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半妖伝  作者: 未々山田
8/8

8.旅立ち

 翌朝、弥生の目が覚めたとき、既に喜助の姿はなかった。弥生は飛び起きた。なにも言わずにもう行ってしまったのか。普通ならありえないが喜助ならやりかねない。弥生は慌てて居間へと駆け込んだ。

 居間にはお茶をすするナツとウメ婆がいた。


「お母さん、喜助は」

「喜助なら皐月と二人で見回りに行ったわよ。弥生ちゃんはそんなに喜助君のことが気になるのかな?」

 ナツはにんまりと笑う。


「べ、別に! そんなわけないでしょ! 顔洗ってくる!」

 弥生は耳まで真っ赤にしていた。


「若いのう」

「ですね」

 二人は微笑みながらお茶をすすった。

 間もなくぼさぼさだった髪をなおした弥生が居間に戻ってきた。それに合わせてナツは弥生に朝食を出す。


「いただきまーす。たくっ、見回りならわたしも誘ってくれればいいのに」

 弥生は食事に箸をつけながら文句を垂れる。


「喜助が皐月に話があったみたいよ」

「話って?」


「さあ。できれば二人で、って言ってたから重大なことなんじゃない」

 喜助が皐月に重大な話とはなにか。弥生にはてんで見当がつかなかった。


「愛の告白だったりして」

 にやにやしながらナツは言う。


「んなわけないでしょ。さー姉の歳を考えなさいよ」

 弥生は呆れ口調で言う。


 その時、玄関の扉が勢いよく開く。そして、どすどすと音を立てて皐月が弥生に駆け寄る。

「ほう、弥生、それはどういう意味かな?」

 皐月の声はおだやかであったが、それが逆に不気味で恐ろしさを助長していた。


 この距離で聞こえるものなのか。正に地獄耳、と弥生は心の中で呟く。

「あのー、そのー、さー姉のような麗しきお姉さんが喜助のような小汚い小僧を相手にはするわけがないという意味です」


「ほう、麗しきお姉さんときたか。わたしはてっきり行き遅れたおばさんと言いたいのかと思ったが」

「いやいやそんなわけないですよ。それに、さー姉はモテモテなんですから。それはそうと喜助となんの話をしてたのでしょうか?」

 気味の悪い喋り方をする弥生は話題を変え逃げることにした。


 皐月は少し目を逸らし、

「ちょっとな」

 とだけいい席に着いる」た。


 弥生の作戦は成功したのだが効果がてきめん過ぎて弥生は違和感を覚えた。本当にいったい何を話してたのか。喜助を問い詰めようと考え喜助をちらりと見たが、喜助にも素早く目を逸らされた。

 皐月と喜助はまだ朝食を済ませてなかったらしく二人にもナツが朝食を準備した。


「そういえば天狗たちはどうしたの?」

 弥生が問う。


「天狗たちなら作業中じゃ」

「作業ってなんの?」

「すぐにわかる」

 ウメ婆はなぜか答えをもったいぶった。

 

その横で早くも食事を終えた喜助はごちそうさまといい改めて家の主であるウメ婆を見た。それが何を意味するのかウメ婆はすぐに察した。


「喜助、もう行くのかい?」

 ウメ婆の問いかけに喜助は頷いた。弥生は目を伏せ悲しそうな顔をした。


「どれ、村の入り口まで見送るよ」

「ありがとうございます。でも、その前にちょっといいですか」

 喜助はそう言うと弥生の方を真っ直ぐ向いて言った。


「弥生、俺一人じゃ良い妖魔と悪い妖魔の区別がつかないんだ! 弥生の力が必要なんだ! お願いします一緒に来てください!」

 息継ぎもせずそう言い切ると喜助は深々と頭を下げた。


 弥生は突然喜助の申し出に面食らった。

「あらあら、まさかここで愛の告白」

 ナツは口元に手を当てやらしく笑った。ナツの言葉に弥生は顔を赤く染めた。


「なんでそうなるのよ! そして、あんたもなんで今言うのよ!」

 弥生は喜助をビシッと指差す。


「えー、村を出る直前よりはいいかなと思って」

「そのタイミングは絶対ないでしょ」

 弥生は頭を抱え大きく息を吐く。そして、覚悟を決めウメ婆の方に向き直し真剣な顔をした。


「お婆ちゃん、お母さん。お話があります」

 やけに改まった弥生を見て、それまでニヤニヤしていたナツも真剣な顔つきに変わる。


「わたしは今まで妖魔は絶対悪だと思って生きてきました。しかし今回の件でそれは間違っていたことがわかりました。霊媒師のくせしてそんなことも知りませんでした。わたしが知らないことはもっとあるはずです。もっと外の世界を見たいのです。そして、一人前の霊媒師になりたいのです。そのための修行の旅に行く許可をください。お願いします」

