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27. 魔王様、鍛錬です

 ズドン、と鈍い音が響き狭くは無いその部屋に悲鳴が舞った。


「ぎゃああああああああああ!?」

「ま、魔王様、ギブ、ギブです!」

「やだ……感じちゃう……ってぶへらっ!?」


 悲鳴は留まることは無く彼方此方で発せられ、その度に魔族達が宙に放り出されていた。そんな惨劇の中心では良い顔をしたヴィクトルが声を張り上げている。


「おいおい、どうした! 折角この俺自ら稽古をつけてやってんだ。もっと気張れ!」

「無茶言わないで下さい! 俺らは下っ端魔族と魔王様じゃ稽古になりませんよ!」

「最初から諦めるな。俺だって手加減してやるからとっととかかってこい。というかこっちから行くぞ」

「いやあああああああああ!」

「魔王様の変態! 悪魔! 鬼畜! 魔王!」

「いや魔王だから俺」


 またしても悲鳴が上がり、オーク、ゴブリン、一角ウルフからラミアまで。あらゆる魔族がヴィクトルの『稽古』の名のもとに宙に舞っていく。そんな光景をセラとゼティリア、そしてサキュラは端で長閑に見学していた。


「ヴィクトル、張り切っているな」

「ええ。宇宙に出てからあまり役に立っていな―――いえ、仕事があまりない者達を鍛えなおすと言い始めた時は何をするのかと思いましたが」

「楽しそうだねえ」


 のほほんとしたサキュラの言葉にセラは思わず苦笑する。起きている事はバイオレンスだがアレはアレで確かに楽しそうでもある。


「どうしたお前ら! それでもこの俺の魔王軍の一員か! ……そうだな、このままじゃお前達も逃げてばかりだしやる気のない奴には罰を作るか」

「な、何ですか罰って!」

「いや、だけど魔王様にドつかれるくらいなら多少の罰の方が――」

「そうかそうか。じゃあ俺に一撃でも喰らわせられなかったら全員ネルソンの中にダイブな」


 え? と魔王を取り囲んでいた魔族達が一斉に凍りつく。何とも言えない沈黙の中、恐る恐ると彼らが横を――ネルソンが居る場所を見ると、そこには既にその粘体の体を広げて待ちわびるネルソンの姿があった。


「ふふふ。私と一緒にヌメヌメしたいかい?」

「っ、かかれぇぇぇぇぇぇぇ!? 何としてでも魔王様に一撃喰らわせろぉぉぉ!?」

「特攻でも自爆でもなんでもいい、とにかく攻撃を手を緩めるな!」

「いやあああああ!? ネルソン様の中だけはいやあアアアアアア!」


 魔族達が一斉に悲鳴を上げながらヴィクトルに突撃していく。その光景にセラは顔を引き攣らせるしかなかった。そんなにネルソンの中が嫌なのか……うん、嫌だろうアレは流石に。普通の感覚なら嫌がるに決まっている。魔族達もその辺りの感覚は普通らしい―――


