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21.魔王様、デリカシー0です

「くそっ! おいセラ! 聞こえるか!?」


 ヴィクトルは倒れたセラを抱き上げると声をかける。だがセラの息は荒く、眼も焦点が合っていない。ただ刺されただけでこれは異常だ。だとするならば考えられるのは――毒。そう言えば映像で見た配下達がやられていた時も刺された後から急に動きが鈍くなっていた気がする。てっきりダメージによるものかと考えていたが、それ以外の要素があってもおかしくない。


「ちっ、つくづく面倒な生物だなぁオイ!?」


 苛つきながら先ほど自分が蹴り飛ばしたボブを見るとまだわずかに動いている。そしてその腹からは幼生体が数匹這い出してきていた。それらはこちらを標的と定めると一斉に飛びかかってきた。


「邪魔だ!」


 ヴィクトルは近くの棚を掴むと無造作に横に振りぬいた。ただそれだけの動作で飛びかかってきた幼生体は潰れて弾け飛ぶ。そして止めとばかりにその棚を倉庫の奥で起き上ろうとしていたボブへと投げつけた。直撃を受けたボブは棚に潰され、一瞬もがいたものの、やがて動きを止めた。それを確認すると再度セラの様子を確認する。


「っく……ぁ……」


 汗を滲ませながら呻くセラの体温が熱い。セラの黒い軍服を破り、傷のある肩口を見ると案の定、傷口は緑色に変色しておりそれが徐々に範囲を広げている。


「くそ、治療は得意じゃねえんだがな…………ああくそっ! 全然効いてねえじゃねえか!」


 覚えてはいるが滅多に使わない治療魔術――大抵ゼティリアが治療するし、そもそも滅多に怪我はしないが――を施してみるが多少進行が遅くなっただけで変色は止まらない。自分の腕の問題か、それとも卵や毒にも魔力無効化の力があるのか。どちらにしろ、猶予は無い。


「仕方ないな……許せよっ!」


 魔術が駄目なら物理的にやるしかない。判断するとヴィクトルはセラを床に組み敷き、両腕を抑えた。


「ま……おう……?」

「痛むだろうが好きに叫べ」


 意識が朦朧としてるであろうセラに一言告げると、ヴィクトルは大きく口を開く。そしてその牙を躊躇いなくセラの肩口に突き立てた。


「あああああああああああああああああああああ!?」


 噛みつかれたセラが激痛に悶え体が跳ねる。だがその体をヴィクトルが押さえつけている為にまともには動けない。その為に組み敷いたのだ。そしてヴィクトルは顎に力を入れ、文字通りセラの肩口を傷口ごと齧り取った。当然、セラの肩口からは血が噴き出し、噛みついたヴィクトルの顔を赤く染める。それに構わずヴィクトルは齧り取ったセラの肉をそのまま横へと吐きだした。


「っ……不味い……。人間の肉を食う奴の気がしれねえな。まああのヘンテコ生物のせいもあるかもしれねえが」


 口元を拭いつつ吐き捨てたセラの肩の肉片を確認する。赤く染まるその肉片の中から、緑色の液体がドロリと垂れ、その液体が肉片を浸食していくのが見えた。


「ふん」


 続いてセラの肩を見る。己が齧り取った為に血が溢れ、若干だが白い骨らしきものも見えていた。いかん、やりすぎたか。


「……まあお蔭で卵は抜けたし良いよな?」


 傷口は痛々しく血は止まらないが、先の様な変色はしていない。だが毒だけはまだ効いているのだろう。セラの息は相変わらず荒く、かすれた声で呻いている。……そう、多分毒のせいだろう。自分がやり過ぎたせいではない筈だ。だがこのままでは危険なのも事実。


「仕方ないか」


 治療魔術が苦手なのは先のとおりだ。ならば自然回復力を無理やり上げるしかない。だが人間の回復力等たかが知れている。だが――魔族なら別だ。

 右手の爪を伸ばし、そして自らの腕を軽く斬る。すると人間と同じ赤い血が流れ始める。その傷口をセラの唇に寄せ、こちらの血を口に流し込んだ。だが意識がはっきりしてないせいだろう。セラが直ぐに咽て、思うように飲み込まない。


「……お約束だな」


 思考は一瞬。既に塞がりかけている傷口に口を付け血を吸うと、そのままセラの唇へとを口づけた。生温かい血液がセラの口内に直接移される。咽そうなセラを無理やり押さえつけ、舌で強引に口内を開き血を飲み込ませた。それが終わるとセラの額に手を置き静かに唱える。