 弥生は真っすぐと二人を見た。その目は儀式の前とでは比べ物にならないほどの力強さが感じられた。


 ウメ婆は葉巻を一つくわえて火をつけナツと目を見合わせた。そしてプカーッと煙を吐いた。

「なんだい、考えてることはみんな同じかい」

「えっ?」 喜助と弥生は思わず同時に声をあげる。


「それって……?」

「当主命令だよ。弥生、喜助と一緒に旅にでな」

 ナツはクスクスと笑う。


「そういうことよ。弥生が喜助の旅に同行して一人前の霊媒師になってくるってのはわたしたちの中で決まってたの。まさか、弥生から言い出すとは思わなかったけど」

 喜助と弥生は呆然とした。


「どうしたの? 二人とも嬉しくないの?」

 ナツはにこやかに訊いた。


「嬉しいんですけど……」

「話がとんとん拍子過ぎて……」

 珍しく喜助と弥生の意見が一致する。


「いいから弥生さっさと旅の支度しな。はやく行かなきゃ野宿するはめになるよ」

 それを聞いて弥生は慌てて自分の部屋へと駆け込んだ。


 ウメ婆は葉巻の火を消した。

「さて、喜助。旅にでる前にお前に頼みがある」

「なんですか?」


「それはな――」

 そして、ウメ婆は話始めた――。



 *



 弥生が喜助に同行することが決まってから一時間。一向は門の前にいた。

 弥生の手には悪戦苦闘の末、なんとか小さくまとめられた荷物がある。この大きさに至るまで三度も皐月にダメだしを受けた。喜助の手にもウメ婆に渡された荷物がある。


「村のみんなにはよろしく言っといて」

 弥生は軽く言う。


「はいはい、子供がそんな心配しないの」

 ナツは久々にお母さんらしい顔をする。


「だって、なにも言わずに行くとか非常識じゃない」

「だったら昨日のうちに言えばよかったじゃない?」


「それはわたし以外にも言えるんじゃ」

「あら、わたしたちは事前に言ってるわよ。お見送りは控えてねとも言っといたけど」


「嘘! いつの間に」

「そういうことだ。知らなかったのはお前ら二人だけだ」

 皐月が会話に割り込む。


「当事者二人が知らないのに話が進んでたとかおかしくない」

「まあ、いいじゃん。おかげで話がスムーズに進んだし」

 喜助はけろっとした顔で言う。


「あんたはポジティブね」

 弥生は呆れた顔をした。


 その時、三つの影が舞い降りる。弥生は少しビクッとしたがその姿を見てほっとする。三体の天狗だ。

「おっと、そうじゃ言い忘れてた。天狗たちはしばらくの間村に住むことが決定したわい」

 ウメ婆は葉巻を取り出しながら言う。


「はっ? そうなの?」

 弥生は間抜けな声を出す。


「さっき言ってた天狗たちの作業って言うのは新居の建設じゃ」

 天狗はと笑いながら何か言う。そのなにかを聞き取り弥生はじろっとウメ婆を見る。


「天狗と話せるのは弥生、お前だけじゃない」

「なんだー、早く言ってよ。てっきりわたしだけかと」


「思い上がるなよ弥生」

「じゃあ山の神が言ってたのっておばあちゃんのことだったの?」


「山の神が言ってた……? いや、それは違う……。それよりも日が高いうちに早く行きな」

 ウメ婆がさっと手を挙げる。門の見張りをしてた村人の手により固く閉ざしていた門が開けられる。


「お世話になりました」

「いってきます」

 二人は一礼して後ろを向く。そして歩き出す。


 二人が門をくぐろうとした時、声が響く。

「やー姉、きー兄、待って」

 息を切らした葵と太一である。


「行っちゃうの?」

 葵は寂しそうな顔を浮かべる。


「葵……うん」

「そっか……すぐ帰ってくる」


「……うん。すぐ帰ってくる」

「きー兄も?」

 喜助は頭をかいて困った表情を浮かべる。そんな喜助を弥生が肘で突く。弥生の意図を喜助は理解する。


「うん。ちゃんと帰ってくるよ」

「約束だよ」


「うん。約束する」

 ずっと俯いて黙り込んでた太一が顔を挙げて大きな声で言う。


