて見る事にする。
「ならず者を退治する任務の時、すんごい攻撃だったけれども、あれってなんだろ? 後、フロレンスさんとの決闘でも使ってた攻撃魔術、あれも凄かったね」
「えっと、最初の任務の時は私は捕まえる目的で罠をしかけておいたの。でも万が一に備えて、もう一つ罠をはったんだけども、シュウに渡した小粒の魔法石渡したよね? あれがもう一つの罠の起動させる役割があったの」
まさかあたしを庇うところまで先読みしてて渡したとか?
ううん、エミリアならそれくらい考えてやりそう。
それも凄いんだけども、あんな短い時間で二つも罠をしかける事が出来るなんて!
決闘の時だって、フロレンスさんの攻撃があと少しってところまで迫ってたのにあっさりと破っちゃったし。流石だなあ。
「決闘の時に使っていたのは、私もよく解らなくて、自然と出来る様になってた。使うと少し立ち眩みするから、あまり使わないように、とっておきにしているんだけどね」
ええっ、覚えたり教えて貰ったりしたんじゃないの?
て、天才だ。
あれだね、なるべくしてナンバーワンになったって感じだね。
あたしは、改めてエミリアの凄さを再確認しつつ、そんな人のパートナーである事に少しだけ自信が持てた様な気がする。
でもそれって、人任せであたしの力じゃないじゃん。
はぁ、やっぱり駄目なあたし。
「実は、過去の記憶が無いの。気がついたら、ラプラタ様と一緒に過ごしていた」
どういう事なんだろう、てか凄い事実聞いちゃったよ!
過去の記憶が無いって、という事はエミリアって何者……?
ラプラタ様との関係も実は全くの他人?
「じゃあ、ラプラタ様は本当のお母さんじゃないの?」
「そうかもしれないし、違うかもしれないね。私も聞いたんだけど、はぐらかされちゃったから、結局聞けなかったよ」
こ、これ以上は辞めたほうがいいかも。
エミリアも笑顔だけどなんか寂しそうだし、何だか聞いちゃいけない事聞いてしまった。
嫌われちゃったかな?
がーん、きっと嫌われた。エミリアに見捨てられたら、あたしは!
「嫌いになったかな?」
「ううん、とんでもない! こっちこそ変な事ばっかり聞いてごめんね。あたしはエミリアの事、変わらず好きだから!」
何でエミリアがそんなに申し訳なさそうなの!
あたしが聞いたらいけない事を聞きまくったせいなのに。何とか取り繕わないと、思わず好きとかいっちゃったけども。
むう、どさくさ感半端無いし、火事場泥棒みたいな自分が嫌だ。
「ふふ、ありがとう」
それでもエミリアは、いつもの優しくて穏やかな笑顔をあたしに見せてくれる。
どうやら嫌われていなかったみたい、よかったー。
自己紹介の時に失敗したのに、学習能力無さすぎ。
馬鹿すぎるよあたし。もうこれ以上変な事言わないでおこう。
エミリアの笑顔に救われたあたしはそれ以降、当たり障りの無い世間話や、自分の過去の失敗談を話しつつ、歩みを進めた。