「≪知れ、貴様の主の名を。聞け、貴様の主の命を。刻め、貴様の主の血を。赤き鎖によって汝は我が僕と為れ≫」


 ぼう、と額に触れた指先を中心に赤い光が伸び、幾何学的な模様を描きつつ二人を包んでいく。


「≪受け入れよ。されば恩恵を与えん≫」


 光が発光を増していく。そんな中、再度口に血を含んだヴィクトルはセラへと口移しでそれを流し込む。


(…………ふむ)


 だが今度はそれだけでは無い。先ほどまでの飲ませる為の舌の動きでは無く、味わうように、セラの口内を文字通り蹂躙した。


「っ…………」


 意識が混濁していたセラの体が跳ねる。無意識の反応だろうが気にしない。文字通りこれは蹂躙なのだ。屈服させる為の(・・・・・・・)


「っ……ぁっ……」


 嬲り、唾液を流し込み、執拗なまでに蹂躙する。最初は跳ねていたセラの体も次第に抵抗が無くなっていき、遂にはその体から力が抜けた。それと同時に二人を包んでいた光は収束していき、セラの体へと収まっていく。屈服は為され、そして|《術は完成した》。

 それでもしばらくヴィクトルはセラを離すことは無かった。






「…………ん」

「起きたか」


 それから暫くして。床に寝かされていたセラが薄らと瞳を開く。彼女は頭を押さえつつもぼうっ、とした顔で起き上ると視線を彷徨わせていた。そしてこちらの存在に気づくと小さく頷く。


「どれくらい、寝ていた?」

「30分そこらだな。傷はどうだ?」

「傷……? ってきゃあああああああ!?」


 自らの肩の傷を見ようとして、セラが思わず悲鳴を上げた。何せ今の彼女は上半身の軍服が破かれ、その肌を露出しているのだ。寝ていた時はヴィクトルが一応マントをかけていたが、起き上った拍子にそれがずれてしまい、その体をヴィクトルに晒す羽目になっていた。彼女は顔を真っ赤にしつつ慌ててマントをを肩まで引き上げ体を隠した。


「おーおー可愛い悲鳴だな」


 そんなセラの様子にヴィクトルがカラカラと笑うと、セラが涙目で睨んできた。だが何故自分の服が破れているのかは理解しているのだろう。抗議はするが不満を述べるのは堪えた様だった。そして小さくため息を付くと己の肩を確認し目を見張る。


「傷が塞がりかけている……?」

「まだ万全じゃないだろうがな。もうしばらくすりゃ動かせるようにはなるだろ」


 ヴィクトルによって齧り取られたセラの肩だが、出血は完全に止まり、それどころか失った筈の肉の部分すら再生をしているのだ。その為に肩のその部分だけが他の肌よりもどこか白く、そして何よりもヴィクトルの歯形がそのまま残っている。


「その様子だとなんでそうなったかはある程度分かってるみたいだな」

「あ、ああ。私があの生物に刺され……その後お前が奴の卵を取ってくれたのは覚えている。しかし大丈夫なのか? あんな口でなんて……」

「問題ない。誤って飲み込むなんてアホな真似はしてねえよ。……さて、覚えているなら話は早いな」


 ヴィクトルは頷くと床に腰を落としたままのセラの横にどっしりと座り、その眼を覗き込む。


「なんであそこで前に出た? いや、違うな。何を焦っている?」

「…………」


 問いの理由は理解しているのだろう。セラが押し黙る。


「何か様子がおかしい気はしていた。だが無理に飛びだす必要も無かったし、そもそも全体的にお前は焦った様に見えた。なんでだ?」


 セラは押し黙ったままだ。だがマントもつ手は強く握りしめられている。

 そのまま十数秒した頃、漸くセラが口を開いた。


「怖いんだ、私は……」

「怖い? それは俺達魔族の事か?」

「違う。私が恐れているのは……」


 ぐっ、とマントを握りしめた手に力が籠る。セラは真っ直ぐこちらの眼を合わせるとその想いを口にした。


「私が怖いのは、お前に飽きられる事だ」

「俺に?」


 どういう意味だろうか? 首を傾げているとセラは自嘲染みた笑みを浮かべた。


「そもそも私がお前達と一緒に居る理由は何だ? お前が気に入ったから、という理由だろう?」

「そうだな。確かにそう言った」

「その理由となったのはお前と戦った時の事だろう? 全く歯は立たなかったが、その戦いを見てお前は私を気に入ったと言った。私もどんな理由であれ、命を繋ぎ、そしてリールを守れるのならと思った」


