28. 魔王様、お礼です
『背後から敵機接近! 例の機械人形が5機!』
『正面敵艦隊周囲の空間圧縮を確認。 高出力DATE兵器、来ます』
『ガルバザル様、敵を追い掛け過ぎて迷子になりましたぁ!?』
『ネルソン様爆散! ……あ、いつもの事っすね』
通信機から次々に報告される戦況にヴィクトルはふむ、と頷いた。
「背後の連中はセラに任せた。敵の砲撃についてはゼクト爺、気張って防御」
『了解した!』
『おい魔王、もう少し言い方がある気がするんじゃが……もういいや』
セラとゼクトからの返事を確認し、更に言葉を続ける。
「ゼティリアはあの馬鹿竜を連れ帰ってこい。ネルソンは……まあ大丈夫だろ。俺は正面の艦隊を叩く」
『承知いたしました』
よし、と部下達の反応に満足してヴィクトルは正面を見据えた。
ここは宇宙空間。足場も無ければ壁も天井も無い。そんな不安定な場所にも関わらず、彼はまるで地面にいるような自然さでそこに悠然とたたずんでいた。
「しかし、何の芸も無い襲撃だな。これで何度目だ?」
『ここ10日間で三回目です』
誰に問うた訳でも無く呟いた言葉だが、律儀にゼティリアがそれを拾った。そしてその答えにヴィクトルは腕を組む。
「何が目的だ? こちらからすると無駄に戦力を消耗させているようにしか見えんが……」
彼が考える間にも戦闘は続いている。敵艦から眩い光を放つ砲撃が放たれ、それを魔王城の艦首に居るゼクトが防御魔術で弾く。同時に魔王城からの砲撃が敵艦隊目掛けて幾重にも放たれた。味方と敵の放った光が交差し、一部では干渉しあって紫電まき散らしながらあらぬ方向へと飛んでいく。
「こちらの戦力調査をまだ続けているか? いや、それよりも考えられるのは――」
不意に、正面に閃光。一瞬後にはヴィクトルに敵艦から放たれた砲弾が直撃していた。
だが、
「時間稼ぎ、か。それが一番ありそうだな。また何かを企んでいやがるな」
砲弾は確かに直撃した。だがその砲弾をヴィクトルは片手で、一歩も動かず受け止めていた。彼は特に気にした様子も無くそれを一瞥すると適当に放る。
「だとするとここでいつまでも相手をしてやる道理も無いな。とっとと帰るか」
そう結論付けると、ヴィクトルは正面の敵艦隊向けて襲い掛かるのだった。
「時間稼ぎと言うのは同感です。加えて、ここ最近の散発的な襲撃の結果、こちらにも多少なりと損害が出ています」
戦闘が終わって、ヴィクトルは自室でゼティリアの意見に耳を傾けていた。
先ほどの戦闘は当然の様に勝利。今は敵艦の残骸から使えそうなものを回収中だ。その指揮はセラとその妹のリールが執っている。彼女達なら安心だろう。
「損害? ゼクト爺の防御は完璧だと思ったが」
「魔王城自体は問題ありません。この機会にと思い、ゴーレム隊の再訓練を実施しており、実際に出撃も致しました。ですがやはり宇宙空間での戦いにはまだ慣れが必要の様で。敵ヴェルリオに撃墜されております」
そういうことか、とヴィクトルは頷く。地上運用が前提のゴーレム隊。それを宇宙でまともに運用するにはまだまだ先が長いらしい。
「もう少し調整を進めてみます。ゴーレムの素材についてもやはりただの岩石だけでなく、敵の装甲等を利用すれば、その分防御力があがりますので」
「その代わり操作と魔力の浸透が大変でお前の負担が増えるだろうが。前も言ったが適度に休めよ。お前が倒れたら元も子も無い。只でさえ最近の散発的な襲撃で忙しいんだ」
