第九十九話 魔王の娘のこれから
今頃シュウちゃんのランクアップ式典が行われている頃かしら?
エミリアは多分、リリスの魂の供養をしているかもしれないわね。
今私は、生活に最低限の物しかなく、蝋燭の僅かな明かりのみが周囲を弱々しく照らし、扉は封印の魔術が施されており開く事が出来ない部屋の中に居る。
破滅の女神の封印解除を父親である王の許可なく行い、魔界を騒がせた罪により私は城内の一室へ幽閉されてしまったのだ。
処分が決まるまでは出られないようになっているけれど、はっきりいって退屈の一言に尽きる。
本の差し入れくらいされてもいいのに、まるで私が居る事が忘れられたかのように誰の来訪も無い。
眠るのも、風精の国がどうなっているか想像するのも、そろそろ飽きてきたわね……。
「実際に見に行ってみようかしら? この程度の封印なんか……」
私が封印されている扉を強引に破壊しようと試みるが、寸でのところで踏みとどまる。
ここで脱出するのは容易だけれど、脱獄者という汚名を与えられて死ぬまで追われる人生なんてつまらないもの。
ふう、やはりここで大人しくしていたほうがよさそうね。
それにしても、私への処分はどんな内容になるのかしら。
下手をすれば世界が滅んでしまう。そんな危険な事をしてしまったのだから、やはり極刑かもしれない。
しかし、王妃であるお母様と先王であるお爺様を救出した功績と恩赦により、私にとって最悪な事態にはならないと思っている。あくまで予想だけどね。
「失礼します」
これから受けるであろう処遇の内容の考察に楽しみを見出していた時、扉は封印が解けると同時にゆっくりと開いていく。
現れたのは、国王の近衛兵だった。
王の直轄の兵士達なだけに、身なりもしっかりしていて実力もあり、信頼も厚く礼節を知る者ばかり。
罪人とはいえ、私を王族としてちゃんと扱ってくれるという事かしら?
「ラプラタ様、国王がお呼びです。ご同行願います」
「ええ」
さあ、いよいよ私の命運が決まる時。
私はあえてゆっくりと余裕を見せつつ立ち上がり、迎えに来た兵の後を着いていく。
部屋から出るときに手枷をつけなかったのは、私が絶対に逃げ出さないと思っているからかもしれない。
いろいろと考えつつも、大した時間を経たずして玉座がある王の間へ到着する。
目の前には先程の兵士と同じ格好をした悪魔が数名と、難しそうな顔をしながらこちらの様子を窺っている国王、そしてそんな国王とは対に優しい笑顔で私を見守ってくれている王妃が座っていた。
私はゆっくりと二人へ近寄り、ある程度距離を詰めると跪き頭を下げる。
「さてラプラタよ。お前の処罰を言い渡す。詳しい罪状は今更言うまでもなかろう」
「はい」
お母様の表情から察するに、どうやら極刑は免れた事を確信しつつ、お父様から告げられる言葉を一言も漏らさないようにする。
ならばどんな罰が下されるのだろうか?
「これより十五年、このパンデモニウム及びゲヘナへの出入りを禁ずる。意味は解るな?」
ええお父様。あなたの真意、伝わりました。
騒乱の首謀者を国の中枢から離す事で周りの者へ配慮し、私がこの魔界での姫としての役割、高官としての職を罷免する事で自由の身にさせたいのですね。
本当に私をここから追放したいのであらば、期限を設けないだろうし、思っていた以上に軽い内容でよかったわ。
それとも、お爺様に強く言われたからかしら?
「以上だ。荷物をまとめ、可能な限り早急に立ち去れ」
「はい。解りました国王……、いいえお父様」
実の父親の、粋な図らないに安堵しつつ、私は立ち上がり一礼するとその場からゆっくりと去った。
それから数日後。私は今、地上にいる。
しかし昔と違い、ここがどこなのかは知っている。
左右には草原が広がっており、時折吹く風で草がゆっくりなびく。
後方には狂毒竜と呼ばれているドラゴンの住む場所があり、前方には見慣れた城と街が見える。
私は戻ってきたのだ。風精の国へ。もう一つの居場所に帰ってきたのだ。
「さてと、城へ戻りましょうか。皆も心配しているでしょうし、仕事も溜まっているでしょうし」
ふふ、何だか自然と笑顔になってしまうわね。
罪を償うために故郷から一時的とはいえ追放されたのに、我ながら不思議な気分。
胸躍る気持ちを面に出さないよう、私は風精の国の都へと向かった。
道中知っている人達にも会い、その度に私の心配や挨拶をしてくれる。
当たり前の事なのだけれど、そんな何気ない言動に喜びを感じていた。
こうなる事をお父様は気づいていたのかもしれないわね。
「遅かったな」
「……正直、あなたがここにいるのは予想外だったわ」
執務室へ帰ってきた私を待っていたのは、しわだらけの青白い顔に灰色の長い髭を生やした、真っ黒なローブを羽織っている老人だった。
何故デウスマギアがここに?
