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18. 魔王様、天敵です

 魔族にも休息は必要だ。人間に比べれば長時間連続で活動する事はできるが、それでも永遠ではない。無理に長時間活動を続ければ必ずどこかでガタがくる。それは魔王だろうと変わらない。違うのは一回一回の休息の感覚が長い――つまり長時間活動できるという点である。


「それではお休みなさいませ、ヴィクトル様」

「ああ。お前も休んでおけよ」


 元はこの戦艦の司令の部屋を改造して準備されたヴィクトルの部屋。その入り口で頭を下げていたゼティリアはヴィクトルの言葉に面を上げた。


「しかし主が不在の時こそ私が――」

「とか言って俺が起きてる間もずっと起きようとしてるだろ。とにかく休め。出ないとまた無理やり寝室に叩き込むぞ」


 呆れながら答えるヴィクトルはマントを外すとゼティリアに近づき、その頭をわしゃ、と撫でた。ゼティリアはそんな主君の行動に一瞬驚き、そして観念したのかため息をつく。


「分かりました。また以前の様に運ばれるのは耐え難いのでそうさせて頂きます」

「おーおー、それでいい」


 ヴィクトルが満足したようにカラカラと笑うと離れていく。そして改造されたこの部屋の中央に備え付けられたベッドに身を投げだした。その姿にゼティリアは眉を潜める。


「皺になります」

「わかってる。この後に湯を浴びてから寝るさ。さ、お前も早く寝とけ」


 寝転がったまま手をひらひらとさせるその姿はおよそ魔王とは思えぬ子供の様だ。だが自分の主がそんな様子なのはいつもの事。ゼティリアは『失礼します』と最後に一言告げると部屋を出ていく。

 部屋を出たゼティリアはそのまま自らの部屋へと向かう。こっそり仕事をすることも考えたがきっとバレてしまうだろう。その後にヴィクトルが苦い顔をするのは目に見えている。幸い、今は緊急の案件も無い。ならば言葉に甘えて休息を取るのも良いだろう。

 そんな事を考えつつ自室に戻ったゼティリアはシャワーを浴びるとヴィクトルの様にベッドへと飛び込んだ。これは決してヴィクトルの真似をしたわけではない。そう、決してそうではない。ただこの不思議な素材でできたベッドの弾力性を改めて確かめたくなっただけだ。

 このまま寝てしまう事も考えたが、ふとあることを思いつき起き上る。そして部屋の壁に備え付けられた引き出しから何枚かの布を取り出すと膝に置いた。そして針や糸、その他の小物を手の届く範囲におけば準備完了だ。

 裁縫。それがゼティリアの数少ない趣味だ。大分昔に覚えてからずっとその腕を磨いてきた。残念ながら彼女にそれを教えた人物は縫う事は無くなったが、ゼティリアはずっと続けている。オペ子達の来ている服もゼティリアが自ら仕立てた物であり密かに自信作である。当然、自分が普段着ている服もだ。


「…………」


 針を刺し、糸を通し、返し、また刺す。己以外誰も居ない部屋で黙々とその動作を続ける。慣れ親しんだその動きと、少しずつ出来上がっていく己の作品に安らぎを感じる。休めと言ったヴィクトルが見たら呆れるかもしれないが、ゼティリアにとってはこれも休息の一つだった。事実、疲労よりも趣味に没頭していることによる心地よさが己を包んでいるのを自覚すしている

 黙々と続ける。今縫っている物は少し前から始めた物だが大分完成に近づいてきたため、いっそ今日完成させてしまおうと決めた。そうと決まればとゼティリアはいつもの無表情に少しだけ柔な雰囲気を浮かべ更に進めようとして――


『ぜ、ゼティリア様~~~!?』


 突如部屋の端末から響いた情けない叫び声に眉を潜めた。手を止めて通信を繋げるとオペ子2号が涙目でなにやら喚いている姿映る。


「…………なんでしょうか」

『あ、あれ……? ゼティリア様もしかし機嫌悪いですか……?』


 涙目のオペ子2号はこちらの顔を見るなり顔を引き攣らせた。失礼な。


「そんな事はありません。ただ少し――色々と興が乗ってきた所で邪魔をされてどんな仕置きをしようか考えていたところです」

『完全にクロじゃないですかーーーっ!? 何されるんですか私――!?』

「静かにしなさい。それよりも何事です」

『そ、それがそのなんていうかアレなんですよ! とにかく大変で!』

「報告は明瞭に。今ので仕置きが増えましたよ」

『えー!? どうすればいいんですか!?』

「どうでもいいから早く報告をしなさい」

『では私が説明いたします』


 わんわん騒ぐオペ子2号を押しのけるように映るのはオペ子1号だ。彼女はゼティリアに一礼すると端的に、状況を述べた。


『化け物です』

「………………は?」


 何を言っているのだろうか。ゼティリアがそう悩んだのも無理は無かった。





「この野郎おおおおおおおおおおおお!」


 緑色の巨体と額に生えた一本角。そして手には岩の塊のような鈍器を持ったオークが、突如船内に現れた昆虫染みた生物に鈍器を叩き落とす。硬質の肌を持った生物に加えられたその一撃が生物の表面を叩き潰し、内臓を擦り潰す。だがそれでも生物は止まらず、その鋭く巨大な脚でオークを突刺した。


