3.魔王様、囚人です
いくら嘆いていた所で、迷子の邪竜が戻ってくるわけでも大魔導ジジイが復活するわけでも無い。スライムの解凍が終わるわけでもサキュラのお産が早くなる訳でも無いのだ。
「そうだ……。落ち着くのだ俺よ。我が軍の存亡はこの俺にかかっているのだ」
「冷静になって頂けた様で何よりです」
ボロボロになった部屋――ミーティングルームを出たヴィクトルは若干疲れた様子で艦の廊下を進んで行く。その一歩後ろではゼティリアが無表情で付き添っていた。
二人が進む先ではあちこちで人間――この艦の元々居た者たち――と配下である魔族の姿が見える。その魔族の種類は様々であり、角や翼が生えているが人型に近いものから、目玉と翼しか生えていない者。蛇の様な体を持った者。そもそも体そのものが無く、黒い靄の様にして浮いている者など様々だ。そんな魔族の姿に人間たちは恐れと若干の興味を持ちつつも、首輪によって逆らえず与えられた自らの仕事に従事している。そしてその人間たちの首には刻印が刻まれていた。
「首輪は正常に作用している様だな」
「はい。今のところ目立った問題はありません。現在は艦のあちこちにある不明な部分を説明させている所です」
何せこの宇宙戦艦そのものがヴィクトル達にとっては未知の塊だ。それを知るためにも現在アズガード帝国人により色々と聞き取っているのである。
「ま、魔王様!」
こちらに気づいた配下の魔族の一声で一斉にヴィクトルに視線が向く。次の瞬間、配下の魔族たちは一斉に通路の左右に整列して頭を垂れた。そして奴隷化したアズガード帝国人達もそれに続く。恐らくそうするように配下達に命令されているのだろう。その光景を眺めて、ヴィクトルはうむ、と頷いた。
「見ろゼティリア。これが正しい魔王に対する反応だぞ?」
「そうですね」
「…………他にいう事は無いのか?」
「魔王様がもう少し魔王様らしくして下さりましたら考えます。例えばそのチンピラの様な口調の修正など」
「今更っ、あんな時代遅れの『~だろう』とか『余は~』とか言えと言うのか!?」
「それが魔王と言うものです」
「お前の中の魔王感が時たまわからん……」
はあ、とため息を付き、部下に手を上げてやりつつ先を進む。
「それで、実際問題こちらの戦力はどうなのだ。あの大馬鹿四天王は別として、本当に俺しか戦力が無い訳ではあるまい?」
「はい。ですが最も最優先されるのはやはりあの人型兵器ヴェルディオ対策と敵戦艦の砲撃対策です。現在本艦はシールドすら張れない状況ですので」
そういってゼティリアが手元の端末を弄ると魔王の目前にホログラフィックウィンドウが浮かび上がる。それを胡乱気に見つめつつ、ふと気になった事を聞く。
「先ほどから思っていたが、お前随分と順応していないか? さっきも今も、この奇妙な機械を使いこなしているように見えるのだが」
「必要でしたので。まだ完璧とは言えませんが必要だと思われる情報、そして機械の扱いは最優先で覚えています。ですが先ほども申した通り、不明な言葉が多く専門知識はまだまだ先になりそうです。現在は詳しい理屈はさておいて、使い方を理解するよう努めております」
「それはまた……お前が優秀で良かったよ」
「ありがとうございます」
実際、ゼティリアは優秀だ。初めての宇宙。初めての宇宙戦艦。そして未知の敵。それに対抗する為に色々と手回しをしているのはヴィクトルも知っている。そうでなければこんな巨大な戦艦等扱った事の無い魔王軍が、こうして無事に宇宙で航行することなど出来なかっただろう。
「ですが所詮は付け焼刃です。これから本格的な戦闘があることを考えますと、やはり敵の武器、戦術、戦略を理解した者が必要なってきます。何せ我々にとってアズガード帝国は未知の塊です」
