19.魔王様、殲滅作戦です
近未来的な艦内を昆虫染みた生物が蠢いている。大きさはまちまちだがその全てが硬質な表皮を持ち、動くたびにギチギチと擦れる様な音が響く。何匹も群れを成す生物たちが動くたびに鳴るその音は聞く者を不快にさせるのに十分だ。
艦内を進む生物の群れはやがて壁にぶつかった。分厚い鋼鉄の壁は艦の通路を閉じる隔壁だ。生物たちはその隔壁に己の鋭利な脚を突き立てるが、隔壁は分厚くそう簡単には破壊できない。それを悟ったのか生物たちは脚を突き立てるのを辞めると、鋏の様な咢をカチカチと鳴らす。すると音が鳴るたびに咢に緑色の光が宿っていく。そしてある程度の光を持った咢を生物は隔壁に叩き付けた。すると隔壁はまるで高温に晒されたかのように溶けていく。それを見た他の生物たちも同じように咢に光を灯らせ隔壁に叩き付けはじめた。
鋼鉄の隔壁はゆっくりながらも確実に溶けていき、ついには生物たちが通れるほどの穴がそこに開いた。それを確認すると生物たちは再び侵攻を開始した。
そんな光景を艦のカメラで見ていたヴィクトルはむぅ、と小さく声を漏らす。
「で、結局何なんだこいつらは?」
「一言で言うならば『謎』です」
もはやお馴染みの会議室の正面スクリーンの横で、ゼティリアは端的にそう答えた。
会議室にはヴィクトルとゼティリア。セラとリール。サキュラとネルソン。他にもいくらかの魔族が集まっている。
「現在この生物達は格納庫より艦内各所へ侵攻中。複数の隔壁を閉じる事で何とかこちらへの侵攻を遅らせていますが、先の様子を見る限り突破されるのも時間の問題でしょう」
スクリーンに艦の状況をブロックごとに分けた図が表示される。格納庫を示すブロックは赤に染まっており敵の侵攻を許した事を意味する。そしてその赤は格納庫を起点にじわじわと広がっている。
「被害は?」
「同胞が17体やられております。人間側の被害は皆無です。どうやら彼らを逃がす間にやられた様ですね」
「そうか」
目を閉じ配下達の健闘を静かに讃える。例え元は敵でも、今この間で働く人間はこちらに恭順した者達だ。そんな戦闘力が低い人間達を逃がす為に犠牲になったというのなら、その在り方を賞賛せぬわけにはいかない。
「続けろ」
「はい。この生物についてですが、アズガード帝国の資料にも該当するものはありませんでした。無論、我々の資料にも。まさに未知の生物というしかありません」
「だろうな。そして俺達の魔力を吸収する性質を持つ、か」
「はい。理屈や原理は不明ですがあの生物に我々の魔術――魔力を用いた攻撃は効いておりません。ですがそれ以外なら有効の様です」
ゼティリアがリールに目配せするとリールが頷き緊張した顔でゼティリアの横に立った。その手にはセラが切断した生物の脚が握られている。先ほどの戦闘の際、回収したのだ。
「これは姉さんが切断したあの生物の一部です。えーと、ネルソンさん。これを溶かすことができますか?」
「ふむ?」
スライムであるネルソンが興味を持った風で近づいてくる。スライム故に床を這う形になるネルソンがリールの足元まで来るとリールは脚を渡した。
「……む?」
ネルソンはいつもの様に己の体でそれを分解すべく取り込んだが、戸惑ったような声を漏らした。同時、ネルソンに取り込まれた生物の脚が淡く光りはじめる。
「こ、これは溶かすどころか吸い込まれていく様な……新感覚――――――っ!」
「はい、ありがとうございます」
ネルソンの雄叫びにリールは笑顔で返すと躊躇いなくその体に手を突っ込み脚を取り出した。脚を取り除かれたネルソンは上気した顔で―――いや、顔は無いがその表面は確かに先ほどより赤い――ハァハァと荒く息をしていた。
「く、クセになりそう……っ」
「と、この様にあの生物……正確にはあの生物の体組織には魔力を吸収する力があるようです。ですので魔族の皆さんにとっては天敵になり得ます。ですが他の攻撃についてはそうでも無いようです。……姉さん、お願い」
「ああ」
リールがその脚を床に置くと今度はセラがその横に立つ。そしてDATEブレードを起動すると勢いよく振り下ろした。
ギンッ、と鈍い音が響きブレードが脚へと突き刺さる。だが切断には至らなかった。セラは切断できなかったことに少し不満げながらもブレードを収容し脚を拾い上げる。それには大きな傷がついていた。
「この様に、かなりの硬度を持っていますが物理攻撃やDATE兵器は有効みたいですね。ですが触れるだけで魔力を吸収する性質の体組織な以上、魔族の方たちが近づくのは危険だと思います」
リールの説明にヴィクトルが頷く。
「まさに俺達の天敵の様な存在だが、なんでそんな奴が宇宙に漂っていたんだ? しかも最初は動かなかったんだろう?」