「え? ネルソンさんの中にダイブOK!? リール・トレイター、行きまぁぁぁす!」

「ぬうぅ!? リール殿何時の間に!?」

「あー!? 待って下さいよネルソンさん! 逃げないで!」

「…………」

「あれ? どうしたのセっちゃん。突然青い顔で虚空を見つめて」

「恐らく妹の狂態に心が折れたのかと」


 いつの間にか現れた妹が意気揚々とスライムに飛び込んでいく姿にセラの心は折れた。妹より魔族の方が普通の感性を持っている。そんな現実に心の中で涙を流した。


「まあ魔王様達の戯れは放っておき、話を進めましょう。セラ、話の続きをお願いいたします」


 ゼティリアがいつもの無表情で促す。セラはよろよろと体をふら付かせながらもなんとか気を取り戻した様で頷いた。


「ええ、と続きと言うと先日の勇者の件だな」

「はい。あの時貴方は『まずい』と言いましたがそれはどういう事でしょうか?」


 先日の勇者襲撃と撤退。その中でセラが発した言葉が今回の話の議題だ。セラは少し考える様に目を瞑り、そして答える。


「アズガード帝国が巨大なDATEを連結させる事で母星と辺境の間に≪ゲート≫を作り移動をしている、というのは以前話したな?」

「ええ。確か、DATEにより空間を圧縮することで長距離を短時間移動する技術だと。詳しい原理はいまいち我々には分かりませんが」

「そうだ。だがそれを建造するには非常に長い時間と人員、そして何より費用がかかる」


 巨大なDATEを搭載した戦艦を何隻も繋げて≪ゲート≫を作り、それを利用して超長距離移動を短時間でこなす。これだけでも凄まじい技術だが、これを為す為には巨大なDATEを積んだ戦艦を出口となる宙域まで持っていき組み立てるという作業をしなければならない。そしてそれには時間、人材、資金、あらゆるものが莫大にかかるのだ。


「かねてから帝国もより効率の良い方法を探していた。いくら帝国が巨大でも、資金や人員、物資を無駄に使い潰せる訳でも無いし、そして何よりも時間がかかるからな。だが、」

「……成程。確かにあの勇者はDATEも何も無しに空間転移をした。それを帝国が見過ごす筈が無いと」

「そういう事だ。DATEを使わずに個人単位での空間転移。帝国からすれば喉から手が出る程欲しい技術だ。だからこそ聞きたい、お前達の星、フェル・キーガでは空間転移の能力は皆持っているのか?」

「それは無いな」


 セラの問いに答えたのはヴィクトルだ。彼は首を適当に鳴らしつつこちらにやってくるとゼティリアとセラの間に座る。するとすかさずゼティリアがどこからともなく取り出したティーカップを差し出した。


「お疲れ様です。鍛錬は如何でしたか?」

「まあ途中から気合は十分だったが、俺には届かなかったな」


 ほれ、と背後を親指で指さす。そこには巨大な緑色の粘体――言うまでも無くネルソンだ――の中に取り込まれて白目を剥いている魔族達の姿があった。


「……お前基準は酷だと思うのだが」

「それはそうだがだからと言って目標が低かったらつまらんだろう?」


 顔を引き攣らせたセラの言葉にもヴィクトルはどこ吹く風。呑気に茶を飲んでいる始末である。そんな光景にセラはこれ以上のツッコミは無意味だろうと己を納得させる。……最近どんどん状況に慣れている自分が怖いが。


「それよりもヴィクトル、さっきの話だが」

「ああ、勇者共の使う空間転移だろ? アレは俺にも他の魔族にも使えん。そもそもそんな術使えればさっさと敵の本拠地に跳んで全部叩き壊すしな」


 確かに。そんな便利な物があれば目の前の魔王を名乗る男なら最大限有効活用する気がする。だがそこでセラは気づく。


「待て。という事はあの勇者たちの空間転移も完全じゃないという事か?」


 ヴィクトルが言ったように、本当に好き勝手に空間転移できるのなら何故あの勇者たちは態々戦闘機を使ってまでこちらに来たのかという疑問が残るのだ。


「そういう事だ。ジュイルとか名乗ったガキが妙な剣を持っていただろ? アレがカラクリの種だな」

「聖剣≪無名の判定者(ホワイトジャッジ)≫。歴代の勇者が使用してきた剣であり、その持ち主――つまり勇者の代が代わるごとにその力を増していく忌まわしい剣です」

「あの剣は怖いよねえ。アレで斬られると私達傷の治りが遅いんだぁ」


 ヴィクトルの言葉にゼティリアとサキュラが補足をする。


「代が代わるごとに力が増す……?」

「そうだ。奴らは御大層に『聖なる意思の継承だ!』とか抜かしているが、そんな優しい物じゃない。聖剣の持ち主が死ぬとき、その持ち主と従者を聖剣が喰うんだよ。そして喰われた連中の力と経験は聖剣に蓄えられ、次の持ち主に刷り込みされるっていうクソ面倒な剣だ」


 そして、とヴィクトルは続ける。


「この聖剣の面倒な点はまだある。壊そうとしても、持ち主が死ぬと自動的に聖域に転移しちまう。ああ、聖域っていうのは人間達の本拠地の奥の奥にある力の吹き溜まりみたいな場所だがまあ聖域についての詳細は後だ。とにかくその面倒な機能のせいで親父や爺の代でも聖剣を壊し損ねている」

