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23. 魔王様、襲撃です

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「いただきま~す」


 奇怪な宇宙生物の起こした事件から数日。艦内に残った生物たちも魔王軍総出で駆逐し漸く落ち着いた頃、セラはサキュラと共にゼティリアの部屋へと訪れていた。二人が部屋に入ると、ゼティリアは手際良くお茶の準備を進め二人のティーカップへと注ぐと、最後に自分の分も準備し席に着いた。

 ゼティリアの部屋はそれほど広くないが、それでも女性三人がお茶する程度のスペースはある。というのも、ここが宇宙を進む戦艦の中である事や、そもそもゼティリアの性格から余分な物を部屋に置くことが無いからなのだが。


「この様に話すのは初めてですね」

「そうだな。リールもいれば良かったのだが」

「リーちゃんはネルソン君と遊びたがってたからね~」

「姉としては色々心配だ……いや本当に」


 サキュラが相変わらずぽわぽわとした笑みを浮かべて笑うが、セラは渋い顔だ。ゼティリアと言えば、澄ました顔でカップに口を付けている。

 そもそも何故三人がこうして集まっているのか。それはサキュラが原因だった。偶々食堂に向かった時、同じ食堂で何故か離れて座っている二人に気づいたサキュラが見かねて二人を強引に拉致。慌てる二人を無視して二人を引き寄せるように抱きつき、『お茶しよ~ぜっちゃんの部屋で~』とねだったのだ。初めは拒否していたゼティリアもやがて諦めて今に至る。