「そこはお互い様だろう。だが確かにな……。この宇宙戦艦とやらは要は星を渡る船なのだろう? ならば船長やそれに準じた者は居ないのか?」
「確かに艦長や分析官等も居ましたがお忘れですか? ヴィクトル様がこの戦艦に乗り込んで真っ先にブチ殺されたのがその艦長や分析官達です。辛うじて艦の運行に必要な者は生き残っておりましたので、現在は例によって首輪を付けて艦の運行を命じています」
「ぬぅ……。ギャーギャーわめいて鬱陶しかったから思わずやってしまったが失敗だったか……」
「他にも主要なメンバーは居た様ですが、魔王様が本艦を占拠すべく艦内進行中にどさくさに紛れて逃亡しました。現在本艦に残っているアズガード帝国の人員はどれも位の低い者達ばかりの様です」
それはしまった、とヴィクトルも唸る。この戦艦を手に入れる為とは言え、内部に侵入して占拠する間に必要な人員は死ぬか逃げるかしていたとは。そしてその逃げた連中がこの戦艦が奪われた事を仲間に伝え、先の戦闘につながったのだろう。
「ならば、少しでも使える者を引っ張るしかないな。ど、なると独房か」
「…………確かに、戦闘と言う意味では独房に捕えた者達が最も適していますが、そもそも反抗的で役に立たないから押し込めている者達です。行くだけ無駄なのでは?」
ゼティリアが眉を潜め進言する。確かにそれは正論だ。だがヴィクトルはにやり、と笑った。
「構わんさ。一人や、二人、変わり者居るかもしれんし、居ないなら居ないで蹂躙して嫌でも服従させるだけだ」
「……そういうところは魔王らしいのですが」
意気揚々と歩いていく魔王の後ろで、ゼティリアは小さくそう呟くのだった。
「近寄るな、下種が」
「随分な言い様じゃねえか……もうこの先未来はねえんだ。だったら楽しもうぜ?」
「黙れ。これ以上近づいたら殺す」
「おうおう、やってみろよ、なあ?」
「…………なんだこれは」
独房は艦の下方にあるのはどうやら普通の船と変わりないらしい。そしてその作りも同じでいくつかの部屋に分かれて囚人が鉄格子によって閉じ込められている。
そしてその独房一つでは何やら騒ぎが起きていた。最初は配下の魔族が囚人を痛めつけているのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。ヴィクトルは看守役に声をかけた。
「これは何の騒ぎだ?」
「こ、これは魔王様!」
「少々、捕えた人間たちが争いを起こしておりまして……」
小柄な体躯に薄緑の体表。小さな角が生えたゴブリンと、それとは対照的に巨大な体躯とはち切れんばかりの筋肉。大きな角を生やしたオーク。両者が困った様な、飽きれた様な顔で首を振った。
「どうも捕えた雄どもが発情している様でして」
「それで仲間の女でそれを発散させようとしている様です。いやはや、人間とは呆れた性欲ですなあ」
「繁殖力が異常に高い貴様らがそれを言うのか」
「いやー実は我々既に妻子持ちなので」
「人間などに興味はありません」
「……そうか」
まあいい。魔族としてその穏やかさはどうかと思うが、ヴィクトルとしてもそもそも強姦等を許した覚えは無い。それが例え人間でもだ。
ちらり、と隣のゼティリアを見るといつも通りの無表情。だが若干だがその眼に嫌悪を秘めており、その視線に先には独房の中の男達が居た。
「あのー如何なさいますか魔王様」
「我々としては人間同士が勝手に争う分には正直どうでもいいのですが、たまに息子がここに私の仕事ぶりを見に来るんですよ。そういう時に教育上よろしくないので……」
「そもそも息子を独房に入れるな!? と言うか息子もこの艦に乗っているのか!? 出発するときに俺は言った筈だぞ、希望者だけついてこいと!」
