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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
最終部「暁天編」
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第九十三話 成長した少女の折れない心

「ぐっ……、え、エミリア。何するの……」

 今までぐったりとしていて全く動かなかったエミリアの目が急に見開くと、魔術で周りの悪魔達を吹き飛ばした後、あたしへ馬乗りになり首を絞めてきた。

 その手は妙に冷たくとても力強く、表情にいつもの優しさは欠片も無く、恍惚と怪しさに満ちた笑みでこちらを見下している。

 く、くるしい……。

 なんでなの?

 どうしてこんな事をするの?


「ごめんねシュウ、私は人間がいかに酷くて醜い生き物って事、知ってしまったの。だからそんな下賎な種を絶滅させなければいけない」

 そんな迷いも、エミリアの禍々しい光を宿らせた真紅の虹彩を見て確信へと変わってしまった。


 それでもあたしは諦める事が出来なかった。

 あたしは首にかかった手を振り解こうと、エミリアの手首を強く握り引き離そうとする。

 今までいろんな修行を受けて鍛えた甲斐があったのか、エミリアの手をあたしからじりじりとゆっくり離れていき、エミリアの体を突き飛ばして何とか体勢を整える事に成功する。


「ねえエミリア、そんなにあたしを殺したいの? そんなに人間が嫌いなの?」

 あたしのエミリアはいつも強くって頼もしくって、どんな逆境だってひっくり返してくれる。

 今までだってそうだったし、ついさっきも破滅の女神をエミリアのお陰で倒す事が出来た。

 だから今回もめげないし、あたしは折れない。


「お願いだからエミリアに戻ってよ!」

「戻る? 私は私。シュウの大好きなエミリアだよ。今までと違うとすれば、リリスと記憶を共有した事で真実に目覚めただけだよ」

 こんなに必死に訴えているのにエミリアは何事も無かったかのように立ち上がり、服についた砂埃を手で軽く払いつつこちらへと話しかける。

 どうしてそんな笑顔で言うの?

 なんでそんなに誇らしげなの?

 真実って何なの?


「もう無駄だ。リリスとなった者は元々の人格を支配され、魂はリリスと一つになってしまう。私が過去にした洗脳とは訳が違うんだ」

 今まで傍観していたヘンタイ天使は、あたしの肩にそっと手を置き話しかけてくる。

 その声は今まであたしに接してきた軽いノリとは真逆に、とても重く胸に圧し掛かる。


「いやだ! 絶対に嫌だよ! あんたのいう事なんて……」

 ヘンタイ天使の言葉に対し、肩にあった手を払い、振り向きながら否定の言葉を投げかけようとする。

 しかし、彼の今まで見たことも無い寂しげで悔しそうな表情を見てしまったあたしは、彼に話しかけるであろう言葉を最後までいう事が出来なかった。


「ずっと一緒って言ったよね? エミリアの魂と融合したのなら、エミリアの記憶や人格だって残っているって事だよね? ねえ答えてエミリア!」

 ヘンタイ天使が諦めたって、もう手遅れ(・・・)だって認めても……。

 そんなのあたしは納得いかないよ!

 こんなのってないよ!

 きっとエミリアがまだ残ってて、強く訴えればきっと帰ってくるはず。


「シュウ。リリスと一つになるとね、とっても気持ちいいの。あなたとした(・・)時よりもね」

 しかしエミリアは、あたしの願いを裏切るように息づかいを荒くさせ、頬を赤らめ虚ろな眼差しのまま、まるでリリスと一つになった事に満足しているかのような思いを示した返事をしながら自分自身を強く抱きしめる。


「んんっ、我慢出来ない。ウフフ」

 エミリアは甘い言葉を吐き出しながら邪な笑みをこちらに見せつつ、自身の短いスカートのたくし上げて下着の中へ指を忍ばせて動かし始める。

 こ、こんな時に何をやっているの……?

 嫌だよ、あたしのエミリアをそんな風にしないで!


「……リリスと一つになるとね、体が熱くなって気持ちが昂って抑えられないの」

 あ、あたしのエミリアが壊されていく、汚されていく。

 大切な人が、あたしの大好きな人が、あああああ!

 お願いだからやめて!

 そんなのあたしは見たくない!


「もうやめて! あたしのエミリアに何するの!」

「はぁはぁ……。人間は嫌いだけどもシュウは特別だから、私が感じている気持ちいい事と同じ事をいっぱいしてあげる。ほら、こんな風にね。フフ……」

 リリスとなったエミリアは下着の中を弄っていた指を出し、それをあたしへと見せ付けてくる。

 こんなエミリアなんて、もう嫌だよ……。

 これ以上、大好きな人がおかしくなっていくなんて耐えられない。


 どうしようもなく悲しいし、悔しい。

 今まで築きあげてきた大切な何かが、目の前でぐしゃぐしゃに壊されていくような底なしの不快感があたしを支配し、それにより吐きそうになってしまう。


 けれども辛うじて堪え、泣きそうになるのを必死に押し殺した。

 あたしが弱気になっちゃ駄目だ、あたしが何とかしないといけないんだ。

 ラプラタ様やラプラタ様の家族、ヘンタイ天使ももう余力は残ってないだろうし、正直あたしだって立っているのが精一杯だけどエミリアの事だもの、あたしがやらなきゃいけない。


 だから、負けないし泣かない。

 あたしが諦めちゃ終わりなんだ!

 絶対にエミリアを取り返すよ。あたしは折れないんだから!