 だけど、とセラの顔が暗くなる。


「お前達と一緒に居ればいる程思うんだ。根本的に強さが違う。アズガード帝国が簡単にやられたように、私ではまともに相対出来ない。だがそうなると私はどうなるのだろう、と。戦闘面でお前達に劣る私は何時かお前に飽きられるのではと、そう思った。だがそうなるとリールはどうなる? リールがこの艦に入れるのはお前が私を気に入り、そしてその姉妹だからという理由だ。だが、だがだ! もしお前の興味が失せて私が不要になったらリールも危ういじゃないか! 私自身はどうなっても良い。だが妹は、リールだけは何とかしたかった」

「…………」

「じゃあどうすれば良い? 色仕掛けでもしてお前に媚を売れば良いのか? だが駄目だった。私にはそういう魅力も無いしそもそもやり方も分からない。それにそんな事をしてもお前はきっと興味を持たないとも思った。だから」

「武を上げて己を証明しようとした、か?」


 問いにセラは小さく頷いた。


「そうだ……。こんなタイミングで魔力の通じない敵が現れた。不謹慎だとは思う。最低な考えだとも思う。だがそれでも私は思ったんだ。ここで私の有用性を示さなければ、と。……だが結局、ただの足手まといだったな。お前の危惧の通りだ」


(……ん?)


 セラの言葉に首を捻る。だがそんなこちらには気づかず、セラは身を乗り出してきた。


「だが、だがだ! 私はリールを守りたいんだ! 今更アズガード帝国には戻れない。何でもいい、雑用でも囮でもやれることは何でもやる! だからどうかリールだけは……!」

「………………まあ何となく理由は分かった。だから落ち着け」


 乗り出してきたセラを抑えるとセラは不安げな顔でこちらを見つめていた。そんな彼女にどこから話すべきかと考える。彼女の話したことを頭の中で整理し、考え、そして結論が出た。


「あーまずだな。とりあえず言っておこう。―――――阿呆」

「なっ!? 私は真面目に――」

「尚更だ馬鹿。根本から間違ってるぞお前。俺は別にお前の強さだけで気に入った訳じゃねえ」

「何……?」


 訳が分からない、と言った顔をしているセラの様子に苦笑してしまう。どうやらこの女は本当にわかっていないらしい。


「俺が一番気に入ったのはな、実力差が分かりきっていても躊躇わず全力で挑んできたその気概だよ。気概。後はまああれだな。あの光るやつ。あれも中々綺麗だったしな」

「き、気概? 綺麗!?」

「そうそれ。本当だぞ? それにお前、俺が危惧したとか言っていただが何の話だあれは?」

「そ、それは今回の作戦の事だ! 私が行くと言ったのに着いて来たり、それに『お前一人では』と言ってただろう?」

「着いてきたのはお前が妙に焦っていたのが気に食わなかったから。それにお前、一人で武器庫行ったとして、どうやってその武器を持ってくる気だったんだ?」

「……………………………………あ」


 本当に、考えて無かったのか。セラの口がポカンと開いた。どうやら相当思い悩んでおりそこを考慮していなかったらしい。


「お、お前本当に考えてなかったのか……? それは正直……引くぞ?」

「~~~~~~~~~っ!」


 先ほどとは別の羞恥でセラが顔を真っ赤に染めて蹲った。

 

「俺が来たのはそういう意味だ。生半可な奴じゃ奴らの餌にされるからな。俺だったら対抗できると踏んだし、武器を回収してもそれなりの量を持ち運びできる。異論はあるか?」

