17.魔王様、宇宙は広すぎました
「では状況の確認を行います」
最早おなじみの会議室でスクリーンの隣に立ったゼティリアが宣言すると、パチパチとまばらな拍手が返された。それに対してゼティリアは一礼すると改めて会議室に集まった面々を見回した。
最前列から後ろにいく度に一段上がっていく階段状の会議室。その最前列の一番端に座っているのがヴィクトルだ。彼がここに座っているのは自らが振り返れば直ぐに室内が見渡せるからである。隣にはセラが座り更にその隣にはリールが座っている。ゼクトはヴィクトルの真後ろに座り、その隣にサキュラ。残る席には現在とくに仕事も無い魔族達が思い思いの席に座っている。
「まず本艦、魔王様命名新生魔王城の修理は完了。一部に不備はありますが、それ以外は順調に稼働しております。先日の戦闘での被害も皆無です」
スクリーンに艦のステータスが映ると魔族達から『おぉ』と声があがる。まあどうせ中身は理解していないのだろうが。
「進軍も今のところは順調。全体の航路の半分ほどまで辿り着きましたが―――どうしましたか?」
ゼティリアの視線の先、セラの隣のリールが手を上げていた。
「あのー、質問良いでしょうか?」
「構いません。どうぞ」
ゼティリアの許可を得るとリールは『えーと』と一拍置き、尋ねる。
「そもそも魔王さん達の目的ってなんなんでしょうか? いえ、大まかな話は聞いてますよ? 魔王さん達の星をアズガード帝国が狙って、それを返り討ちにして宇宙に飛び出した、までは分かるんですがこの艦の目的地と言うか最終的な目標は何なのでしょうか?」
質問の半分はヴィクトルに向けたものだ。チラチラと横目でヴィクトルを伺っている。当然それに気付いていたのだろう。ヴィクトルは『ふむ』と頷き、
「そうだな、とりあえずアズガード帝国の本星とやらを叩き潰すか」
なんの気負いも無しに答えたその言葉に魔族達が『おお!』とどよめき、隣のセラがぎょっと、していた。そんな彼女の反応を満足そうに見つつ、
「と、言いたいところだが流石にそれは直ぐには無理だな」
「その通りです。魔王様が冷静で何よりです」
『えー!?』
ゼティリアの同意に魔族達が不満の声をあげるが彼女はどこ吹く風だ。それらを無視して話を進める。
「実際、我々の認識も少々甘かったのも事実です。宇宙という物がここまで広いものだとは予想外でした」
「出発するときは結構勢いだったもんねえ~。おねーちゃんもびっくり」
サキュラの苦笑染みた言葉にゼティリアは頷く。なんとも間抜け話ではあるが、つまりはそういう事なのである。敵の戦艦を奪い宇宙に出たまでは良いが、知れば知るほど宇宙の広さを知り事がそう簡単ではないと気づいた。
宇宙は広く、敵の本拠地は遥か彼方。そこを攻め落としたとしても、敵はあちこちに居るのだ。あっというまに取り囲まれてしまう。それを制したとしても、今度は今までアズガード帝国に占領されてきた国々が我こそは、と暴れはじめる可能性だってある。そんな連中をずっと相手にしていれば、留守にしているフェル・キーガが危うい。
「という事でアズガード帝国の本星を攻めるのはひとまず保留と言っていいでしょう。そして我々の現在の目的地がここです」
正面スクリーンに付近の宙域が映し出された。大きな光点が複数と航行困難を表す赤く塗りつぶされたエリア。そしてそれらを掻い潜る様に伸びた線がこの艦の進路だ。そしてその進路の先にあるのが、
「やっぱりゲートですか」
「だろうな」
トレイター姉妹の言葉にゼティリアは頷く。
線の先、この艦の目的には一際大きな光点が記されている。ゼティリアがコンソールを叩くとその光点の詳細が映し出された。
「通称≪キャステルム127≫。アズガード帝国の前線基地であり、そしてこの宙域の侵略の拠点ともなる基地の様です。丁度いいのでこの≪キャステルム127≫についてはトレイター姉妹に解説して頂きましょう」
突然のフリにセラが再度驚くが、拒否する理由も無いので仕方なく引き継ぐ。
「帝国の侵略に欠かせない要素がある。それがDATEだ。次元活性変圧機関、と言っても理解は難しいだろうが早い話、空間そのものをエネルギーに変える。それは良いな?」
こくり、と問いかけられたヴィクトルが頷く。
「先ほどリールが言ったゲートはそれを利用した物だ。対になった二つの高出力のDATEを繋ぎ、エネルギーに変える前の状態で空間を圧縮する。そうすることで彼我の距離を縮め移動時間を短縮する。それがゲートだ」