「じゃあ僕、二人が帰ってくるまでに強くなる。強くなってやー姉ときー兄みたいに妖魔から村を守るんだ」

「言ったな太一、じゃあ約束ね」

 笑顔で弥生は応える。


 そして、喜助と弥生はそれぞれ葵と太一に小指を立てて突き出す。葵と太一はそれぞれ喜助と弥生と互いの小指を強く結ぶ。

 四人は声を揃えて歌う。


「指きりげんまん嘘吐いたら針千本飲ます!指切った!」

 四人は結ばれた小指を離す。そして、互いの顔を見て笑った。


「じゃあ、行くね……あっ! 忘れてた」

 弥生はウメ婆のもとに駆け寄った。


「おばあちゃん、昨日の答え」

「ほう、なんじゃ」

 弥生は一度喜助のほうをチラッと見てからウメ婆に耳打ちした。


「ほほう、面白い答えじゃの」

「それじゃー、もう行くね」

 二人は門を抜け外へと出た。


「なんの話してたの」

「ん? 秘密」

 二人は振り返らなかった。そして、門は閉ざされた。


「お婆ちゃん、弥生はなんて?」

「弥生は妖魔を救う霊媒師になるそうじゃ」


「あらあら、それはまた……変な霊媒師ね」

 ナツは嬉しそうに微笑む。


「いいんじゃないですか。そんな霊媒師がいても」

「そうね。昔似たようなこと言ってた霊媒師がいたし」


「それって……」

「さあ、わたしたちも準備しますか」

 ナツは答えをはぐらかした。一向は回れ右をして歩き始めた。


 ナツは一度振り返り小さな声で呟いた。

「頑張ってね、アキのためにも。弥生、喜助」



 弥生はふと振り返った。

「どうかした?」


「ううん、別に」

 村の門は閉じていた。昨日はその光景に不安を覚えたが今は違う。


「じゃあ行こうか」

「うん」

「鞍馬山に!」

 喜助は躊躇いもなく言った


「ん? なんで? 京の町に行くんじゃないの?」

 弥生は混乱した。なぜ再び鞍馬山に行く必要があるのか弥生にはさっぱりわからなかった。


「道中説明するよ」

 喜助と弥生は鞍馬村に向けて歩き始めた。



 *



 弥生と喜助は洞窟の奥へと歩を進めていた。

 洞窟の奥から声がする。


「来た。弥生来た」「変な男もいる」「彼氏? 彼氏?」

 妖精たちだ。相変わらず妖精たちは楽しそうに宙を舞う。


「彼氏じゃないわ! ただの友達よ!」

 弥生は慌てて否定した。


「なんの話?」

 喜助が弥生の突然の発言に怯える。どうやら喜助には妖精の姿は見えるものの声は聞こえないらしい。


 妖精たちが舞うその奥から山の神が現れた。

「フォッフォッフォッ。よく来たんじゃもん弥生。横にいるのは喜助かじゃもん?」

 山の神の姿を見た喜助はがっくりと肩を落としながら言う。


「弥生、これが神?」弥生もつられて「そう。これが神」と返した。

 二人は冷めた顔で山の神を見てため息を漏らす。弥生は昨日山の神を見たときは余裕がなかったためあまり感じなかったが、冷静になって見ると山の神はしょぼい。神といわれても小汚い売れ残りのぬいぐるみに近い。


「これとはなんたる言い草じゃもん? 失礼じゃもん?」

 山の神は杖で二人を指差し怒った。対照的に妖精たちは嬉しそうに笑う。


「なんて言ってんの?」

 喜助には山の神の声も聞こえないらしい。いちいち通訳が必要となる。弥生はこれは少々面倒だなと感じる。


「天狗は無事に倒したみたいじゃもん。で、なんの用じゃもん?」

「えーっと……」

 弥生は言葉を詰まらせて喜助の顔をちらっと見る。話を喜助から切り出してもらいたいのだが喜助と山の神では会話が成立しない。諦めて弥生は話し始めようとしたが、


「弥生、喜助と手を繋ぐんじゃもん」

 と、山の神に言われた。なぜそんなことをする必要があるのかわからないが弥生は恐る恐る喜助の手を握った。なんの疑問を持たずに手を握った弥生だが、急に手を繋がれ訝しげな表情を浮かべる喜助と目が合い恥ずかしくなった。慌てて手を離そうとしたときに山の神は言った。


