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9.魔王様、圧倒です

北海道に出張に行ってました。5月なのにありえないほど寒かった……

そして帰ってきたら5月とは思えないほどの暑さ

おそるべし日本

「ふふ、楽しみだね。私は服を溶かすのは得意だよ? 例えそれが鋼鉄製でも」


 ぶよぶよと宇宙に漂う緑色の3メートルほどの物体。魔霊将軍ネルソンが不敵に笑うが、ヴェルリオの搭乗者達は困惑していた。


『お、おい……あれも一応敵……なんだよな?』

『多分……しかし随分弱そうな奴だな』

『そうね。けど何故かしら、背筋が凍る様な雰囲気がするわ』


 見た目が見た目なだけに困惑する彼らだが、邪魔をするなら排除するまでだ。各々の武器を向けるがネルソンは不敵に笑う。


「ほう、攻めかね? 成程、相手側の快か――立場を理解するためにもたまにはそういうのも良いかもしれんな。私はこう見えても上昇思考なのでね? 常に上を。常にハイな方向へイク事を信条と――」

『隊長!? あの化け物から危険な雰囲気が!?』

『撃て! 良くわからんがあの気持ち悪い奴を撃て!」


 ネルソンに対し、色々な意味で危険を感じたヴェルリオの搭乗者達が一斉に引き金を引いた。ヴェルリオのDATEライフルが光りを放ち、ネルソンへと突き刺さる。着弾と共に閃光が走り、ネルソンのスライム状の身体が弾けていく。

 だが、


「おおう!? これは中々……蒸発してしまったよ?」

『なっ……!?』


 ヴェルリオの搭乗者達は己が目を疑った。今しがた攻撃した謎の生命体、つまりはネルソンだが多少体積は減ったものも、未だ健在なのだ。それどころかその半透明の体躯に何やら光を蓄えている。それはまるでこちらの攻撃を溜めているようにも見えて――


「ではお返しだ」


 その緑色の体躯をぶよぶよとうねらせたかと思うと、弾けるようにしてその身が広がる。同時に中に蓄えられていた光が拡散した光弾となってヴェルリオ達に叩きつけられた。


『くッ!?』

『散開、散開だ! 油断するな、囲めぇ!』

『この野郎!』


 光弾の直撃を受け2機が撃墜。さらに他の機体も傷を負ったが健在だ。ヴェルリオ達はネルソンを囲むように上下左右に展開していく。そしてその内の一機は右手首に内蔵されたDATEブレードを展開した。手首から無色透明の刃が伸び、そしてそれが光を放つ。


『これでどうだ!』


 急接近したそのヴェルリオは更に両脚にマウントされていたミサイルを放つ。放たれた計6発の小型ミサイルがネルソンに叩き込まれた。


「ほう?」


 ぶよ、とネルソンが動いたのも束の間。叩き込まれたミサイルが爆発しその光がネルソンを包む。そしてトドメとばかりにヴェルリオはその爆発の中へと突っ込んでいきDATEブレードを振るった。


『これで!』


 確かな感覚。そして発光。DATEブレードに斬られた敵が真っ二つに割れたのを確信し、ヴェルリオの搭乗者は笑みを浮かべた。そして敵の亡骸を見極めようと今しがた己が刃を振るった先へとメインカメラを移した時だった。


 べちゃり


『…………え?』


 モニターの半分が突如緑色に染まる。何が起きたのかと思うより早く、そのモニターがブラックアウトした。メインカメラが破壊されたのだ。


『な、なんだ……!?』

「いやあ、自ら近づいてきてくれるとは有り難い」

『!?』


 頭に響く声。同時にモニターがサブカメラに切り替わりそして見た。今しがた自分が切り裂いた敵。その緑色の不気味な物体がヴェルリオの腕に付着しているのを。いや、腕だけではない。脚、胴体、そして頭部にも敵は付着している。機体の状況を知らせるモニターが機体各所の異常を伝えている……!


