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12.魔王様、催眠です

 何の前触れも無く、男は目を覚ました。

 最初に目に移るのはうす暗い部屋と無機質な鉄の壁。そして横たわり眠る仲間たちの姿。その光景を見て今の自分の状態を思い出し、男は苛立ち気に悪態を付いた。


「くそっ……いつまでこんな所に……」


 男が居るのは牢屋だった。それも本来の許容人数を超えた数の囚人が押し込められている為に環境は最悪と言っていい。しかもこの牢屋には男しかいない。それが苛立ちを増させる。

 そもそもなんでこんな事になったのか。答えは簡単、負けたからだ。あの魔王軍とかいうイカれた連中に。そして自分達が乗っていた戦艦の牢に閉じ込められる始末。ああ、本当に最悪だ。

 既に閉じ込められてからかなりの日数が経っている。初めは血気盛んだった仲間たちも次第に憔悴していき、最近は口数も減った。時たま話す時もあるが、その時話題に上がるのは魔王軍への怨嗟の声から自分達の今後についてに変わっていっている。だが男は仲間たちのそんな様子が気に食わなかった。

 男は純血のアズガード帝国人だ。そして彼は典型的な純血主義だった。

 本来、アズガード帝国そのものはそれほど純血に拘りは無いとされている。当然、国の重要な役職、軍の上層部は殆どが純血アズガード帝国人だが、例え純血でなくても力さえあればそれなりにのし上がる事も出来る。それは帝国の方針として強さこそが正しさだとされているからだ。

 だが国民すべてがそういう風に考えている訳ではない。むしろ、多くの者が純血以外を軽視している。何故なら純血で無いという事はつまり敵か、それとも侵略した星の者だからだ。一部例外はあるがたいていはその2者に分けられる。そしてそういった相手を見下し、強力な自国を誇り、その強さの一つとなっている己を誇る。それが純潔主義のアズガード帝国人の特徴であり、そして男もその一人であった。故に軟弱な言葉を発する仲間達が許せない。

 許せないと言えば思い出すのは一人の女。エクライル人のセラ・トレイターだ。あの女の事は前々から狙っていた。エクライル人の中でも一部にしかいないとされている紅の髪。意思の強さを伺える相貌。油断のない物腰と、服の上からでも分かる程女性としての魅力に溢れる体躯。そのどれもが男の欲情を誘っていた。

 当の本人は堅物だがそんな事は関係ない。同じ艦に配備された時から、いつかはそれをモノにしてやろうと男は画策していた。だがそうなる前に自分達は負け、この牢獄入り。ならばと、同じ牢獄に居た際に襲おうとしたがそれもあの魔王とか言う化け物のせいで邪魔をされ、挙句の果てにセラ・トレイターは連れて行かれた。それが気に食わない。あれは俺の獲物だったのに。


「くそっ、くそっ……!」

「おい……なんだよ……」


 悪態を付いていると背後から胡乱気な声が響く。同じ牢獄に閉じ込められていた男だ。他にも今まで寝ていた数人がこちらに気づき顔を上げていた。


「何でも無い。いちいち反応するな」

「何だよその言い方は」


 苛立ち気に放った声に、起きた男も顔を険しくて返す。ずっと押し込められてきたせいで彼らの精神は疲弊しており些細な事でも殴り合いに発展しそうな程に余裕が無いのだ。二人は目元を険しくして睨み合いながら立ち上がる。他に起きていた者達も止める気も起きず、興味が無さそうにその様子を眺めていた。

 そしていよいよ二人が拳を振り上げようとした時、がちゃり、と奇妙な音が聞こえた。


「え?」

「おい……」


 思わず音の方向を向く男達は唖然とした。自分達を閉じ込めている牢獄。その鍵が開いたのだ。


「………」


 突然起きたその状況に男達は静止する。本来ならありがたい話だ。だが何故突然開いたのか? その理由がわからない。


「どういう事――――」


 訝しげに扉に近づく。その瞬間、どこからか甘い匂いがした。そしてその途端、彼らの疑問は重要性を失った(・・・・・・・)


「逃げるぞ」

「ああ」


 扉は開いた。それが何故か? そんな事どうでもいい。きっと……そうだ、きっと機械の操作方法を熟知していない魔族とやらが操作を誤ったのだろう。この戦艦の牢獄は全て看守が電子的に管理している。ならばそういう事も有り得る。