そう疑問に思ったが、それも僅かな間をおいて自己解決してしまう。
「例の件、終わったようだな」
「ええ、シュウちゃんかエミリアに聞いたのかしら?」
「聞かなくとも解る。二人とも遠くから見ただけだが雰囲気がまるで違う。特にエミリアは最早別人だ」
流石は風と時の賢者と呼ばれる人間ね。鋭すぎて悪魔である私ですら寒気を感じる。
虚勢や脅しなんかじゃなくて、本当に会話をしなくても事情を理解しているみたいね。
さて、そうなると次に聞いてくる事は……。
「お前はこれからどうするのだ? 人の振りをして宮廷魔術師長を演じ続けるのか?」
やはりそう来たわね。
元々彼は私が地上で高い地位である事に反対をしていた。
大いなる厄災を討伐する為、世界を救う為の暫定処置として高官の座を譲ったわけだから、聞かれるのは当然ね。
ならば私は……。
「演じ続けるのでは無くて、本当にこのまま地上に人として過ごそうかなと思っているわ」
自分でも不思議なくらいにここへ戻ってきた時、安心感があった。
ゲヘナから追放されてもこの場所があればいいとも考えていた程に、ここが私にとって拠り所となっている。
そんな気持ちに気づいてしまったからだ。
でも彼は許してくれないでしょうね。
……名残惜しいけれども、仕方ないわ。
「ふむ、悪魔でもそういう感情を持つのか?」
「あら変かしら? まあ私は悪魔と人間のハーフだからかもしれないわね」
意外すぎる返答だった。
そんなに私の思いがおかしいのかしら?
彼にとって悪魔とはどういう存在で、どんな定義がされているのか?
「案ずるな。もう表立って行動する気は無い。それに代わりと目は用意してある」
意味深な言葉を残しつつ、まるで煙が散って何事も無かったかのように、彼は杖をつきながらたどたどしく執務室から出て行ってしまった。
代わりと目とはどういう事なのだろうか。
ともあれ、私は認められたみたいね。
何だか張り詰めていた気が抜けて、ほっとしたせいか小腹がすいたわね。
可愛い子を観賞ついでに、デザートでも食べようかしら?
そうなると、あそこしかないわね。
私は鼻を鳴らすと、机の上の乱雑に置かれた書類を一箇所にまとめた後、きらきら星亭へと向かった。
「あれ? ラプラタ様! 戻ってきたのですね。よかったあ!」
「お久しぶりです。無事で何よりです。ふふ」
店内へ入り、中を見回すと金色の記章を付けた、私のよく知っている三人と目が合う。
「あ、ラプラタ様だ。お久しぶりです」
「エルちゃんもお久しぶりね」
皆私の帰りを待っていてくれて、そして心から喜んでくれているみたい。
こんな可愛い子たちに歓迎されるなんて、本当に戻ってきて良かった。
そんな温かくて穏やかな心地よさを感じていた時、ふとエルちゃんの雰囲気が違う事に気づく。
「エルちゃん、どうして魔眼を解放しているのかしら?」
彼女の奥の手である魔眼解放。
その力はエーテルの流れを読み、公式や計算を超越したエーテルの増幅と減衰が行えると本人から聞いた事がある。
でもなぜ今それを解放しているのかしら?
まさか、シュウちゃんの悪魔化やエミリアの天使化がばれてしまった……?
「お爺様に言われたのです。魔眼を使い慣らすために、常時発動しておけと」
その一言で、私はデウスマギアに言われた言葉を理解する。
自身の代わりというのはエルちゃんの事で、目というのは彼女が持っている魔眼というわけね。
そして彼が前線を退いた理由は、私が少しでもおかしな行動をすればエルちゃんの力でばれてしまうという事。
それは私だけではなく、シュウちゃんやエミリアにも向けられているという事。
つまり、常に監視されているってわけね。
あの老人。相変わらず曲者というか、侮れないわ……。