「やはり受けより攻めの方が性にあっているね? それに君たちの使うこの兵器、中々に溶かし甲斐があるっ!」

『ひっ!?』


 頭に響く不気味な声と共にコクピット内にアラートが響き渡る。サブカメラも死んだのか、モニターは今度こそ何も写さなくなった。慌てて機体の状況を確認すると、脚、そして頭部の状況を示す表示が次々に死んでいく。

 いったい何が起きているのか。恐怖に駆られる中、搭乗者は奇妙な音を聞いた。それはまるで何かを焼いているような奇妙な音。じゅわ、ともしゅわ、とも言い難いその音は次第にあちこちから聞こえはじめ搭乗者を包んでいく。


『な、なんなんだ!?』

「ナニとは……ふふ、興奮するね?」

『ひっ!?』


 そして遂にその音はすぐ頭上からも響いてきた。慌てて上を見上げた搭乗者は声を詰まらせる。

 コクピットの上部。そこが徐々に溶けてゆき、そしてそこから緑色の何かが滴り落ちてきたのだ。


「ふむ……男か。外れだったが仕方ない。なあに、私は溶かすときは男女平等だから安心したまえ。女性だと私が愉しいけれどね」


 べちゃり、とその緑色の粘液がパイロットスーツに滴り落ちると、スーツから蒸気の様な物があがりそして溶け始めた。その光景に。そしてそのスーツの下にある自分の肉体もそうなっていくのかという想像に搭乗者は顔を青ざめていく。


『た、助けて!? 助けてくれ! 誰か、誰かああ!』


 恐怖に駆られ通信を繋ごうと機器を叩く。だが聞こえてきたのは予想外の声だった。


『う、うわあああああ!? なんだ、なんなんだよ!?』

『嫌っ。近づかないで……こんなの、こんなのって……!?』

『誰か……誰か助け―――』


『そんな………』


 聞こえてきたのは今の自分と同じ悲鳴。意味が分からず思わず自らを蝕もうとする緑色の粘液に視線を向ける。


「助けは無いとも。君以外も私の分身が絶賛溶解中だ。君が景気よく私を爆散させてくれたお蔭で飛び移る事ができたからね。……む? どうやら女性を当てた分身も居た様だねおのれ羨ましい……っ! 全部私自身だけどね!」

『あ……あっ……ああああああああああああああああ!?』


 遂に粘液はスーツを溶かし肉体まで辿り着いた。その現実に搭乗者が絶望の悲鳴を上げ、半狂乱に暴れはじめる。だがそれはもう遅い。


「はははは、そう悲観することも無い。君はただ死ぬのでなく私の養分となり礎となるのだ。つまりこれからは君も服を溶かすことの快感を感じる事ができる! だがそうだね、最後位は選ばせてあげよう。上と、下。どちらが先が良いかね? ………ふむ。自分で言うのもアレだがこの言い方は中々に……エロい!」


 最後まで意味が分からないまま。ヴェルリオの搭乗者はネルソンによって包み込まれていった。




「ふむ、ガルバザルもネルソンもやっている様だな」


 ヴィクトルは宇宙で腕を組み胡坐をかくという、何とも形容しがたい格好で己の部下の様子を確認していた。

 遠くではガルバザルがヴェルリオを追いかけまわしては噛み砕き、尾で叩き潰し、爪で引き裂いている。一方ネルソンは敵機に飛び移り、それを溶かすことで自らの身体に取り込み体積を増やしては更なる敵機へと迫っている。その圧倒的な力に、そして異常性に敵は混乱している様だった。その様子にヴィクトルは満足そうに頷いた。


「くくくく……」


 そうだ、これなのだ。これこそが魔王軍のあるべき姿なのだ。確かに、確かに普段は少々ふざけているし頼りないような気もするしこいつら頭大丈夫なのかと思う時もある。だがそんなやつらもひとたび戦となればこうまで頼もしいではないか。どれ、ここは魔王として部下の頑張りを労うのも務めだろう。

 ヴィクトルは耳元の通信機に触れる。この通信機とやらも便利なものだ。別にこんなものが無くても離れている相手との会話手段は魔術にも確かにある。だがこれの良いところは魔力を使わない所だ。この広い宇宙空間。ヴィクトルの様に強大な魔力を持っているのならまだしも、そうでない者やあまり器用でない者達にとってはそれは難しい。特に今は戦艦から射出され大分離れているのだ。ヴィクトルや四天王相手なら必要ないが、戦艦に居る部下達と話す為にはこちらの方が都合がいい。これなら相手からもいつでも連絡できるからだ。