「がっあああっぁぁ!?」


 突き刺されたオークが悲鳴を上げる。それを意に介さず生物はオークを引き寄せ、頭部の鋏の様な咢で――切り裂いた。


「―――――――っ」


 オークが絶叫を上げて絶命する。するとその死体へ別の個体が群がり食べていく。だがそこに炎弾が撃ち込まれた。


「ほほほほほおほほ! 何やら知らない生物だがこの私の炎の前では無力!」

「キャー、リー君カッコいい!」


 そう叫ぶのは長い舌をチロチロと出し入れする人型のトカゲとも言える外見のリザードマン。その手には剣と盾が握られている。その横にはうねうねと蠢く触手の塊のような魔族が声援を浴びせている。


「任せなさい。ええそうともこの私に任せない! 私の炎はいずれガルバザル様を超えゆくゆくは5人目の四天王に―――――――あら?」


 高らかに叫んでいたリザードマンだが、その動きが止まる。理由は簡単。今しがた自分が放った炎弾を浴びたはずの生物が無傷で炎を抜けてきたからだ。


「このっ」


 慌てたリザードマンは腹に力を込めると咢から炎弾を吐きだす。何発も放たれたそれは謎の生物に直撃しその体躯を砕き、焼き尽くす筈だった。だが、


「うそん……」


 吐きだされた炎弾それは確かに直撃した。だがその炎はまるで吸い込まれるかのように生物に取り込まれていく。そして残ったのは無傷の生物とポカンと口を開いたままのリザードマン。

一瞬の硬直。そして謎の生物たちは一斉にリザードマンに跳びかかった。


「きゃあああ!? 何っ!? 何コイツら!?」

「リー君落ち着いて! 敵いそうにから私は逃げるから時間稼ぎを……テメエコラ私の体掴むな!? 逃げれないだろうが!!」

「うるさいわね!? 一人で逃げるんじゃないわよ!? ってかヌルヌルし過ぎよアンタの体! キモッ!?」

「言ったな!? 言ってはならない事を言ったなこのカマトカゲ!? テメエ雄のクセに喋りがキメエんだよ!?」

「それはアンタも一緒でしょう!? ってうわ来たぁぁぁぁぁ!?」


 言い争う2匹を追い詰めるかの様に生物たちが一斉に群がっていく。そしてその咢が2匹を捕えようとした瞬間、その生物に光弾が叩き付けられた。


「全く、何をやっているのじゃ……」

「ぜ、ゼクト様!」


 逃げた先から悠然と歩いてきたのは杖を片手にしたゼクトだ。光弾に生物が怯んだすきに逃げ出した2匹は頼もしすぎる援軍の姿に歓声を上げたる。そんな様子にゼクトは満足そうに頷く。


「誇り高き魔王軍がこんな連中に引けを取ってどうする。何とも情けない」


 ヤレヤレ、とため息を吐きつつゼクトは手を生物たちに向け、


「この新生魔王城でのこれ以上の狼藉は許さぬよ。この魔導大元帥ゼクトが掃除してやろうぞ」


 その手が一瞬光ったかと思われた瞬間、先ほどのリザードマンの炎弾とはくらべものにならないほどの威力と量の炎が放たれた。艦の通路が炎で埋め尽くされ生物たちもその炎に塗りつぶされていく。


「どれ、こんなもんじゃの」


 炎を背にゼクトは満足げに振り返る。自らの両腕を広げここぞとばかりに大魔導師アピールを忘れない。


「どうじゃ? これで解決……どうした?」


 振り返った先に居た2匹の魔族は微動だにせずゼクトの後ろを凝視しており、期待していた賞賛の言葉が来ない。その事を不審に思いつつゼクトは振り返り、そして絶句した。

 今しがた自らが放った炎。それが急速に収束していきそして無傷の生物たちが現れたのだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 居た堪れない沈黙が周囲を包み込む。その沈黙を破ったのはやはり生物の方だった。ギシギシと硬質の体を軋めかせながら進軍を再開する。


「また来たあああ!? ゼクト様の役立たずー!?」

「な、なんじゃと!? そんな事は――」

「これはマジでマズイわよ!? ゼクト様も早く逃げましょう!? 魔術が意味ないゼクト様なんてただの加齢臭のする爺なんだから!」

「むしろ枯れ枝!」

「儂の扱い酷過ぎない!?」


 ぎゃあぎゃあと喚く彼らは一目散に後退していく。


「というか何あの化物! 魔術が聞いてないわよ!?」

「反則っ、反則すぎ!」

「ぬぅぅぅぅぅ!? こうなったら先ほどより威力の高い奴を叩き込んで―――」


 己の唯一の売りを否定されたゼクトがこめかみに青筋を浮かべて杖を握りしめる。だが彼が何かをするより早くそれを止める声がした。


「それは艦が巻き添えで破壊されるのでやめてください」

「およ?」


 声のした方向、前方にはいつものメイド服を着たゼティリアが居た。その姿にリザードマンと触手が歓喜の声を上げる。


『ゼティリア様! やった! 枯木よりも頼りになりそう!』

「お主ら……儂泣くよ?」


 息も絶え絶えの2匹と目元に涙を浮かべたゼクトの姿にゼティリアは頷くと生物に目を向ける。そして己が手を振るうとその指先から伸びた蒼い光の糸が生物たちを突刺さんと迫る。だが、