わかったか? とセラが周囲を見渡す。が、
「…………?」
「お、おい。お前今の意味わかった?」
「いや全然。というか空間を圧縮って何?」
「つまりあれか、なんだかすごいって事だな!」
魔族達が顔を見合わせ首を捻っていた。
「駄目ですよ姉さん。中途半端に話しても逆に難しいですよ。こういうのはとことん細かく説明するか、むしろ簡潔に話す方が伝わります」
「う……」
妹のツッコミにセラはがくっ、と肩を落とした。そんな姉の様子に苦笑いしつつ、リールが後を継ぐ。
「と、いう事で私が説明しますよー。ゼティリアさん、そこから魔王さんの所まで行くのに何歩くらいかかりますか?」
「……そうですね、17歩といった所でしょうか」
「はい。これは彼我の距離ですね。で、DATEを用いたゲートを使用するとこの距離を縮めることができます。つまり超パワーで17歩かかった筈がたったの1歩でゼティリアさんは魔王さんの胸の中に!」
「こういう事でしょうか」
たんっ、と軽い音とは裏腹に凄まじい速度でゼティリアが跳び、
「ふごぅ!?」
腕を組み成り行きを見守っていたヴィクトル目掛けて体当たりした。しかしそこは魔王。無様に倒れる様な事は意地でも避け、全力で踏ん張る。
「ナイスキャッチです」
「ゼティリア、お前な……」
気がつけば、ゼティリアはヴィクトルの伸ばした両腕の上で正座をするという奇妙な格好にさまっていた。
「え、えーとかなり物理的に解決させてちょっと違うというかまあ結果は同じというか……。まあつまりは相手との距離を圧縮して、移動距離を少なくするという事です。超パワーで」
分かりましたでしょうか? とリールが問うと魔族達も頷く。
「成程、超パワーか」
「ああ、納得だな。超パワーなら」
「妹の方が説明が分かりやすいな。姉は少々残念だ……」
「やはり胸に栄養が行っているんだろう。人間だがあれは良いものだ。魔王様が羨ましい……」
「ゼティリア様の正座……良いなあ」
「俺も超パワーでゼティリア様との距離を圧縮できないだろうか」
「あんな説明で良かったのか!?」
「まあ変に難しい用語を使われても、それに慣れていない我々には難しいのでしょうね」
納得した様子の魔族達にセラは頭を抱え、ゼティリアはヴィクトルの腕から降りると再度スクリーンの前に立つ。
「つまりアズガード帝国はこの≪キャステルム127≫のゲートを用いて本星からこの宙域まで来ています。という事はここのゲートさえ押さえてしまえば当面の間はアズガード帝国はこちらに来れないという事ですね」
「そういう事です。因みにこのゲートには超高出力のDATEの連結が必要ですからヴェルリオは勿論、戦艦とかに搭載は無理ですよ。とんでもないサイズなので」
ヴィクトルは勿論の事、他の魔族達も納得がいったのか頷くのを確認してゼティリアは続ける。
「先ほどの問いの答えを本人に説明してもらったような形ですが我々の目的地はそこです。ですがそれに当たり現在大きな問題があります」
おや? と言った様子で首を傾げる面々に向かい、ゼティリアは簡潔に答えた。
「物資が不足しております」
「魔王軍にもそういう問題があったとはな」
「こればかりはどうにもならん」
新生魔王城格納庫。戦闘機やヴェルリオに乗れる人材がほぼ居ないせいでここの役目はもっぱらガルバザルの部屋だ。そのガルバザルも今は『息抜き』と称して外に出ている為ここには人気が無い。そんな格納庫でヴィクトルとセラは1機のヴェルリオを見上げていた。
「俺の様な高位の魔族は別に食わんでも魔力が変わりになるしそれ程問題ない。だがそうでない連中もいる。それに人間もな。それを食わせて行こうと思えば当然そういう問題にもぶち当たる」
「しかし艦には十分な食料があったと思うが。少なくともお前達の星に向かい、そこから帰ってくるだけの余裕はあったと思うぞ? それに艦内には小さいながらもプラントもある」
「そのつもりだったのだがな、この艦の動力炉――つまりDATEは出力が不安定でそれほど速度が出せん。それを踏まえた上でここから≪キャステルム127≫までかかる時間を考えるといずれ足りなくなるらしい」
成程、とセラが頷く。今すぐに必要なのではなく、近々そうなってしまうという事だ。
「出来る限り節約はしている様だがそれも限界が来る。この期に及んで恭順しない捕虜共はもう役立たずでしかないから捨てるしか無いな。それに艦に居るだけで殆ど仕事が無い配下の連中も居るしどうしたものか」