 ならばガルバザルやネルソン相手には通信機は必要ないという事にもなるのだが、それは別の話だ。単純にヴィクトル自身が使ってみたいという戯れの意味もある。

 ヴィクトルはうむ、と頷くと通信を繋げた。


「ガルバザル、調子は良い様だな」

『ふはははははははは! 脆い、脆いぞ! やはり我が一等賞であるか!』

「おいガルバザル」

『むう!? これがみさいるという奴か! 我を追ってくるとは面白いがその程度の速度とは笑止千万! どおれ、追いついてみせろ!』

「ガルバザ――」

『ふははははははは! 追いつけまい? これぞ邪龍大帝ガルバザルである! 最速最強の龍の力である! ふははははははははははは!』

「…………」


 いや、いいのだ。今回はちゃんと仕事しているし? ちょっと位エキサイトしてこちらの声が聞こえていないだけだろう。うん、そうなのだ。問題は無い。大丈夫だ。ああそうだとも。

 ヴィクトルは気を取り直してネルソンに通信を繋げることにした。


「ネルソン、首尾はどうだ?」

『ふふふ、良い、実にイイね! 君達の兵器は中々溶かしにくいがだからこそ興奮する! やる気が出てくる! その中身が女性だと私のやる気も数十倍だがね!』

「ネルソン、返事をしろ」

『君達のお仲間を大分溶かし、取り込んで私の身体も大分増えてきたよ! 金属を溶かしてきたからかな? 色も緑から鉛色に近づいてきたね? こう、硬くて太い感じの棒とかも作り出せそうな程に! …………エロい意味ではないよ?』

「オイコラネルソ――」

『ふむ、そうだね。こうまで来ると私の名前を変えるべきかね? もう私はただのスライムではないからね。体の半分がメタル化してきた事だしここはそうだね……今日から私はメタルスライ――』


 ヴィクトルは通信を切った。何故だかそうしなければいけない気がしたのだ。そして静かに目を瞑りうむ、と頷く。

 別に、別に良いとも。敵に恐怖を与えるのは定石だ。ネルソンも少々エキサイトしている様だが仕事は、仕事はしているのだ。だからちょっと位、ちょっと位蔑にされたって……


「って、言い訳あるかあああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ぶわり、と空気など無い筈の宇宙が揺れる。ヴィクトルの体躯から赤と黒の魔力が溢れだしそれが混じり合って形を成していく。


「この俺を……魔王たるこの俺を無視してそれぞれ勝手に盛り上がってるだと!? どこまでも自由にイカれた連中だ!? だったら俺だって好きにやらせて貰おうではないか!」


 やがて収束した魔力は巨大な大剣となって具現化する。黒い刀身に赤い紋様が浮かび上がるそれを構えヴィクトルは獰猛な笑みを浮かべる。丁度そこにこちらを発見したヴェルリオが近づいてきた。


「来い! 潰すのは簡単だが戯れだ! お前達に合わせてやろう!」


 接近するのは5機のヴェルリオ。それぞれがライフルの銃口を向けこちらを狙って光を放つ。放たれた5つの光をヴィクトルは虚空を蹴るようにして上方に跳ぶ事で躱す。


「打ち合え!」


 そして更に虚空を蹴る。その瞬間、足元で光が弾け、ヴィクトルはヴェルリオへと迫る。それに気付いたヴェルリオもDATEブレードを展開。ヴィクトル目掛けて振るった。

 激突。ヴィクトルが大柄な体躯といってもヴェルリオはその10倍程の大きさがある。だというのにヴィクトルは一歩も押されること無くそこに居た。


「ふははは! どうした!? まとめてかかってこい!」


 嘲笑と同時力を更に込める。不利を悟ったヴェルリオが刃を引き跳び退る一方で、別のヴェルリオがミサイルを放つ。


「ふん」


 こちらに向かうミサイル。そちらに向けヴィクトルが腕を振るうと赤い波動が放たれミサイルが爆散した。だがその爆発の中から2機のヴェルリオがブレードを構えてこちらに迫る。


