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20.魔王様、油断大敵です

「彼らは大丈夫なんだろうか……」

「気にするな。ゼティリアが指揮してんだから問題ない」


 新生魔王城の隔壁によって閉ざされた区間を進みながらセラが背後を心配げに見つめる。だがその前を歩くヴィクトルは気にした様子も無く進んで行く。そんなヴィクトルの様子にセラはため息を付くと背後を振り切り後に続いた。


「まあ流石に俺も隔壁を開けた途端に連中がわんさか出てきたときには驚いたけどな」

「生きた心地がしなかった……」

「それより通信は? 繋がらねえのか?」

「……駄目だ。繋がらない。恐らくだがあの生物の仕業だろう」

「仕業って言うと?」

「リールが言っていた。奴らの鋏は武器でもあり、アンテナでもあると。何らかの音か電波か。詳細は不明だがそれを発信して、仲間同士交信してるらしい」


 二人の目的はこの宇宙戦艦新生魔王城に侵入した生物――魔王命名ボブ――の駆逐の為に武器を入手する事。魔力に関した攻撃が効かない以上、アズガード帝国の兵器で倒すのが最も効果的だからだ。だがそう言った強力な武器の殆どは当然ながら武器庫の中だ。小さな銃やDATEブレード程度なら手元にあったが、数が少ないうえに艦内で増殖を続けるボブを駆逐するには力不足。故に、武器庫に行く必要がある。

 当初の作戦では隔壁を一部開放して二人が侵入。ボブから姿を隠しつつ武器庫へ辿り着く予定だった。当然ながら監視カメラでボブの姿が無い事を確認した上で、隔壁を開放した。だがその途端、まるで甘い匂いに引き寄せられた虫の様に、一斉にボブの群れがそこに殺到し始めたのだ。

 ヴィクトルとセラは慌てて敵の少ない通路へ入り、そしてボブの群れは開いた隔壁の向こう側へ行こうと殺到した。そして先ほどの館内放送での騒ぎである。武器は少ないが足りない分は魔族達やゼティリアの人形たちが剣や槍、ナイフや盾。果ては皿やフォークを超高速で投げつけるという極めて原始的な方法で足止めしていた。ゼティリア達がその後どうなったかは不明だが、ヴィクトルはあまり気にしていない様であった。そしてあちらにボブが向かった分、二人が進む道には敵の姿は無い。


「最初に奴らが出てくる前、通信機にノイズが走りそれっきり使えなくなった。連中が発したその交信の電波か何かが強すぎてこちらの機器にも異常が出たらしい」

「どうりて所々停電してるわけだ」


 二人が進む通路はヴィクトルが言うように所々停電している。また、部屋に入るための電子ロックなども機能を停止していた。


「回線が焼切れたか何かだろう。幸い、戦艦全体に影響が出るほどまでは行っていないが、奥に進めば進むほど酷くなるぞ」

「なるほどねえ。武器の方は大丈夫なのか?」

「DATE兵器はその特性上、元々そういうのには強く出来ているからな。起動には問題ない」

「一先ずは安心か」


 興味深げにヴィクトルが壊れた電子ロックを叩きつつ頷く。そんなヴィクトルにセラはずっと考えていた事を聞く事にした。


「しかし、お前は本当に来て良かったのか?」

「あん?」


 先を進むヴィクトルが怪訝そうに振り返る。その手でにはDATEブレードを持っている。これは作戦開始前にゼティリアに持たされた物だ。同じものをセラも持っている。そのブレードを見つめつつセラは呆れた様な顔をした。


「お前達魔族はボブ……この緊張感のない名前は何とかならないのかっ!?」

「何勝手にキレてんだ。それより言いたいことがあるんだろ」


 生物につけられたあまりにもアレな名前を口にしたセラがげんなりとするが、直ぐに気を取り直すと問う。


「……アイツらは魔力を吸うのだろう? だからこそお前の部下はやられた。故に対処に当たるのは私が適任という話だったと思うのだが」

「さっき言っただろ。俺の城で暴れるゲテモノ共をこの目で見てみたい」

「しかし……」

「それにお前一人ってのも……いや、なんでもない」

「……」


 こちらを見て何かを考える素振りを見せるが、ヴィクトルは最後まで言わなかった。その事にセラは心の中で密かに嘆息した。


(私一人では不安だったという事か……)