 そんな都合の良い妄想を真実と認識し彼らは牢から抜け出す。まだ寝ている者達も居たがそれは無視した。人数が多ければバレるかもしれない。今はただ、自分達だけが逃げれればいい。


「どうやって逃げる?」

「それは……」


 この戦艦から逃げ出す方法。同じく抜け出した仲間から問われ男がそれを考えようとした時、またしても甘い匂いがした。一瞬、頭が酩酊した様な感覚に陥るが直ぐに回復すると男は当たり前の様に堪える。


「格納庫に行くぞ。小型艇が有るはずだ」

「…………そうだな」


 そしてそれを聞いた仲間達も同じように頷くと動き出す。静かに進み、本来看守が居るはずの部屋の前を問題なく通り過ぎる。何故なら看守は居なかったからだ。それならば何故牢屋が開いたのかという疑問が残るはずだった。だが男達は何故か(・・・)その考えには至らず自分達は幸運だったと考え先を進んで行く。

 牢のある区間を抜けるとやはり妙に薄暗い艦内を進んで行く。誰にも会わず、異様なまでに周囲が静かな気がしたがそんな事はどうでも良かった。ただ一つの音を覗いては。


「ん?」


 艦の通路を進んで行く途中、前方の部屋から声が漏れている事に気づいた。警戒して立ち止まると男達は顔を見合す。格納庫までの最短ルートを進んでいたが、場合によっては道を変えなければならなくなった。故に彼らは踵を返そうとした時、一際高い声が響いた。


「あああっ!」

「!?」


 それは甲高い女性の声だ。それも悲鳴とは少し違う、どこか艶のある声だった。そんな場違いな声に男達は顔を見合せた。その間にも声は響いてくる。


「やめろ……もう、やめ――」

「どうした? 最初の頃の勢いはどこに消えた? 余はまだ満足してない。付き合え」

「いや……っ」


 鎖の擦れる音と何かがきしむ音。女性の荒い息遣いには悲壮感と艶が入り混じっている。


「ほう? エクライル人とやらは素晴らしいな。余の相手をしてまだ正気を保っているとは純粋に驚きだ。それに中々……人間としても美しい。全くいい拾い物をしたものだ」

「この……外道がっ、ぁぁ!?」

「ふははははは! 良い声だな! 今まで色んな相手で遊んできたがお前は格別だ!」


 荒い息遣いは絶えず、どこか水気のある音が聞こえる。


「ダメ、だ……っ。これ以上、壊れ--」

「そう悲観するな。もし余の子が出来ればお前も安泰だぞ?」

「い、いやぁああああああああああああああ!?」


『…………』


 何が起きているのか、男も直ぐに予想がついた。要は弄ばれているのだ。捕らわれたこちらの兵士が。その事実に男は怒りに身を震わせる。だがそれは仲間を傷つけられたからではない


「くそっ、化け物がっ。アレは俺のモノだったのにっ」


 押し殺した怒りの声はどこまでも自分勝手なもの。声を聞いて、その主があのセラ・トレイターだと気づいたのだ。他の男達も状況に気づいたのか口々に悪態を付いている。彼らは全員、かつて牢の中でセラを襲おうとした者達である。


「……くそっ、行くぞ」


 悪態を付きながらも男達は再び進みだす。件の部屋の近くは通らない様に遠回りをしつつ、苛立ち気に。


「何が魔族だ、所詮女に対してはそんなものかっ。ああくそっ!」


 苛立ち気に、先ほどよりも慎重さにかけながらも男達は進んでいく。そして彼らは誰にも見つかる事も無く格納庫に辿り着き、偶然見つけた(・・・・・・)直ぐにでも発進可能な小型艇を見つけ、何の邪魔も無くハッチを開放し、そして遂に戦艦から逃げ押せた。そのあまりにも都合の良すぎる展開に、なんの疑問も持たないまま。

 そして脱出したことに歓声を上げる男達の乗る小型艇。その奥底で緑色の水溶体が蠢いている事にも気づく事は無かった。





「と、言う感じで種をばらまいてみました~」


 うす暗い会議室の正面に設置されたスクリーンの前で笑顔を振りまきながら宣言したサキュラにヴィクトルは音を立てて机に突っ伏した。その隣では顔を真っ赤にしたセラが口を開き『ぁ……ぁぅ……?』と呆然としている。その反対側ではゼティリアは目を瞑り静かに茶を啜っていた。