「そしてその転移機能は勇者が死なずとも、限定的には使用可能なのが判明しています。お蔭で先代勇者の際もあと一歩と言う所で何度も逃げ出され、魔王様は大層お怒りでしたね」

「当たり前だろ。あと一歩でぶち殺せると思った瞬間毎回トンズラされるんだぞ? まあアズガード帝国の襲撃の際は逃げる間もなく死んだみたいだが、お蔭でまた聖剣は強化されあのガキの手に渡った訳だ」


 ヴィクトルが苦々しい表情で悪態を付く。それは確かに苛つくだろう。


「話を戻すが、奴らが好き勝手に空間転移で襲ってこないのは制約があるからだ。聖剣は剣と鞘、二つで一つ。剣がある場所には鞘があり、鞘があるところには剣が無くてはならない」

「……? どういう事だ?」

「つまり、剣と鞘の距離が離れている場合、どちらか一方の場所に一瞬で移動できるって事だな。これが中々面倒でな。いつだったか奴ら、一度撤退した後に人様の城に鞘をこっそり残して奇襲しかけてきたこともあったぞ」


 通常通り攻撃を仕掛けて、あえて撤退。その際に密かにひそませた鞘を頼りに空間転移しての奇襲。それを考えセラがぞっとする。警戒していなければあっと言う間にやられてしまう。


「その時はどうしたのだ……?」

「あの時は丁度親父が配下のサキュバスに手をつけかけて、母上の逆鱗に触れてた時でな。怒り狂った母の目から放たれた破壊光線が偶々奇襲しかけてきた勇者共に直撃して蒸発したな」

「あの時ばかりは魔王城もおしまいと思いましたね」

「あ、ちなみにそのサキュバスは私のおねーちゃんなのです~」

「…………」


 前言撤回。コイツらに緊張感とかはあまり関係ない気がする。そしてサキュラよ、私はお前の姉の行く末が心配だ。


「とにかくだ、空間転移については俺らにも出来ないし、奴らも聖剣の力なしには使用できない。だから帝国がいくら目を付けようが、奴らが望むような運用は出来ない筈だ。どんなに便利でも聖剣と鞘は一組しかないんだからな。だが――」

「帝国にそれを話したところで、はいそうですか、と納得はしないでしょう。帝国にとっては漸く見つけたDATEに変わる空間転移の手段ということです」

「確かにそれは簡単に諦めないよねえ~」

「では――」


 セラは全員に頷き、告げる。


「奴らはそれらを手に入れる為に今まで以上に本気になる」






「本国は沸き立っているよ」


 アズガード帝国第17機動艦隊旗艦≪エレパス≫。その自室で提督たるバル・ダトスは肩をすくめた。彼の正面には副官のドラ・ハーベスが無表情で頷いている。


「先の戦いによって判明した勇者とやらの転移能力。帝国が長きに渡って探し続けてきたDATE以外での空間跳躍技術ですから当然かと」

「そうだな。お蔭で更なる増援が決定した。最新性の艦と装備、それに機体も届く。随分と期待されている様だ」

「期待されるのはお嫌いでしたか?」

「そうでもない、が。行き過ぎた期待が時たま煩わしくも思うよ」


 ため息ひとつ、バルは手元のコンソールを叩く。すると二人の間にスクリーンが投影された。そこに映し出されているのは今までの調査内容だ。


「魔力に聖剣、それに勇者か。この技術を明け渡せと言っても彼らは了承すまい」

「だからと言って強引に奪う事も出来かねます。彼らの力は単騎では我々を圧倒的に上回っています。ただ殺すだけなら手段はありますが、そうなると聖剣とやらが消えてしまうとか」

「厄介な事だ」


 これらの情報は今までの調査から判明した事だ。フェル・キーガに実際に降り立ちサンプル(・・・・)を入手した者達からの情報や、そのサンプル自身から聞き出した情報。そして他でもない、勇者たちから得た情報でもある。