 その事実がセラに重く圧し掛かる。分かってはいるのだ。この魔王達と自分達の間には埋めようのない力の差があることなど。そんなもの、アズガード帝国の兵として戦った時。そして捕らわれた後、ヴィクトルの気まぐれで一対一で相対した時に心底思い知らされた。

 だが駄目なのだ。このままでは行けない。この気まぐれに乗っているだけではいつか――


「―――おい、聞いてるのか?」

「っ、す、すまない」


 考えにふけっている間に話しかけられていたらしい。セラは慌てて意識を戻す。


「で、俺が来た理由だがまあ他にこれる奴もいないからだな。今回に関しては四天王も相性が悪い」

「相性……?」

「そうだ。ネルソンはさっきも見たとおり奴らに触れると吸収される。あいつが新しい世界に目覚めてそのまま完全に吸収される訳にもいかねえだろ?」

「確かに……」

「ゼクトは接近戦が出来ない訳じゃないが、アイツは基本的には砲台型の魔導師だ。歳も歳だしボブと肉弾戦は無理だろうよ」

「というかあの老人はまた引き籠ったと聞いたが……」

「…………気にするな」


 ヴィクトルが遠い目をしたのでセラもそれ以上は突っ込まなかった。


「ガルバザルの場合はあの馬鹿がこの城の中で暴れたら壊れちまう。最後にサキュラだが、接近戦が出来ない訳じゃないし十分に強いが、アイツの本領は間接的な攻撃だからな。それにそもそも妊娠中だ。前に出す気にならん」

「そもそも何故彼女はそんな身で付いてきたのだ……。しかし他にも部下は居るのだろう?」

「居るには居る。が、魔力吸収がネックだな。それが無けりゃあんなボブ共に引けを取る様な連中じゃないが、力を奪われていくとなると断言できん」


 つまりボブとまともに戦える戦士が居ないという事だ。成程、とセラも理解したがふと一つ疑問が沸いた。


「ゼティリアはどうなんだ? 彼女も強いのだろう?」


 魔王の副官であるゼティリア。四天王ではないが彼らと肩を並べて常にヴィクトルに使えており、他の魔族達も彼女を敬っている。だが実際に彼女が魔王軍でどういう立ち位置なのかがいまいちはっきりしないのだ。


「まあゼティリアならこういうのは得意かもしれんが……やっぱ駄目だ」

「何故だ?」


 何故か濁すような言い方を下ヴィクトルにセラは首を傾げた。そんなに妙な質問だっただろうか? 


「ああ、アイツは……ん?」


 不意に音が響く。金属を擦れ合わせた様な不快なその音は前方、通路の先からだ。先にヴィクトルが気づき、セラもそれに気付くと銃を構えた。


「どうやら来たみてえだな」

「その様だ」


 やがてその音の正体が姿を現す。新生魔王城内を我がもの顔で闊歩する生物、ボブだ。数は4匹。

 セラは相対する為に前に出ようとするがそれをヴィクトルが止めた。何故、と視線で問うと彼は笑い、


「試しだ。俺がやってみる」


 そう答えると何の気負いも無しにボブへ近づいて行く。当然ながら相手はそんな呑気なヴィクトルに合わせる事は無い。ヴィクトルとほぼ同じ高さを持つその巨体を沈ませたかと思うと、それをバネに一気にヴィクトルに飛びかかった。


「魔王!?」


 両者が激突し空気が震えた。ボブはその鋏の様な咢を突きだしており、その鋏をヴィクトルが素手で掴んで止めている。だが当のヴィクトルはたいして気にした様子も無く頷く。


「成程、確かに力が吸われている感覚があるな」

「お、おい魔王!? 大丈夫なのか!?」


 怪物は魔力を吸う。それはつまりヴィクトルのも同様であり、事実ヴィクトル自身がそう言っている。だが吸われている筈のヴィクトルは弱ることも無く居たって普通だ。いや、それどころか掴んだ鋏を無理やり拡げていく。ミチミチ、とボブの鋏が音を立てて千切れていく。緑色の体液が漏れ出し、悲鳴を上げるがヴィクトルは当然無視。そのまま力任せにボブの鋏を文字通り千切った。ボブが体液をまき散らしながら悲鳴を上げる。