「……駄目ですね」


 伸ばされた魔力の糸は生物の表面に当たるとまるで取り込まれていくかのように消えていく。その光景にゼティリアは眉を潜めた。


「ど、どうするのですかゼティリア様……」

「や、やはりここは儂が大魔術で」

「それはやめて下さいと申しました。それに状況はある程度モニターしていたのでこの展開は予想済みです。ですのでこんなものを用意しました」


 淡々と答えるとスカートの裾に手を伸ばし、そしてあるものを取り出した。

 それは鉄の無骨な武器。凹凸の激しい硬質の表面と重みをもっており、アズガード帝国では対人武装としてポピュラーな物。即ち――銃。それも種類としてはサブマシンガンと呼ばれるものだ。


「慣れない武器ですが、ここでは有効と判断します」


ゼティリアはそれを構えると躊躇いなくその引き金を引いた。途端、船内にけたましい銃撃音が連続で響く。放たれた銃弾は生物へと殺到するが全てがその硬質の肌に弾かれてしまう。その事にリザードマン達の顔を引き攣るがゼティリアは小さく頷き、


「成程。つまりこれは吸収されないようですね」


 冷静に己の戦果を確かめるとい一歩横に引いた。


「では次はお願いいたします」

「ああ」


 ゼティリアの声に答えたのは赤い風だ。紅の長髪を靡かせその手に実剣を手にした女性――セラが生物たちに突っ込んでいく。

 生物たちは突然現れた獲物に驚くことも無く――そもそもそんな知能があるのか疑問だが――その鋭利な脚を振るう。一方セラはその脚の動きを見据え腰を落とし紙一重で避けると刃を振るった。

 ギンッ、と鈍い音が響く。生物の脚を狙いセラの振るった刃は刀身がひん曲がり、一方生物の脚は無傷。だがセラは動じずにその剣を棄てると腰に差していたDATEブレードを展開。即座に振りぬく。

 再度、鈍い音と共にブレードは弾かれた。だが攻撃を受けた生物の脚には薄くだが傷がついている。


「こちらは効くか。ならば」


 弾かれた衝撃を利用しその場でそのまま一回転。そして遠心力を乗せた一撃を再度生物へ振るう。狙うは――関節。

 直撃すると同時、先ほどまでとは違って確かに何かを斬りさく感覚。そして生物の脚が宙を舞い、切り裂かれた関節から緑色の液体が噴出した。生物の悲鳴のような声が上がる。


「お約束だな。ならこれも通じるか?」


 脚を斬り飛ばされて一時的に混乱した生物の頭部。そこにある不気味な色を湛えている眼に懐から抜いた銃を突きつけ、引き金を引く。

 先ほどのゼティリアとは違い、大口径の自動拳銃から重い銃撃音が響く。セラの狙いは的中し、銃弾は生物の眼を突き破り体内へと撃ちこまれた。その衝撃で生物の頭部が爆ぜ、動きが停止した。


「これも有効。どうやら私向けの敵らしいな」


 己の戦果に満足したセラは動かなくなった生物を蹴り飛ばし残る生物たちに目を向ける。


「では残るを片付けるとするか」


 そう宣言すると生物たちへと突き進んでいった。





「うわーあの人間すげー」

「エグィわね……うわっ!? 今度は目に刃突刺してグリグリしてるわよ!? 怖いわねえ……」

「けどゼクト様よりは役に立っている様な……」

「そうよね。というか何なのよあの化物! 私の炎弾も効かないし非常識にも程があるわっ」

「全くだよねー。私なんて体の半分食われてちゃったよ。まあ触手だから一週間くらいで回復するけどね」

「酷い事するわねえ。魔術は効かないわ私達を食べようとするわ。何て非常識な化け物なのかしら!」


 リザードマンと触手がセラの雄姿を見守りつつぼやくその後方、実はセラと一緒に来ていたリールが2匹の言葉に顔を引き攣らせ、


「あ、あの~……? 私達人類基準からすると火吹いたり、体半分食われてピンピンしている知的生命体なあなた達も結構トンデモ生物なんですが……これはツッコミ待ちでしょうか?」

「いいえ。彼らは本気です」


 そんなリールにゼティリアは端的に事実を述べるのだった。





 因みにゼクトは再度己のアイデンテティを否定されたショックで自室に引き籠りに行った。


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