何せ魔王軍全軍をこの戦艦に乗せる事は叶わなかったのだ。それにフェル・キーガを全く留守にするのも問題だ。人間たちもアズガード帝国の侵略は一度見ているので、そう早々と魔王軍討伐の動きを再開するとは思えない。そもそもその希望たる勇者はアズガード帝国の一撃で消し炭になったのだが。だがそれでも保険は必要だ。故に四天王には劣るものも、十分な力を持った配下達を中心にフェル・キーガには残してきているのだが。
「はい。ですので妻子共に希望しました。いやー星空……あ、宇宙と言うんですよね? それを妻子に見せてあげたくて……」
そう言って穏やかな、慈愛に満ち得た笑みを浮かべるオーク(肉食)の姿にヴィクトルは頭痛がしてきた。何なのだこれは。魔王軍ってこれで良いのか? と。
「家族想いなのは良い事です。大事にして上げて下さい」
「おお、ゼティリア殿もそう思いますか」
「当然です。貴方のお子様は幸せですね」
「ははは、これは嬉しいことを言って下さる」
「お願いだからこれ以上俺の前でさわやか魔王軍を見せつけんでくれ……」
ゼティリアが無表情ながらも小さく頷き、それに嬉しそうに呼応するオークとゴブリンに愈々頭痛が激しくなってきた。だがいつまでもこうしていても意味が無い。ヴィクトルは気を取り直すと、相変わらずこちらに気づかずに発情している人間たちに近づいていく。
「貴様ら、ずいぶんと騒がしいな」
「っ!?」
本当に気づいていなかったのか。その独房の男たちは一斉に慌てたように振り返り、そしてこちらの顔を見て硬直した。
「お、お前は……」
「化け物……」
「ほう? 覚えていた様で何よりだ」
出来るだけ凄惨に、そして獰猛に笑みを浮かべる。真紅の瞳を光らせるのも忘れない。それだけで独房の男達がすくみ上った。
(こんなものか……)
その姿に若干の失望を感じる。最初に戦った時は勇敢に立ち向かってきた連中だが、彼我の実力差を理解した今、その眼にあるのは怯えだけだった。だがそうでない者も居た。
「貴様っ! 我々アズガード帝国にたてついて無事でいられると思うな! 必ず我々の本隊が貴様に地獄を見せてやる!」
それはつい先ほど、女に詰め取っていた男の一人だ。ヴィクトル程ではないが他の男達よりも一回り大きい巨漢である。
「おお、聞いたかゼティリア。どうも負け犬の喚きと言うものは宇宙共通らしいぞ? こいつの言葉、俺に喧嘩を売ってきた勇者連中の最後の叫びに良く似ている」
「個性が無いとは哀れな事ですね」
ヴィクトルは面白そうに笑い、ゼティリアは軽く一蹴。その反応に巨漢の男の額に青筋が浮かぶ。
「舐めるなよ化け物共がぁ! いいか、我々アズガード帝国の力ならば貴様ら等!」
「同じことを何度もぎゃんぎゃん吠えるな。少し黙ってろ」
「なんだと!? そんな態度で――」
「黙れと言った」
ヴィクトルがそう言った瞬間だ。男の首元――刻まれた首輪の刻印が赤く光りあがる。その途端、男は顔を青くし首を抑え始めた。
「がああああ!? 熱い、熱い!?」
男は首を押さえながら倒れ込み、そして悶える。近くに居た者達も怯えたように一斉に距離を取った。
「ふむ。今回は熱か」
「そのようで」
その光景をヴィクトルとゼティリアは特に感慨も無く見つめていた。
これが首輪の力。逆らったり逃げようとすれば、その刻まれた刻印が対象者に苦しみを与えるという至極単純な仕組みだ。但しその苦しみは毎回変わる。炎で焼かれる様な熱さであり、刺すような痛みを伴う冷たさであり、シンプルに首を絞めてくるときもある。そして今回は熱だったらしい。
「があああああっ!? あああっ、あっ…………」
男はしばらく悶えていたがやがて気を失ったのか動かなくなった。それと同時に首輪の光も消える。後に残された同じ独房の中のアズガード帝国人が震え、一歩後ずさった。
(む……?)