「死ね」


 対してヴィクトルの動きは単純だった。悶えるボブ目掛けて無造作に、尚且つ容赦なく蹴りを入れる。金属が潰れた様な音と共にボブが蹴り飛ばされ、背後の仲間もろとも壁に叩き付けられた。叩き付けられたボブたちがしばらくは動こうとしていたがやがてその眼の光を失いがくり、と動きを止めた。


「…………」


 その光景にセラは唖然とするしかない。あれだけ天敵だ何だという話をしていたというのに、結局のところ魔王の前では無意味だったという事だ。それは喜ばしい事なのであろう。魔力を吸われても魔王ならば敵を倒せるのだから。

 だがセラの心境は複雑だ。いや、焦っているとも言っていい。そんな思いが思わず声に漏れる。


「もう、お前一人でどうにかなるのか……? 私は――」

「っ、おい! 上だ!」


 反応できたのは今までの経験の賜物だろう。ヴィクトルの警告と同時に頭上に感じた悪寒。咄嗟に振りあがると天井を小型のボブ――おそらく幼生体だろう――が伝いこちらに飛びかかろうとしていた。


「くっ!」


 慌てて横へ飛ぶ。同時に小型のDATEライフルの銃口を幼生体へ向け発砲。幼生体だからだろうか? 着弾の衝撃に耐えられず幼生体の体が弾ける。だがその後ろから次々と幼生体が現れて来ては二人目掛けて襲い掛かってきた。


「くそっ、キリが無い!」


 片手でライフルを撃ちながら、もう片方のDATEブレードで撃ち漏らしを切り払う。その前方ではヴィクトルが襲い掛かってきた幼生体を掴んでは握り潰し、拳を叩き付け、果ては蹴り飛ばしているが数が敵の数は一向に減る様子が無い。


「ああもう鬱陶しい!」


 ヴィクトルもいい加減苛ついてきたのだろう。飛びかかってきた幼生体を殴り飛ばすと、次々に湧き出てくる幼生体の群れに手を向けた。


「魔王! 魔術は――」

「分かってる! これならどうだ!?」


 ヴィクトルが向けた手。その先に光が灯り、そして衝撃を伴って弾けた。轟音が響き、ビリビリと艦内が震える。


「どーだ!? 魔力は駄目でも間接的に起こした衝撃波は防げねえだろ!」

「くぁっ……!?」


 その轟音にセラも思わずよろけるが、衝撃波を受けた幼生体達はそれどころではない。文字通り吹き飛ばされ、壁に叩き付けられていく。だがまだ動いている。


「ちっ、この程度じゃ倒す程までじゃないか。セラ!」

「っ、わかってる!」


 ヴィクトルの意を察したセラがDATEライフルの出力を操作する。最大出力を超えた危険域寸前までだ。本来の耐えられる出力以上を設定されたライフルは放電を始め、高熱を伴っていく。それを確認するとセラは躊躇なくそのライフルを一まとめにされて蠢いている幼生体へと投げつけた。


「引くぞ!」

「了解っ!」


 ライフルと交差するように、前方に居たヴィクトルが背後に跳ぶ。それを確認するとセラは懐からもう一丁の銃――実弾の自動拳銃を抜くと放電を大きくしたDATEライフル目掛けて、撃つ。

 刹那、限界を超えたDATEが着弾の衝撃で暴走を起こし、周囲の空間を巻き込み大爆発を起こした。


「くっ!」

「来い!」


 紫電を伴った炎が迫る中、セラとヴィクトルは全速力で炎から逃れる為に走る。先を進んでいたヴィクトルが咄嗟にロックの壊れた部屋に入るとセラも部屋へ飛び込むと急いで扉を閉めた。

 ごぉぅ、と腹に響く振動と音。そして熱が扉越しに伝わる。ロックが壊れている為に開きそうになる扉をヴィクトルが力任せに押さえつける。


「威力デカすぎだ! 艦もボロボロじゃねえのか!? ゼティリアに怒られるぞ!?」

「他に方法があったか!?」

「無いな! 後で一緒に怒られるぞ! いいか、お前も一緒だからな!?」

「子供か!? というか益々彼女の立ち位置が分からないっ!」


 お互い叫びあっている内に漸く爆発が収まってきたのか振動が少なくなっていった。その事にセラが安堵し、体の力を抜いた時だった。キリキリキリ、とまるで金属の擦れあう様な音が聞こえてきたのは。

 

