4.魔王様、戯れです
「さて」
「どういうつもりだ」
場所は変わって、ヴィクトルとゼティリア。そして先ほどの女は広い空間に居た。広いと言っても高さはヴィクトルの身長にしておよそ10倍程。正方形に仕切られたそこはこの戦艦の訓練用の施設の様であった。
先ほどの後、威嚇に耐えた者達はそれぞれ別の独房に入れ、耐えられなかった者達はもう少し心を折ってから使う事に決定した。これはゼティリアの進言である。下手に復活されても面倒だからだ。素直に従う連中と違って、下手に反抗されるとその度に首輪に苦しむので実はあまり作業に向いていなかったりする。
そしてヴィクトルはこの女だけを連れてここに来た。その行動の真意が読めず、女は警戒心を露わにヴィクトルを睨む。
「どうもこうもない。ちょっとした戯れだ。俺と戦え」
「何……?」
益々女の警戒心が上がる。そして忌々しげにこちらを睨みつけた。
「ふざけた事を。貴様らに刻まれたこの刻印のせいで私達は逆らえないだろう。事実、私はこの刻印に抗い苦しんだ者を見ている」
女が首元をさする。そこには黒い刻印が刻まれており、それが件の首輪だ。そしてつい先ほども大男を一人気絶させた代物でもある。
「そうだな。だが逆らえないだけで戦えない訳ではない。俺が許せば攻撃は可能だぞ? そして俺は今それを許そう」
瞬間だった。
ヴィクトルの正面。数歩先に居た女が動きヴィクトルに掴みかかろうとする。だがそれより早く動いたゼティリアがヴィクトルの前に立ちふさがりその腕を止めた。
「……」
「……」
お互いの冷たい視線が交差する。
「魔王様、戯れも程ほどに」
「別にお前が止める程でも無かったと思うが」
「それでも止めるのが私の仕事です」
冷たく切り捨てるとゼティリアは女へと視線を戻す。
「いきなり仕掛けるとは、その勇気には敬意を。いえ、無謀というべきでしょうか。もし魔王様の言葉が嘘だったらどうするつもりでした?」
「その時は苦しめば良いだけだ。だが可能性があったのなら動いてみようと思った。そして成程、確かに攻撃は出来る様だな。なら、」
女が腕を引き、ゼティリアもそれを離す。そして引いたその動きを力に変え、片足を軸にして勢いを乗せた回し蹴りをゼティリアに放った。だがそれもゼティリアは容易く受け止めた。女が不審げに眉をひそめた。
「無駄です。貴方では魔王様はおろか、私にも敵いません」
「その様だな。だがこれでわかった。お前にも私は攻撃できるのだな」
「はい。先ほど貴方の攻撃を受ける際に許可をしました。そうでないと貴方が首輪の力で気絶してしまいますので。魔王様は貴方との戦いを希望しています」
「ありがたい話だ。だがならばその魔王とやらの目的は何だ? 私を痛めつけたいだけか?」
「いいや違う」
ヴィクトルは前に出るとゼティリアが腕を下し一歩引く。女は警戒心を棄てずにこちらを睨んでいた。
「戦力調査だ。お前らアズガード帝国の兵器の力もそうだが、そもそも個人の力が気になってな。俺が最初この艦に侵入してきた時は結構な反抗があったと思うが、先ほどの様子を見ると何とも言えない」
先ほどの独房で覚えてこちらを伺うアズガード帝国人達の姿を思い出し眉を潜める。
「……」
「お前らが使っていた武器は用意した。これで俺に襲い掛かってみろ。上手くいけば殺せるかもしれんぞ?」
「魔王様……」
「ゼティリアも動くなよ」
ヴィクトルが指を鳴らすと虚空からばらばらと武器が落ちてくる。そのどれもがこの戦艦を占領した際に敵から奪った武器だ。その形は様々であり、剣の様な物や銃の様な物。意味不明な形でおおよそ使い方が想像がつかない物など様々だ。どれにも共通しているのは全て金属の様な物質で出来ている事だろう。
「ついでに言うならばこれらの武器の使い方がいまいちわからないからな。お前を見て学ぼうと思った」
「つまり私で試そうと言うのか。それに態々乗るとでも?」
「お前が駄目なら他の連中でやるだけだ。だが、俺はお前と戦ってみたい」
「…………」
女は不審げに睨んでいるが、覚悟を決めたのか武器を手に取った。
彼女が手に取ったのは二本の剣。その剣は灰色の柄と無色透明なガラスの様な刃で出来ており、見た目は酷く脆そうに見える。だが、
「DATE起動」
「む?」