「喜助、はじめましてじゃもん」

「うおっ」

 喜助は声をあげて驚いた。喜助にも山の神が聞こえるようになったのだ。弥生は離そうとした手を仕方なく握りなおした。


「はじめまして、山の神。早速だけど質問ね」

「いったいなんじゃもん?」

 話を進めるのは喜助であったが弥生の方が緊張していた。


「なんであの天狗は悪堕ちしたの?」

 喜助は山の神を真っ直ぐ見下ろす形となって聞いた。それに対し弥生は山の神から目を背けていた。


 喜助の質問を聞いた瞬間、妖精たちもそのやかましい動きを止めた。山の神は少し考えてから答えた。

「強大な妖気に当てられたおかしくなったんじゃもん」


「嘘だね」

 喜助は即座に言った。喜助は続ける。


「人間や動物が妖気に当てられて妖魔かすることはあっても妖魔が悪堕ちすることはない。妖魔が悪堕ちするのは人間の魂を食べるか、人間の術にかけられるか、あるいは……」

 喜助は一度言葉を止める。山の神の反応をうかがうためだ。しかし、山の神はなんの反応も見せない。仕方なく喜助は言葉を続ける。


「あるいは生みの親に転生させられるか……そうだよね?」

 山の神は黙ったままでいたが、やがていつものように笑い出した。


「フォッフォッフォッ、よく調べたんじゃもん」

「全部ウメ婆の受け売りだよ」


「ウメか、懐かしいんじゃもん」

 山の神は遠い目をした。ウメ婆もここで儀式を受けた霊媒師の一人である。山の神にとっては可愛い教え子のひとりのような存在なのかもしれない。


「なんで? なんで悪落ちなんかさせたの?」

 黙って成り行きを見ていた弥生が震える声で言う。山の神は少し目を見開く。それでも目は見えないが白く長い眉が上に動いたのははっきりとわかる。


「言い訳はしないんじゃもん。早く浄化するんじゃもん」

 そう言われた喜助と弥生は困った。予定と違うからだ。ここまでは全てウメ婆の予定どおりだ。しかし、ここで山の神が語り始めないのは予定外であり、二人は対応できない。


 そこに割り込むように妖精たちが飛んできた。そして口々に言う。

「違うの弥生」「じじいは悪くないの」「お願いだからセクハラじじいの話聞いてあげて」

 こんなときでも悪口は忘れない。初めて見る妖精たちの悪態に喜助は思わず笑った。


「山ノ神、妖精たちもこう言ってるし事情を説明して」

 弥生は妖精たちの援護を得て話を予定通りになるよう軌道修正する。山の神は少し驚くがすぐに落ち着きを取り戻して言う。


「お前たち知ってたのかじゃもん。……わかったんじゃもん。ちゃんと話すんじゃもん」

 山の神は一旦間を置いた。妖精たちはこれまでに一度も見せたことのない切ない表情を浮かべていた。


「話は十五年前に戻るんじゃもん。あの事件以来この山の獣たちもどんどん妖魔化したんじゃもん。山の守り人である四体の天狗はすぐに妖魔化した獣たちを山の外に出さないように結界を張ったんだもん。しかし、そんなことを知らない人間たちは山に訪れて山菜や木の実、木材の調達のためにやって来るんじゃもん。天狗たちは山に入ってきた人間を守り続けたんじゃもん。やがて、他の場所とは違い、この山では妖魔に襲われないことに気がついた人間たちはそれまで以上に山に訪れるようになったんじゃもん。それまでも山の木を切ることはあったんじゃもん。ただ、樹齢が長い木を切ることはなかったんじゃもん」

 山の神は一呼吸置いた。妖精たちは悲しげな表情をしながら黙って座っていた。


「そんな日々が続いた十年前のある日のことじゃもん。その日も山には人間が来ていたんじゃもん。そこに、人間の匂いを嗅ぎつけた妖魔化した獣たちが近寄っていたんじゃもん。そこで例の天狗は人間を守るため妖魔化した獣たちを追い払ってたんじゃもん。無事に追い払った瞬間、背後から例の天狗は人間たちの攻撃を受けたんじゃもん。人間から見たら天狗も妖魔であり敵だったんじゃもん。なんとか天狗は逃げ切ったんじゃもん。しかし、傷は深くもう助かる見込みはなかったんじゃもん。でも、ひとつだけ助ける方法があったんじゃもん。それが悪堕ちじゃもん」