「セラ!」

「ここにもっ!?」


 元は倉庫であったこの部屋はそれなりに広く、あちこちに資材が積まれている。その資材の影に隠れるようにして潜んでいたのだろう。暗がりからボブが姿を現した。その姿を見るが否や、セラはDATEブレードを片手に飛び出す。


「おいっ!」

「私が!」


 背中にヴィクトルの声を受けながらセラはブレードを一閃。関節を狙ったその一撃がボブの巨大な前脚を二本同時に斬り飛ばした。ボブが悲鳴を上げる。

 更にセラは返す刀でボブの頭部――目を目掛けてブレードを突刺した。ぶしゅ、と緑色の体液が飛びボブが断末魔の悲鳴を上げる。


「これで――」


 倒した。そう思った瞬間だ。息絶える寸前の目の前の怪物。その鋏が緑色に光り、そして何かを発射した。


「くっ!?」


 咄嗟に飛び退く。だが光を浴びた肩に焼けるような痛みを感じ、セラは顔を歪ませた。更にはDATEブレードは突き刺した状態で光をもろに浴び、そして溶けていく。


「何を……っ!?」


 その異様な光景に目を取られたのが失敗だった。真横の暗がりからもう一匹が襲い掛かってきた。咄嗟に銃を向けようとするが、肩の痛みで取り落してしまう。


「くそっ、何を焦っていやがる!」


 そのまま目の前の新たなボブが巨大な前脚を振り下ろそうとする寸前、怒声と共にヴィクトルが放った蹴りがボブを蹴り飛ばした。倉庫にあった資材もろともボブが壁に叩き付けられる。


「おいセラ! お前さっきから一体――」


 ボブを蹴り飛ばしたヴィクトルが怒った顔で近づいてくる。セラは肩の焼けるような痛みに耐え、息を荒くしながらも答えようとして、そして見た。ヴィクトルによって蹴り飛ばされたボブ。その体から何かが飛び立ったのを。


「っかぁぁ!」


 全身に力を込める。セラの髪から紅い燐光が舞い、そして彼女は跳び出した。ヴィクトルの下へと。


「っ!?」


 ヴィクトルも気づいたのだろう。驚き振り返った先には、目前まで迫った幼生体がその脚をヴィクトルに突き立てようとして、


「かはっ!?」


 それより早くヴィクトルを庇う位置に飛びだしたセラが、肩からの体当たりで幼生体を弾き飛ばす。

 だがその時、幼生体の前脚――獲物に卵を産み付ける為のそれがセラの肩に突き刺さった。





 それ(・・)は大きな振動を感知し動きを止めた。同時にアンテナの様な役割も持つ己の鋏が、愛しい子達が焼き尽くされたのを知覚する。


「―――――――――――!」


 上げるのは怒りと悲しみの咆哮。周囲の仲間達も同じように怒りを露わに咆えている。そしてそれらは理解する。この狩場の獲物は手強いと。

 撤退は無い。何故なら獲物は手強いが、その身に秘める力は極めて上質だから。そしてその上質な力の源である肉体は、繁殖の為の餌としても最高峰だからだ。故にそれらは諦めない。諦めないが、このままでは中々事が進まないのも理解していた。

 ならばどうするか?


「―――――――――――――――!」


 群れの中でもリーダー格であるそれは一際巨大な鋏を打ち鳴らし、音にならない叫び(・・・・・・・・)を上げる。周りの個体たちも同じように鋏を打ち鳴らす。周囲には鋏を打ち鳴らす硬質の音しか響かない。だがその音は重要では無いのだ。重要なのは自分達にしか知覚できない、宇宙に張り巡らされた回線を通じて届られる叫びだ。

そしてそれは応えた。




 声に答えたそれは動き出す。兵達が――まだ若い仲間達が伝えてきた情報。この上なく素晴らしい獲物が――餌があるという情報の下へ。

 休んでいた小惑星の地表からゆっくりと体を起こす。巨大な前脚をまるで杭の様に突き立て、体を起こしたそれは羽根を広げるとゆっくりと飛び立つ。そうして浮かび上がるその全容は一言で言うならば『巨大』であろう。何故なら、ガルバザルが最初に持ち帰った生物の塊。それを後2つも自らの腹の下に抱えていたのだから。

 新たな獲物を目指し、魔王達の襲う生物の母親(・・)が新生魔王城べ向けて飛び立った。


魔王様、うっかり


もうお気づきの方もいると思いますが、俗にいうセラさんヒロイン章

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