第九十八話 救われぬ者達の鎮魂
私にはやらなければならない事があった。
それを成す為、シュウと風精の国から船を使い水神の国へ向かい、そこからさらに馬車を使って地霊の国へ向かい、険しい山を越えて目的の場所に辿り着く。
「ね、ねえエミリア。本当にこんなところに来ちゃってもいいのかな……?」
私のパートナーであり最愛の人は、不安げな表情をしつつ私の腕にぎゅっと強くしがみついている。
無理もないよね。だってここは……。
「うん。ここであってるよ」
草木は枯れ果て大地は腐り、目の前は常に有害な気体を放ちながら、水面を泡立たせている毒の沼が広がっている。
果てしない程の長い年月が過ぎても、変わることの無い風景。
私の無数にいる兄弟達が眠る場所。
そこはリリムと一つとなった時に見た、リリスが最期を迎えた所だ。
今は禁忌の場所と呼ばれており、誰も近寄ろうともせず、国ですら管理を放棄してしまっている。
「そういえば話を聞いて気になってたんだけども。世界を滅ぼそうとしていたのはリリスじゃなくってリリムだったって事でよいのかな?」
「うーん、ちょっと違うかな。リリムは真実を知り、この場所へ辿り着いた時に酷く悲しんだの。そして報われない魂を救済するべくお墓を立てて母親と同じく天使達から離脱し、自らがこの場所に一生留まって慰めようとしていた」
不思議な感覚だった。
本来は私の記憶じゃないはずなのに、まるで自分の事の様に覚えているし、他の誰かに語る事だって出来る。
これもリリムと一つになったからかもしれない。
そう思いつつ、私はシュウへと説明を続ける。
「だけど兄弟達の魂はリリムと出会った瞬間、彼女と無理矢理一つになったの。そして生まれたのが復讐に燃える悪魔リリスだった」
「ほおほお……」
「力の大半は破滅の女神の力を制御する事で使い果たして、改めて兄弟達が世界を滅ぼそうとする事は出来なくなったけれど」
私は最後の戦いの光景を思い出しながら話していく。
破滅の女神を取り込んだリリスが倒れる前、灰色の液体を撒き散らした。
あれこそ、兄弟達の魂だったのだ。
「せめて彼女がしたかった、魂の救済をしたいと思ってね」
「エミリアって優しいなあ」
今まで怖がっていた私のパートナーが、私に感心の眼差しを向けながら言うと、腕から離れてその場で軽く跳躍する。
「よーし、もう怖がらないもん! リリムの兄弟って事はエミリアの兄弟でもあるからね!」
「ありがとね。ふふ」
戦いの後、私はシュウにリリムと一つになった事を告げた。
あれだけの大事をしようとした存在を受け入れたから、今度こそは嫌われるかもしれないと思っていたけれど、大好きな人に隠し事はしたくないという気持ちの方が上回ったからだ。
しかしその事を聞いたシュウは、明るい笑顔のまま過去に私が天使である事が解った時と同じく、私は私だと言ってくれた。
その言葉はとても嬉しかった。
私が傷ついた時に慰めてくれたり、いつも私の事を大切に思ってくれている。
今まであなたと一緒で良かったし、これからもずっと一緒に居たいと心から思える。
どんなに感謝してもしきれないよ。本当にありがとうね。
私は温かい気持ちのまま、沼地へとそっと手をかざす。
復讐という冷たい感情に長い間捕らわれ続けた魂たちへ、今のこのぬくもりを分けてあげたい。
他の誰かを憎み怨む事しか知らない兄弟に、他の誰かを愛する事を少しでも伝えることが出来れば……。
「ソレナラバオマエニモオシエテヤル。ボクタチノ、コノヤリキレナイオモイノスベテヲ!」
「な、なに!? どこからきこえてきたの!」
シュウはうろたえているけれど、この声は間違い。沼から聞こえたものだ。
そう確信した時、声の聞こえた場所が盛り上がり、女神の体から出てきた灰色のドロドロとした液体が私へと降りかかってきた。
「え、エミリア!」
こうなる事は予想していた。
リリムを受け入れ一つになるという事は、彼らも受け入れるという事。
底なしの憎悪を抱く、憎しみに捕らわれた無数の魂との融合。
「大丈夫……?」
大した間も置かず、私は兄弟と一つになった。
シュウは震えた声で私を心配してくれているが、私は意識を集中し目を閉じて耳を澄ます。
「ナゼソコマデニンゲンヲカバウ? アイトハナンダ?」
「教えてあげるよ」
先程沼から聞こえた声が、頭の中に響く。
私は敢えて声に出し、彼らの疑問に答えると目を見開き、シュウの方をじっと見つめる。
「ねえシュウ。私の事、愛している?」
「え? う、うん。当然だよ! 何を今更言ってるの!」
「みんな聞いたよね? これが答えだよ」
しかしまるで返事が無い。
言葉では納得してくれないのかな。やっぱり実際に体験させないと駄目って事かな。
「シュウ、こんな場所じゃ盛り上がらないと思うけれども、ごめんね」
「へ? 何? どういうこ……うぐぐっ!」
私は戸惑うシュウのくちびるを無理矢理奪い、深い口づけをしてお互いの唾液を共有する。
彼らは私の中に入った。だから私が感じている事も、私の気持ちも全て解るはず。
誰かを堕落させるためじゃない、本当に心から好きな人とこういう事をする温かさと心地よさを、知って欲しいの。
「はぁ……、エミリアっていつも強引な気がするよ」
程よくシュウの体温を感じた私は近づけていた顔を離すと、シュウは少し笑いつつも困り顔で話しかけてきた。
「ごめんね」
「あたしだって解ってるよ。でも一言、言って欲しいな」
その後、私とシュウは再び口づけを交し合い、お互いの思いの深さを確かめあうように何度も何度も、幸福な時を過ごし続けた。
やがて行為はエスカレートしていき、私もシュウの事が愛しくて愛おしくて、まるで二人の純粋な気持ちが交じり合い一つになるような錯覚を感じはじめた時……。
「静まったのかな? 続きはやっぱりベッドのある場所がいいもの」
「そうね。とりあえずは様子見って感じかな。私がシュウの事、好きでいるうちは大丈夫だと思うよ」
「じゃあずっと大丈夫だね!」
「ふふ、そうね」
昂る気持ちを抑えつつ、気を取り直した私はこの大地を天空術で浄化し、リリムとリリス、そして兄弟達の墓を立てた。
約束、ちゃんと果たしたよ。お母さん。
そして宿に戻った私とシュウは……。
「はぁん……、んっ……」
「んんっ、えみりあ……」
あの時の興奮を思い出し、一日中イチャイチャし続けた。
それはとても幸福で、気持ちいい。大好きなあなたのぬくもりがこんなに愛おしいなんて。
ずっとあなたの側に居たい、シュウと一つになっていたい。