「じゃあなんで連れてきたんだ……」
「魔王軍が少数精鋭というのも微妙だろう? やはり魔王は強大でなければな」
「そういうものか……」
呆れた様に呟きつつもセラは小さくため息を付いた。
(役立たず、か)
その言葉は妙に心に響いた。
自分が今ここに居るのはヴィクトルに気に入られたからだ。そうでなければ妹も助けられなかったし、下手すれば先ほどヴィクトルが言っていた様に他の捕虜と一緒に捨てられていたかもしれない。この宇宙で捨てられるという事は即ち死だ。
自分は死ぬわけにはいかない。それは自分の為でもありそして妹の為だ。だがだからこそセラは焦る。自分も役立たずの烙印を押され、魔王の興味が失せてしまえば同じように捨てられるのでは、と。事実、自身がこれまでこの戦艦でそれほど役立ったとは思えないのだ。
ヴィクトルが本当に自分や妹を棄てるかどうかは分からない。だがその恐れがある以上、自分の有用性を見せなければと思う。しかし戦闘面ではどうあがいても魔族達の方が上だ。なら一体どうすれば――
「おい、聞いているのか」
「―――ん? うわああ!?」
気がついたらヴィクトルが顔を覗き込んでいた。間近にあるそれに思わず驚き後ずさるこちらをヴィクトルは奇妙な物を見るような眼で見つめていた。
「と、突然近寄るなっ」
「お前が何度呼んでも反応しないからだろう。何か問題でもあるのか?」
呆れた様に視線に晒されてセラは顔が赤くなるのを自覚する。
「な、なんでもない。それより何だ?」
「……まあいい。ガルバザルの奴が戻ってきたが何か持ち帰ってきたらしい。見に行くぞ」
「何か? 何だそれは……」
「わからん。だから見に行く」
行くぞ、と言うなりヴィクトルは進んで行く。その背中に複雑な感情を抱きつつ、セラもまたその後を追っていった。
「ふははははは! 我が戻ったぞ! 宇宙と言うのは広くて良いものだな! 全力で飛んでも果てが見えんわ!」
「今回はちゃんと戻ってきたようで何よりですガルバザル様。こちらはご褒美の一つ目牛のジャーキーです」
「おお! 美味いぞ、美味いぞゼティリア! これが有れば我は何時でも戻ろうぞ!」
「それは良いことですね」
「あのー、今の流れって犬を躾けている調教師を思い出すような……いや、なんでもありません」
ガルバザルの下へ行くと既に付いていたゼティリアとリールが巨竜を見上げて何やら話している。その巨竜、ガルバザルはと言えば人間ほどの大きさの肉の燻製にしゃぶりついている所だった。心なしが尻尾も左右に揺れている。
「魔王様」
「あ、姉さん!」
こちらに気づいた二人にヴィクトルが大様に頷く。そしてガルバザルの近くまで来ると、その横にある奇妙な物体に目を向ける。
「これがお前が持ち帰ったものか?」
「うむ。何やら宇宙を漂っていたのだが気になったので持ってきたのだ」
肉を食い終えたらしいガルバザルが自慢げにその巨体をそらす。そんな竜を無視してヴィクトルはそれを見上げた。
「しかし本当になんだこれは?」
それは一見岩の塊だ。大きさはガルバザルの半分ほど。硬質なそれは一見ただのデブリか何かに見える。
問題なのはその形と紋様だ。只の岩の様な塊の中に明らかに不自然な文様が浮かんでいる。いや、影とも言っていい。どこか生物的なシルエットのそれが岩の中に埋め込まれているようにも見える。それもいくつもだ。
「何かの壁画でしょうか……?」
「彫刻の様にも見えるが」
ゼティリアとセラも首を傾げている。リールもその塊に取りつき不思議そうにその表面をなぞる。
「確かに妙ですね……。壁画にしろ彫刻にしろそんなものがなんで宇宙を漂ってたんでしょうか?」
「破壊したアズガード帝国の戦艦の積荷という可能性は?」
「それはあり得るかもしれないが、あんな巨大な積荷を乗せた武装艦があるか……? 輸送艦ならまだしも」
全員首を傾げる。だが悩んでいても答えは出ない。
「とりあえず調べてみるとするか。リール・トレイター、任せられるな?」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれたリールがしゃきっ、と背筋を伸ばして答えるのに満足すると、今度は頭上を見上げ、
「ネルソン、居るな? お前も手伝え」
「勿論ですとも」
「きゃっ!?」
ヴィクトルの声にこたえる様に天井からべちゃり、とネルソンが降ってきた。その登場にセラが驚き可愛い悲鳴を上げる。
