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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
最終部「暁天編」
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第九十五話 リリスの過去 ~純潔の乙女~

 私が迷おうと、今までの事に疑問を持とうと、リリスの記憶はそれら感情を無視して流れ続ける。 

 それら私に見せられた光景は、どれも意外な物だった。

 リリムと名づけられた子供が天使ラファエルの庇護の下、すくすくと育っていき、人間であるにも関わらず他の天使達とも仲睦まじく過ごしているのだ。

 前世の私も、少し境遇は違うが人間の子供を天使達の住まう世界、天界へつれてきた事はあったが、ここまで友好的ではなく、むしろ差別し迫害する声が大きかったのだ。

 この時代のままだったら、あの子ももっと別の生き方があったのに……。


 それにしても、リリスが残した言葉の意味は何だったのだろうか?

 リリスが産み落とした最後の子リリムは、何不自由なく生活している。

 これが真実なの?

 私に見せたかったのはこの穏やかな日常だったの?

 彼女の言葉の真意を探ろうと、流れるリリスの記憶を見ながら考えている時。


「ふん、所詮は不潔なモノから生まれし存在の子。いつまでもこの聖なる大地に居れると思うな」

 一体の心無い天使が、リリムに向かって悪態をついている光景を目の当たりにする。

 リリムはその言葉に対し、不思議そうな眼差しを返すだけだった。

 やはり全ての天使が人間に対して良い感情を持っているわけではないらしい。


 それからさらに日は進み。

「ねえラファエル様、私のお母様はどんな人だったのです?」

「とても素晴らしい方ですよ。あなたの事を一番大切にしていました」

 リリムの何気ない質問に、ラファエルは穏やかな笑顔のまま答える。

 特別気にする事もない、そう思いつつ流れていく記憶の情景に意識を集中しようとした時、周囲がぴたりと止まると同時に再びリリスが私の目の前に姿を現す。


「私はあの時言われた一言がずっと気になっていた。お母様は何をして、どういう人なのか? どんな生を送って、何故私をおいて死んでしまったのか」

 しかし、私の目の前にあわられたリリスは違っていた。

 今までの妖艶なリリスでも、先程見せた優しげなリリスとも違う。

 そのリリスは見た目こそ今までと同じだが、とても儚く悲しい光を目に宿していたのである。


「他の天使に聞いたけれど、誰も具体的なことは答えてくれなかった。だから私は自分なりにいろいろと調べていったの」

 彼女が憂いの色を含めた言葉を聞いた私は、自身が抱えていた疑問の全てを解消する事が出来た。


「……それで、母親が受けた呪いについて知ったのね」

「そうだよ。全部知ってしまった。最初は戸惑ったし、その後も天使達や人類の祖であるアダムを憎み続けた」

 彼女の気持ちは痛いほど解る。

 あなたが人間や天使を憎み、怨むのも私が否定するは出来ない。

 だけども、やっぱり。


「ねえリリス、いやリリム……だよね? 私と一つになったなら、あなたも見たはず。人は一人じゃない、必ず誰かが待っててくれている。だから……」

 戻りたい。親愛なる騎士のところへ。

 あの人がいる場所へ。

 そして私として、エミリアとして、シュウの側にずっと居たい。

 この思い、魂を共有しているのならば彼女も解っているはず。

 こんなにもシュウの事が愛しくって、だからここで立ち止まっているわけにはいかない。

 帰らなければいけない。何とか解って貰わないと。


 私が必死に説得を試みようと話し始める。最初、リリスは目を閉じながら私の話を聞いていた。けれどある程度話した後、ゆっくりと一息吸って吐くと、再び見開きこちらを見て語り始めようとしてくる。

 その時の彼女の表情は、恨みの炎に焼かれて苦痛に満ちた顔でも、憎しみの涙で濡れて悲しみに染った顔でも無い。

 かつてリリスが最後にリリムを産み落とした時と同じ、とても穏やかな笑顔だった。


「ええ、知ってる。それ以上いわなくっても解るよ。いつまでもあなたを拘束していられないよね。お行きなさいもう一人の私。……いいえ、風精の国の魔術師エミリア」

 その言葉を聞いた私は、妙な違和感を持つ。

 私とリリムは一つになった。

 それなのに、リリムは私の気持ちを予め理解していたのに、私は彼女の思いが解らない。

 主人格を奪われ、意識の深層にいたせいなのだろうか?


「あなたと一つになって解ったの。本当に心から人を愛する温かさ、そして愛される温もりを。それは性の快楽なんか比べものにならない程に心地よくて貴い」

 今のリリムには過去私が対峙した時のような、邪気や狂気と言った類の雰囲気は一切感じない。

 これで本当に解決したのかな……?


「だから、私もあなたになってこれからもずっと感じていたいの。大丈夫、この体はあなたのものだよ」

「リリム……」

 これで私はリリムと一つになって、目が覚めたら皆に全てが終わった事を告げれば。

 でも何だろう、この感じ……。


「ソウハサセナイヨ。ボクタチノフクシュウハ、オワッテイナイ」

 全てが解決しようとしていた時、私のもやもやとした思考に答えるかのように、幼い子供の声がどこからか聞こえてくる。

 その声はどこかぎこちなく、生気を感じない。


「この声は……?」

「いいから早く! あそこに見える扉を潜ればリリスの呪縛を解く事が出来る! さあ急いで!」

 今まで穏やかに話をしていたリリムが、血相を変えて静止した風景の一部を指差す。

 リリムが示した方向には、とってつけたような明らかに不自然さがある扉があった。

 私は訳も解らないまま、必死な彼女に従いその扉を開けて入る。


「最後に、あなたと一つになれてよかった。これでもう……」

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