「……生かすために悪堕ちさせたの?」

 喜助は寂しげに尋ねた。


「そうじゃもん。悪堕ちすれば妖力が高まり傷も治るんじゃもん。勿論、悪堕ちすれば人間の魂を欲するという不都合があるんじゃもん。それでもわしたちは奴に生きてほしかったんじゃもん。それに、悪堕ちした妖魔も封印して長い年月をかけて清めれば元に戻ることもあるんじゃもん。だから、わしは悪堕ちして転生させることに迷いはなかったんじゃもん。でも、悪堕ちした天狗を封印するのに予想以上に時間がかかったんじゃもん。封印されるまでの間、悪堕ちした天狗は山に訪れた人間を襲い続けたんじゃもん。いつからか、鞍馬山には天狗が出るとして人間は寄り付かなくなったんじゃもん。話は終わりじゃもん」

 喋り切った山の神はふーっとため息を吐いた。


「本当に? 本当に終わり?」

「本当に終わりじゃもん」


「本当に全て真実を話した? 本当にすぐに封印できなかったの?」

 喜助は痛いほどの視線を山の神に注ぐ。それでも、いつものように山の神は笑う。


「フォッフォッフォッ、さすがじゃもん。お主たちの予想通りじゃもん。わざと天狗の封印を遅らせたんじゃもん」

「なんで……なんでそんなことを?」

 弥生は悲しそうな顔で問う。

「弥生、喜助、ここにいる妖精たちはなんの妖精かわかるかじゃもん?」

 二人はほぼ同時に首を横に振った。


「ここにいる妖精たちはみんな木に宿った妖精じゃもん。樹齢千年越えた木には妖精が宿ることがあるんじゃもん。昔はもっとおったんじゃもん。でも、今はここにいるだけしかいないんじゃもん。なんでかわかるかじゃもん?」

 少し考えてから喜助と弥生はほぼ同時に今度は首を縦に振る。


「そうじゃもん。木が人間の手によって切られたんじゃもん。それまでも山の木を切ることはあったんじゃもん。ただ、樹齢が長い木を切ることはなかったんじゃもん。しかし、この山以外から木材を獲るのが困難になった人間たちは樹齢の長い妖精が宿る木も切り始めたんじゃもん。妖精たちは見る見る数が減ってたんじゃもん。そんな中、人間の手によって天狗が殺されたんじゃもん。ここまで言えばなんでわざと天狗の封印を遅らせたかわかんるんじゃもん?」

 気が付けば妖精たち泣いていた。

 喜助と弥生はただ黙ってうなずいた。そして、何も言い返さなかった。だから、山の神は困った。


「なぜ怒らないんじゃもん? わしのせいで人がたくさん死んだんじゃもん」

「いいよ、無理して悪役にならなくて。山を、妖精たちを守りたかったんだろ?」

 喜助は優しく問いかける。


「そうじゃもん。わしは鞍馬山の神じゃもん。山を守るのが仕事じゃもん」

 山の神は一切のよどみなく答えた。


「うん、わかった。そんな話はもうわかった。そろそろ本題に入ろうか」

 喜助は真面目な顔して言った。山の神も妖精たちも呆気に取られた。弥生は頭を抱えた。やっぱり喜助は空気が読めない。


「まだ本題じゃなかったのかじゃもん」

「うん、違う。今から言うウメ婆からの伝言が本題。一つ、暫く天狗をお借りします。二つ、山の木々は天狗の許可を得たものだけ資源としていただきます。三つ、その他、山の神が望まぬ活動は一切いたしません。四つ、山の神はこれまで通り鞍馬山をお守りください。以上がウメ婆からの伝言です」

 喜助ははきはきと作られていたであろう文章を読み上げた。弥生が付け加える。


「ウメ婆は今回の騒動で鞍馬山で何が起きているのか全てを知ったんです。近隣の村にも今お母さんとさー姉が向かって事情を説明しています。天狗の護衛の下に他の場所からも資源を調達するようにするので鞍馬山だけに負担をかけることはしません。もう妖精たちが宿る木を切ることはありません。だから、山の神は今まで通り鞍馬山と鞍馬山に入る人間を守ってください」