「……? どういうことなの?」

 あたしは泣きそうになりながらも下唇を噛んでエミリアを見据えると、腰に下げてあった剣を鞘ごとエミリアがいる方向へ投げる。

 エミリアは、何がしたいのか理解出来ずに首をただかしげているだけだった。

 剣は地面へと落ち、その時に生じた金属音だけがこの魔界の大地に虚しく響く。


「あたしはそんなのいらない。エミリア以外の人とえっちな事はしたくない。そんなに人間が嫌いになったら、それでまずあたしを殺しなよ」

「な、何を言っているのシュウちゃん!」

「柱め、血迷ったか……!」

 そんなにおかしな行動だったのかな。頑張って考えたんだけどもなあ。

 ラプラタ様とそのお父様が後ろから何だか凄い焦りながら話しかけている。

 でもね、あたしはこんな事しか出来ないの。

 心配かけてごめんね、不器用でごめんね。


『私はとても臆病で、何も出来ないけれど、それでもあなたの側に居たい思いを募らせて』

「何をしている……?」

「この歌は、建国記念祭の時の……?」

 ただ無我夢中にエミリアを戻したいと強く願っただけで、あたしは自分でも意識してやったわけでもなかった。

 でも胸の中がとっても熱くなって、まるで体が燃えちゃいそうな時、大きく息を吸った後にかつて建国記念祭でエミリアとリーネちゃんが歌っていた歌を口ずさみはじめる。


『どんなに辛い事があったとしても、挫けそうでも、この気持ちに嘘はつけずに、ただ、あなたの優しい笑顔だけを見ていたい』

「気でも狂ったか! ええい、こうなれば再び封印を!」

「いけませんお父様! もうこれ以上悲しい思いを繰り返さないで下さい。それにもう封印術を使える余力なんてないでしょう?」

 後ろでラプラタ様と魔王が言い争っている最中、エミリアはあたしが渡した剣の鞘をゆっくりと抜きつつ、あたしへと近寄っていく。


『このまま隣に居たいと願うけれど、無情にも引き離されてしまい、私とあなたは、運命の女神の悪戯にもてあそばれる』

 それでも歌う事をやめず、ゆらりゆらりとこちらへ迫り来るエミリアの顔をしっかり見据えながら、あたしは今まで大好きな人と過ごした日々を思い浮かべる。

 初めての任務の事、火竜の国へ行った事、きらきら星亭での初デートの事……。


『それでもずっと、私はあなたの事を思い続けよう。そして――』

 ヘンタイ天使にさらわれたり、あたしの修行に付き合ってくれたり、地霊の国で一緒に前線へ行き戦ったり、悪魔に取り憑かれたリトリアを救ったり、あたしが自分の過去に負けそうだった時助けてくれたり。

 いつもいつも、あたしはエミリアに頼りっきりだったね。ごめんね。


『これからもずっと一緒に居よう。この思い、永遠に続きますように』

 だから、今度こそはあたしがエミリアを救うよ。

 必ず、あなたを元に戻してみせるからね。


「建国記念祭でエミリアとリーネちゃんが歌ったの覚えている? あれからこっそり練習してたんだ。でもやっぱし二人に比べたら下手くそだね、えへへ」

 何とか歌いきったけれども。

 うーん、やっぱり照れくさいなあ。もうちょっと練習しておけばよかったかもねえ。

 気持ちは熱いまま、妙な達成感に満足している時にエミリアは表情を変えず、ゆっくりとあたしへと近づいてきて剣を振りかぶってくる!


「あたしの大好きなエミリアは、どんな時でも優しい笑顔をしてくれて、いつも余裕があって、何でも出来て美人で巨乳で、もうとにかくぐうの音が出ない程の万能完璧超人なんだ!」

 でも気持ちは伝わって欲しい。

 あなたを思う気持ちに、ずっと変わりは無い。

 あたしは叫び終わると再び大きく深呼吸して、自らエミリアの方へと歩みより、そして……。


「あたしのエミリアは、リリスなんかに負けないんだー!」

「シュ、シュウちゃん……?」

 髪を留めていたリボンを解き、そのリボンを強く握り締めつつ叫びながら、彼女の頬へと拳を叩きつけ振り切った。

 振りかぶろうとしていたエミリアの動作は止まり、顔と身は軽く仰け反った。


「……知らないだなんて言わせないよ。あなたがあたしを思っている気持ち知ってるもの。あたしはあなたの親愛なる騎士だから、ずっとあなたを信じている。絶対に負けないって! 必ず戻ってきてくれるって確信している!」

 その言葉を言い終えた直後、握り締めていたリボンが強く輝きだし、光の粒へと変化していく。

 光の粒はひらりと飛んでいき、今まさにあたしを切り捨てようとしていたエミリアの胸の中へと吸い込まれていった。

 な、何が起こったの?

 さっきの光はなんなの?


 あたしが困惑している最中、エミリアはこちらを振り向き目が合う。瞳の中には今まで邪悪な光と雰囲気が消えて、いつもの穏やかで優しい輝きが戻っている事に気づく。


「……ありがとうね」

 一言、力なくお礼を言うと、エミリアはあたしへ抱きかかるように力なく倒れてしまった。


「元に戻ったの? しっかりしてよエミリア!」

 あの様子はリリスじゃなかった。あたしの気持ち届いたのかもしれない。

 でも、やっぱり殴っちゃったのはまずかったのかな?

 エミリア、目を開けてよ。お願いだから目を覚まして!

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