女がそう呟いた途端、その刃に変化が生じる。無色透明だった刀身に光が走り、紫電をまき散らし始めたのだ。
「成程。確かに最初にこの艦に入った時に襲い掛かっていた連中が使ってた時もその光を放っていたな」
「……行くぞ」
こちらの言葉は聞かず、女は再度こちらに迫る。ヴィクトルも己の腕に魔力を纏いそれを受け止めた。バチリッ、と紫電が舞い刀身の光が揺らぐ。
「ちっ」
女が舌打ちする。確かに腕には衝撃が走ったが、それだけだ。戦艦の攻撃すら耐えたヴィクトルからすれば造作も無い。だがそれでもヴィクトルは冷静にその威力を分析する。
(成程、魔力とは関係なしにたいした威力だ)
確かに自分に対しては有効ではない。だが下級魔族なら容易く切り裂くであろう程の威力がそれには込められている。どういった原理なのかは知らないがこれは脅威だ。
ヴィクトルは己が強大な力を有している事を理解しているが、だからと言って何もかも自分一人で出来るとは思っていない。そんな事をして勝利しても、後には何も残らないという事は、過去の魔王たちが証明しているからだ。
だが女からすれば忌々しい事だろう。何せ自分の一撃を素手で受け止められているのだから。
「っ」
女は背後に跳ぶと先ほどヴィクトルが放った武器の中から銃の様な物を拾う。
フェル・キーガにも銃はある。だが女が持つ銃はそれより大きく、そして緻密な作りをしている。手提げの鞄ほどの大きさを持ったそれは、銃口が突き出ているのは通常の銃と同じだが、その銃身は凹凸が激しく中央部は円盤の様な形をしている。そして女がその銃口を向け、引き金を引くとそこから光が放たれた。
「おお」
その光景に驚きつつ、ヴィクトルは先ほどと同じように腕で防ぐ。先ほどより強い衝撃が走り腕が痺れるが、やはりその程度だ。だがそれは女も承知だったのだろう。光を放つ銃を連射しながら接近すると、再度光る剣で斬りかかってきた。
放たれたのは下段からの逆袈裟斬り。ヴィクトルはそれを魔力を纏った鋭利な爪であえて受け止める。一瞬の膠着。お互いの視線が混じり合う中、女が銃を棄て懐から何かを取り出した。
それは長方形の箱の様な物だ。それも先ほどヴィクトルが放った物なので、銃を拾った時に密かに仕舞っていたのだろう。そしてその箱を女はヴィクトルに投げつけると、即座に離脱。刹那、その箱は紫電の光と轟音をまき散らして爆発した。
衝撃と爆音に部屋が揺れる。だがそれでも女は止まる事無く、再度拾った両手の剣で爆心地であるヴィクトル目掛け駆ける。そしてその刀身を突き刺すように炎の中に向け――
その刀身が炎から飛び出してきた腕に捕まれた。
「なっ!?」
「……中々に熱いな」
その腕の主、ヴィクトルは何とも無さそうに呟くと女を見て笑う。そして女が反応するより早く距離を詰めると掌底を放った。
「かはっ」
手加減はしたがそれでもかなりの威力を持ったそれを受けた女は吹き飛びそして床を転がっていく。だがそれでも倒れたままとはいかず、ふら付く体を何とか支える様にして直ぐに立ち上がるとヴィクトルを睨んだ。
「反則だな……攻撃が効かないだと……?」
「そうだな。俺も負けるとは思っていない。だが、それでも戦おうとしていたお前の気概は気に入った」
ヴィクトルは笑いそして女へと近づいていく。女は動くことも敵わないのか、それともまた別の手を探しているのか、油断ない瞳で睨みつけている。その視線を心地よく感じながらヴィクトルが女の正面に立った時だ。女が静かに口を開いた。
「だが、まだ諦めたとも言っていない」
「ほう?」
刹那、女の雰囲気が変わった。美しい紅の髪が揺らめき、まるで火の粉の様に紅い光の粒が煌めいた。そしてそこからは一瞬。
先ほどの爆弾と同じように密かに拾っていたのであろう。懐からナイフを抜くと、ただでさえ早かった先ほどの速度以上の動きで突きをヴィクトルへと放つ。
目前に迫る刃。それをヴィクトルは体を横に逸らす事で躱す。だが女の動きは止まらない。前に飛び出た勢いをそのままに床を蹴ると、更に前進。ナイフを持たぬ手の指を揃え、貫き手を放つ。狙われたのは脇腹。だが避ける事は難しくない。そう判断しながらも、ヴィクトルはあえてそれを受けた。