 彼彼女らが居るのはいつの日か、ゼティリアがヴィクトルに状況を説明していた会議室だ。そしてそこには『考えている事を映像化する』という原理もよくわからない装置がある。だが今回はそれは使われず、つい先ほど、この戦艦の中で起きた一部始終を記録した映像が流されていた。その内容は『突然降ってわいた好機に逃亡する男たちの一部始終』だ。


「タイトル的にはね~『捕らわれた女戦士! 貴様は、本当に最低の外道だっ!』でどうかなぁ?」

「かなあ? じゃない!? 何だ今の映像は!?」

「え? 今回の作戦の一部始終だよ? もう、最初に言ったでしょうヴぃっくん」


 にへら、と笑うサキュラの言葉にヴィクトルは脱力した。その隣に居たセラは相変わらず口をパクパクとさせている。


「因みにね~声は私とネル君で対応しました~。いやー楽しかったねネル君」

「ふっ、そうだな。畏れ多くも変態鬼畜魔王様役を担当したが中々楽しかったですよ」


 サキュラがぱちぱちと手を叩く隣で緑色の水溶体がうねうねと動いて自己主張している。その光景にヴィクトルは頭を抱えたくなった。


「こいつらに作戦を任せるんじゃなかった……」


 作戦。つまりはそういう事である。

 セラが持ち出してきた条件。妹を救うというその内容を受け入れたヴィクトルだが問題があった。それは何時、その妹が乗る敵艦が現れるかという事だ。

 どうしたものかと考えていた中で手を上げたのがサキュラだった。その提案は単純であり、催眠をかけた敵兵を返し、セラの妹を戦場に引っ張り出すように仕向けるという内容。つまり先ほどの男たちは自分たちが催眠にかかっているとも知らぬまま、予定通りの行動をしていたにすぎないのだ。


「えっとね、つまり~、私達が見せた幻覚&催眠でね、逃げたあの人間たちはヴぃっくんの事をエクライル人大好きっ子だと思わせたんだよ。そしてアズガード帝国からすれば私達は未知の敵なんでしょ? だから色んな対抗策を考えている所って事だよね? ならばその対抗策の一つにこちらの意図を混ぜてみました~」

「つまり、魔王様がエクライル人をいたく気に入っており取り分けセラ・トレイターに夢中なド外道と思わせ、ならば血族である妹を利用して何かをしてくるかもしれないと」

「そうそう~ぜっちゃん正解!」


 流石~と喜ぶサキュラをしり目にゼティリアは首を傾げた。


「しかしそうそう上手くいくでしょうか? いくらなんでもそれは都合がよすぎる上に敵が馬鹿すぎる気も」

「そんな事無いよ~? いつの時代、どんな種族だってね、色に狂う時は狂うし、利用しようとするド外道はいくらでもいるからね~」

「…………サキュバスが言うと妙に真実味がありますね」

「あははは。まあ私達の場合は利用されてるように見せて愉しんでるけどね~」


 ぐうの音も出ない。漸く回復してきたヴィクトルは爆発しそうになる感情を抑えながら努めて冷静に問う。


「良いだろう……百歩譲ってその作戦で行くとしてだ。あの変態丸出しな台詞は何だ」

「ははは魔王様。決まっているじゃないですか。―――――私の趣味です」


 朗らかに堪えたネルソン目掛けてヴィクトルが魔力弾を撃ちこんだ。びしゃぁ、と音を立ててネルソンが飛び散るが直ぐにうねうねと集まっていき再生してしまう。


「これでも色々考えたんだよ~? 最初は私の眷属化して送り込もうと思ったけど、アズガード帝国人って魔力が無いから逆にやり辛いんだよね~」

「…………どういう意味だ?」


 漸く復活してきたらしいセラが問う。その顔はまだ赤いが。


「えっとね、前も言ったけど私とずっこんばっこんすると傀儡化出来たりするし、同性なら同族にも出来るんだけどね、変わった直後はまだ力が弱いんだ~」

「ず、ずっこん……いや、なんでもない」

「そう? 分かりやすく言うとね~、私の力が100としまーす。イケメンを見つけたので骨抜きにして傀儡にするとしまーす。その時に私は力を10使いました。すると傀儡になったイケメンはその10の力をベースに魔族化しまーす。本来ならそこからゆっくりと自分自身の肉体や魔力を変質させていって完全な魔族に変えちゃんだけどね、逆に言うとそうなるためには時間と魔力が必要なんだよねえ」