「まあまあ。ネルソン君にあそこまで攻めの姿勢で居られる子って中々居ないからおねーちゃんは見てて楽しいなあ」


コロコロと笑いつつ、膨らんだお腹を大事そうに撫でる。そんなサキュラの様子にセラはずっと疑問だった事を聞いてみた。


「前々から思っていたのだがサキュラ……様のお腹の子ですが」

「セっちゃんセっちゃん、別に様は要らないよ。敬語もね~。フレンドリーに行こうよ~」

「……わかり――いや、わかった。それではサキュラ。そのお腹の子だが相手は誰なんだ?」

「ん~? 言った事なかったっけ?」

「ああ」


 頷きずつつセラはカップに口をつけ、


「ヴぃっくんだよ」

「ぶほっ!?」


 今しがた飲み込もうとした紅茶を噴き出し、ゲホゲホと咽てしまった。何とか息を整えようと苦労しつつ、セラは真っ赤になった顔でサキュラに問う


「けほっ、……さ、サキュラ? それは、ほ、本当に……?」

「あははははは! セっちゃん反応面白いなあ。そんなセっちゃんに朗報~。今のは嘘でーす」

「う、嘘……」


 その言葉に少し落ち着いたセラだが、そんな彼女の様子にサキュラがにんまりとした。


「おや~? セっちゃん安心したかな? さっきの反応といいやっぱり……」

「な、何の事だ! 邪推はやめてくれ!」

「邪推かなあ? けどセっちゃんもヴィっ君の愛の奴隷になったんでしょ?」

「なってない! 主従契約を結んだだけだ! しかもそれはちゃんと理由があって」

「慌てちゃって可愛いなあ。……ほらほらゼっちゃんも。ライバル出現だねえ」


 サキュラは先ほどから動じず静かに紅茶を飲んでいるゼティリアに視線を向けると、彼女は静かにカップをテーブルに置いた。


「私と魔王様はそういう関係ではありませんので」

「今は、ねー」

「……なんでしょうか」


 何か言いたげなサキュラの様子にゼティリアは冷たい視線を向ける。だがサキュラは今更そんな事では動じない。


「さっきからゼっちゃん冷静に見えるけど、さっきヴィっ君の子って言った時ちょびっと震えたよね?」

「知りません」


 まさに一蹴。だがサキュラはにへら、と笑うと『じぁあねえ』と前置きをする。


「セっちゃんに良い事教えてあげようか。ゼっちゃんの可愛い所~」

「ほう?」

「なんですかそれは」


 セラは普段から感情を出さずに冷静有り続けるゼティリアの可愛い所、と言う言葉に興味持った。一方ゼティリアは何の事だとばかりに首を傾げている。


「実はねえ、ゼっちゃんは普段はヴィっ君の事魔王様~って呼んでるけど、実は周りに人が居ないときはちゃんと名前で呼んでるんだよ~」

「っ!?」


 びくっ、とゼティリアの肩が震えた。その普段のゼティリアでは見せない様子にセラも意地悪い笑みを浮かべる。


「ほうほう。それで?」

「それでねえ、実はゼっちゃんがもっと小さいときはもっと可愛くて――」

「サキュラ様っ!」


 がたっ、と席を立ち本気で慌てた様子のゼティリア。彼女らしくないそんな様子にセラも思わず驚いた。

 だがサキュラは動じずに、先ほどまでのからかう笑みでは無く、慈しむ様な優しい笑みを浮かべると立ち上がったゼティリアの頭を撫でた。


「うんうん。この先は言わないよ~。だけどほらゼっちゃん、恥ずかしいって事は意識してるって事の裏返しだよ?」

「…………」


 若干悔しそうな雰囲気をしつつゼティリアが座りなおすとサキュラはテーブルん肘をつき、組んだ手の甲の上に顎を置いて楽しそうに二人を見る。


「ちょーと二人に意地悪しちゃったけどね、こんな時代、こんな世界だからこそそういう気持ちは忘れちゃ駄目だよーってお話。戦いとかこれからの事とか、そんな事ばかり考えて難しい顔をしてても参っちゃうよねえ。私はサキュバスだから確かに快楽主義な所はあるけどね、それはどんな種族でも同じ事だと思うんだよねえ」

「つまり、どういうことでしょうか?」


 ゼティリアがいまいち分からないと訊く。


「『みんなで楽しく』って事かなあ。好いた好かれたとか、これまでの事とか色々考える事はあるけれど、せっかくこんな風に出会ったんだから楽しく行きたいねえって」

「言っている事が変わってきている様な……」

「そうかなあ? ま、いいか~。とにかくこれからもよろしくね~ともっと仲良くしようね~って事でいいよぉ。いつか後悔しないためにもねぇ」


 そう言うとサキュラは再び紅茶を飲み始め『おいしい~』と幸せそうに笑う。

 残された二人はお互い顔を見合わせるしかなかった。





「ヴィクトル」

「……ん? 何だゼクト爺か」

「なんだとは何だ。小僧め」


 機動戦艦新生魔王城。その艦首に立ち前方を眺めていたヴィクトルは、隣に現れたゼクトの小言にへいへい、と手を上げた。そんな様子にゼクトはふん、と鼻を鳴らすとヴィクトルと同じく前方を見据える。


「で、お前は何をやっておったんじゃ?」

「いや別に。宇宙ってのは似たような光景でつまんねーなと」

「成程」


 二人が艦首に立っている為、当然ながらそこに空気は無い。だが当然の様に会話を続ける。


「もう戻りたくなったか?」

「まさか。アズガードの連中をボコるまではその気はねえよ」

「ほう、安心したわい。てっきり飽きたから帰ると言い出すかと思ったわ」

「言うかよそんな事」

「どうかの。昔の生意気で馬鹿だったお前ならいいかねん」

「おいおいそれは流石に…………言いそうだなあ」


 ゼクトとの仲は古い。何せ先代魔王――つまり父親の代からずっと仕えていた忠臣だ。それ故に自分の昔の事を知っている為に、ヴィクトルは苦い顔をした。そして会話を無理やり変える。


「帰ると言えば、フェル・キーガはどんな状態なんだか。まあ親父達が居るから大丈夫だとは思うが」

「そうじゃのう。もしかしたら人間共がまた新たな勇者を作りだして(・・・・・)いるかもしれん」


 そう答えるゼクトの声は厳しい。ヴィクトルも小さく頷いた。


「やっかいな連中だな本当に。こないだのは返り討ちにしてやったが、やはり代が変わるたびに強くなっていやがる。聖剣≪無名の判定者(ホワイト・ジャッジ)≫だったか。アレを壊さない限り永遠と生まれてくるんだろうな」

「左様。そして我々魔族と奴ら人間達の間では常に領土問題と種族の問題がある。お互いにお互いの領土を欲して、融和する意思がない以上戦いは続くだろうよ」

「分かってるよ。だからこそとっととアズガードの連中潰してフェル・キーガを征服するぞ」

「そうじゃの。人間共を潰したと事で、空からまたあのように砲撃が来るようでは油断できん。フェル・キーガは先代様にお任せし、ヴィクトル――魔王は彼方より来る馬鹿共を潰すのが良い」

「ああ」


 ヴィクトルは頷く。分かりきっていた事ではあるが、改めて己の為すことを認識できた。そしてここにはもう用は無いと踵を返すとゼクトもそれに続く。だがその中でふとヴィクトルは思い出した様に呟いた。


「しかし、また新たに勇者が生まれたとしたらどんな奴なんだろうな」


 それは誰にたいした訳でも無く、単なる独り言だ。

 しかしその疑問は思わぬタイミングで判明することになる。





 サキュラとセラが帰った後、ゼティリアは自室で裁縫をしていた。いつかボブの騒ぎでやりかけになっていた物だ。漸く周りが落ち着いたので再開することにしたのだ。とは言っても実はもう殆ど完成しており、残るは最後の仕上げのみなのだが。


(楽しい事、ですか)


 針を刺し、糸を通しつつ先ほどの会話を思い出す。この裁縫は自分にとって楽しい事だ。これを邪魔されると少し苛つくし、逆に作っている物が完成した時は小さな喜びを感じる。そう、喜びだ。これは楽しい事に繋がる筈。


