26. 魔王様、激突です
大変遅くなりました
もう少し頻度上げるように頑張ります
ネルソンが起こした爆発により通路の至る所は焼け崩れ、煙を放っている。そんな中、セラとゼティリア。そしてジュイルは油断なく向かい合っていた。
「……なんて出鱈目なんだ。魔族共」
「正直に言えば同感だが、謝る気は無いな」
「同じく」
セラとゼティリアが見据える先で、ジェイルはボロボロのニーナを床に寝かせると改めて聖剣を構えた。
「いい加減イライラしてきたよ。この船ごと殺しつくしてやろうか」
「奴ら……?」
何の事かと訝しむ二人の前で、ジェイルの聖剣が再度光を纏い始めた。その光景にゼティリアが眉を顰める。
「不味いですね。宣言通り船ごと破壊しかねません」
「そのようだな。私は魔力というのをまだ良くわかっていないが、あの剣が今危険な状態なのは理解できる」
ならばどうするか? 二人は頷くと即座に動きだそうとし、
「鬱陶しいよ」
ただ一言。ジェイルが言葉放ち足元を軽く叩いた瞬間、凄まじい衝撃破が生まれ二人に叩き付けられた。
「なっ!?」
「……っ!」
あまりにも突然に行われた攻撃に二人は吹き飛ばされるが、辛うじて受け身をとる。その光景を詰まらなそうに一瞥するとジェイルはその聖剣を振りかぶり、
「砕け散れ――」
「人様の城で何勝手くれてんだコラ」
突然猛スピードで現れた黒い影によって吹き飛ばされた。
「随分と派手に壊してくれてるな……。ゼティリア! セラ! 大丈夫か?」
その影――ヴィクトルは呆れた様な、そして少し怒った顔で二人に声をかける。
「っ、申し訳ありません……」
「すまない……」
よろよろと壁に叩き付けられ床に沈んでいた二人が立ち上がろうとする姿に、ヴィクトルはため息をついて首を振る。
「ああ違う違う。別にお前達を責めてる訳じゃない。手当たり次第ぶち壊してくれたアイツに怒ってるだけだ。……ちょっと見せて見ろ」
立ち上がろうとする二人の肩を押さえ無理やり座らせ傷を確かめる。そして先ほどジェイルに斬られたセラの腕の傷を確認し眉を潜めた。
「聖剣に斬られたか。厄介だな……いや、そうでもないのか?」
「どういう、事だ?」
「あの剣は俺達魔族にとって天敵みたいな物でな、アレに斬られると傷の治りが悪い。だがセラ、お前の場合完全に魔族になった訳じゃないからそれほどその効果は出ていない」
「そういう事か。っ、ならばゼティリアは!?」
慌てるセラの視線を追うようにヴィクトルもゼティリアへと視線を移す。ゼティリアは蒼い顔で脇腹を押さえており、息も荒い。たった今吹き飛ばされた時の衝撃で傷が広がったのだ。
「ゼティリアは……そうだな。セラよりは深いな」
「申し訳、ありません」
「気にするな。アレの相手は元々こちらの役目だ。……ネルソン!」
ヴィクトルが呼ぶと先ほど二人に踏まれたネルソンが這いずるようにして横にやってきた。
「お前も随分とやられてるな。というかお前の場合は自爆か」
「ふふふふ。中々恍惚でしたよ? 魔王様も是非?」
「阿呆、魔王の俺が自爆してどうする。というかお前も何気にギリギリだろ? 二人を連れて下がってろ」
「……おやおや、流石に魔王様にはバレてしまいますか」
ネルソンはブルブル、と震えると引いていく。そんな姿にセラが首を傾げる。
「ギリギリだったのか……?」
「仮にも相手は勇者を名乗ってるからな。いくらネルソンがド変態スライムでも手加減なんかする筈はない。ふざけている様でもやるべきことはやる奴だ」
「そ、そうか……」
何やら納得のいったようないかない様な顔でセラは頷くと、ゼティリアに肩を貸しネルソンと共に引いていく。それを確認するとヴィクトルはジェイルに目を向けた。
「さて、今代の勇者と魔王。感動の対面だ」
「…………ああ、そうだね」