「そうだ! それでいい!」


 ヴィクトルもそちらに向け飛ぶ。そして己が大剣を振りかぶりそして振るった。刃と刃がぶつかり合い閃光が走る。だが今度は先ほどとは違う。一機目のDATEブレードが一瞬で砕かれ機体が姿勢を崩す。そして返す刃で2機めのブレードも同じように砕かれた。動揺するヴェルリオ目掛けヴィクトルは笑みを浮かべ、


「砕けろ」


 刃を持つ手とは逆の手を向ける。その手から赤黒い波紋が放たれヴェルリオに直撃。2機のヴェルリオが宣言通り炎を上げて爆散した。


「む」


 そんなヴィクトルだが背後に感じる気配に油断なく振り返りつつ剣を掲げた。同時、背後から放たれていたライフルの光が剣と衝突し爆発する。更には上下からもライフルの光が迫る。


「接近戦は捨てたか。だが距離を取ろうと変わらんが」


 ヴェルリオ達は絶え間なく移動してはこちらを狙ってライフルを撃ってくる。接近戦で圧倒的な力の差を見せつけられた後ではその戦法は正しいだろう。だが例えそのライフルの直撃を受けた所で自分にしては痛くも痒くもない。当たってやる義理も無いが。

 再度虚空を蹴る。光をまき散らして飛び出したヴィクトルは縦横無尽に飛び回りこちらから距離を取ろうとしていたヴェルリオの一機へと肉薄する。慌てたヴェルリオがブレードを展開するより早く、その腕を切り裂いた。腕を切り裂かれたヴェルリオが後退する。だがそれを許さず接近し、その胴体に足をつけると、一気にそれを踏み抜いた。

 足に感じる金属がひしゃげる感覚。ヴェルリオは胴体を中心に拉げ、そして砕けた。


「脆いな……ん?」


 それをたいした感慨も無く見つめていたヴィクトルだが、残る2機がこちらに背を向けているのを見て眉を顰めた。


「逃げるか。まあ正しい選択か。---逃がしはしないが」


 逃げていく2機のヴェルリオ。その背へと切っ先を向ける。切っ先で赤と黒の光が交わりそれは渦を巻いていく。


「どうせだ。力の差を分かりやすく教えてやる」


 2機ヴェルリオ。その先に見えるのはそのヴェルリオ達が発進した母艦だ。ヴィクトルは切っ先をわずかに動かし、ヴェルリオとのその母艦が一直線に並んだ瞬間それを放つ。


「砕けろ」


 大剣の切っ先、その光が膨れ上がりそしてそれが砲撃の如く撃ちだされた。放たれた砲撃は逃げていくヴェルリオを容易く飲み込み一瞬にして破壊。更にはその先の母艦にまで届きそれを貫いた。貫かれた母艦は炎を上げバランスを崩したのも束の間、盛大な光と共に爆散した。


「さて、あとは一つか」


 己の戦果に満足し小さく頷くと、ヴィクトルは残る1隻の戦艦へ向かい飛んで行った。





「そ、そんな馬鹿な……」

「……」


 撃沈していく僚艦とそれを見た副官の呻き。その気持ちはシラスパスにも良くわかった。


「ここまでイカれた連中だったとはねえ」


 今までも特異種族は幾度と見てきた。身体能力を向上させる種族や未来予知をする種族まで様々だ。だがその全てを帝国は打ち破ってきた。例え個人の身体能力を上げようとおも、それを上回る力で叩き伏せ、未来を先読みしようともそれすら意味を為さないほどの暴力で押しつぶす。それが出来るだけの力が帝国にはあった。