衝撃。およそ人のモノとは思えない力にヴィクトルの身体が浮く。そしてその隙を女は逃がさない。ナイフを引き戻すとそれを躊躇うことなくヴィクトルの頭部目掛けて突き刺す様に飛び上がった。女が動くたび、火の粉の様な光が舞い、彼女の紅の髪を際立たせる。
「これでっ!」
「終わりだな」
その光景を素直に美しいと思いつつ、その女が気合と共に突き出してきたそのナイフを見据え、ヴィクトルは笑った。
激突。
甲高い金属音が響き、そして女は目を見張った。それも当然だ。何故なら彼女が放った必殺の一撃は、ヴィクトルの口で噛みつくようにして止められていたのだから。
「なっ……!?」
「残念だったな」
そのあまりにも常識外れな行動に女が呆然とした隙に、ヴィクトルはその刃をかみ砕いた。そして空中で姿勢を崩した女の額を軽く指で弾く。
「くはっ!?」
ヴィクトルにとっては軽くても、女にとってはそうではない。彼女はバランスを崩し床に落ちていく。そしてそれを追うようにヴィクトルも悠々と着地する。女は額を押さえつつ、忌々しげにこちらを睨みつけていた。その様子を見てヴィクトルはうむ、と満足げに頷く。
「中々驚かされた。お前、名を何という」
「…………」
「答えろ。この俺の足を一瞬とはいえ床から浮かせた女の名前を知りたい」
「…………セラ・トレイター」
女はなおも睨んでいるが、一応は答えてくれた。その回答に満足しつつ、ヴィクトルはふと思いついた事を提案することにした。
「セラか。よし、俺のモノになれ」
空気が、凍った。
「…………は?」
「お前みたいな気概のある奴の方が後々役に立つ。それにお前はアズガード帝国の中でも強い方だろう? ならいう事なしだ」
うんうん、と頷くヴィクトルの前でセラは意味が分からないとばかりに噛みついてきた。
「待て……少し待て! 反抗的な態度ばかりだったから私は殺されるのでは無いのか!?」
「いや別に殺すとは言ってないが。第一戦力調査と先に言っただろ」
「それは口実で私を嬲る為に呼んだと思っていたのだが……」
「いやだからなんでそうなるんだ。俺とてそこまで悪趣味ではない。何度も言うがお前を呼んだのは戦力調査の為で、お前を選んだのは何となく気に入ったからだ」
「何を……そうか! 私を女として、道具として使う気か!? 魔王だ何だと言ってもやはりあの連中と同じか! だがただで済むとは思うな! 例え何をされようと、私は貴様の首を刎ねる!」
「誰が言ったかそんな事!? お前意外に妄想豊かな奴だな!? 第一この艦の連中を使うのは何もお前が初めてじゃないだろう」
「何……? どういう事だ?」
「ん?」
どうも話が噛み合っていない。疑問に思いゼティリアを見ると彼女は表情を崩さす『お言葉ですが』と答えた。
「彼女はずっと独房に居ましたのでこちらの状況は殆ど知らないかと。この部屋に来るまでも偶々ですがアズガード帝国人おりませんでした。それと魔王様の先ほどと言い方ですとその女の身体を貪りたくて堪らない性欲全開魔王とも読み取れます」
「ちょっと待て!? なんだその短絡的な発想は!?」
「魔王とエロはセットだと古から言われておりますので。あ、魔王様近づかないで下さい。触ると妊娠しそうですので」
「やかましい! 本気で引いた様な顔をするな!?」
一歩後ずさったゼティリアと抗議するヴィクトル。だが取り残されたセラが唖然とした顔でこちらを見ている事に気づき、慌てて気を取り直す。
「な、成程な、とにかく状況は理解した」
つまり彼女はアズガード帝国人が現在この艦で奴隷として扱われている事を知らないが故に妙な勘違いをしていると。ならば自分の名誉の為にも現状説明する必要がある。
「なら状況を見せた方が早いか。よし、ついてこい」
方針が決まれば行動あるのみ。ヴィクトルは踵を返すと出口へと向かっていく。その後ろ姿をセラが困惑気味に見つめているとゼティリアが小さくため息を付いた。
「あの方が突拍子も無いことはいつもの事です。とりあえず説明するにしろ一度見た方が良いでしょう。付いてきてください。武器は持ったままでも構いませんよ。貴方は魔王様以外には攻撃できませんので」
そう言うとゼティリアもヴィクトルを追っていく。後に残されたセラはしばし立ち尽くしていたが、首輪の事もあり逃げられないのを悟ると、仕方なく付いていくしかないのだった。