先ほどヴィクトルの蹴りのダメージなど無かったかのようにジェイルは起き上ると笑みを浮かべた。
「やっと、やっと出て来たね。待ちわびたよ魔王」
「何が待ちわびた、だ。こんな所まで追ってくるとはな。フェル・キーガはどうした」
「お前こそ何を言っている? 僕は勇者だよ? ならば魔王が居る所に行き、それを殺すのが仕事さ」
「おいおい、勇者ってのは人類守るのが仕事だと思ってたんだがな。絶賛侵略対象中のフェル・キーガを護るのが普通なんじゃないのか?」
「問題ないよ。お前を倒した後はアズガード帝国の番だ。あんな連中どうとでもなるさ」
「そのどうとでもなる連中の攻撃でお前の先輩はやられてるぞ?」
「ならばそいつは弱かっただけだ。だが僕は違う。知ってるだろう? 僕達勇者は変わるたびに強くなると」
「その強さこそ先代達の積み重ねのお蔭だったと聞いてるがな」
一歩、二歩と二人は言葉を交わしつつ近づいて行く。ジェイルは聖剣を手に、ヴィクトルは無手でだ。二人は言葉を交わしているだけなのに、それだけで周囲の空気が軋みを上げていく。
「まあいい。ここまで追ってきたのなら相手をしてやる。たまには魔王らしく、な」
「それでいいよ。僕も僕のやることをやるだけさ」
それが最後の言葉だった。両者は同時に床を蹴り、激突した。
(ちっ……)
聖剣の一撃を魔力を纏った腕で受け止めたヴィクトルは、胸中で小さく悪態を付いた。
ただの剣なら問題なかった。だが先ほど自分で言った通り、この聖剣≪無名の判定者≫は魔族にとっての天敵だ。激突した瞬間発せられた聖剣の魔力がこちらの魔力を打ち消して小さくないダメージを与えてくる。
「だが、まだ甘いなあ!」
力を籠め、それを弾く。ジェイルが剣を引き態勢を立て直そうとする間にもう片方の腕――その先にある爪を振るう。
「っ!」
魔力を帯びたその爪は鋼鉄だろうと容易く切り裂く。ジェイルが咄嗟に背後に跳んでそれを躱すが、ならばとヴィクトルはそれを追撃する。
「逃げるのか、勇者様!」
「しつこいよ魔王様!」
数度背後に跳ぶことで攻撃をかわしていたジェイル。だが最後の一歩を踏むと逆に前に――こちらに向かって突撃しつつ聖剣を振るう。
「≪白光・千薙ぎ≫」
振られた聖剣。そこから白い光の刃が幾重にも重なり放たれた。範囲も広く回避は不可能。そう判断するとヴィクトルの行動は迅速だった。左腕を突出し、短く叫ぶ。
「しゃらくせえ!」
爪に纏った魔力の出力を上げ、放たれた白光の刃を受け止め、そして握りつぶす。その出鱈目な行動にジェイルの顔が歪む。
「なっ!?」
「驚いてる場合か?」
一瞬の隙。その間に既にヴィクトルはジェイルの懐に入り込んでいた。
「これで――」
「終わらないさ!」
ヴィクトルがジェイルを切り裂こうと腕を振りかぶった瞬間、ジェイルが聖剣を持つ手とは逆の手を突きだした。そこには先ほどとは違う、赤い光が灯っている。
「≪紅音・破響≫!」
赤い光は紅蓮へと変わり、そしてヴィクトル目掛けて放たれると盛大な爆発を引き起こした。轟音と炎が撒き散らされ、魔王城内が大きく揺れる。
「ヴィクトル!」
「ヴィル様!」
「おっと、待つと良いよ?」
離れた場所から二人の戦いを見ていたセラとゼティリアが顔を青くし駆け出そうとするが、それをネルソンが止める。何故、と二人が考えるのも束の間、爆炎の中からヴィクトルがゆっくりと現れた。
「……熱っちいな。やってくれたなコラ」
「お互い、様だよ……」
ヴィクトルの様子は酷い物だった。マントは勿論の事、その下の漆黒の衣服も所々が焼け焦げ、下の素肌が見えている。額からは血を流していた。