 弥生の言葉を聞いて呆気にとられる山の神をよそに、妖精たちは飛び上がり踊り始めた。


「よかったよかった」「糞じじい浄化されるかと思った」「変態じじい怒られると思った」「弥生、喜助ありがとう。おい、ボケじじいも感謝しろ」

 妖精たちは楽しそうに山の神を罵倒した。その姿を見て喜助と弥生は笑みを浮かべた。


 と、喜助は思い出してウメ婆から渡された荷物からあるものを取り出す。

「あとこれを渡せって」

 喜助が出したのは天狗の団扇であった。団扇の色は今は紫でも赤でもなく緑になっていた。


「フォッフォッフォッ、ウメは注文が多いんじゃもん。二人ともよく見ているんじゃもん」

 そう言うと山の神は天狗の団扇の上に杖をかざす。そして、トントンと二回叩いた。すると団扇から光が発生した。今まで見たことのない眩く、温かい光だ。キラキラと輝く光はやがて幼い子供のシルエットを作り出す。そして、次の瞬間光がはじけた。光のあった場所には子供のような天狗が立っていた。


「なにこれ可愛い」

 弥生は目を輝かせた。そして、抱きかかえて高い高いをしながら回った。子天狗はむすっとした顔をしながら回されていた。


「天狗生まれた」「天狗の誕生」「こんにちは。よろしくね」

 その周りをさらに妖精たちが回る。それを見て喜助と山の神は楽しげに笑う。

 弥生は子天狗を下ろすと、


「可愛くない?」

 意気揚々と喜助に共感を求めた。が、

「いや、別に」

 弥生は喜助の頭を軽く叩いた。喜助はイテッと小さな声をあげ頭をさすった。


「じゃあ、わたしたちもう行きます」

「そうかじゃもん。色々と迷惑をかけたんじゃもん。また遊びに来るんじゃもん」

 妖精たちは二人の周囲を飛び回る。


「また来てね」「弥生、喜助元気でね」「弥生今度はお土産よろしく」「二人の結婚式は呼んでね」

 弥生は最後の一言は聞き逃さない。


「結婚なんかしないわよ!」

 二人は出口へと向かった。影も形も見えなくなってから声がした。


「喜助、お母さんによろしくじゃもん」

「母さんに……? そっか、うん」

 喜助は大きな声で返事した。弥生は特に何も突っ込まなかった。喜助の中でお母さんの目が覚めるのは確定しているのだろう。だから、野暮なことは言わない。


 そう思った弥生は、あることに気がつき歩みを止めて振り返る。山の神は喜助の母親と知り合いという事実を。ということは喜助の母親は過去にここに来ているのだ。弥生が来るまでにこの祠に来た人間はウメ婆、ナツ、皐月の三人を除けば残るは弥生が知る限りただひとりであった。

 そして、弥生の中で残されていた謎が解ける。なぜ皐月もナツもウメ婆も喜助の名を聞いた時驚き、その後快く迎え入れ、優しく接し、信頼していたのかという謎の答えが。


「あんたってなんで鞍馬村に来たんだっけ?」

「爺ちゃんに言われて」


「本当にそれだけ?」

「どういうこと?」

「いや、ならいいわ」

 弥生は少しニヤニヤしていた。喜助にはなぜかわからなかった。


 二人は洞窟を抜けた。陽はまだ高い。太陽のあまりの眩しさに手で目を覆う。そして、弥生は気づく。残された手の動きに微妙な制限がかかってることを。弥生と喜助は手を繋いだままだった。弥生は慌てて手を離す。


「いつまで握ってんのよ! この変態!」

「なんだよ、自分から突然握ってきたくせに」

 山の神の言葉が聞こえてなかった喜助からしたらそういうことになる。弥生は顔を赤くして反論する。


「ちがっ、あれは」

「あー、もういいよ。いいから行こう」

 喜助は手で耳を塞ぎながら。歩き始めた。が、すぐに立ち止まる。弥生はいったいどうしたのかと不安に思う。


「で、どっち行くんだ?」

 喜助は大真面目な顔をして言った。


「あんた本気で言ってんの?」

「うん。割とマジかな」

 弥生は早くも村に帰りたいと思った。弥生はため息を吐きながら指差す。


「こっちよ」

 喜助は指の先を目で追った。そして、八重歯を出してニカッと笑った。


「よし、行こう」

 喜助は弥生の手を握り駆け出した。


 二人の長い旅が始まる。


~終幕~


最後まで読んでいただきありがとうございました。


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