「結局、サキュラ様は何を言いたかったのでしょうか」


 サキュラの話はよく右往左往する。それはサキュラの説明が下手と言うよりは思いついたことを思いついたまま話す節があるからだ。だがそんな会話の中でもサキュラが全く意味のない事をいう事は無い。話がバラバラなだけで、その一つ一つの内容は重要である事はもう知っている。ならばここから先は与えられたヒントでこちらが考える所だ。とは言っても、実はおおよその見当はついているのだが


(確かに、あまり宜しく無かったですね)


 サキュラが来る前の食堂。自分とセラはお互いに存在を認識していたのにも関わらず、離れて席に着いていた。別にそれはセラが嫌いだとかそう言う訳では無かった。単純に、どう接すればいいのか分からいからだ。


(何故?)


 これは自分で不思議だった。確かに元々自分は、積極的に関わろうとするタイプではない。食堂の件もある意味いつも通りだ。だがそのいつも通りの中に、何かわだかまりがあったのも事実。この感覚は何だろうか?


「……」


 ふと手元の布に視線を落とす。自分が今大切に編んでいるこれは自分が使うものでは無い。だがゼティリアは自分が使うもの異常に丁寧にこれを編んでいる。当然だ。だってこれを着るのは何よりも大切な相手なのだから。


「…………考え事は後にしましょう」


 大切に、丁寧に編まなければならないのだ。余計な事を考えてミスをしたら眼もあてられない。ゼティリアは意識を入れ替え、再度布に針を刺そうとした、その時だ。

 凄まじい衝撃と轟音が艦内を襲った。


「っ!?」


 その揺れの凄まじさに思わず倒れ込む。非常灯が灯り、艦内にアラートが響く。微弱な振動が続く中、ゼティリアは何とか起き上り直ぐにオペ子達へと呼びかけた。


「っ、報告っ」

『ぜ、ゼティリア様! 敵の攻撃です。こちらの探知外からの狙撃です!?』

「狙撃……?」

『は、はい! シールドは張っていましたがそれを貫いて右舷に被弾! 右舷DATE出力低下! エンジンへの接続部が物理破損、右舷エンジン停止です!』

「周囲を警戒、これで終わりではありません。直ぐに2射目が来ます」

『了解で……これはっ!?』


 ゼティリアは直ぐにでも自分もブリッジに上がるべく動き出そうとしたが、そこでオペ子達の驚愕の声に足を止めた。


「接続」


 一瞬目を閉じ、そして開く。負荷が高いので常時接続は出来ないが、ゼティリアは己の人形たちと感覚を共有できる。だからこそ外で戦闘するときも艦を思うように扱いながらそれを利用した戦闘が出来るのだ。


「何を……?」


 そしてオペ子達と接続された脳内には様々な情報が映し出される。その中でも取り分け異常な物が目に飛び込んできた。

 それは戦闘機だ。それも速度を重視して極限まで武装などの余計な物を省いた小型の戦闘機。それがまっすぐにこちらに迫ってきている。


「自殺願望ですか」


 即座に命令。生き残っている砲台を起動し特攻してくる戦闘機目掛けて、発射。眩い光が戦闘機へと吸い込まれていき、


 そして弾いた。


「なっ!?」


 それはあまりに馬鹿げた光景だ。あの砲台の威力は知っている。かなりの威力であり、戦闘機やヴェルディオあたりなら容易く塵に変える威力の筈。だがそれをあの戦闘機は避けもせず、弾いたのだ。いくらなんでも異常すぎる。

 そうこうしている間にも戦闘機は迫り、こちらに対空砲火を弾き、躱し、そして遂に新生魔王城の右舷、先ほど狙撃された場所へと直撃した。再度艦が震えるが、先ほどよりは小さい。


「一体……まさかっ!?」


 てっきり爆弾でも積んで破壊してくると思ったがそれが無い。ならば敵の目的はと考え、そして思い当たった可能性にゼティリアは息を飲んだ。そして即座に走り出す。目指す場所はブリッジでは無い。狙撃された場所、そして今しがた戦闘機が突っ込んできた場所だ。自分の予測が正しければそこには―――





 火花を散らし、崩れ落ちた艦内の廊下。壁は破壊され、そこから飛び込んだ戦闘機もひしゃげ既に使用不可能。だがそんな戦闘機からゆっくりと青年が降り立った。その少年は体に白い光を纏い、空気が無い筈のこの空間で宇宙服も何もつけずに平然と立っている。そしてその手には神々しい光を放つ聖剣が握られている。


「さあ、魔王退治の始まりだ」


 聖剣≪無名の判定者≫の使い手であり今代の勇者と呼ばれる青年。ジェイルは己が剣を構えると笑みを浮かべて歩き出した。


何故いきなり狙撃を食らったかは次回です

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