「つまり、一人仲間を作ったからと言って直ぐにはそいつは仲間を作れないという事か?」

「正解~。例えばその10の力を持った傀儡魔族ちゃんが私と同じように仲間を増やそうと思っても、力は10しかないから碌に魔力は使えないんだよねえ。力を使うには時間が必要な訳で、そのためには元々持っている魔力を変質させるんだけど、アズガード帝国人は殆ど魔力を持っていないからその進行が遅いんだよねえ」


 まあ逆に、フェル・キーガの人間は魔力抵抗が強くてそれはそれで骨なんだけどねえ、とサキュラは笑う。


「そういう訳でアズガード帝国人を眷属にしようとしても時間がかかりすぎる上にあんまり期待できそうに無いから諦めたんだ~。何人かのサキュバス&インキュバスとその傀儡を送り込んでアズガード帝国エロエロ大パニック作戦は断念せざるを得なかったんだよねえ」

「非常に……非常に残念だっ……!」

「何故だろうか……そうならなくて良かったと思った私が居る……」


 え~なんで~? ケラケラとサキュラは笑うが、心底悔しそうなネルソンの姿に頭を抱えるセラ。その様子に嘆息するとヴィクトルは問う。


「それで、もしそれが失敗したらどうするつもりだ?」

「ははは。お任せください魔王様。もしもの事に備えて私の分身を件の小型艇に配置しておりましたので。いざとなればその分身がセラ殿の妹を攫ってきましょう。というか敵を溶かしつくしてみましょう」


 確かに魔王軍の中でも潜入向きなのはネルソンだろう。姿を隠すだけなら他の魔族もいけるが、敵のDATE兵器とやらはそれなりに強力なため、対抗できる者がその役を担うべきではあるのだろう。だがそうなると根本的な疑問があり、その疑問をセラが漏らす。


「初めからそうした方が早かったんじゃ……」

「ハハハは、何事もやってみるものですよ」

「そうだよねえ~。それに私もヴぃっくんに苛められるせっちゃんの演技楽しかったし~。それにせっちゃん、もしネル君が妹ちゃんを攫ってくる場合だけど……本当にいいの?」

「……どういう意味だ?」


 嫌な予感がしたのだろう。セラが顔を引き攣らせながら問うと、その答えをネルソンが朗らかに発した。


「当然! 私の分身が妹殿を全身! 隈なく! 包み! 私の身体の生温かさに心地よさを感じる様に微妙に媚薬成分を混ぜつつ! 宇宙という過酷な環境から見事守りつつ時折緊張をほぐすためマッサージを交えつつセラ殿の下へ届けましょう。その時、私はセラ殿にこういうのです。―――お義姉さん、と」


 ぶちっ、とヴィクトルの耳に何がが破裂したような音が聞こえた気がした。


「貴様ぁああああああああああああああああああああ!? もし妹に何かしたら私の命に代えてでも殺してやるううううううううううううう!?」

「ふはははははははははあはは! ナニとは中々大胆な事を言う! 興奮するよ!」

「待てえええええええええええええええええええええ!?」

「もう、ネル君駄目だよ? 初心者にスライムプレイは早すぎるからまずはおねーさんとの捲るめく快感に――」

「貴方も黙っててくれないか!?」


 身体強化を発動したのだろう。一瞬で飛び上がったセラがネルソンに迫り、ネルソンがその体からは信じられないような俊敏さで逃げ出していく。

 そんな光景を眺めながらヴィクトルは隣で茶を飲んでいる少女に目配せした。


「ゼティリア」

「はい」

「ネルソンがやり過ぎたら――」

「最近、食堂の電子レンジを1機、ネルソン様専用に出力UPさせました」

「……行動早いね?」

「仕事ですので」


 魔王の側近の仕事って何だろう? というかセラの動きが自分と相対した時よりもキレがある気がするのも何故だろうか? やっぱあれか、女性の神秘か? そういや母もキレたら凄かったっけ。とりあえずネルソンが何かしたらその電子レンジとやらに突っ込むとしよう。妹を救うという事はネルソンからも守らねばならない気がするし。


 色々と疑問は尽きないが、ヴィクトルはもうどうでもいいやとばかりに天を見上げるのだった。

言葉だけだし直接的な表現は無いからセーフです。

そもそも幻覚です。それでもダメだっていうなら実は室内田んぼの中で足裏マッサージをしてたんです。よしそれでいこう。

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