「だからこそです。いい加減、毎回ヴィクトル様や四天王の皆様が出撃する状況を変えなくては。その為にも新たな戦力の増強は急務です」
「まあ確かにここ最近のは正直面倒だが、だがお前はお前で気にし過ぎだ。微妙に顔色悪いぞ?」
ゼティリアははっ、とした様子で頬に手を当てる。どうやら気づいていなかったらしい。
「お前は俺たちとは少し違うんだ。無茶をし過ぎるなよ」
「いえ、これは……違うのです」
「うん……?」
どうにも歯切れの悪いゼティリアの様子にヴィクトルは首を傾げる。どうにも彼女らしくない。
「最近、妙な夢をよく見るもので」
「夢?」
こんな話をゼティリア自らすることは非常に珍しい。それだけ困惑しているという事か。
「轟音が響き炎が燃え盛る妙に狭い室内で誰かが叫ぶという夢です。何を叫んでいるのかは分かりませんが酷く切迫しており、そして毎回最後は一番大きな音と閃光に包まれて、目が覚めます。この様な夢、以前は見なかったのですが……」
「宇宙に上がってから見る様になった?」
問いにこくり、とゼティリアは頷く。表情は無表情に見えるが、その奥に不安がちらついているのをヴィクトルは見逃さなかった。だからこそヴィクトルはゼティリアの頭に手を乗せると、
「それ」
「っ、何をしているのですか……」
わしゃわしゃと、無造作にそれを撫でた。あまりにも無造作故に、綺麗に整えられていたゼティリアの蒼銀の長髪はぐしゃぐしゃだ。だがヴィクトルは気にも留めない
「どうだ? 昔は好きだっただろ。お前が泣いた時はよくこうしてたし」
「いつの話ですか……。そんな時代はとうに過ぎました。それにその言葉、まるで老人の様ですよ」
「その割には抵抗しないよな」
「…………」
ゼティリアは無言。だが逃げようとはしない。そんな彼女にヴィクトルは苦笑するとひょい、と引き寄せると背中を軽くたたいてやった。
「……完全に赤子をあやす動作ですがそれは」
「けど抵抗しないんだよな。まあ、な。お前は不安がる理由はわかる。記憶の事だろ?」
しばしの沈黙の後、小さくコクン、とゼティリアは頷いた。
ゼティリアが今の様にヴィクトルの元へ来たのはまだ幼い頃の話だ。ある日突然、母が彼女を連れてきたかと思うと、ヴィクトルに面倒を見る様にと伝えたのだ。そう、今でこそゼティリアがヴィクトルの面倒を見ている様に見えるが、以前は逆だったのである。
そしてその時のゼティリアは記憶を失っており、その不安故によく泣いていたのを覚えている。
(それが気が付いたらこんな氷結系メイドになるとはなあ)
「何か失礼な事を考えていませんか?」
おや、と視線を落とすと胸の中、あやされる様に背中を叩かれていたゼティリアがジト目で見上げて来ていた。しまった、バレたか。
「ま、不安だったらいつでも来い。お前の面倒を見るのは嫌いじゃないさ」
すっ、とゼティリアを話しつつ快活にヴィクトルは笑う。
「ヴィクトル様それは――」
「まあ面倒を見るという意味では四天王も配下達も同じだがな。馬鹿も多いがそれ含めての俺の魔王軍だ。……というかそういえば、ガルバザルは結局見つかったのか?」
ふと、先の戦闘の事を思い出す。ネルソンは気がついたら格納庫に居たが(後で聞いた話、リールに頼まれたセラが回収したらしい)ガルバザルの姿は無かった。あの迷子の馬鹿竜はどこに行ったのか?