 だがその帝国が、今その力によって叩き潰されている。これが悪夢以外で何というのか。


「ヴェルリオ隊も駄目か……」


 出撃したヴェルリオは20機。内3機は艦の防衛の為に残っているが、残りはほぼ全滅だ。

 ヴェルリオは決して軟弱な兵器ではない。整備の問題を度外視すれば半永久的に活動できるDATE搭載型兵器。多種多様の武器を扱え様々な戦場に対応する。そして人型である事で、同じような人型の生物に対して純粋なる威圧感を与えるのだ。同じような体の作りをした人型の巨大な兵器。その存在感も帝国の侵略活動に一役買っている。だがそれらも今の敵には全く意味が無い。その巨大な人型兵器が、より巨大な龍に噛み砕かれ、正体不明の化け物に溶かされ、そして同じ人型の生物に蹂躙されているのだから。


「……現状までに入手した全てのデータを本隊へ転送してくれ」

「艦長、それは……」

「撤退だよ。生き残っているヴェルリオを回収。即座にこの宙域を離れる。……逃がしてくれるとは思えないけどね」


 おそらく逃げる事は不可能だろう。だが最低限の役目は果たさなければならない。

 悲壮な覚悟を決めたシラスパスの眼にはこちらに向かって急接近する男の姿が映っていた。




「ふん、母艦も撤退か。まあここまで叩き潰されれば当然か」


 目指す母艦がゆっくりと後退を始めたのを見てヴィクトルは頷く。元よりこちらの偵察が目的でもあったのだから当然だ。


「ん? 偵察……」


 ふと思いつく。そして自分の思いつきに笑みを浮かべると通信を繋げた。


「ゼティリア」

『なんでしょうか、魔王様』


 つなげた相手はゼティリアだ。彼女はいつも通りの平坦な声で答える。


「こちらからこの通信機とやらで相手と通信が出来るのだよな?」

『はい。現在は全てシャットダウンしておりますが、こちらから通信を叩き付ける事は可能です』

「ならば繋げろ。沈黙会話(サイレント)精神感応(テレパス)でもいいがそちらの方が連中も理解しやすいだろうしな」

『成程。何をするのかおおよそ予想がつきました。少々お待ちを』


 ゼティリアが頷いた気配がする。それとは別にセラの声が入り込んできた。


『魔王、何をする気だ』

「簡単な事だ。なし崩しで始まったこの戦いだが、そろそろやるべきことをやっておこうと思ってな」

『やるべき事……?』

『準備が整いました。いつもで行けます』

「よし。ならば良く見ておけ。お前が今いる場所、魔王軍の在り方を」


 にやり、と笑うとヴィクトルは虚空を何度もけり、その度に加速していく。その速度は逃げていく戦艦すら追い越しそして目的の場所へたどり着くと止まる。そう、丁度逃げていく敵母艦の真正面へと。そして大剣を掲げた。


「聞け、アズガード帝国の者共よ! 我が名はヴィクトル。魔王ヴィクトル! フェル・キーガにて最たる力を持つ魔族である!」


 敵母艦から光が放たれる。それは一直線にこちらを焼き尽くそうと迫るがそれをヴィクトルは正面に張った障壁で容易く弾いた。


「自らの力を過信し、貴様らはこの俺の星に牙を剥いた! ならば俺も応えよう、貴様らの誇る力を上回る圧倒的な力で!」


 次に迫ってきたのはミサイルの群れだ。だがヴィクトルは避けない。これは宣戦布告などではないのだ。それはあちらが先にやった。こちらに砲撃をぶちかますという無粋な手段で。ならばこれはその返答。喧嘩を売ってきた相手に対して、自分達が何を相手取ったのかを理解させるための宣言。


「さあ思い知れ! 貴様らが誰に喧嘩を売ったのか。その身で、記憶で味わいそして仲間たちに伝えるが良い! この魔王の――力を!」


 掲げた大剣が形を崩し、元の魔力の塊となっていく。だがそれだけでは飽き足らず、更なる魔力を練り込みそれは強大な渦となってヴィクトルの手で踊る。


「さあ、これは記念の一撃だ。遠慮なく受け取れ!」


 この一撃に名前など無い。何せただの魔力の塊なのだから。だがそれ故に純然なまでの破壊に特化したその赤と黒が渦巻く暴力的な力の奔流がヴィクトルの腕から放たれ――


 敵母艦はその全長を上回る程の力の奔流に押しつぶされ、爆散していった。





「……次元が違い過ぎる」


 その光景にセラは戦慄を感じずにはいられなかった。

 最初はふざけているようにしか見えなかった魔王たち。だがその戦闘力が異常すぎる。単体でヴェルリオ達を圧倒したガルバザルとネルソン。そして戦艦を丸ごと打ち砕いたヴィクトル。いくらなんでも異常すぎる。こんな種族見たことが無い。しかも彼らはまだ余力を残しているように見える。だがそんな事が本当に……