「ふふふふ。良い反応だねセラ殿。やはり君は驚かせ甲斐がある」
「おおおおおお前な……っ!」
羞恥心に顔を赤くしたセラがネルソンに詰め寄るよりは早く、それに飛びついた者が居た。
「あー! ネルソンさん見っけ! もう、今までどこに居たんですか? さっきの会議室にも居なかったし!」
「ぬううううう!? リール殿? いきなり私の体にダイブしてきた婦女子は君が初めてだよ……っ?」
「きゃっ! 初めてだなんてそんな……。じゃあ初めてのよしみでその肉体の隅々まで調べさせて下さい! 大丈夫です。痛いのは最初だけですから!」
「私の肉体の中で泳がないでくれるかな!?」
きゃいきゃい、と騒ぐ二人に顔を引き攣らせつつ、ヴィクトルは隣のセラに問う。
「おい、お前の妹が特殊プレイに目覚めてるけど良いのか?」
「……ふふ、ふふふふふ。粘着性水溶体潜水プレイとかもう特殊すぎて姉は付いていけない…………」
虚ろな眼で笑いつつそう答えるセラが何とも哀れに思えた。
人も魔族も休息は必要だ。その取り方に差はあれどそこは変わらない。このような宇宙戦艦でもそれは同様であり、魔王軍もまた、時間によってそれぞれ交代で仕事に付いている。
ガルバザルが戻ってきてから数時間後。謎の塊の正体は掴めぬままであった。調査をしていたリールやそれを手伝っていたネルソン。その他数名の魔族と元アズガード帝国の技術者たちも一向に進まぬ調査に頭を抱え、現在は休憩としていた。
リールも自室に戻り、残っているのは数名だけ。そんな彼らはその塊を前に首を傾げていた。
「一体何なのだろうなこれは」
「さあ? なあ、人間の技術ではわからねえのか?」
問うのは四本足で立つ角の生えたライオンの様な者と、毛むくじゃらの巨大な体躯が目を引く2匹の魔族。そしてそれに答えたのは白衣を着た人間だった。
「色々調べているのですが中々……」
彼は元々はアズガード帝国軍の者だ。セラと同じく侵略された星から徴兵された者だが、この艦が魔王軍に奪われた際に直ぐに恭順した。元々帝国に信など無かった為に特に思うことは無い。そして最初は怯えていた魔族との交流もこれだけ時間が立てば慣れてきたのである。
「ただの岩ではない事は確かですが……。いっそ砕いて中身を見るのも手かもしれないですね」
「へえ? ならその時は俺の出番だなあ!」
毛むくじゃらの魔族が獰猛に笑い、白衣の男も『ああはは』と笑う。だが角の生えた魔族がふと気づいた。
「……匂いが変わった?」
「何?」
「え?」
その声に残る1匹と1名がきょとん、とする。そしてお互いに視線を例の塊に移して、そして固まった。
「なんだよこれは!」
「け、計器を確認します!」
塊の中に埋め込まれる様にして存在した影。その色が変わってきている。無機質さはそのままに、白と灰色の混じった奇妙な物体の姿を浮き彫りにしていく。
「……おい」
「ああ。おい、人間。お前は逃げとけ」
言い知れない危険に気付いたのは魔族故の直観か。2匹の魔族は顔を見合わせると頷く。そして角の生えた魔族は前へ。そして毛むくじゃらの魔族は計器を確認しようとする白衣の男を摘まみあげると出口へと放った。
「うわああああ!? な、何をっ!?」
意味も分からず放られた白衣の男は落下の衝撃に顔を顰めつつも2匹の魔族の方へと目を向け、そしてみた。
例の塊。それが形を崩し、幾つもの……いや、何匹もの生物に変わったのを。その生物はどこか昆虫の様だった。白く硬質な肌を灰色の管の様な機関で結び、バッタの様な胴体からいくつも脚が生えている。頭部にはまるで鋏の様な咢があり、そしてその咢が角の生えた魔族を捕え、そして切り裂いた。
「がああああああああああああ!?」
「てめえええええ!」
断末魔の声を上げて魔族が血の雨を降らす。それに怒った毛むくじゃらの魔族が殴りかかろうとするが、そこへ横から別の個体が跳びかかる。そして胴体から生えた脚のうち、一際巨大なそれを突き刺した。
「がっ!?」
それでも毛むくじゃらの魔族は動こうとしたがそこへ正面から、逆から。そして背後から同じように群がった生物によって串刺しにされその体から力が抜けていく。もうそこで限界だった。
「う、うわあああああああああああああああ!?」
男は今しがた自分が見たものが信じられず、絶叫を上げてその場から逃げ出した。
ちょっと前に午後のロードショーでエイリアンvsプレデターがやってました。
ええ、つまりそういう事です