そんな事を考えていると『はぁ』と呆れと、どこか安堵が籠った様なため息をつき、ゼティリアが答える。
「無事ですよ。どうやら敵の放ったミサイルを鳥と勘違いして競争している内に迷子になった様でしたが、先ほど回収致しました」
「ああ、そうか……あいつは……あいつは本当に悲しい位馬鹿だな……」
戦えば強いのに。四天王なのに。邪竜の王なのに。突き付けられた現実に思わずほろり、と涙を流す。そんな間にゼティリアは何時のまにか身だしなみを整え終えており、小さく一礼した。
「色々と言いたいこともありますが、ありがとうございました。少し、楽になりました」
「なんだか随分と素直だな……」
「先ほど昔の事を持ち出しておりましたので。……素直なのはお嫌いでしたか?」
「別に嫌いじゃない。だがまあ、あれだ。別に無理に変えなくても、お前らしくいてくれればいい」
むしろいきなり素直になられても困る。何というか調子が狂うのだ。そんなこちらの表情を呼んだのか、ゼティリアは小さく頷いた。
「では今まで通りで。それとヴィクトル様、そのマントですが」
ゼティリアが部屋の隅に丁寧にかけられているマントを指す。それは普段外に出るときにヴィクトルが身に着けているものだ。
「大分古くなってきております。今日のお礼も兼ねて、今度新しい物を用意いたします」
「そうかあ? 別に古くても保護魔術がかかってるから問題ないぞ? それにそもそもこの程度で礼なんて――」
「用意いたします」
「……お、おお。そうか。なら頼む」
何故だか有無を言わさぬゼティリアの様子に思わず頷く。まあ別に今のマントに思い入れも何も無いので、新しい物があるならそれを使うまでだ。
「ではヴィクトル様、私はこれで。敵の目的地が時間稼ぎならこの先に待ち伏せが考えられます。念のため航路を変更したのち、休ませて頂くとします」
どこか満足げな様子で一礼し退出していくゼティリア。その背中を見送りつつ、思わずヴィクトルは呟く。
「押しが強くなったのは母上譲りだろうなあ」
「艦の進路を修正。1号案より2号案へ変更……はい、そうです。では任せました」
自室に戻り、機導人形たちに指示を下すとゼティリアは引き出しからいくつかの布と裁縫道具を取り出した。いつぞや完成途中で邪魔された裁縫。その続きをする為だ。とは言っても、もうほぼ完成に近いため、あとは仕上げの作業を残すのみ。これだけなら直ぐに終わらせられるが、彼女はあえて時間をかけてじっくりと、丁寧にそれを進めてきた。他でもない。大切な人に贈る物だからだ。
それでも本当はもっと早く完成予定だったが、何故かこれを始めると毎回問題が起きるのだ。謎の宇宙生物の襲撃、そして勇者の襲撃。他にも艦のどこかでトラブルが起きては呼び出されその後始末に忙殺されている内に随分と時間がかかってしまった。だがそれも今日で終わる。
ゼティリアは気合を入れ直し、それに取り掛かる。今日ばかりは誰にも邪魔されたくない。先ほど約束したのだ、お礼をすると。本当はそんな約束無くとも渡す予定だったが、理由をつけてしまったのは素直に言うのが恥ずかしかったからだ。こんな事、絶対に主人には言えないが。
「…………まあいいでしょう」
理由については後。とにかくまずは完成させねば。そう決めるとゼティリアは作業を再開する。そしてそこからおよそ1時間かけ、遂にそれは完成した。
それは漆黒の生地に紅い複雑な紋様が刻まれた大きなマント。勿論ただのマントでは無く、様々な魔術的な保護と機能を兼ね備えた逸品だ。
ゼティリアは出来上がったそれの裏表を何度も確かめ、魔術的な機能がちゃんと働いているかも隈なく調べ、そうして漸く満足がいき頷く。
「できました」
その言葉は誰にも聞こえる事は無いが、どこか満足げな気持ちが籠っていた。
「さて」
後はこれを渡すのみだ。だが先ほど休むと話した矢先に持っていくのは流石に無いだろう。タイミングを見計らって誰も見ていない所で渡そう。サキュラに見つかったらきっとからかわれる。それは避けたい、絶対に。では何時がいいだろうか?
「……浮かれすぎですね」
ふと冷静になって思わず一人ごちる。我ながら自分らしくないと思う。だが実際に、普段より心が高揚しているのを自覚しているのだ。そしてそれを心地よくも思う。
「寝るとしましょう」
色々と考えた結果、ゼティリアはそう決めた。ここで色々考えてもどうせマントは直ぐに渡せないし時間はいくらでもあるのだ。ならば少しでも気分の良い今のうちに寝て、奇妙な夢の事も忘れられるのならそれが一番良い。
決めるが否や直ぐに寝具に着替えると、念の為に艦橋の機導人形へ連絡を入れる為に通信を開いた。
「1号、状況はどうですか?」
『問題ありません。予定通り進行中です』
「よろしい。私はこれより少し休みますが、敵が待ち伏せをしている可能性があります。有事の際は直ぐに呼ぶように」
『大丈夫ですよ。ちょっと周りに『でぶり』が多くて面倒ですけど何とかなりそうです。それに今はサキュラ様とゼクト様もおりますので』
「……わかりました。ですが何かあったら呼ぶように」
『はーい』と通信越しにオペ子達の言葉を聞きつつ通信を切ると、ゼティリアは今度こそ体を休めるべくベッドに向かうのだった。