「ありえるよーん」

「きゃ」


 突然背後からサキュラが抱きついてきた。豊満な胸が背中に押し付けられ、同じ女性で有りつつも恥ずかしさを禁じ得ない。だがサキュラはそんなセラに慈しむように微笑み、そっと耳に口を寄せた。


「ヴぃっくんもガっくんも。ネっちゃんもね、まだまだ本気じゃないよ? だって―――――相手が弱すぎたもん」

「っ!?」


 最後の言葉だけはぞっとするほど冷たく、冷酷に響いた。耳元に口を寄せられている為サキュラの顔は分からない。だが気配では感じる。この一見穏やかに見える魔族が、今は嘲笑している事が。


「ちょーと相手の武器も厄介みたいだけど、まだまだだねえ。あの程度じゃ壊れない。あの程度じゃ崩せない。これなら私達に喧嘩を売ってきた勇者達の方がまだ手ごたえあったかな?」

「なん、だと……?」


 あの魔王と互角に戦う勇者? そんな化け物がまだあの星に居るというのか? そもそもそんなものが次から次へと出てくるあの星は一体何なのだ?


「だからねせっちゃん。これは親切心で言うけど従うなら早めの方が良いよん? じゃないと大切な物が消えちゃうから」

「なっ!? 何故それを――!?」


 サキュラの言葉、それの意味することに気づき今度こそセラは身を震わせた。まだ魔王軍には話していない自分の秘密。自分が戦う訳。それは――


「相手を誘惑し、魅了し、そして意のままに操るのがサキュバスのお仕事だもん。その為にはちょーとくらい心を読んだりするんだよ~?」


 だから、と付け加えてサキュラは笑う。


「どうするにしても決断は早めにね? おねえちゃんはせっちゃんの事気に入ったから、後悔はして欲しくないのよねえ」


 それだけ言うとサキュラは体を離した。だがセラの背中には先ほど感じた肉感的な体躯の感覚。そして感じた悪寒がまだ残っている。どこか居心地が悪く視線をゼティリアに向けると彼女はいつも通りの無表情で小さくため息を付いた。


「まだまだですね」

「あれで、不満なのか」


 あれ程の力を見せてもなおこの少女は気に入らないというのだろうか。というかそもそも自分の主に対してのその評価はどうなのだろう。そんな事を思ったセラだがゼティリアは小さく首を縦に振った。


「まだ勉強が足りません。宣言自体は構いませんがやったのはヒャッハーして力を見せつけて自己紹介しただけ。もっと明確かつ端的にこちらの目的を伝えなければ。それに途中からいつものチンピラ喋りになりかけていましたし」

「……は?」


 何を言っているんだこの女は? そんなセラの疑問を余所にゼティリアはどこからともなく一冊の本を取り出した。そしてそれに目を落とす。このタイミングで読み始めるその本とは一体何なのか。思わず気になって聞いてみる事にすると、


「これですか? これは先代様が残した書物でヴィ――魔王様のあるべき姿を記した書物です」


 そう言って差し出された本。だがセラにはフェル・キーガの文字は読めない。そんなこちらを察したのか、サキュラはその表紙を覗き込み『へ~』と感心していた。


「何々・・・・・『良い(魔族)の魔王論~演説指南編~』だって」

「は……?」


 なんだそれは。というか良い(魔族)ってなんだ。

 意味が分からず、思わずゼティリアの顔を見ると彼女は静かに頷き。


「第三版です」

「魔族って一体……」


 セラは力もさることながら、魔族の考え方が理解できず一人頭を抱えたのだった。


色々ふざけている様でやっていることは結構容赦ない魔王軍の皆さん

まあ戦争だしね


因みに魔王論の元ネタは良い子の君主論という本です。

結構面白いのでおすすめ

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