だがジェイルも無傷では無い。爆発までの一瞬の間にヴィクトルの攻撃は届いていたのだ。どんな剣よりも鋭利な威力を持った爪で切り裂かれたジェイルは右肩から左わき腹にかけて大きな裂傷を負っていた。血がとめどなく溢れジェイルの衣服を赤く染めていく。
「あれの直撃を受けて服が焦げただけ? 何て出鱈目なんだ」
「良く見ろ、血が出てるだろうが」
「その程度で……っく……」
フラフラとジェイルが立ち上がる。聖剣から光が漏れ出しジェイルを包んだかと思うとその傷を癒していく。
「ちっ、厄介な剣だな!」
これ以上回復させる前に殺す。ヴィクトルは再度攻撃を仕掛けるべく飛びだすが、それより早くジェイルの姿が消えた。
「残念だけど、これ以上はやめておくよ」
声がしたのは少し離れた先、ジェイルと一緒に来たニーナの元だ。
「随分とあっさりと引くんだな? さっきはあれほどテンション上げてた癖に」
「可能ならこのまま戦いたいんだけどね。今回の目的はそれなりに達せられたし、そろそろ戻って彼女の手当てをしてやりたいからね」
横たわるニーナを抱き上げジェイルは笑う。そのどこか余裕のある姿にヴィクトルの中で不快感が増していく。
「目的だ? 俺を殺しに来たんじゃないのか」
「もちろんそれが一番だったさ。だけどまだそれは敵わない様だし、体制を整えたらまた来るさ」
「そうかそうか。で、俺が逃がすとでも?」
言葉と同時、無造作に腕を振るう。だがそこから放たれたのは必殺の威力を込めた魔力弾だ。その攻撃は真っ直ぐとジェイルに迫るが、
「じゃあね。次こそ君のその余裕の顔を――――壊してやる」
その言葉を最後にジェイルとニーナが光りの粒子に包まれた。魔力弾はその粒子に激突するが、まるで何も無かったかのようにそこを通り過ぎていき、やがて壁に激突すると轟音をまき散らした。
「……くそ、逃げられたか」
光の粒子、それが晴れた頃には二人の姿は既に消えていた。それを確認するとヴィクトルはふて腐れた様に壁を蹴る。
「ヴィクトル様、ご無事ですか?」
「ん? ああゼティリアか。問題ない」
そんなヴィクトルの元にゼティリアがやってきたがその顔はまだ蒼い。それを見てヴィクトルは呆れた様にため息を付いた。
「むしろお前の方が傷が深いだろうが。歩き回るなよ」
「問題ありま――」
「大有りだ。あまりいう事を聞かないとネルソンの中に放り込んで強制的に拘束するぞ」
ちらりとネルソンの方を見ると、『私はいつでもウェルカムだよ?』と己の体を大きく広げて待ち構える変態スライムの姿があった。
「……大人しく致します」
「それでいい。セラ、お前もだぞ」
「あ、ああ。私も大人しくしよう。己の尊厳を守る為にも」
同じくネルソンの方を見て顔を引き攣らせたセラがコクコクと頷く。よし、これで問題ない。
「ところでヴィクトル……勇者たちの姿が消えたのだがあれは」
「あああれか。あいつらの聖剣の仕業だよ。中々に厄介な性質を持っていてな。何でも剣と鞘、二つが揃っているからこそ聖剣であり、両者は離れていても繋がっているらしい」
「繋がっている?」
「片方がある場所にはもう片方も存在できるって事だ。その性質に距離は関係ない。二つは常に一緒にあるべき存在であり距離に縛られない。早い話、互いが別々の場所にあれば、片方のある場所へ一瞬で移動できるって事だ。アレのせいで毎度勇者連中に逃げられる。対策しようにも鞘を別の所に置かれたら消える前に殺すしかないが、あの連中、逃げ足は速いんだよな」
あれのせいで自分も先代――つまり父親も相当苦労した。だからあの剣は嫌いなのだ。忌々しげに天敵の存在を思い浮かべるが、セラがどこか深刻そうな顔で考え込んでいる事に気づく。
「二つで一つ……一瞬で移動した……それも二人同時。つまり空間転移……?」
「どういたしました?」
ゼティリアもセラの様子に気づいたのだろう。不思議そうに問う。セラはそんな二人の視線に向き直り、そしてどこか迷った様に、しかし深刻な顔で告げた。