「………な、ない」


 消え入りそうな声でセラが頷く。そんな様子が面白く、ヴィクトルは笑みを浮かべた。


「ま、お前の危惧も尤もかもしれないな。だが安心しとけ。今のところこんなオモシロ人材を手放す気はねえよ。それにお前の考え方は嫌いじゃない。むしろ好きな方だな」

「か、考え方?」

「そうだ。媚を売るんじゃなくて力を、武を示そうとしたって所だ。前者より後者の方が遥かに俺好みだ。だがまあそうだな……どうしてもお前が不安だっていうならだな」


 きょとん、としたままのセラに近寄りその顎に手を添える。びくっ、とセラが体を跳ねさせた。


「な、何を……っ!?」

「媚を売られるのは嫌いだが、そんなもん抜きでお前自身が俺のモノになってくれても良いぞ?」


 瞬間、セラの顔が真っ赤に染まった。


「おおおまおまおおおまえ! 急に何を言っている!? 第一お前、女に興味が無いんじゃないのか!?」

「ちょっと待て何だその誤解は!? 色仕掛けの罠や媚を売るしか能が無い奴は論外だが俺は一応男だぞコラァ!?」

「い、いや、確かにそうだが……しかしなんでいきなり……っ!?」


 顔を赤く染めたままセラが後ずさる。


「いきなりでも無いが。元々お前の事は気に入ってたし。それにまあアレだな。さっきは中々に楽しかったしな」

「さっき……? っ!?」


 セラの肩――先ほどの傷を見ながら告げるとセラも気づいた様だった。そう、先ほどの口づけの件だ。


「その様子だと覚えてんだな? 何で俺があんな事をしたのか分かるか?」

「か、からかうな! 魔術に疎い私でも予想位出来る。何らかの方法で私の傷口を癒してくれたのだろう? そうで無ければこれに説明がつかない」


 肩の傷口を撫でながら答えるセラに頷く。


「正解だ。正確には癒したというより回復を早めた感じだな。俺とお前の間に主従の回路を創った。その回路を通じて俺の血と魔力の供給で回復させた形だな。言っておくが勝手に主従にしたとかいう文句は受け付けねえぞ」

「見くびるな。その必要があったと言うのならそれを攻める理由は無いだろう」


 馬鹿にするな、と言った様子で答えるセラにヴィクトルはますます笑みを深めた。やはりこの少女は強い。強く、そして誠実だ。だがだからこそ、その顔を崩すのもまた楽しい。


「実はな、あの術には条件があるんだよ」

「条件……?」


 訝しげに首を捻るセラにヴィクトルは笑顔で告げる。


「簡単だ。相手を『屈服』させるんだ」

「……は?」

「だから屈服だよ屈服。本来なら戦闘で叩き潰して泣き入ってる相手を地べたに根転がせてその頭に蹴りを入れつつ『ごめんなさい』って言った時に使う術だな。ポイントは言葉の途中で蹴りを入れてそう簡単には言わせない事だ。その方が後々従順だからな。つまり早い話、『ごめんなさいもう貴方には敵いません』と認めさせるって事だ」

「そ、そんな術をかけられたのか……? いや、しかしじゃあ私は――」

「忘れたのか? お前も屈服したぞ。よーく思い出せ。途中からお前、動かなくなっただろ」

「……ぁっ…ぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 セラも思い出したのだろう。その顔が最早真っ赤を通り越して真っ青に変わりつつあった。


「あ、あれはだな! 体が上手く動かなかったし痛みでそれどころじゃなかったしそもそも意識がだな!?」

「そうだなー。最初は結構暴れてたもんな。だけど段々抵抗が薄れていって最後には無抵抗だったぞ?」

「―――――――――っ!?」

「俺も途中から楽しくなってな。術が終わった後もしばらく続けていたら、時々大きく跳ねたけどそれ以外はそれはもう大人しくていい感じだったな」

「言うなぁぁぁぁぁぁ!? …………ってちょっと待て!? 終わった後ってどういう事だ!?」

「そのまんまだ。あの術式は完成してたが面白かったからしばらく続けていた。まあつまりそんな訳でお前の屈服は無事住んで俺の従者となった訳だ。光栄に思えよ? 俺がこの術を使うのはこれで二度目だ」

「ぁ、ぁぁぁぁ……!」

「まあそういう訳で女性としてのお前も中々気に入った訳だ。本当ならここで魔王らしく強引に行くのも有りな気もするが、時間もねえしそろそろ行くか」


 もう十分に休んだだろう。立ち上がり準備を整えようとするが、セラは放心したように口をパクパクしながら座り込んだままだ。


「おいどうしうた? ああ、そうか。破っちまったから服が必要だな。俺のマントを羽織ってても良いが」


 後は、と少し考え思いつく。


「…………下着も必要か?」

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!?」


おまけ そのころのゼティリアさん


「…………この泥棒猫」

「ゼ、ゼティリア様!?」

「いえ、何か唐突に嫌な予感がしたので言ってみただけです。それより通信とカメラの回復を急ぎなさい」

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