そこは大きな疑問だ。魔力を吸収すると言う特性を持つ以上、この生物は魔力を持つ何者かと敵対するような、少なくとも近しい世界で生まれた生物の筈だ。そんなものが何故宇宙を漂っていたのか。
そんな疑問にリールは首を傾げつつ答える。
「何らかの理由で母星を離れたか……もしくは仮説ですが種の繁栄の為かもしれません」
「繁栄? どういうことだ」
「それはこちらをご覧ください」
ゼティリアがスクリーンを操作する。すると艦内を闊歩する生物たちの姿と、それと戦く魔族達の姿が映し出された。
「これは先ほど捉えた映像です。件の生物は我らが同胞を倒すとその身を捕食し始めました」
「結構エグイ光景ですけどこの先があるんですよ……」
映像の中、倒れた魔族に数匹の生物が群がりグロテスクな食事が始まる。そのあまりにも凄惨な光景にリールが顔を青くしつつ、意味深な事を言う。セラも不快気に顔を歪ませた。
「倒した敵を捕食する。つまり奴らは餌を求めていたと言う訳か?」
「少し違います」
セラの問いにゼティリアが首を振る。映像の中では食事を終えた生物たちが残った魔族の死体に対してあの巨大な脚を突刺し始めた。二、三度それを繰り返すと生物たちは興味を失ったかのように死体から離れていき、死体だけが残された。
「先に進めます」
ゼティリアが映像を操作する。早送りされたスクリーンの中、映るのは死体だけであったが、そこに異変が起きた。絶命したはずの魔族の体が跳ねはじめたのだ。何事かと皆が見守る中、数度跳ねた死体が突如として破裂し、そしてそこから小さな虫の様な何かが湧き出てくる。
「うっ……やっぱり何度見ても流石にキツイです……」
リールがいよいよ見ていられないと顔を逸らす。セラはそんな妹を引き寄せ宥めつつ、自身も顔を青くしてその光景を見つめていた。
「ご覧頂いた通り、倒した敵を捕食するだけでなく、苗床として同族を増やしている様です。つまりこの生物の目的は食事ではなく、産卵と生まれた子の育成ではないかと。事実、セラ・トレイターが切断したその脚の中からも卵の様なものを検出しました。どうやらその脚は武器であると同時、産卵管といった生殖器の様なもののようですね」
「え……」
ぎょっとしたようにセラが持っていた脚を見やる。そんなセラにゼティリアは、
「分かりやすく言いますと陰茎です。陽根でも雄しべでもその他お好きな隠語がありましたら自由に表現しても良いですが」
「そ、そ、そんな心遣いは要らない!」
顔を真っ赤にしたセラが慌てて生物の脚を誰かに渡そうとするが全員が一歩引き拒否したため涙目になってしまった。そんなセラの様子に苦笑しつつ、ヴィクトルが背後からその脚を取り上げた。
「あ……」
「つまり奴らは俺達の魔力を吸収し、捕食し、そして子育ての為に襲っているという事か。気に入らんな」
「そ、そうですね。それに最初発見した時はまるで化石の様に固まっていたのも、エネルギーの消費を抑えるための仮死状態だったのではないでしょうか。そして本艦に回収された際に皆さんの魔力に反応して目覚めたとか……」
リールの補足にいよいよヴィクトル腕を組み『うーむ』と唸る。
「まさに俺達の天敵としか言いようがない生態だな。こんな生物が存在するとは……宇宙は広いなあ」
「全くです。というか広すぎでしょう。下手したら勇者達より厄介です」
「まさに化物ですな……」
「ねー? おねーさんもびっくりだわー」
口々に感心する魔王とその副官。スライム、そしてサキュバスの反応にセラとリールが何とも言えない顔をしていた。
「な、なあ魔王よ。私達からするとお前達も宇宙の広さの象徴みたいなものなんだが……」
「姉さん、姉さん! そのツッコミは既に私がしましたっ!」
さておき、敵の生態がわかったが今必要なのはその対処だ。格納庫を中心に侵攻してくる謎の宇宙生物たち。だがそこでふとヴィクトルは思い出した。
「そうえば格納庫と言えば、ガルバザルはどうしてる? この騒ぎの現況だろあいつは」
生物たちは格納庫に保管されていた謎の塊から生まれた。という事はガルバザルもそこに居る筈なのだ。
「ガルバザル様は事態の発覚と同時に外に追い出―――警戒をして頂いております。あのまま格納庫に居ても邪――いえ、襲われるだけなので」
「まあそれは当然の判断だな。なら後はこいつらか……」
スクリーンには今もなお艦内を侵攻する生物たちの姿が映し出されている。
「有効なのはDATE兵器や物理攻撃です。ですが我々魔族の場合、下手に近づくと魔力を吸われ、こちらは弱体化。あちらは活性化してきますので不利です」
「だが放っておくわけにもいかないだろう。接近戦が無理なら離れて狙うか」
「はい。既に一部の部隊にはアズガード帝国の兵器である銃を持たせております。最悪、全ての隔壁が突破されましたらそちらで応戦致します」
「だがあの硬質な皮膚ではそう簡単に倒せない」