だがそんな中、力強い瞳で睨み返してくる者が居た。
燃えるような赤く、ウェブがかかった腰まで伸びた髪。張りのある血色の好い肌。切れ長の相貌の中心にある瞳は金色。背は高く、ヴィクトル程ではないが、ゼティリアよりは一回り高い女性。先ほど男達に迫られていた女だ。
だが奇妙な点がある。他のアズガード帝国人は皆赤を基調とした軍服らしきものを着ており、その胸には剣を加えた四足獣の紋章がある。だがその女だけは黒を基調とした軍服だ。初めは階級によって変わるのかとも思えたが、その軍服には紋章が何処にも見当たらない。あるのは襟元にまるで首輪の様にしてぶら下がる鎖のみだ。
「……」
視線を向けると女はより一層視線を鋭くして睨み返してくる。それがどこか心地良い。思わず笑ってしまうと女が不快気に顔を歪めた。
「なんだ……。殺すならやってみるが良い。だがただでやられるとは思うな」
どうやら今度は標的を自分に変えたと思ったらしい。だがその金色の瞳には諦めは無く、反抗の意思だけがある。その視線を心地よく感じつつ背後のゼティリアに問う。
「どう思う?」
「はい。この様子ですと今の男や一部を除いて、反抗する気力はもはや無いようですね。予想通りです」
「ん? 何かやったのか?」
「はい。先ほどの魔王様とアズガード帝国の戦闘を彼らにも見せつけました。改めて見た魔王様の馬鹿力に反抗する気力も消え失せたのかと」
「おい今馬鹿と言ったかコラ」
「気のせいでしょう。それでどういたしますか?
ふむ、と考える。確かに戦力に成りそうな者を探しに来たのだ。既に反抗する気力も無いのなら使いやすいという事はある。だが非戦闘員とは違い、必要なのはあくまで戦力と、それを分析する者。それを考えると今目の前でこちらの視線に怯え震える者達が本当に適任なのかと考える所である。それにこの艦にも許容できる人数がある。まだ正確な情報は報告を聞いていないので不明だが、食糧だって無限ではないのだ。
「因みに、我が軍の者があのヴェルディオとか言う兵器を扱う事は?」
「動かすだけなら可能でしょう。ですが使い方を知らない機械の塊です。アレを多少なりと動かした所で、戦力に成るとは思えません。まだ使い慣れたゴーレムの方が可能性があります」
だろうな、とヴィクトルも頷く。逆に言うならあれを動かせる者が居ればそれはそのまま戦力になる。そして戦力として見る場合、ヴィクトルが好むのはこちらに怯えて震える者達よりも――
「そうだな。一つ試してみるか」
一つ思いつき、独房全体を見回す。そしてその自らの瞳に少しばかりの力を込めた。
「―――っ!?」
ビンッ、と張り詰めた様な雰囲気が一気に広がる。その瞬間、大半の囚人たちは一斉に気を失っていった。だが先ほどの女や、他の数名は顔を青くし、ふら付きながらも未だ立っている。
「ふむ、やっぱりな」
「貴様……何をした……」
女が苦しげに睨みつけてくる。その様子に満足しヴィクトルは頷いた。
「少しばかり威嚇しただけだ。俺の魔力を軽く中てた」
「何……?」
理解できないと言った様子だが今はそれでいい。他の何名かも苦しげな顔に困惑を浮かべている。
「今立っている連中は別の独房に一人ずつ入れろ。残りは……あの程度で気絶されるとなるとどのみちあまり期待は出来ん。艦の修理にでも使え。その後の処遇は任せる」
「了解しました」
ゴブリンとオークが頭を下げ準備を進める。それを見つめているとゼティリアが呆れた様に半眼で睨んでいた。
「何故よりによって耐えた者を? 使いやすさでは倒れた者達ですが」
その質問にヴィクトルはニヤリ、と笑った。
「どうせなら反骨精神逞しい連中の方が後々役に立つ事もある。四天王がいい例だろう? あいつらとて元は敵だ」
「……返す言葉もありません」
それは賞賛か、それとも呆れか。どちらとも言えないため息をゼティリアは付くのだった。