「だが魔力とやらが空間転移の力を握っている事は判明した。後はその力を我々がどうすれば扱えるかだが……」

「入手したサンプルでの実験は行っていますが芳しくないですね。サンプルから抽出した血液や体組織を被験者に移してみましたが効果はありませんでした。ですが分かった事もあります。サンプルの中でも、魔族と呼ばれる者達は別として、人間型の者達は我々のかなり近い存在です。大きな違いは魔力とやらを扱えるか否かと言った所でしょうか」

「宇宙単一起源説論者が喜びそうな内容だ。だがその近しい存在のサンプルを使っても我々が力を得るには至らなかった。……だが、それならば彼女はどうなる?」


 スクリーンに赤い髪の女性が映し出される。名はセラ・トレイター。元アズガード帝国の軍人にして、今はあの魔王の元に妹といる女だ。


「エクライル人も元々特殊な能力を持っていたが、やはり我々アズガード帝国人に近しい存在だった。そしてそのセラ・トレイターが『魔力』とやらを扱っていたらしい」


 これは先日ジュイルが新生魔王城を襲った際に得た情報である。確かに映像ではセラ・トレイターは元々持つ力の他に奇妙な力を纏っていた。そして何より、同じように魔力を扱うジュイル自身がそれを肯定している。


「我々に出来ない事をあの魔王とやらはやってのけている。どんな方法かは知らないが、我々はその技術が欲しい」


 勇者の持つ聖剣とそれが秘める空間転移の力。そして魔王達が持つただの人間に魔力を与える力。その双方を入手せよ。それが本国からの命令であり、バルも同意見であった。空間転移の力を度外視したとしても、単騎でこちらと渡り合えるだけの力を得られる『魔力』とやらを、逃す筈が無い。


「ならば新たなサンプルが必要ですね。魔力を持たない筈なのに持つに至った、裏切り者のサンプルが」

「そういう事だ。それに―――」


 ドラへと新たな命令を下そうとした時だ、不意にバルの端末へコールが入った。バルは視線でドラへ少し待つようにと告げると通信を繋げる。


「どうした?」

『と、突然申し訳ございません! ですがこのことは一刻も早く伝えるべきだと思いっ』


 通信の相手は白衣を着た研究員だ。確かこの男には先日、ジュイルが持ち帰ってきた魔族達の死骸や血液の分析を任せていた筈だ。


「落ち着け。それにそこまで畏まるな。新たな発見があれば最優先で報告しろと言ったのは私だ。それでどうした?」

『は、はい! 実は先日回収されたサンプルの中に奇妙な物が……。これをご覧ください!』


 どこか興奮した様子の男からファイルが送られてくる。バルはそれをドラにも見える様にして展開し、そして息を飲んだ。


「これは……」

「なんと……」


 ドラも同じで目を見開いて硬直している。それほどまでにその内容は予想外であったからだ。


『ご覧いただけましたか!? 先日私はあの裏切り者のエクライル人のサンプル入手を希望しましたが、もう一つ、むしろ最優先でこのサンプルを希望したいのです!』


 興奮した様子で語る男。その意味はバルにも、そしてドラにも理解できる。何故なら二人が見つめるデータにはこう記載されていたからだ。


『サンプルNo.22 人型 雌

 ジュラパー式検査での適合率 52.7%

 ロス・ワルサード起源検査法による結果

第一位 アズガード帝国 

第二位 サンヨルド連邦 

第三位 GE緑化連盟』


その内容は未開の星のサンプルを入手した際に必ず行う物だ。数々の星系と星々を渡り様々な種族と交わるたびに、その星の住人、生物の検査をするのは当然の事。本来なら何百項目とある検査の、ほんの一部を抜き出したものだろう。だがその抜き出された内容が問題であった。


『いいですか!? ジュラパー式検査もロス・ワルサード起源検査も元々は単なるオマケ、我々アズガード帝国人との差異を調べる為の検査です。近しい星、同じ恒星の光を浴びている場合の適合率の基準を元に複数の条件を重ねあわせて導き出される適合率はどんなに近しくても30%以内になるほどに正確な検査で……ああ、もうそんな事はどうでもいい! とにかくです、私が言いたいことはただ一つです!』


 男は興奮に血走った目を見開いて叫ぶ。


『このサンプルにはアズガード帝国人の血が流れている!』


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