ヴィクトルとゼティリアの相談にセラが加わる。彼女は難しい顔でスクリーンに映る生物たちを見ながら続ける。
「銃で関節を狙うか、威力の高い物で狙う手もあるが使いこなせる者が少ないだろう?」
「確かにな。因みに威力の高い物とは具体的にどういう武器だ?」
「アズガード帝国が侵略の際、現地の原生生物を倒す為に使用する徹甲弾。もしくは大型のDATEライフルなら出力を上げればそれなりの威力だ。だが――」
「それらの殆どが保管されている武器庫は既に敵が侵攻済みですね」
ゼティリアが冷静に状況を伝える。武器庫は格納庫寄りであり、そこは既に生物たちが侵攻済みだ。
「現在あるのは数丁の実弾銃と小型DATEライフル。それにDATEブレードのみです。数があまりなく、その銃も今は隔壁前に控えた部隊に持たせております」
「面倒だな……」
魔術が効かない以上、必要なのは大量の武器。だがその武器を入手するために武器が必要という事だ。
「仕方ない。ならここは俺が――」
「私が取りに行こう」
ん? と驚き振り返るとセラが真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「私なら魔力は関係ないし、近接戦闘もこなせる。銃も扱えるから適任だろう?」
「確かに、な……。だがどうして志願した?」
「どうしても何も。私ももうこの魔王軍の一員なのだろう? ならばやることをやる。それだけだ」
セラの意思は既に固まっているのか目を逸らさない。その隣でリールは不安そうに姉の横顔を見上げているが、姉の意思を汲んだのか何も言わずにいた、
「……」
ゼティリアに目配せすると彼女も頷いた。実際、セラが一番適任なのだろう。他にも人間は居るがその誰よりもセラの戦闘力が勝っているという事だ。
「……そうだな。なら行ってもらうか」
否定する要素は何もない。なら行かせるべきだろう。許可を出すと一瞬だがセラの顔に安堵を浮かべたのをヴィクトルは見逃さなかった。
(……?)
その表情を訝しむが、直ぐにいつもの真面目な顔に戻ったセラはゼティリアと武器庫に向かう為のルートの相談に入った為、問う事は出来なかった。だが何となく。そう、なんとなくだが……気に入らない。
だからだろうか。ヴィクトルは話す二人に近づくと宣言する。
「俺も行くぞ」
「え?」
「……本気ですか?」
驚くセラとゼティリアに自信満々に頷き返す。
「この俺の新生魔王城で好き勝手する馬鹿共を俺の手で叩き潰してやろう」
「だ、だが魔力を吸われたらお前達は――」
「多少吸われた所で俺なら問題ない。これは決定事項だ」
「……」
まだ何か言いたそうな二人だが、こちらが譲る気が無いと諦めたようにため息を付いた。そして二人コソコソと話し合う。
「ゼティリア……お前も大変だな……」
「わかってくれますか」
何やら二人はブツブツと言っているが無視。そんな中、サキュラが『はーい』と手を上げた。
「セっちゃんとヴぃっくんが行くのはいいけどさ、いい加減あのヘンテコ生物に名前をつけよー」
「名前?」
「確かに、いつまでも謎の生物では不便ですね。情報伝達の際にも報告がバラバラですし私は賛成です」
ゼティリアも同意する。セラも同意見なのか頷いていた。
「しかし名前ですか……何か思い浮かびますか?」
「いや、私はそういう事は苦手で」
「わ、私もです」
「んー可愛い名前がいいな~」
女性四人が考え始めるが、正直名前などどうでもいい気がした。
「何でもいいから早く決めておけ。時間はそんなにないぞ」
「……では魔王様。折角ですので魔王様がお決めください」
「俺か?」
ゼティリアからの願いにヴィクトルは少しだけ考え――しかし面倒になったので考えるのを辞めると投げやりに答えた。
「じゃあボブで」
『全魔王軍に通達! これより宇宙生物ボブの殲滅作戦を開始します! 各位、決められた位置に付きボブ殲滅に全力を―――ってゼティリア様? 本当にこんな名前で良いんですか!?』
『主人の命令は絶対です』
そんな艦内放送が聞こえた時、新生魔王城内の人間たちは揃って首を捻った。
「なあボブって……なんだ?」
「さ、さあ? あの怪物の事を言ってる様な気もするが……ボブ?」
「ね、ねえそこのあなた。どうして頭を抱えているの? 気分が悪いの?」
「違う……ただ、俺の名前……ボブって言うんだ」
『ああ…………』
『魔王様とセラさんが隔壁内に入りました――ってうわっ! 大量のボブ出現です!? 各員、撃て撃て撃てーー! うわ、飛んだ!? ボブに翅が生えて飛んだ!? しかもデカっ!? 巨大ボブかー!? 撃ち落とせ――!』
何故か続く館内放送によるボブ殲滅作戦の実況を耳にして、人間達は目の前に居るボブ(人間)に対して同情した。
宇宙生物ボブ爆誕
世界各地のボブさん ごめんなさい