「空間転移を可能にする剣……その存在が確かだとすると、かなり不味い事になるぞ」
アズガード帝国。それの所有する戦艦の一つ。その格納庫内でジェイルは小さくため息を付いていた。
「忌々しいな、魔族共」
己の体に巻かれた包帯を見て悪態を付く。魔王との相対は初めてだったが想像以上に強敵だった。今のままでは勝てないと分かるほどに。
「くそ……」
再びの悪態。そして少し離れた所で仲間達により治療を受けているニーナを見る。彼女の手当ては仲間内だけでやっている。アズガード帝国の連中に診せるなんて愚は犯さない。何をされるかわかったものじゃないからだ。
「無事で何よりだ、勇者殿」
そんなジェイルに声をかけてきたのは赤い軍服を着た男。この戦艦の艦長を名乗っていた男だったか。
「船長自ら来るとはね。船の事は良いのかい?」
「私達の協力者が負傷したと聞いてね。心配なのは当然だろう?」
「ふん、心にもない事を。目的はこれだろう」
ジェイルはそう吐き捨てると指を鳴らした。すると虚空から手のひらほどの大きさの氷の塊がいくつも落ちてきた。それを見て男は満足げに頷く。
「こちらの依頼、受けてくれて感謝する」
「良いよ。交換条件だったしね。僕たちは君達の船を使って奴らに攻撃を仕掛ける。その代わり君達が要求したそれと―――これを渡す」
ジェイルはもう一つ、懐から取り出した小さな塊を男に投げた。男はそれを大事そうに受け止めると深く笑う。
「助かるよ。正直こちらは期待していなかった」
「舐めて貰っては困るよ。言った事は守るさ。しかし君達の技術は凄いね。こんな小さな鉄の塊で僕達の姿を映せるんだから」
ジェイルが渡したのは超小型のカメラの様な物だ。それはずっとジェイルの服に密かにつけられており、あの魔王城での出来事は全て記録されている。
「お望みなら一つ進呈しようか?」
「……考えておくよ。それより聞いていいかな?」
「何かな?」
ジェイルは先ほど自分が放った氷の塊を指さす。
「姿を映し、それを保存するのは分かるよ。それで相手の研究が出来るからね。だけどそれ――――僕が保存してきた奴らの血なんてものは一体何に使うんだい?」
そう、その氷の塊の中身は血だ。それもただの血では無い。魔王城内で戦った相手。それを傷つけた際に密かに採取した物だ。残念ながら魔王の分は入手できなかったが、それまでに戦った雑魚たちやあの女二人のものは採取済みである。
「化学というのは便利な物でね。こういった血だけでも役に立つのだよ」
「ふーん、まあいいや。それよりもこちらは約束を果たしたんだ。なら」
「分かっている。これからも攻撃の際は君達の意見も取り入れ戦ってもらう。むしろ我々としてはその方が助かるしね。それに約束通り武器だって貸そう。好きなのを使うといい」
「ならいい。君達の武器は奇妙だけど威力は十分だからね。魔力の温存にはもってこいだ」
本当はべつにここまで譲歩しなくても、こちらの力でこの船を乗っ取ることも考えた。だがそれは得策じゃない。アズガード帝国は敵だが魔王も敵だ。その魔王を撃つためにもは自由にこの宇宙を移動できる船と、それを動かす人員がどうしても必要になる。ならば利用するまでだ。
ジェイルは己の考えに頷くと、話は終わったとばかりに立ち上がりニーナの元へと歩き出す。だがその背に男が声をかけた。
「ところで、君達がこの船に帰還した方法。あれは誰でも出来るのかね?」
「……? いいや、勇者である僕しか出来ないよ。それが何か?」
「いや、なんでもないさ」
ジェイルは今度こそ話は終わったと男の元から去っていく。
「…………勇者でしか使えない、ねえ」
その背後で、男が小さく笑った事には気づかなかった




